四話 対決! 鋼鉄のガガトロ


ギラリと光る丸みの帯びた銀色の鎧を全身に纏わせた熊のような大男は、まるで虫でも見るかのように俺達を見下ろした。


「なんだ……こいつ」


俺とディーノは突如現れた何かに対し剣を構える。


「バッジョ。こいつが逸脱だ」


ディーノは大男を見て疑いもせず断言する。よく見れば奴の足元には、守衛隊の勲章が何個も落ちている。恐らくこの大男が殺したのだろう。


「──貴様らここが俺の寝床と知ってて来たのか?」


大男が兜の間からイラついた声で言う。


「答えろ。ここに来た守衛隊を殺したのはお前だな? 我が名はディーノ。貴様を、逸脱を討伐に来た剣士だ」


ディーノは高らかに名乗りあげる。その姿は凛々しく、力強い。


「ぐっぐっぐ……揃いも揃ってあの街の剣士は馬鹿だな。この前に十人も殺されたのにこんな子供ガキを派遣するとはな」


大男は下品な笑い声を響かせ、その銀色の鎧をカタカタと震わせる。


「おうコラ。タコこら。おめー街の人間殺しといて反省の色もねえとは随分だな。セーリエの街を代表する俺達がてめーをぶっ飛ばす」


俺は正直内心心臓バクバクであったが、大男にメンチを切る。


「ほう、お前……いい剣を持ってるな。名前は何て言うんだ」


大男が問う。突然だが俺にも名乗り上げチャンスがやって来た。



「よくぞ聞いてくれた! 俺こそは東の大陸に轟く未来の救世主的大剣豪! その名も──」




ズルンッ




計ったかのように俺のズボンが脱げた。この大事な名乗り上げのピークに。



「「「…………」」」



空気が凍る瞬間ってのはいつも突然だ。俺は真顔でズボンを上げると、



「そういう日もある」



謎の誤魔化し方をした。



「──なんだこのアホは?」



「アホじゃねえ! バッジョだ!」



若干震える声で俺は言うと、隣にいたディーノは肩を震わせて笑いをこらえていた。



「おい、便所」


「バッジョだ!」


「どっちでもいい。それに俺が聞いたのは貴様の名じゃなく、その剣の名前だ」



この逸脱はどこまで俺をこけにすれば気が済むのだろう。


「てめーなんかにゃ絶対教えねーよ! バーカバーカ!!」


悲しいかな、その程度の罵詈雑言しか浮かばないのは知力が圧倒的に足りない!



「まあいい。これから貴様らを殺し、その剣を貰う。俺の名はガガトロ──鋼鉄のガガトロだ。地獄の底まで覚えて死ぬがよい!」



ガガトロは右手を高く上げると、そのまま勢いよく振り下ろしてきた。



「避けろ! バッジョ!」


「おう!」



ドゴオオオオオオオオン



爆発音のような衝撃が場を震撼させる。奴の振り下ろした右手は空振りになったが、地面に深々と大きなクレーターをつくった。



「おいおいおい! あんなの食らったらしゃれになんねーぞ!」


「落ち着けバッジョ。奴はさほど速くは無い。冷静に攻めようじゃないか」



「ぐっぐっぐ。さあかかってこい。貴様らもミンチにしてやる」


ガガトロは威圧するよう前傾に構えた。



「へっ、見てろよてめー」


「バッジョ!」


「おうよ!」



俺はディーノの合図と共に、素早くガガトロの背後に回ると、ディーノと挟み撃ちの形をとった。


「おらあッ!」


「はあッ!」



正面と背後から同時の斬撃がガガトロの兜と背を襲う!




──ガィィィィン!!!!





金属音が木霊する。銀の鎧に包まれたガガトロを叩くように切ったが、その鎧には傷ひとつ付かない。



「ぬぅん!」



ガガトロがまた拳を振り回す。ガガトロの拳が当たる前に、俺とディーノは大きく飛んで距離を取った。



「わかってたけどあの鎧、硬いな」


「叩くように切ったが駄目か……。普通なら兜の下の頭は脳震盪を起こすんだけどね。流石は逸脱というわけか」



「なんだその弱い力は? その程度で勝てると思ってるなら貴様らただの自殺志願者だぞ」


ガガトロが挑発すると、ディーノはこう返す。


「いいや、ガガトロ。お前は勝てないよ。もう攻略は見えた」


「ぬかすな小僧。俺の鎧は完璧だ」


ディーノはにやりと笑うと、俺に目で合図を送ってきた。


「わかったぜ! 相棒! シャアッ!」


俺は今度は足はやに駆けて、ガガトロの周囲を撹乱かくらんするように飛び回る。


「ふん、ちょこざいな。目眩ましのつもりか?」


ガガトロは俺の事など眼中に無いようだが、


「いまだ! バッジョ! それをぶちこんでやれ!」


「よしきた!」


「ぬう!」


ディーノの一声でガガトロの注意はバッジョに向く。しかし、それこそが罠なのだ。

ディーノは幻視ノ剣を振り上げると、ガガトロの兜の隙間を狙い、剣を突き刺すのが真の作戦である!



「もらった!」



──仕止めた!……かに見えたが、


「甘いな、小僧」


作戦を見抜いていたガガトロは剣が届く前に、その兜を隠すように左手でガードしていた。


「ぐっぐっぐ。所詮は子供の浅知恵だな」


ディーノの剣がガガトロの左手に当たる瞬間であった。

確かに見えたディーノの太刀筋が急に幻のように消えたのである。


「なにぃ!?」


幻視ノ剣げんしのつるぎ──残影斬ざんえいざん!」


ガガトロが見ていたディーノの太刀筋はあらぬ方向から閃いた。


──幻視ノ剣は剣身が特殊な鏡のような鉄で出来ている剣である。この剣は光を浴びると、光の反射や屈折作用により、剣が何重にも見える不思議な代物であった。


「それも読んでいたよ。狙いは最初から兜なんかじゃない……お前の関節だ!」


ディーノは何重にもぶれる残像の剣を、ガードしている左手の鎧が無い箇所、すなわち肘の部分を一閃する!



ギィィィィィン



何故か、金属音のような固い音が鳴り響いた。


それは斬ったかに見えたガガトロの左肘の所で、ディーノの刃が止まっているのだ。



「なっ!?」


「甘い──甘いぞお!」


ドゴオオ!!


ガガトロは左手でディーノを薙ぎ払うと、そのまま数メートル吹っ飛ばされて木に打ちつけられた。


「くっ……はっ……」


「ディーノ!!」


俺はすぐに相棒に駆け寄る。息はあるがダメージが大きい。このままではまずい状況である。



「ぐっぐっぐっぐ。馬鹿だな貴様。生身の部分なら斬れると思ったのか? 貴様らは逸脱をなめすぎだ。改めてもう一度言おう。俺は鋼鉄のガガトロ。俺の能力は自身の体を鋼のように硬くできるんだよ。最初から剣で戦う時点で貴様らは負けているんだ」



完全に見誤った。まさに奴の言うとおりである。初めて対峙したが逸脱とはこれほどの怪物なのか。ガガトロはトドメをささんと、ズシンとした足音を鳴らしながら近づいてきた。


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