第23話 街歩き
龍一郎は江戸に戻り、朝稽古を終え食事をすると、もうやることもなく、何日か過ごした時、「江戸の地理に詳しくなっておこう」と思いたち、江戸中をぶらぶら散策する事を日課とした。
そんなある日、加賀藩上屋敷前に行き当たり、懐かしさに門内を覗いていたら門番に「いね、いね」と剣もほろろに追い立てられた。
又ある時は、北町奉行所の周りを回り牢屋敷の周りを回り、南町奉行所の周りを回ろうとしていると同心を待っていたらしい岡っ引きに不振がられたか、
「何をしてやがる、胡乱な奴、何の用だ」、「お縄にするぞ」、「名は」と矢継ぎ早の問いをされた。
「いや、ここが、かの有名な南町奉行所かと、感銘いたしておりました、不振なものでは、ございません」
ゆったりと答えたものだ、その落ち着きぶりが逆に嫌われたらしく、
「悪人が手前で悪人と言うはずがねぇ、浪人の分際で、こんな昼日中にうろうろと、怪しい奴め、番所へ来い」
「それはむりじゃ」と 少し「むっ」として言い返した
「何が無理だ、貴様、素浪人が、お縄にする」と激怒した
その時、奉行所の中から同心が現れ直に状況を把握し、
「常、何をしておる」と問うた
「いえね旦那、この素浪人が奉行所の周りをうろついてるもんで番所へ引っくくろうと思いまして」
「日頃から言っているではないか、態度と言葉使いを改めろと」
「だって旦那、怪しいじゃありませんか、こんな昼日中に奉行所を一周りしてたんですぜ」
「では、聞くが、この方が、羽織袴であったなら、同様な詰問をしたか」
「するもんか」
「それ見ろ、それが、いかんと言うておるのだ、人を風体で判断しては、ならぬ」
岡っ引きは、それでも不服そうだった、同心が龍一郎に向き
「失礼をいたしました、お聞きの通りでございます、この者の職務がらの事とお許し下さい」
「承知した」
「ただ、この者の申す事も、最もで、昼日中に奉行所を一周りする者は、おりません」
「確かに、申される通り、怪しいですね、私は八年、江戸を離れておりました、そこで、昼間に散策をしております、夜間では、更に怪しいですからね」
「ほう~、八年もですか」
「貴方を支持するようですが、これでも幕府の禄を食む者です」
これには、岡っ引きがびっくりし、浪人が一張羅の無地の着物をきていると思っていたが、よくよく着物を見ると小さな模様が入った江戸小紋であり、浪人が着れるものではなかった。
町奉行は武士以外の管轄で浪人も入るが幕府の武士や藩邸の者は管轄外であり、特に幕府の重席にある者に、今のような対応をすれば、良くて遠島、最悪は、打ち首である。
もうこうなったら岡っ引きはただただ誤るしか手はない、腰を折り頭を深々と下げ
「申し訳ございません、申し訳ございません」と岡っ引きは言いつつ、土下座していた。
「申し訳ござらぬ」と同心も謝罪した。
相手から思わぬ言葉が帰ってきた、
「頭をお挙げ下さい、庶務柄やもうえぬこと、お気にめさるな」と言ったのである。
岡っ引きはびっくりして思わず顔を上げ傘の中の顔を見、丹精な顔立ちをしており、髭も綺麗に剃られ、髪の生際も綺麗に揃えられており、浪人の訳がないと実感した。
「では」と龍一郎が去りかけた時、同心が問うた。
「ぜひとも、お名前を、わたくし・・」
と言った所で、龍一郎が、手を上げ、会話を止めて言った。
「名乗らぬほうが、お互いのためですよ」
と言い、少し間を空け
「その内、正式に名乗り会う時が来るかも知れませんよ」と意味深な言葉を言い去っていった。
岡っ引きは、今のは夢か幻かと最初から思い返してみると、なぜ浪人と思ったか、こんな昼日中にゆったりと歩いていることは勿論、一番は傘から後に垂らされた髪であった。
後で覗いた時、月代も剃っていなかった、が、あの江戸小紋は、そんじょそこらの金額で買えるものではない、安くて5両、高くて20両はするはずだ。
が、待てよ、帰り際、裾から見えた裏地に龍の尻尾のような絵があったような・・・それも金糸の・・・・、20両なんてもんじゃない、50、60両はするぞと思うと、ぞおーとし、背中に一筋汗が流れた。
思い出すと大変な人に声をかけたのではと、もう一筋汗が流れ落ちた、
「旦那、申し訳ありませんでした」と岡っ引きが同心に謝った。
「これを機に、表裏な態度と言葉使いを改める事だな・・・・但し、今の御仁が言葉通り忘れてくれればな」
「旦那----」と岡っ引きは泣き出しそうになった。
同心は考えていた、去り際の「そのうち・・」の言葉と覗いた顔の若さの割りに、あのゆったりとした落ち着き、あれは、身分が高い、金がある、では決してないはず・・・むー・・・剣だ・・と気づいた。
相当に剣が強いに違いない、それもかなり強いに違いない・・などと門前で考えこんで、門を出入りする人々を不思議がらせた。
後日談ではあるが、この岡っ引きは、その後、態度と言葉使いが、がらりと変わったという事である。
龍一郎は「あのような、態度の岡っ引きがいるようでは、賂の強要もありえることか」と思っていた。
因みに、この時出合った同心の名は浅井十兵衛と言う。
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