第4話 龍一郎の決意の切っ掛け
龍一郎が両親と弟に語り聞かせたのは概略のみである。
間者、裏切り者、藩に仇なす者共の名も一切告げなかった。
又、龍一郎が嫡子を諦める切っ掛けも語らなかった。
只、藩内で行われている悪行の数々とその証拠を見せただけだった。
では、長男が領主を相続しないなどと言う、この時代では考えられない事を決意した切っ掛けは何だったのだろうか・・・・。
時は元禄十三年(1701年)。
十二歳の龍一郎が江戸上屋敷を抜け出す様になって一月経った頃だった。
何時もの様に屋敷の塀を越え床下に潜り自分の部屋へ戻る途次に何気なく屋敷の重臣達の床下を通った。
寝ていると思ったが、さにあらず話声が聞こえ、その声はとても潜めたものだった。
野生に目覚めた龍一郎でなければ聞こえぬ程でそれでも所々聞き取れなかった。
「勘定方には露見しまいな」
「組頭が我が方で・・・いますれば・・・」
「うむ、その事よ、・・・様をようもこちらに付けたのぉー」
「はい、堅物と思うておりましたが、あ奴も男でござい・・・たなぁ」
「殿にもばれまいな・・・・、まぁ、あの殿じゃ、怪しいとも思うまいが・・・」
「何の証(アカシ)も残しておりませぬし組頭が仲間ですから・・・」
「して・・・・屋は、如何ほど持ってまいるな」と店の名も声を潜められ聞こえなかった。
「既に二百両を持って参りました、事が成りましたなら八百両、絞めて箱一つにございます」
「これ、声が大きい、もそっと近う寄れ・・・」
「はぁ、しかし、誰にも聞かれませぬ、既に皆眠っております・・・・・」
すすーと、畳を摺り寄る音が聞こえ、それ以降の声が一言も聞き取れ無くなった。
龍一郎は、その場を離れ自室に辿り着いた。
何時もであれば風呂に入るがその夜は汚れたままの身体で着物を着替え床に着いた。
だが眠れなかった。
今聞いた話を考え、余りの驚きに誰の部屋かが解らなかった。
何処をどう通って自室に戻ったかさえも覚えていなかった。
不忠者が居る、それも一人では無く、そして重臣が加担している。
その夜を境に龍一郎の行動が暇つぶしの遊びから意図したものへと変わった。
藩邸の者達は龍一郎の事など意にも介していなかったので探索は容易であった。
只、自分が住み暮らす屋敷への幕府、他藩の間者、つまり忍びの多さに驚いた。
だが何故か龍一郎は一度として悟られる事はなかった。
既に龍一郎の忍びとしての気の押さえが尋常ではなかったのだ。
龍一郎は山で獣を何度も仕留めるうちに、それを会得してしまった様だった。
龍一郎には、その時それが理解出来ていなかった。
只々運が良かったと思っていた、幼い自分が忍びの専門集団に勝っていると思えるはずも無かった。
上、中、下、蔵屋敷への偵察や重臣たちの尾行も行った。
これには昼間は仲間の童子(ワラベ)達の力も借り褒美は饅頭で土産には米を渡した。
逆心者を見つけ出し斬る覚悟までしたが偵察すればする程、底の深さと広さを知った。
逆心者を一人、二人斬った処でどうにもならぬと思い知らされた。
これ程の仲間を動かすのは頭がかなり切れる重臣が絡んでいる感じていた。
当初、江戸主席家老を疑ったがこの者は昼行灯であった。
次席家老が逆心者と解り、その仲間に江戸留守居役、留守居役補佐、留守居役見習いが居た。
当初は当然、頭は次席家老と思い込んでいたが、留守居役が下役ながら頭である事が解った。
御禁制の南蛮交易も行っており、蔵屋敷と下屋敷に仕舞われている事も突き止めた。
そのおりに他の物も見つけていた、それは大量の加賀友禅の着物と大量の輪島塗だった。
この商いは巧妙であった。
一、加賀の店が藩に売る。
二、藩が物産として上方に運ぶ・・・実際には加賀藩御用達の札を許すだけである。
三、京、上方で売るには量が多いので大半は加賀藩御用達の札を付けて江戸に運ぶ。
四、一旦、藩の蔵屋敷に保管し上方の江戸店が江戸の呉服商、瀬戸物商に売る。
と言うものである。
この方法で加賀と江戸の藩邸に儲けが入る仕組みになっている。
国許の者達も江戸の者達も潤う事になり、江戸、国許何れからも不満のでない様にしている。
悪人ながら巧妙なる手口である。
だが、江戸だけを探っていたこの時点での龍一郎には上方の商人が加賀藩の物を何故に加賀藩に売り、又、藩も買うのかが解らなかった。
龍一郎がこのからくりを理解したのは米問屋の近江屋の元店がある上方へ行き、店の主人が住む奥に忍び込み加賀藩が江戸で買った米が加賀金沢で仕入れたの聞き込んだからだった。
その後、龍一郎は一旦江戸に戻り暫く大人しく屋敷に暮らし金沢へ向かった。
いくら放蕩息子とは言え十日以上は屋敷を留守には出来なかった。
江戸から加賀金沢へは西の関が原を通り北へ向かう道、江戸から北へ向かい日本海を目指し新発田藩(新潟)を抜け西へ向かう道、又は加賀藩の支藩である富山藩を目指し日本海に出て西に向かう三通りがある。
龍一郎は新発田藩を目指す道を選び金沢へ向かった。
この道が一番人の往来も多く道に迷わないと思った、何しろ初めての加賀金沢行きであった。
[参考]----------<江戸から金沢までの距離と参勤交代>----------
江戸から加賀金沢までは現在の単位で言うと約600キロである。
車に乗り時速100キロでも6時間掛かる。
人間の散歩速度は時速3キロである、この速度では寝ずに200時間、八日以上掛かってしまう。
江戸時代には大名は参勤交代を義務付けされていた。
大名により在府、江戸にいる期間の事である。
この期間も、江戸へ登る時期と周期も、半年毎、1年毎、2年毎・・・・と様々であった。
又、参勤交代は大名、つまり禄高が一万石以上の直参だけが義務付けされたものではなかった。
一万石以下の直参旗本の中にも参勤交代を義務付れられた旗本もあり、交代寄合旗本と呼ばれていた。
大名で参勤交代が免除されていた藩があり、それは水戸藩であった。
他にも老中などに就任している大名は常に江戸にいる為、参勤交代は無かった。
遠隔地の対馬の宗氏は三年に一度、蝦夷地の松前氏は六年に一度であった。
大名行列と言われる参勤交代は加賀藩の藩主が江戸の正室を訪れた行列が最初と言われる。
その後、幕府が参勤交代を諸藩の幕府に対する謀反を防ぐ為、財力を削ぐ目的の一つに利用した。
因みに江戸城、太坂城等の改修、江戸の運河増設、江戸郊外の開墾なども諸藩に命じられ、これも各藩の持てる財力を削がす為であった。
百万石を誇る加賀前田家と言えども参勤交代の義務を負わせられ、正室と嫡男の江戸在府の義務を負わせられていた、幕府への謀反を防ぐ為の人質である。
参勤行列は武家の誇りと見栄の見せ場であり、石高に合せて随行人員も多くし体裁を整えなければならない。
因みに、江戸も後期になるに従い藩士による随行人数を減らし人々の目に付く街々に近づくと人を雇い体裁を整える様になって行く。
参勤交代は金子が膨大に掛かる、その為、何処で経費を抑えるかと言うと人員と日数である。
人々の目がある街中では、ゆっくり歩くが田舎道では早足か駆ける様に全工程の日数を減らした。
幕府が定めた規定では騎馬武者20騎、足軽130人、仲間・人足300人で最大でも450人であった。
これは本隊で「行列の内」と呼ばれ、「行列の外」と呼ばれる人々もいた。
加賀藩の場合は家臣の中に他藩の藩主よりも禄高の高い五万石の騎馬武者の家臣などもいた。
その家臣を含め江戸期の最大参勤交代人数は四千人だったと言われている。
江戸後期には二千人に減っているが、それでも他藩を圧倒してた。
行列には膨大な金子が係り、家臣が国許、江戸に住う時は個々の給金で暮らしていたが参勤交代のおりは藩がその全ての出費を賄っていた。
その為、各藩は行列の日程をできるだけ短くしていた。
当時は馬か歩きしか無く、全員が馬と言う訳も無く早足で歩いた。
加賀藩の場合、現在の関が原経由を車で高速に乗れば600キロmだが、江戸期の歩きでは北周りがほとんどだったらしく、この路は約120里(約480キロm)で参勤交代が行われた百九十回の中で通常は十二泊十三日の行程だった様である。
但し、寛永二十年(1643)に第四代の藩主光高の時に江戸に居た正室が産気づき、大行軍を行い六泊七日で江戸に着いたと言う記録もある。
これは一日70キロmと言う事になり、少ない時でも約二千名者人々が一緒であるから異様な光景と言える。
現代で言えば侍祭りでのマラソン大会の様なものである。
行程費用としては、旅籠費(宿泊費)、川越賃 、予約解消時の補償金、幕府要人への土産代等があった様である。
加賀藩は全工程に橋の無い川が三十八もあり、一つの川を渡るのに現在の価値で240万円も掛り、全工程の総費用は四億から六億円掛かった様である。
行列の中に槍を何本立てるかも決まっており、多いほど家格が高かった。
そして、行列が通る時、時代劇などでは庶民が土下座をしている風景が有るが、土下座を強いられていたのは、将軍、御三家、加賀藩だけだった様である。
(参考-ウィキペディア)
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<つづく>
2025/01/12 更新
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