第12話 八年ぶりの江戸

日本橋の東海道に面した一等地とも言うべき処に呉服屋・能登屋がある。

この店は加賀藩御用達の看板を掲げており、扱うのは加賀友禅である。

この店は呉服だけではなく藩御用達の御陰か加賀藩特産の輪島塗も扱っている。

この能登屋の隣が加賀屋である、この店は、札差で、屋号の通り加賀藩御用達の札差である。

加賀屋は当初別の場所にあったが数年前に能登屋の隣に越して来ていた。

加賀屋、能登屋共に本店は加賀金沢にあり江戸の店は出店である。



[参考]---<札差>--------------------------------------------------------

札差は幕府から旗本・御家人に支給される米の仲介を業とし米の受け取り・運搬・売却による手数料を取るほか、蔵米を担保に金貸しを行い大きな利益を得ていた。

札差の「札」とは米の支給手形のことで、蔵米が支給される際にそれを竹串に挟んで御蔵役所の入口にある藁束に差して順番待ちをしていたことから、札差と呼ばれるようになった。

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加賀藩は102万石と大藩で上屋敷、中屋敷、下屋敷、蔵屋敷と江戸に屋敷がいくつもあり、武士、中間、小者などの男衆や女衆も多く藩御用達の札差の必要があったのである。

その日、能登屋の暖簾を潜り編み笠を手に持った武士が「ごめん」と言って入って来た。

その男は暖簾を潜る前に旅塵を払っていた。

ために店の者たちは入る前から今か今かと待って「いらっしゃいませ」と声を掛けた。

店の者たちは考えていた。

確かにこの店の商品は加賀友禅と輪島塗で特に埃を嫌うが、店に入る前に埃を払ってくれる人はいないと。

そのせいか、皆の視線が、その男に留まっていた。

男は輪島塗を丹念に見入り、その後、見本として仕立てられた加賀友禅の着物に歩きながら一番番頭に顔を向け、着物の前に着くと着物に見入り出した。

その時、一番番頭が二番番頭に

「ちょっと、出てきます、後をお願いしますよ」と言い、

「いってらっしゃいませ」

の声に送られて、店を出て行った、店を出た番頭は、右に曲がった。

侍は着物を左から見、右から見、少し下がって見たりしていたが、

「お邪魔いたした」と言って出て行った。

店の者たちは、今の侍は、郷里への土産にと寄ったと思った。

時々、そのような侍がおり、金額を聞いて、驚き店を出る姿を見ているからだ。

店を出た侍は、番頭を追うように右に曲がり歩き出した。

のんびりと歩いている、先に出た番頭の姿は見えなかった。

一丁程歩いて行くと侍を町人が早足で追い越していった、先ほどの能登屋の番頭である。

番頭は暫く早足だったが侍を追い越し暫くすると並足になり左に曲がって行った。

侍も暫くして角に着き跡を追うように左に曲がって行った。

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