五話 月光剣の輝き
「くそッ!」
俺はディーノを担ぐと奴から距離をとる。
「往生際が悪いな。貴様も剣士なら仲間の仇をとったらどうだ。その腰の剣は飾りか? 宝の持ち腐れだな。剣も泣いているぞ」
ガガトロは不適に笑い、俺を挑発する。
「バッジョ……奴の鎧は剣で出来た鉄の……塊だ……」
ディーノが苦しそうに訴える。
「気づいたか。そう、俺の鎧は今まで殺した剣士達の物だ。俺は硬い物が大好きだ。だから貴様らの剣も貰う。そうすれば俺はまた、より硬く、そして強くなれる……! 貴様ら剣士なんぞより、俺が一番その鉱物を愛する事ができるううう!!」
狂った雄叫びが森の木々をざわめかせた。逸脱とはやはり、どこか常軌を逸した人の業の姿なのか。
「ふううぅぅ…………」
ディーノが呼吸を整えながら、足をがくつかせ、ゆっくりと立ち上がる。
「ディーノ! その体じゃ無理だ! 一旦引こう!」
「駄目だ、バッジョ……。背を見せれば俺達も守衛隊の皆と同じ末路だ──。いいか、よく聞いてくれ……。お前の一発逆転の剣、使う時がきたぞ……!」
すでに虫の息であるディーノだが、その目は死んでいなかった。むしろ烈火の如く輝かせた瞳からは、絶対に負けないという強固な信念を感じる。言葉では無い、俺達は心が通じ合うと、
「あのデカブツ、ぶった斬るぜ──!」
俺は啖呵を切ると、奴の正面に立った。
「覚悟は決まったか、安心しろ一撃で貴様の頭を潰し、殺してやる」
ガガトロは両手を天高く上げる。
「やってみろや。俺のガッツ、見せてやらあ──!」
シャィィィィンッ! シャィィィィンッ!
森に似つかわしくないこの音は、俺が左手に付けている篭手に月光剣を擦っているものだ。
この篭手には砥石が組み込まれており、それが作用してこのような音が出るのだ。
「──剣を研いでる場合か? 死ねい!!」
ガガトロがそのハンマーのような両手を振り下ろす!
「くっ!」
俺は間一髪でそれを避けると、
シャィィィィンッ! シャィィィィンッ!
尚も研ぎ続ける──!
「どうしたああ! 研ぐだけか貴様の剣術は!」
ガガトロは腕を竜巻のように振り回しながら突っ込んでくる。
「まだだあああ!!」
逃げる! 逃げる! 逃げる!
俺は追い詰められたネズミの如く逃げる。その姿は剣士とはとても言えない。だが、今はまだその時では無い! 奴の拳により飛び散った、木や土が弾丸のように俺の体に突き刺さる。ドロリと血が額から流れても、その研ぐ行為を俺は緩めない。
体力の限界は等に過ぎていた。しかし、勝利を渇望するその気概が俺の足を止めなかった。
「捕らえたぞ小僧!!」
スピードが落ちてきた俺の隙を突くように、ガガトロの大砲のような腕が飛んできた。
「しまった──ッ!」
「こっちだガガトロ!」
キィィィンッッ!
間一髪である。ディーノの剣がガガトロの腕を叩き、その軌道をずらして俺の頬をかすめた。
「助かるぜ、相棒ッ!」
「まだ動くかああ!! 虫共がああ!!」
ガガトロはその苛つきからか、だんだんと乱雑に腕を振り回し、動きが単調になってきた。
「──バッジョいまがチャンスだ!」
シャィィィィィィィンッ!
それは──手に血豆が出来た頃である。
時は夕刻を迎えようとした、紅く染まる森に何十回と鳴らされた鋭き音色は、その剣の輝きと共に完成をむかえる!!
「よっしゃああ!! できたぜええ!!」
──漆黒であった剣身から目映いばかりの光が溢れる──! 見る者の視界を黄金に照らすその剣の名は『"
「な、なんだその剣は!?」
その剣のあまりの眩しさに、ガガトロは思わずたじろいだ──!!
「これこそが俺の剣──! 月光剣の威力、くらいやがれええええ!!」
攻勢の瞬間である。一直線に俺はガガトロの懐へ潜り込んだ!
「うおおおおお!! 弾き返してくれるわあああ!!」
「月光剣!! 『
ザンッッ!!!!
互いの体が交差した。夕日さえも
「──ぐっぐっぐ……。やはり……俺の目に、狂いは、無かっ……た」
ズズズと、ガガトロの上半身と下半身がまるで半月のように綺麗に別れた。
「はあはあはあ……」
俺は今ある自分の命を確かめると、バタリとその場で倒れてしまった──。
・
「ハッ」
っと、目が覚める。
辺りはすっかりと暗くなっており、暗闇に包まれた森はいつも通りの静寂を取り戻していた。
「やっと起きたか」
鼻でふふと笑うのは見馴れた相棒。
「ディーノ! 俺は、いや、あいつは!?」
「落ち着けよ。あそこに倒れてるのがお前の勝利の証だ」
ディーノが視線を流した方を見ると、そこには奴の大きな二つの体が転がっていた。
「よ、よかった──」
ガクンと首を垂らして安心する。どうやら俺は勝ったらしい。
「ありがとなバッジョ。お前のおかげで助かった」
ディーノは笑顔で言う。
「いや、マジでギリギリだったぜ……。逸脱ってのはあそこまで強いんだな」
「ああ、俺も反省したよ。逸脱の存在をもっと詳しく知るべきだった。でも、これで勉強にはなったな」
あっけらかんと無垢な顔をしてディーノは言った。
「ぷっ」
「ふふ」
「「はっはっはっ!」」
笑いが止まらなかった。さっきまでの死線は、笑いと言う名の挽歌へと変わる。
「しかし流石だな月光剣は」
ひとしきり笑うと、ディーノは俺の剣を見る。
「俺も久しぶりに使ったけど、やっぱすげー威力でびびるわ」
月光剣──この剣は師匠の昔の仲間が使っていた物らしい。使用者を選ぶようなあまりにも重い剣なので、俺が免許皆伝になるまで使い手が現れなくて、師匠はこの剣は誰にも使えない物だと思っていたそうだ。
そして去年にこの剣を貰った俺は、不思議な事に気づいた。あまりにも重かったので研ぎまくって軽くしようとしたら、剣身が恐ろしい程に光だしたのだ。
その光った状態で試し斬りをしたところ、岩であろうが、鉄であろうが、何でも両断してしまう魔剣と言っても過言では無いとんでもない物であることがわかったのだ。
しかし光っているのはほんの数秒であり、元の刃に戻ると今度は野菜すら斬れぬナマクラへとこの剣は変わるのだ。
すなわち月光剣は、研がないと何も使えない只の重い剣であり、研ぐまでに時間を要する極めて使い勝手の悪い諸刃の剣であった。
それでも今回はこの剣に救われた。それを考えれば多少のデメリットなんて俺には些細な問題である。
「見ろ、バッジョ。夜明けだ」
朝日が俺達を照らした。それはこの勝利を祝う光であり、ここからが本当の冒険なのだと鼓舞をするような、身に染みる輝きであった。
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