十一話 港町テイン
昼下がりの午後。味のある潮風が匂ってきたのがわかると、俺達の目の前にキラキラと太陽が反射する海が開けてきた。
「すごい綺麗ね! 私海なんて初めて見たわ!」
「海なんて久しぶりに見たぜ」
「ほんとだな。急いだかいもあってまだ日も高い。早いとこ船に乗れればいいが……」
所詮、俺達は他の大陸も行った事のない田舎者だ。そのため海にはあまり用がないが、まさか逃亡を理由にここまで来るとは思わなんだ。
海鳥の声と波のさざめく音を横にしばらく歩くと、港町テインが見えてくる。テインは東大陸では一番大きな港だ。船が二十隻ほど停められる船着き場はいつも混雑しており、毎日様々な大陸の人間が出入りする東大陸の玄関となっている。
「よっしゃあ! 早く行こうぜえ!」
「そうね! 船のチケットを買いましょう」
遠目にテインの港町を確認すると、俺とティエナは徐々に小走りになる。しかし、ディーノだけは何か怪訝な顔をしていた。
「どうしたんだ。ディーノ?」
「なにか変だ」
「変ってなにが?」
俺とティエナは首をかしげる。
「では二人に質問だ。港町テインにある大きいものといえば何かな?」
「何ってそりゃ──船とかだろ」
「船じゃないの?」
「正解。では、それを踏まえてあの町をもう一度見るんだ」
ディーノが回りくどく言ったのでもう一度見てみると、
「……? あれ、船がどこにもねえぞ」
「なんで──船が一隻も無いわ!?」
何度見てもテインには船の『ふ』の字も無い。
「どうやら異常な事が起こってるようだ。慎重に急ごう」
俺達は駆け出すと、そのままテインの町に入り船着き場までやって来た。
「おっちゃん! いったい、船はどうしたんだ? 何で無いんだ?」
俺は近くにいた漁師にたずねると、
「それがな昨日の晩に全ての船が燃やされていたんだ。ひでえ事をしやがるぜ。犯人のせいで船着き場は現在、利用停止中で商売上がったりだ。だから今、犯人探しにみんな血気を滾らせてるんだ。お前さんも何かわかったら教えてくれ。礼はもちろんするぜ」
漁師の男はそう吐き捨てると、肩を怒らせながらどこかへと行った。
「なるほど。最悪のタイミングだな」
「どうしよう……。このままじゃ他の大陸に行けない……」
ティエナは戸惑いを見せ、ディーノは何か他の打つ手を考えているよう手を口に当てていた。
「くそったれ! とんだ放火魔じゃねーか!」
「焦るな。バッジョ、ティエナ。何も港町はここだけでは無い。距離はあるがさらに南へと下れば小さい漁港があった筈だ。そこで船を調達すればいい」
ディーノはマントを翻すと、近くの服屋に近寄った。
「服なんか買うのか?」
「ああ。ティエナにね。そのぼろついた服じゃかわいそうだろ」
そう言うと、ティエナは自分の汚れた格好が急に恥ずかしくなったのか、顔を赤らめた。
──外で待つこと十数分。服屋から相棒が出てくると、それに続いて白く膝まであるブラウスでちょっとしたフードがある流行り物を着たティエナが、その新品の服をニコニコと嬉しそうに舞わせながら店から出てきた。
「ふふふ。どう? バッジョ?」
ティエナはご機嫌に問う。
「おう。あれだな」
「あれとは」
「『孫でもどうでしょう』だな」
「?」
「(たぶん『馬子にも衣装』と言いたかったんだろうな……)」
長い付き合いのディーノはすぐに察したが、野暮な事は言わなかった。
「あとは食料を買ってこの町を出よう。王都から近いここは危険だ。バッジョとティエナは水を買っておいてくれ」
ごそごそと懐から貰った褒賞金を出すと、その半分である十万
「多少の
「おうよ!」
「まかせて!」
ディーノは目に見える範囲の屋台から適当に果物や干し肉を袋いっぱいに買うと、水の買い出しをする二人を待つ。この港には各大陸から行商人が物を売りに来るため、非常に様々な珍しい食料や道具を扱った出店が並んでいる。すべてを見て回るには一日かけても足りないかもしれない。
──しばらくすると買い出しを終えたのか、二人はステップしながら笑顔で帰ってきた。
「どうしたんだ? そんな笑顔で」
「見ろよこれ! すげーぞこれ!」
バッジョが持ってきたのは南の大陸に咲く花である『アクアスの花』であった。この花はスポンジのように大量に水を吸収することのできる花で、二十センチほどの大きさしかないのに、なんと十リットルもの水を貯える事ができる不思議な花だ。
「これがあれば持ち運びも楽だぜ! いやーいい買い物したなあ!」
新しいおもちゃを得た子供のようにすっかり舞い上がっている。
「……一つ聞くが、いくらだい。それ」
「なんと! お値段破格の──五万G!!」
その言葉にディーノはめまいを覚えた。
その花は南の大陸に行けばタダで手に入るし、仮にこちらで買ったとしても相場は千Gがいいところだ。おおかた田舎者だと思われぼったくられたのだろう。バッジョが店主に言いくるめられる姿が容易に浮かぶ。
こいつに財布の紐を握らせてはいけない……!
「あれ? なんかディーノ顔が恐えーぞ……」
「なんでだろうね」
その言葉には圧があった。
「──ティエナ。君は何を買ったんだ? 余ったお金でチケットも買うから返してくれ」
「ええちょっと……。それなんだけど……」
彼女は言いづらそうに口を濁す。
「──まさか……!」
「ごめんなさいっっ!! 全部使っちゃいました!!!!」
彼女の麻袋を見ると、ぱんぱんに詰まったガラクタが顔を覗かせていた。変な形の人形や、甘い匂いの棒菓子やら、用途不明のガラス細工まで様々だ。
ディーノは全てを悟ったかのように、静かに立ったまま気絶した。
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