三話 逸脱の森
街の外の平原はいつも
だが、普段は見張りが二人程なのだが最近現れた逸脱のせいか、街の正面の門には倍以上の見張りと門番が警戒している。
過去にも逸脱の者が街に来たこともあったが、街の守衛が数人で退治できる程度の奴しか来なかったらしい。だから今回の逸脱はいつもとは一筋縄ではいかないと言うことだろう。どこか守衛隊の連中はいつもより険しい顔付きをしている。
本来ならば俺とディーノはこの街の守衛隊に就職する予定であった。守衛隊の中にはブレシア師匠の元弟子達が多くいる。中でも優れた者はここから王都の方へと行き、王族の近衛兵へと出世するわけだ。
もちろん俺とディーノなら一年も経たずに王都へと行ける素質が充分にあるが、それを蹴ってでもやはり自分達の夢を追いたいのだ。
「バッジョ。裏門からこっそりと街を抜けよう。守衛隊の先輩方につかまると面倒だからね」
「そうだな。どーせ『やめとけ』とか文句言われるだろうからな」
俺達は街の裏門に行くと、ディーノはその横にある少し崩れた外壁をよじ登り、街の外へと降り立った。
俺も外壁を登ってディーノの隣に着地すると、剣の重みでズボンとパンツがズルンと真下に下がった。
「おい、お前の名剣見えてるぞ。それで旅するのか?」
「わりーな。まだ新品未使用なんだ」
「「はっははは!」」
実に下らない事で笑う。俺は気を取り直してパンツとズボンを上げると、
「よしっ行くか」
キリッとした顔で言う。
「いや、下半身丸出しだった奴が言っても全然締まらないな」
ディーノが腹を抱えて変な笑い声を上げながら言った。
しばらく歩くともう街の灯が見えなくなった。さて、これからが大変だ。後には引けない冒険が始まったのだ。
「この辺りまで離れれば、誰の目にも届かないな。バッジョ、今日はここで寝よう」
俺とディーノはとりあえず近くにあった大きな木の下で一晩を過ごすことにする。冒険をする上で最も重要な事は、安全な寝床の確保と活動力となる飲食の有無である。最低限この二つを守れていれば人間どこでも生きていけるものだ。
木の下を選んだ理由は、木が雨を凌げる傘となるからであり、そして背を預けられるからである。これも師匠の教えであることは言うまでもない。
俺達は互いの背で木を挟む形で座る。これで全方向の監視もできる。そしてゆっくりと襲ってきた睡魔と共に剣を抱いて眠る。
近くに気配があれば直ぐに起きれる訓練をしているので問題は無いが、それでもやはり不安があった。生まれてこの方、旅を経験したことの無い若者にとってはすべてが新鮮で、そして恐怖でもあった。
・
──朝の日差しが差し込む。
ゆっくりと体を起こした俺は、すでに目覚めて朝の体操をしている相棒に声をかける。
「……おはよう」
「おはようバッジョ。相変わらず寝癖がすごいな。いや、元からか?」
さらりとした青髪を揺らしながらディーノは笑った。
「今日はいよいよ森へと行くぞ。俺達の足ならここから数時間で着くだろう」
「よっしゃ、もしかしたらそいつ禁断の花園の在処を知ってるかもな!」
「だったら苦労しないけどね。でも花園に行くには守護者を倒さなくてはならないのは知ってるだろ? せめてその一人でも分かればいいんだけどな」
「その守護者って奴はほんとにいるのかよ? だって誰も見た事ねーんだろ? 何か噂が独り歩きしてる気がしねーぜ」
「逆に考えるんだ。守護者がいるから目撃者がいないんだ。目撃した者は多分この世から消されたのだろう。だから誰も知らないんだ」
「じゃあどうすんだ? 手掛かりゼロってやばくね?」
「だから逸脱を倒すんだよ。花園には逸脱の国があるとも言われている。逸脱を倒して行けば必ず情報が掴める筈だ。より強い奴ほどおそらく花園に近い者だ。強い逸脱ならもしかしたら守護者とも繋がっているかも知れないし、その花園から自由に出入りしてる可能性もある。大丈夫だ。地道だけどこの方法なら必ずたどり着くだろう」
「へっ、自信まんまんじゃないの」
「怖じ気づいたかい?」
「まさか。楽しくなってきたじゃんよ」
昨日までの日常が嘘のように聞こえるほどスリルに満ちた話だ。
「ふふ。なら行こうか」
ディーノはどこか嬉しそうに言った。
・
──孤児院から持ってきた、くっせえ燻製肉をかじること数時間。まだ日の高い内に目当ての森へと俺達はたどり着いた。
この森は凶暴な獣もいない所だ。だからたまに薬草となる『ミラの花』を取りに街から人が来る比較的安全な森である。
……だと言うのに、どこか血生臭い臭気が森を包んでいた。
「バッジョ。気をつけて行けよ。ここからは一瞬の隙が命の明暗を分ける」
「ああ。用心していこーぜ」
進むごとに森はその深さを増して行き、日の光は僅かにしか入ってこない薄暗さだ。
周囲に気を張りながら進む。体力よりも精神力がものを言わすような空気だ。
「! バッジョ。あれを見ろ」
ディーノが突然止まり指を差すと、そこには街の守衛隊の死体がごろごろと無造作に散らばっていた。死体はどれも挽き肉の如く潰されており、おぞましい光景が広がっている。
「……ひどいな」
「逸脱が近いかも知れない。注意しろ」
微かな物音でさえも敏感になる。淀んだ死体の腐臭が鼻の奥に染みるようだ。
「…………?」
ディーノが死体をまじまじと見て不思議そうな顔をした。
「どうしたんだ」
「いや……剣と盾が無いんだ。ここにあるのは死体だけだ。守衛隊である彼等の武器がどこにもない……」
確かに死体を見ると、服とミンチにされた肉片しか無いのだ。
「逸脱から逃げる時に捨てたんじゃないのか? 走る時に邪魔になるからさ」
「……それなら相手はかなり足の早い奴だな。ここにいる守衛隊は仮にも街を守るために集められた精鋭だ。全員をこの場で殺せるほど相手は素早いぞ」
「なーるほどったらなーるほど」
俺はわかったようなわからんような返事をする。
数ある死体に一礼し、奥へと進むと日の光が降り注ぐ開けた場所へと出た。
そしてその広く開けた場所の真ん中に、銀色に光る歪な形をした大きな球体のような物があった。
「なんだ……あれ」
俺が言うと、その謎の球体は俺達の気配を感じ取ったのかゆっくりと動き出した。
球体に見えた何かは、畳んであった大きな手を左右広げ、折り込んだ長い足をぐんと伸ばし、その巨体を山のようにそびえ立たせた。
「また俺の邪魔をしに来たか──」
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