六話 王都ウベンスト


「これからどうする?」


森からの帰路、俺達は殺された守衛隊達を埋葬し弔うと、相棒に聞いた。


「これから王都へ向かおう。個人で逸脱を倒した者には褒賞金が貰えるからな」


ああそんなもんがあったなと、俺は感心する。


「いま俺達に足りないのは情報だ。王都なら色々な人から逸脱の事を聞けるはずだ。ケガの完治も兼ねて少し王都でゆっくりしようじゃないか。褒賞金があるから金には困らないだろう」


「そうだな。それにしても体中が痛ぇぜ……」


勝ったのはいいが二人は傷だらけである。


「この森は幸いにも薬草が豊富だ。──ほら。そこにもミラの花があるだろ? 適当にとって消毒しとけばいいさ」


ディーノは近くにある青い花弁の花を見た。


「おおっ、こりゃ助かる」


俺はミラの花を数枚採ると、それを握り潰して絞り出された汁を傷にかけた。


「だーッ! 染みるぅ!」


焼くようにじわりと体に溶け込む。幼少の時からこの消毒方法は苦手だ。さっさと治すためには仕方がないと、俺は近くにあったミラの花を大量にかき集める。


「おいバッジョ。お前それは『ロマの花』だぞ」


よく見ると青い花弁の花の中に、水色の花弁の花が紛れている。


「師匠から習っただろう。"この世には必ず対となる存在がある"って。似ているがそれは毒だぞ」


綺麗な水色のこの花は、ロマの花と呼ばれている毒草だ。死ぬような猛毒では無いが、しばらく痛みが取れないやっかいな物で、たまに新米の行商人がミラの花と間違えて採ってきてしまう事故が年に数回ほどある。


「おっとぉ! あぶねえあぶねえ」


俺は水色のロマの花を分けて捨てると、ミラの花の花弁を強引に引きちぎり口の中に放り込んで咀嚼した。


「苦げぇえええ」


親の仇のような苦さだ。全身の血に薬草の独特臭気の汁が巡り渡る感覚がする。


「この世でそんな豪快な治しかたするのお前と師匠くらいだな」


俺とて本望では無いが、この治しかたが一番手っ取り早いのである。実際に直で食うと風邪とかも一発で治るからだ。


「さて、王都まではここから歩いて三日といったところだ。はやいとこ行こう」


足早にディーノは進む。


「乗り物とかあればすぐに着くんだけどな。昔の人間は機械の乗り物を操ってたんだろ? 便利だよなー」


「そうだな。五百年前までは機械が世界に繁栄していたらしいが、今は逸脱に対抗するための銃や、水力発電や風力発電を使った生活のための必用最低限のものしか残されていないからな。昔よりは不便だな」


「なんでまた開発しねーんだ? 頭のいい奴なんて世界に沢山いるだろ」


「原因は様々だ。逸脱の手による街の破壊で技術や資源が滅ぼされたり、中には科学者などの高名な学者だけを狙って殺す逸脱なんかもいるらしい。そして一番の原因は前の戦争によってその大半の技術力、発明の数々がどういうわけか消えてしまったらしい」


「なんだそりゃ。訳も分からずに消えたのか?」


「そう言うことだ。だから人々は禁断の花園を探すのかもな。そこにロスト・テクノロジーがあると信じている者も少なくない。──もちろん、俺もそんな夢が詰まった場所だと思ってるよ」


「へへっ。ますます楽しみじゃねーか」


「……と言うか、この説明を師匠が毎日のように授業で言っていたんだが」


「え? まじで?」


ディーノは呆れた顔をした。だがそれは日常茶飯事であり、こうでなければ逆にバッジョでは無いだろうと納得したようであった。


そんな話をしていると森の出口が見えてきた。

これより王都へと向かう旅路、相棒の雑学があれば退屈することもないだろう。





──三日後。


「やっと着いた……」


野を越え、山を越え、荒野を歩いた先に辿り着いたここは王都『ウベンスト』。東大陸の西側に位置する最大の首都である。逸脱の侵入を防ぐために造られた堅牢な門をくぐると、賑やかな城下街が俺達を迎えた。


「とりあえず宿を取って『セドフ王』のいる城へ行こう」


「そうだな。くそ疲れたぜ……」


道中ボロボロに痛めた体に鞭を打って歩いた二人は一刻も早く、旨い飯を食って柔らかなベッドで眠りたかった。


とりあえず目についた適当な宿屋に入って部屋を取ると、荷物を置いてそのままベッドへと倒れると、意図せずに俺達は泥のように深い眠りについた。



──翌日。


「しまった寝過ぎたな」


「みたいだな」


はっはっはと笑いながらディーノは起きがけの俺に朝の挨拶をした。


「しかし、おかげで体調は万全だ。バッジョはどうだ?」


「ああ、すっかり良くなったぜ。毎日薬草食ってたおかげだな」


「普通は煎じて飲んだりするものだけどな」


すっかり体は元気になっていた。俺は窓から降り注いだ朝日を眺める。


「王都に来るのは三年ぶりくらいか?」


「ああそうだな。前に師匠と剣の出稽古した以来だ。──あの時はバッジョがこの街の不良共に因縁つけられて面白かったな」


「あー、あったあった」


「それでお前『この街を掃除する』とか言って次の日の剣の試合すっぽかしたよな」


「そうそう。だって"掃除"が忙しかったからな。そんでディーノは試合で、この王都で一番強い剣術道場の所の奴等を簡単に倒したんだろ?」


「別に簡単じゃないさ。強い奴もいたよ。でもバッジョよりは歯応えが無かったかな」


懐かしさに二人の話は弾む。


「おっと、そろそろ行くか。腹も減ったし、さっさと金貰いに行こーぜ」


長話を切り上げると、俺達は宿屋から出て王城へと向かった。

城下街は朝から市場が並び、活気がある。大通りを抜けて広場に出ると巨大な噴水が鎮座しており、その奥に見える一本道を越えれば城へと着く。


普段は見ないような大道芸人の手品を横目に見ながら一本道を抜けると、あっという間に城の前へと着いた。


「何か御用か」


近くにいた兵に問われる。するとディーノは、


「逸脱を倒したので報告に来ました。受付はどちらですか?」


「おお逸脱を……! それならあちらだ」


兵に案内してもらうと、城の横にある建物に入れてもらい、一階の右横にある小綺麗な部屋に通された。


「ここが受付です」


「こりゃどーも」


案内してくれた兵にお礼を言うと、俺達は受付にいるお姉さんに声を掛ける。


「本日はどういったご用件でしょうか?」


「逸脱を倒したのですが……」


「逸脱の討伐ですね。それならこちらの書類を書いてください」


お姉さんは手馴れたように何枚かの書類を渡してきた。ディーノはそれをスラスラと書く。


「なあなあ。逸脱を倒しても城の中へは入れないんだな。俺はてっきり王様に会えるもんだと思ったぜ」


俺は疑問を相棒に言うと、


「そりゃそうさ。毎日俺達のような冒険者が来るんだ。いちいち会ってるほど王様だって暇じゃないだろ」


ディーノは書類を書き終わると、お姉さんにそれを渡す。


「ありがとうございます。それでは逸脱を倒した証明を提示して下さい」


「えっ!? 証明なんかいるのか!」


「はい。最近は虚偽の申告が多発しておりますので、証明の提示を厳しく執り行っています。」


俺はアホみたいな声を上げる。考えてみればそれは当たり前の事なのに、ガガトロを倒した後の事なんかまったく考えて無かった。


「これでいいですか」


そう言うとディーノは麻袋から守衛隊の勲章を取り出した。勲章にはナンバーが振ってあるのでこれで誰のものかわかるのだ。


「流石、抜け目ないな」


「当然だろ。持ってきたさ」


「それではお預かりします……」


お姉さんはそれを受け取ると、少し難しい顔をした。


「……ディーノ様、こちらの証拠品ですと逸脱を倒したか少し不明瞭となるので審査が必用です」


「なんでじゃい!」


俺が突っかかるとディーノは、


「難しいですか」


と、真剣な目で言う。


「こちらの勲章ですが、行方不明届けを出されていない物もあるのと、逸脱の存在の有無が判断材料に欠けてしまいますね。例えば他の冒険者の皆様は金額が高くなる生け捕りだったり、殺した逸脱の首を持ってきたりしてますので、これだけだとやはり難しいです」


「では『鋼鉄のガガトロ』は手配書にはありますか?」


「はい。そちらの逸脱は手配書にございますので、首を持ってくるか証拠と確実に判断できる体の一部があれば……」


「俺達はガガトロを確かに倒したんだぜ! セーリエの街の北にある森に行けば死体はあるんだ! それじゃ駄目なのか!?」


「すいません。こればかりは……」


参ったなと、二人は目を合わせる。


「君達。本当にガガトロを倒したのかね」


急に後ろから声がした。見ると腰の曲がった老人がずれたメガネを掛けながらにこりと笑っている。


「そうなんだよ爺さん! 俺達ほんとに倒し──」


「イバン大臣様!」


ディーノが俺の頭を掴み下げると、無礼を詫びるように礼をした。


「よいよい。二人とも来なさい。城の中へ案内しよう」


イバン大臣はのそっと歩みを進める。


「えっ? 大臣……?」


「そうだよバカっ。しかしチャンスだぞバッジョ。もしかしたら褒賞金がもらえるかもな」


「マジかよ! あの爺さんいい奴じゃねーか!」


俺達はこそこそと喋ると、大臣の後について行く。


「お疲れ様でございます!」


城の門番が大臣に敬礼すると、


「この者達は逸脱を倒した勇気あるものだ。丁重に迎えなさい」


「はっ! かしこまりました!」


その言葉ですっかり浮き足だった俺達をイバン大臣は城の中へと招いてくれた。


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