第27話 平太、舞との出会い

ある日、龍一郎が日課の江戸散策へと屋敷を出た。

暫く歩いていると人だかりが目に入り中から男の大きな声が聞こえた。

「この小童(コワッパ)め、儂の刀にぶつかりおって武士の対面を潰したな、手打ちに致す」

見ている人達の叫び声に混じって少女が叫んだ。

「弟を殺さないで」

「姉か、邪魔を致すと、一緒に手打ちに致すぞ」

龍一郎は、人垣を掻き分け様としたが無理と分かり、ここで飛び越す訳にもいかず、

「待てーー!!!」と大きな声で止めた。

それは地響きでも起こしたように周りの人々の体を震わせる程のものだった。

皆が声のした方を見て龍一郎の前の人垣がささっと開き、少年を庇う様にしている少女が見え、四人の武士が見えた。

四人は突然の大喝に驚き、龍一郎の方を見ている。

龍一郎は、ゆっくりと人垣の間を歩きながら、四人を観察していた。

先頭で刀を振り上げているのは、派手な羽織を着た若い男だった。

多分、何処かの大身旗本の次男、三男であろうし、他の三人は、その若い男に集る浪人であろうと思った。龍一郎は四人を見ながらゆっくり、ゆっくりと二人の子供の横に並んだ。

ここで、気を取り直した様に、若い武士が言った。

「貴様、邪魔立ていたすか、貴様も一緒に切り捨てるぞ」

大喝には驚いたようだが、龍一郎の姿にその気になったようだ。

龍一郎はいつもの散策の姿、着流しに腰には脇差し一本で左手で肩に木刀を背負っただけだったからだ。

「小さな子供がした事、許されよ」

「いや、許せぬ、武士の対面を傷付けられた」

「昼前から酒を飲むのも、武士の対面ですかな」

「なにーー、許せぬ、貴様を先に・・・」

と言ったところで、連れの浪人の一人が、

「私にお任せを」

と言い、嫌がる若い武士を無理やり三人で後に下げた。

龍一郎はその間に子供たちの前に回り右手を後に回し手首を振り「下がれ」と指示をした。

二人は一瞬分からないようだったが理解すると慌てて脇に逃げた。

龍一郎は気配でそれを感じた取った。

龍一郎は四人はいつもこのような事をなし、相手が強そうだと判断すると三人が出てくるのだろうと思った。

「たまには、働かぬとただ酒も飲めぬしのー」と龍一郎が思った事を口にした。

「己、抜かし追ったな」

と浪人の一人が言い、刀を抜きながら前に出てきた。

歳は龍一郎と同じくらいか、三人の浪人の中では一番若かった。

龍一郎の体制はそのままで左肩に木刀を背負ったままだ。

「構えろ」と中段に構えた若い浪人が言った。

「構えておる」と龍一郎が言うと

「何ーー」

と言いながら刀を振り上げ、龍一郎の頭を割る様に振り下ろして来た。

龍一郎は、避ける風もない。

周りで見ている人達の仲から「わぁー」、「ひぇー」と言う声が上がった。

若い浪人の剣が龍一郎の頭に届いたと思った瞬間、龍一郎は、寸余、左に身体を開き、木刀が目にも止まらぬ速さで振られ、若い浪人の右肩を砕いていた。

龍一郎は、倒れた若い浪人を見下ろし憐れむ様に言った。

「気を失ったか、まぁ、その方が痛みを感じぬな」

もちろん木刀は既に元の左肩にあり、この木刀が動いたのが見えた者はいなかった。

周りで見ていた人達には、二種類いた。

着流しで木刀を持った侍が斬られる寸前に目を瞑った者とそのまま見ていた者の二種類だ。

目を瞑った人は、人殺しを目にする恐怖と助けに入った良い人が殺されると言う悲壮感からで、大半が女衆であった。

男集は大半が町道場で剣術を見物しており見慣れている。

だが竹刀、木刀と違い真剣は、一味も二味も違うもので男集の中にも目を瞑った者もいた。

目を瞑った者は、木刀の侍が斬られた思ったら斬り掛かった浪人が何かに躓いた様に倒れたように見え、「なによ」、「見掛け倒しか」、「躓いたか」「酔い潰れたか」と言った言葉を発した。

目を瞑らなかった者たちは、木刀の侍が切られたと思ったら、浪人が下に押し潰された様に倒れ、着流しの侍の木刀は、動いた様には見えなかった。

ただ、侍が、身体を少し捻った様に見えただけだった、その動きも気付いた人は少なかった。

助けられた少女は、恐怖と悲壮感と申し訳ない気持ちに目を見開き全てを見ていた。

だが彼女にも身体が動いただけしか解らなかった。

ここで一つ話しをしておこう、人は恐怖を感じた時、目を閉じる者と目を見開く者に分かれる。

首を振ったりして目を逸らす者は、閉じる者と同じである。

両者は剣術の修行、上達には、大きな隔たりが生じる。

竹刀の試合で目を空けていて負けた者は、何がどうなり、何故、負けたかが解る確立が高いが、目を閉じる者は、いつまでたっても負けた理由は解らない。

その意味では、この二人の子供には剣術の素量があるといえる。

龍一郎は、倒れた者に目を向けていたが、その顔と目付きが急に鋭くなり、周りで見ていた者に武者振いを起こさせた。

少女も同様に振るえを感じ、「怖い」と思った、先ほどまでの優しい顔と目付きではなかった。

その顔を倒れた男から残った男たちに向けた途端、男たちの体が震え出し刀もカタカタと鳴っていた。

「まだ、やりますか」との龍一郎の問いに、残りの者たちは、首を横にぶるぶると振った。

龍一郎が左に倒れた男から離れ

「今日は、許してつかわす、この者を医者に連れて行きなさい」

と言ったが、動かないので龍一郎が語気を強めて

「早く医者に見せぬと二度と剣が持てなくなるぞ」

と脅し付けると、恐る恐る近付き担いで行こうとした。

その後姿に龍一郎の言葉が飛んだ

「二度と町の者に迷惑を掛けるでない、もし、今度見かけたら、この程度では済まぬと覚えておく事だ」

あたりに、しばし静寂が訪れ、その後、龍一郎を称えて大歓声となった。

だが、その時には、当の龍一郎の姿はなかった。

助けられた兄弟は、家へと向かって歩き出した、一丁程歩くと道の左に料亭風の門があり、その外門を二人は潜って、内戸を滑らせ、「おかあーちゃん」「おっかさん」と呼びながら入って行った。

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