第39話

「天使が秘める願い、それは霧島のお兄さんにも関わることなんだ。お兄さんのことは……僕からは言えないんだけど」

「霧島君は知ってるの?」

「知らないと思う。お兄さんが話してないことを僕が話す訳にも」

「なんだか、話が突飛すぎて」


 三上はティーカップを手にため息をつく。

 野田だったら上手く話せるのかな。彼のことには触れず、リオンや思い出の図書館のことも踏まえて。


「僕は天使を助けたい。そのために願いを集めようと思ったんだ。力に出来ればいいなって」


 三上は黙り込む。

 訪れた沈黙の中、クッキーに伸ばしかけた手を止めた。ユウナや兄貴だったら気兼ねなく食べて、相手が答えるのを待ってるんだろうけど。


「颯太君は嘘がつけない人。だから信じるけど……みんなには話す?」

「霧島にはいつか、お兄さんがすべてを話すと思う。みんなには終わったあと、天使のことだけを話そうと思うんだ。黄昏庭園には、僕とお兄さんだけで行きたい。だから三上は、みんなを引き止めてくれないかな」

「私に出来るのは……願いを託すことと、待ってること」


 ティーカップが置かれ、夢道さんに流れていく三上の目。

 

「召使いさん、颯太君とふたりにしてくれませんか? 話したいことがあるんです」

「話なら、夢道さんがいても」

「都筑君っ‼︎」


 夢道さんの大声とうつむいた三上。

 震えだした三上を前に気まずさが漂う。三上の気持ち、夢道さんは気づいたのかな。


「それじゃあ、先輩達に願いごとを聞いてこようかな。都筑君、すぐに戻るから」

「メモにまとめといてください。話が終わったら、町で黄昏時を待ちますから」

「わかったわ。貴音様と黄昏庭園で待ち合わせ……ね」


 ドアが閉められ、僕と三上だけになった。三上が何を話そうと僕には大切な人がいる。


「颯太君、びっくりしたでしょ? あんな形じゃなくて……いつか私から伝えたかったんだけど」

「悪いけど、三上の気持ちには答えられない。僕には好きな人が」

「同じクラスの子?」

「違う。中学の時から想ってた」

「そうなんだ。敵わないな、私は高校生になって……同じクラスになってからだった。出会ってから1年も経ってない」


 三上の顔に微かな笑みが浮かぶ。

 僕からそらされた目が、何処を見るでもなく室内を彷徨った。


「名前で呼ぶの、迷惑に思ってる?」

「別に、もう慣れてるから」

「よかった、これだけは喜んでいいんだ。私の願いは、颯太君の迷惑でしかないんだけど。……いい?」


 誰が何を願おうと自由だ。叶わなくても、想いが消え死ぬまでは。

 僕だって想ってるんだ、叶わないと知りながら。別れが訪れるひとりだけの女性ひとを。


「これからも颯太君が、男の子の中1番の友達でいてくれること。それと……私が誰かと出会う前に、颯太君が振り向いてくれたらいいな」

「誰かって?」

「私を好きになってくれたり、私が好きになる誰か。これから何があるかわからないでしょ? 短い間でも……私は颯太君を想ってたから」

「僕に幻滅するだけの、出会いが待ってるかもしれないな」

「幻滅なんてしないよ。私が好きになった人なんだから」


 ふふっと三上は笑う。

 顔を赤らめながら、いつもの調子で。吹っ切れたのか、気持ちをごまかしてるのか僕にはわからないけど。


「夏美にもちゃんと話す。あらぬ失言で、颯太君とギクシャクしたくないもん。黄昏庭園のことは任せて。みんなのこと、ちゃんと見張ってるから」

「ありがとう三上。じゃあ、またあとで」

「うん。楽しみだね、みんなで食べる夕食。召使いさん達、何を作ってくれるのかな」


 僕より早くテーブルから離れ、ドアに近づいた三上。

 開かれたドアの先から、召使い達の話し笑う声が響いてくる。廃墟となった町に囲まれる中、僕達の来訪は彼女達に喜ばれてるのかな。

 みんなで何度でも来ることが出来るなら。

 そのためにも僕は。


「霧島君の部屋に行ってみる。颯太君、気をつけてね」


 うなづいて客室を出た。

 赤い絨毯が妙に鮮やかに見える。

 壁に飾られた絵と、置かれた銅像は屋敷の中どれだけの出来事を見てきたのか。すべてが終わったあと、彼と話せるようになれればいいな。



 開いた扉の先に見える空。

 町に向かい、歩きだした僕の中に胸の高鳴りが響く。



 訪れる黄昏時。

 僕は……僕にだけ出来ることを



 彼と共に。

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