十話 放浪する男女


──急ぎ足で王都を離れた俺達一行は、郊外へと身を隠すよう移動していた。その理由はティエナにある。彼女はこの東大陸では指名手配された逸脱だからだ。


そのため俺達は港から船で別大陸に向かう方針をとった。ティエナはもちろんだが、それを連れている俺達も今や危うい状況であり、王都からの追手に捕まれば実刑は免れないだろう。


「ここから港町である『テイン』に向かおう。そこで船に乗って南大陸に渡れば俺達の安全も保証されるだろう。あまりぼさっとしてる暇はないぞ。追手は馬を使って広範囲に捜してくる筈だ。足の差でこちらが負けてしまう前に港から脱出しよう」


ディーノは旅の指針を俺とティエナに言うと、南西へと眼差しを向けた。


「テインの港町もここから歩いて数時間はかかるから、うかうかしてらんねえなあ」


「そうと決まれば早く行きましょ。夜が明ければ必ず私が脱獄したことがバレるでしょうからね」


夜に身を馳せるように三人は歩を進める。だがティエナの目には明らかに疲れが見えていた。無理もあるまい。獄中での厳しさから、いきなり外へと連れ出されたのだ。空元気を見せているが体力は限界だろう。


「……夜明けまであと三時間か。よし、三時間だけ休憩だ。あそこに見える岩陰で夜を明かそう」


「そ、そんな悠長な時間ないわよ」


「そうだな、休める時に休もうや。俺も眠くなってきたところだ。お先に失礼するぜ」


俺はそう言うと、形のよさげな岩に背を預けて瞬時に眠った。


「ティエナ。急ぐ気持ちもわかるがここでしっかりと休息を取らないと、いざと言う時に体が動かなくなっては困る。休んでおきなさい」


「……わかったわ」


ティエナは渋々と賛成すると、気が抜けたのかバッジョの麻袋を枕にして一分も経たぬうちに可愛らしい寝息を立てていた。


「やれやれ。中々に波乱だな」


ディーノは怪しく輝く月を見て独り言をポツリと言うと、寝ている二人が寒がらないように適当な木の枝を集め焚き火をした。


もしもの敵の襲来に備え、寝ずの番をする。メラメラと燃える焚き火の炎をじっと見つめていると、昔の記憶を呼び覚ます。


今から12年前──セーリエの街で誕生した自分は、何一つ不自由の無い富豪の家に生まれたのだが、五歳の誕生日を迎えたあの日の深夜、セーリエの街の一部で大火災が起こった。そこで自分の家は全焼して、家族も全員失った。あの火事の原因はいまだに不明であり、犠牲者は数知れない。一つ気になるのは、あの火災は一から十へと徐々に燃えたのでは無く、いきなりに広範囲の家が急に燃え出したのだ。


そんな中で自分が助かったのは両親のおかげだ。母親は燃える家の中で自分を抱きかかえ、身を呈して炎から守ってくれて、父親は炎で逃げ場の無くなった家の三階から僕を抱いて飛び降りた。その結果、母は無惨にも焼死して、父は落ちた衝撃で亡くなった。


失意に暮れ、行き場の無くなった自分は孤児となった。そこで自分を拾ってくれたのがブレシア師匠であった。ブレシア師匠はセーリエの街で剣術道場を開いている方だったが、此度の火災で多くの孤児が増えた事から道場を改築し、孤児院にしたのだ。


そして自分は孤児院に入り、この漢、バッジョに出会った。彼は火災で孤児になったのでは無く、元々親からゴミ捨て場に捨てられた奴だった。


自分は最初この男が嫌いだった。ガサツで、粗野で、馬鹿で、能天気で、口の悪いこいつが大嫌いだった。


でも、孤児院で剣術を磨く時だけこいつはものすごい真剣な奴だった。誰よりも声を出して、修行が辛くても文句一つ言わず、迷いの無い剣を振るのだ。


そんなこいつはメキメキと腕を上げる。だから自分は負けたくなかった。こんなアホが自分より強くなることが許せなかった。


10歳になって初めての試合の日、自分は勝ち星を上げ続けあと一勝で優勝を掴めるところまで来た。だがそこで待っていたのはこいつだった。自分は絶対に敗けない自負があった。


──結果は自分の一本敗けであった。何が起こったのか理解が出来ず、泣いた。……そうしていたら、こいつが近寄ってきて自分に話しかけた。


『おめえ超つえーな! さっきの技まじカッコいいじゃん!! 俺ともっともっと修行しよーぜ!』


頭からっぽな言葉で話しかけてきた。でも自分にはそれが何だかとてもおかしくてね。今までこいつに抱いていた嫌悪感が唐突に馬鹿馬鹿しく、浅はかに思えた。


それからはずっと今まで自分はバッジョと共に青春を過ごした。剣の修行はもちろんのこと、二人で切磋琢磨し、今では自分の方がバッジョより勝ち星は上だ。日常生活では、二人で隣の街まで道場破りに行ったり、近くの山に凶暴な獣がいるとわかれば退治しに行ったり、ボッタクリの肉屋の店主を馬車に繋いで引きずり回してこらしめたり、あいつが好きだった女の子がいて応援してたらその子が自分に気があってあいつと決闘したり……。思い出は色褪せず、そして尽きない。


そしてこの旅も新たな仲間が増えた今、さらにいろんな事が待ち構え、困難の壁が立ち塞がるであろう。


……面白い。やはり面白いな人生とは。自分は生きていてよかった。どんなに失意に、絶望に晒されても、自分はこれからも仲間達と生き抜いてみせるよ。母さん、父さん。





──夜が明ける。朝日が俺達のまぶたを照らすと、反射的に目を覚ました。


「あ~。よく寝た。おい、起きろペチャパイ」


「……もうアップルパイは食べられませんよ~」


旅の初めての朝。ティエナの第一声は寝言であった。どうやらこいつ、朝は弱いらしい。


「駄目だこいつ」


「ふふっ。かわいらしいじゃないか」


俺とディーノは朝の体操を軽くこなすと、終わる頃にティエナがのそのそと起き始めた。


「さっさと準備しろ。寝ぼすけ」


「……寝ぼすけじゃないもん」


まだ眠たげな目をするティエナは、ふらふらと歩き近くの小川で顔を洗った。


「──二人共。準備はいいかな?」


「ガッツあるし!」


「ガッツあるわ!」


「いい心がけだ。よしテインに向けて出発だ!」










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