今昔物語集にも登場する説話「蟹の恩返し」が元ネタと思しき一章(便宜上こう呼びます)。
説話を誰にでも読みやすく語りなおす筆致だけで高い筆力が伝わりますが、この一章「おしまい」から始まる展開、これがなんとも面白い!
ぜひ先入観なく読んでみてほしいのです。
卓抜なのは展開だけではありません。
蛇や蛙などの異種と意思疎通ができ、結婚までできるおとぎ話の世界観。
こうしたお話に出会うと、人は無意識のうちに「こういうものだ」とチューニングを合わせて読みがちです。
ところがこの作品では、その寓話的チューニングと現代的な筆致が共存し、「この雰囲気でこんなことが書かれるの!?」と驚くような意外性をみせていきます。
それもギャップを狙った風刺やギャグではなく、なんとも胸をうつ無常感や、真摯な生への問いが提示されていくのです。
小説家の坂口安吾は童話や狂言を例に引きながら、物語が突然断ち切られ、突き放される感覚こそが「文学のふるさと」であり、そこでは「救いがないことが救い」なのだと説きました。
この作品に流れているのもそうした、日常のなかでふと異質な生の本質を覗き見てしまう、不思議な感覚です。
おとぎ話は「めでたしめでたし」で終わりますが、このお話は、特に誰が幸せになるわけでもないところまで書かれずにおれなかった。
そのせつなさは、やはりどこかなつかしいのです。
(「すこしふしぎな海のお話」4選/文=ぽの)