二話 突然の契機、旅立ちへ──
「くっそー……まだ頭が痛てえぜ。あのジジイ加減しらねーのか」
「師匠をジジイ呼びはよくないぞ。ちゃんと話を聞いてないお前が悪いんだから」
俺は頭をさすりながらディーノと孤児院の食堂へと来ていた。
「なあバッジョ。最近噂されてる逸脱の話は聞いたか?」
雑に焼いたような肉を食べながらディーノは言う。
「あーあれだろ? この近くの森に潜伏してる逸脱がいて、逸脱狩りに出掛けた街の守衛隊の奴等がことごとく返り討ちにあった話だろ?」
「そう。その通りだ。何でも殺された守衛隊はみんなぐちゃぐちゃのミンチにされたって話だ」
「おっかねーなー。逸脱ってやっぱ理性が壊れてるのかね。俺達みたいな普通の人間とは違うんだろうな」
「まあ奴等も必死なんだろう。殺らなきゃ殺られる世界だからな。……なあバッジョ。ちょっと俺に提案があるんだ」
不適な笑みをディーノが見せた。
「なんだよ相棒」
俺はまずい肉の味を誤魔化すよう塩を大量に降りながら相槌を返した。
「俺達でその逸脱を倒さないか」
この天才は時々おかしな事を言い出す。
「……なんか勝算でもあんのかよ」
頭の悪い俺にはわからんが、こいつには何か策があるのだろう。
「勝算? 俺とお前なら必ず勝てると言う誇りじゃ駄目か?」
すごい事を言い出した。確かに俺とディーノはこの街じゃ文句無しに一番の剣士だ。だがそれでも相手はおかしな力を持った狂人だ。俺は相棒の言葉に生唾を呑んだ。
「マジで言ってんのか?」
「おや? それともバッジョ君はそんなガッツなんか無い男なのかな?」
煽るようにディーノは声高に挑発すると、俺は血が沸き立つように、
「あ゛ぁ? おめえ俺がガッツが無いだと? なめんじゃねえ! ガッツあるしッッ!!!!」
机をバンと叩くと、皿の上のクソみてえな肉が宙を舞った。
「流石は俺の相棒だ。そうこなくちゃな!」
くっくっくっとディーノは笑った。そう、最初からこれが狙いだったのだろう。この世でもっとも俺の扱いが上手い相棒はまんまと作戦を成功させたのである。
「よし、そうと決まれば早速だが今夜出発だ。予定より少し早くなったが俺達の冒険を始めようじゃないか。この孤児院を出てそのまま森に潜む逸脱を倒し、禁断の花園を目指そう。俺達で歴史を切り開く時が来たんだ」
「なっ、マジかよ!?」
相棒はどうやらここまで計算づくだったようだ。元々そろそろ旅に出たいなと話をしていたが、まさかこんなに急に決まるとは俺も面を食らった。
「おやおや? バッジョ君は……」
「ガッツあるしッッ!!!!」
反射的に答えてしまった。だが後悔なんてものは一つもなかった。むしろ相棒と旅に出るこの瞬間を俺も待ち望んでいたからであろう。今まで世話になったここを離れる寂しさはあるが、それ以上に物語が始まったような昂揚感が俺を奮い起たせたのだ。
・
──深夜。
セーリエの街は東の大陸にあるちょっとした都市である。王城のある首都からは歩いて三日といったところにあるここは、広大な平原に囲まれていて地平線がキレイな場所である。これから向かう森は歩いて一日もあれば着けるところだ。
「さて、準備はできたかバッジョ」
「あー、めんどくっせえからこれでいいや」
俺は食料と簡単な小道具だけ手さげの麻袋に詰め込むと、考えるのがめんどうになったのでこれで出発の準備を完了させた。
一方でディーノも必要最低限の荷物をまとめ上げると肩に麻袋をひょいと担いだ。
これはブレシア師匠の教えの一つでもあった。旅をするならば極力荷物は小さくすること。重い荷物は疲労に繋がり、動きを制限される。基本は現地調達で賄うものと心得よ。
かつて世界を旅したという師匠の教えは間違って無いだろう。俺も出きるならば肩を軽く風を切って旅がしたいからな。
「よし。あとは一番重たいこれを持っていけば憂いはないな」
そう言うとディーノは愛用の剣を腰に差した。ディーノの剣は『
俺は愛用……ってほどでも無いが、同じく去年に師匠からもらった免許皆伝の証しであるこのクソ重い剣『
「相変わらず重そうな剣だな」
「俺もお前みたいなスマートな剣が欲しかったよ」
この剣は見た目こそ普通のサイズなのだが、質量がすごいのかめちゃくちゃに重かった。黒いその剣身は鉄を連想させるような剣である。他にも気にくわない点がいくつかあるが、そこらの安いナマクラの剣よりはマシなのかと仕方無く持っていく。
俺は左手に少し変わった
「よっしゃ! 行こうぜ」
「気合い充分だな。頼もしいぜ、相棒」
二人は気合いを入れるよう拳をコツンとぶつけると机の上に置き手紙をし、忍び足で歩く。深夜の孤児院は誰もが眠りにつく程の静けさだ。俺とディーノは身支度を完璧に外へと出る──。
「待て」
暗闇の中で圧のある声が響くと、俺達の足を止めた。
「「師匠」」
そろって驚いた声が俺達の口から飛び出す。
「バッジョ、ディーノ。行くのか」
何かを悟るように師匠は言った。だが決して怒っているだとかそんなものでは無い。その言葉はどこか物悲しげな含みであり、師匠の眼はまっすぐに力強く俺達を見ていた。
「ブレシア師匠。今までありがとうございました。自分とバッジョはこれから禁断の花園を目指すために旅に出ます。どうかお許しを」
「師匠、なんつーかその、とにかく! ありがとうございました! 俺達は必ず禁断の花園を探しだしてこの孤児院に帰って来ます! だから──」
「もうよい。皆まで言うな」
師匠はバッジョの言葉を遮るよう手をかざすと、その白いひげの合間から口を動かす。
「ワシも若い頃、お前達と同じように旅立った。孤児であったワシを育ててくれた恩師の反対も省みずにな。だからワシがお前達を止める権利は無い。……だが、それでもワシは反対だ。ワシは旅の道中で多くの仲間を失い、逸脱と戦い、死ぬような大ケガを負うこともあった。だがそこまでしても結局、禁断の花園は見つからないどころか、花園を守る四人の守護者さえも見つからなかった。それでもなお、お前達は行くのか? 自らを死地に、友を死出の旅へと連れて行くのか?」
師匠の言葉が岩の如く重くのし掛かる。だが俺と相棒は気を引きしめ師匠に返礼する。
「友と、ましてこの相棒と死ねるならば本望だっての! 師匠の弟子は簡単には砕けませんぜ」
「誰がためにこの命、燃やせるものなら焼き付くしてみせます。師匠の剣、世に知らしめて見せることを誓います」
強い信念は言霊に乗せてこの空間にいる全員の鼓膜を震わせた。
「──よくぞ言った馬鹿弟子達よ。ワシのいつかの夢をお前達が叶える事を切に願うぞ」
くるりと師匠は踵を返した。その背中は厚く、俺達が求めた父親の理想像であった。
「「ありがとうございました!!!!」」
二人は頭を深々と下げ、決意に満ちた眼差しを明日へと向けた。二人の背中は熱く、まるで炎を感じさせるような闘志に溢れていた。
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