七話 逸脱の少女ティエナ


──謁見の間。


華々しい国旗が堂々と掲げられ、豪華な装飾が視界を覆うような場所。奥には玉座がズシリと構えてあり、無数兵士が左右の壁際に並んでいて、厳かな空間をかもし出している。そんな厳格な場所へと俺達は大臣に連れられやって来たのだ。


「まもなく陛下がいらっしゃる。かしずいて待たれよ」


イバン大臣が俺達に言う。


「……なんかとんでもないな」


「ああ、まさか王に会えるなんてな……」


二人で驚いた顔をすると、それから間もなく奥の横扉から王が登場した。


俺とディーノは片ひざを立て、頭を垂れる。


「そなたらか。ガガトロを倒した若者は」


セドフ王はその岩のような鍛え抜かれた体を玉座に預けると、笑顔で問うてきた。


「はっ。北の森に巣くっていた逸脱を私達目がが討伐致しました」


ディーノは改まった口上で言った。


「それが本当なら中々ではないか。あの逸脱は我が軍でも手を焼いていたところだ。大臣、地下牢から例の"物"を連れて参れ」


王は大臣に何かを伝えると、


「はい、陛下。もうこちらに……」


大臣が何かを招き入れる。すると俺達の入ってきた正面の扉から兵士が二人出てくると、その手には鎖が握られており、鎖の先にはよたよたと歩く手錠をかけられた少女がいた。


「「……?」」


よく分からない現状に俺とディーノはちらりと顔を合わせる。


「若者よ。今からお前達にもう一度問う。そなたらは『北の森で本当にガガトロを倒したのだな?』」


王はそのいかつい声で再度質問してきた。


「王様。間違いなく俺……自分と相棒は北の森で鋼鉄のガガトロを倒しました。殺された兵士達の勲章も持ち合わせています。どうか信じて下さい」


俺が答えると、王は鎖に繋がれた少女を見て、


「どうだ? この者達は本当の事を言っているか?」


そんなことを聞いた。


「……はい。本当のことを言ってます……」


少女は答えた。それを聞いて王と大臣は納得したような顔をすると、


「此度の討伐、ご苦労であった。褒賞金を授けるので後で大臣から受け取ってくれ。そなたらの活躍、また期待しているぞ」


「「あっ、はい! ありがとうございます!」」


何だかよく分からないが認められたらしい。俺達は大臣に連れられて謁見の間を出る。


「はは。疑って悪かったな。君達、これが褒賞金だ」


大臣はドサリと入った金袋を渡してきた。


「こんなに……! ありがとうございます!」


「また逸脱を倒したら来るがいい。もちろんその時は証拠を忘れんようにな」


はははと、大臣は笑いながら去っていった。

俺とディーノは金袋を持って城を出ると、


「「よっしゃああーー!!」」


素直に喜びあい、空かせた腹を満たすために城下街へ向かうのであった。





「なあ、金貰えたのはいいけどよ、結局何だったんだ?」


俺は卓に置かれた旨すぎる肉を頬張りながら言う。


「──それについては俺も色々考えた。おそらくあの少女には、『嘘を見抜く力』があるのではないだろうか」


ディーノは旨すぎた肉をおかわりしながら自分の考察を口にする。


「あーなるほどー。でも何で鎖なんかで繋がれてんだ?」


「そりゃあの娘が逸脱だからだろ」


「えっ!? 逸脱なのかあの娘!」


驚きと同時に旨かった肉が喉元を過ぎる。


「だってあの娘はガガトロみたいにでかくも無いし、理性を失ったような凶暴さも特に見えなかったぜ? あんな逸脱いるのか?」


「……世の中は広いからな。まあ、あんな逸脱がいてもおかしくないだろう」


世間一般での逸脱のイメージはすこぶる悪いものである。体格は人離れしていて、理性が無いためろくに話も出来ずに人々を殺す──。そんな先入観が大体を締めていた。


この東大陸では他所の大陸と比べて逸脱を狩る事に強く力を入れていた。それは逸脱による被害がとても東大陸では多いのだ。単純に逸脱の数が多いのか、その中でも理性を失った奴が沢山いるのか……。真相は謎である。


「ガガトロもそうだったが、世間がイメージしてる逸脱とは少し違ったな。もちろんガガトロは人を殺す悪い奴だったが何か信念のような……それともこだわりと言った方がいいのか、そんなものを感じさせる奴だった。その証拠に奴は殺した者の剣を自分の鎧にしていたのを覚えてるだろ? 奴はとても硬いものを愛していた。もしかしたらそこに逸脱になった何か理由があるのかもな」


「……それは何となく俺も感じてたぜ。こんな事を言うのもあれだけどよ、もしかしたらガガトロはただ森で静かに暮らしたかっただけじゃねーのかな……。あいつ最初に会ったとき『また俺の邪魔をしにきたか』って言ってただろ? 本当はあの森でひっそりと暮らしていたのに、人間達が勝手にやって来てあいつを殺そうとしたから、仕方無く抵抗したんじゃねーのかなって思っちまってよ」


「──確かにそうかもな。でも人を殺した、殺さないは関係なく、今の世の中は逸脱という存在自体が悪という風習なんだ。だからあの少女も捕らわれているし、これからも逸脱狩りは続くだろう。これは昔からの因縁なんだよ」


「……なーんか可哀想だな。あの娘は人間のいいように利用されてて」


「殺されないだけましだろうと割り切るしかあるまい。バッジョ、情を持つのはいいがこれから先、あの娘のような逸脱と戦うこともあるんだぞ。それは覚悟しとけよ」


「わかってらーな。そんなことはよ」


俺は次々に来る飯をガツガツと食いながら答えた。逸脱は自分達が思ってるような者だけでは無い。されど奴等は人間の敵だと思うと、そんなもやついた気持ちを抱く。


「ところでこれからどうすんだ?」


「この街でまずは情報収集だ。付近の逸脱の情報を聞き出して討伐に向かう。前にも言ったが逸脱から禁断の花園の事や守護者について聞き出すんだ」


「なーるほど」


「しかしこの逸脱から聞き出すと言うのが至難だな。問答無用であっちも殺しに来るから果たして上手くいくかどうか……。どこかに話の通じる逸脱がいないもんかな」


ディーノがため息をつく。


「そうだなー。さっきのあの娘みたいにまともそうな逸脱がいればな」


俺がそんな楽観的な事を言うと、


「…………それだ!」


ディーノはテーブルをバンと叩くと、置いてあった旨すぎた肉が飛び跳ねた。


「な、なんだよ。びっくりさせんな」


「バッジョ。あの娘に聞けば花園のことがわかるかも知れない。見たところ普通の逸脱とは違う──だからこそ、何かを知ってるかもしれん」


「おー! そうか! 確かに! ……ん? でも、どうやってだ……?」


「そりゃあお前──忍びこむんだよ」





──深夜。


今宵は月の出ぬ新月、いつもは月明かりに照らされる街並みも闇に溶け込むような暗さである。メラメラと燃える松明を焚いた城の周辺は見張りが眠そうな目をこすらせながら、警備をしていた。


「まさか城に忍びこむ事になるとは……」


まさか自分の発言がこんな事になるとは思わなんだ。俺は静まり返った城内でぼやいた。


「いや、正直俺もノリで言ったんだがな。まさかお前がノってくるとは思わなかった。その場の勢いってのは恐いな」


ディーノも自分がやってることの大きさにやっと冷静になっていた。こいつは天才のくせに時々おかしな事を言ったりやったりする傾向がある。いや、天才だからこそ常人には理解が出来ぬことをするのかも知れないが、それは定かではない。


俺達は昼間、褒賞金で飯を食いまくった後、もう一度城へ行くと門番に『先程イバン大臣様と入った者ですが逸脱を倒した証拠品を持ってきました』と言ったら簡単に中に通して貰えた。


城の中へと入った俺達は人目につかぬよう物影に隠れて、こうして夜が更けるのをじっと待っていた。


「どれもこれも大臣様のおかげだな。まあそれに泥を塗るような行為ではあるが、そこはまあ、あれだ。若気のいたりって感じで勘弁してもらおう」


若気のいたり……! 良く言えばそれはかわいらしくもあるが、大抵の若気のいたりとは悪そのものである。


「でもどこにいるんだ? あの娘」


「王が言ってただろ。『地下牢から連れて参れ』って。大臣の手際の良さから恐らくこの城の地下に囚人を閉じこめた牢があるんだと思う。それを探そう」


ディーノと俺は周りに誰もいないのを確かめると、息を殺して城内を素早く探し回る。


すると、一階奥に地下へと続く階段があるのを見つけた。俺達は長々とした湿気臭い階段を静かに一段一段降りて行くと、目当てである地下牢が目の前に現れた。


「待て、バッジョ」


ディーノが小声で言うと、足を止めた。地下牢の奥には見張りが椅子に座っていて、寝てるのか分からないが、ウトウトとしている。


「どうすんよ」


「まあ俺にまかせろ。バッジョはその辺の物影に隠れててくれ」


俺は言われた通り物影に隠れると、ディーノはここに来る途中で見つけたのか城の兵士が被るヘルメットなどの兵装を着用すると、


「おい。起きてくれ。交代だ」


「ん!? あ、ああ」


大胆にも見張りの肩を叩いて起こした。


「あれ? おかしいな、今日は俺の一日当番の筈だが……?」


見張りが怪しむ。これはまずい。俺はハラハラしながら見ていると、


「いや、俺はちょっとヘマをやらかしてな……。上官に罰として地下牢の見張りを一週間やるように言われたんだ。まったくついてないぜ」


「ははは! お前も馬鹿だな! そう言うことならありがたく変わって貰うぜ。ま、お前も頑張れや」


見張りは鼻歌を唄って気を良くしながら階段を上がって去っていった。


「すげーな。よくいけたな」


「夜中まで地下牢の見張りなんかやるのは下っぱの奴だからな。これくらいは余裕だ。さあ目当ての彼女を探そうじゃないか」


ディーノも気を良くしたのか、鼻歌まじりで嬉しそうだ。


地下牢は思ったほど広くは無かった。ぼんやり光る裸電球が雑に天井についている、全部で十個ばかりの牢を流しながら確認するとあっさりと少女は見つかった。


「君、起きてくれないか」


眠っている少女を起こす。少女はそのセミロングに伸びた茶髪を掻くと、寝ぼけた顔をしてむくりと起き上がった。

改めて見ると健康的な肌色をした可憐な少女であった。片方に三つ編みをぶら下げながら、渦巻きのような髪留めをつけている。


「え? え? 誰ですか」


少女は事態がよくわかっていないようで困惑していた。


「はは。落ち着いて聞いてほしい。自分はディーノ。ちょっと聞きたい事があって君を訪ねにきたんだ」


「あっはい……。そうなんですか」


流石イケメンが言うと話が早い。


「それでは早速だが、君の名前を教えてくれないかい?」


「私は……ティエナ。──ただの逸脱よ」



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