第36話
門の前に車が止められ、『お屋敷、母さんも一緒でいいしょ?』と坂井の声が続く。
予想外の坂井の行動、思いだすのは僕の家に来た時のこと。三上のことで苛立ちジュースを飲みまくってた。なんでかわからなかったけど勘違いじゃなければ。三上が親しげだったのは僕のことを。
だけど、僕が大切に思うのはマリーだ。
三上がいい子だってわかってるけど、他の誰のことも考えられない。駆け寄ってきた霧島と、坂井のそばで三上は笑う。
「雪斗君、理沙のお母さんから。三上屋の揚げ物おすすめなのよ」
「夏美ったら。いきなり渡さなくても」
「いいの、ほら雪斗君」
坂井にうながされるまま、三上の手から離れていく揚げ物。
「もう、雪斗様ったら」
近づいてくる夢道さんを前に僕を包む落胆。彼が一緒にいるのを期待してた。油絵と羽根、すぐにでも渡したいのに。
「僕達が来るの、主人は興味なしか」
期待してたのは野田も同じか。
若いままの主人について調べようとしてた。いつになく声が沈んでるな。
「雪斗様、客室にお茶を用意しています。お客様を案内しましょう」
夢道さんにうながされ、霧島が僕達を呼ぶ。みんなが歩くあとを追って歩きだした。
油絵が妙に重く感じられるのは何故だろう。
広大な敷地の先に見える屋敷。彼は何処にいるんだろう。
敷地の中見えるのは、葉が枯れ落ちた樹々の群れ。黄昏庭園は屋敷の裏にあるのかな。
脳裏をよぎる妖魔の姿。
リリスとリオンの想いに包まれながら、妖魔はどんな夢を見てるんだろう。
目を覚ます黄昏時まで。
扉が開く音に坂井親子の感嘆の声が重なった。手招きする霧島の前でやたらとはしゃいでる。坂井は霧島邸での説得にこだわってた。母親を連れて来たのって、お屋敷への憧れが親子であったからなんじゃ。
「坂井委員長、僕達を入れないつもり?」
野田のツッコミに咳払いで返し、坂井は母親と共に足を踏み入れ僕達はあとに続く。
白で統一された壁と赤い絨毯。壁に飾られた絵や置かれた銅像。
僕達に頭を下げる召使い達と、混じり見える違う服装の召使いの残像。親しげな笑顔はマリーの思い出かもしれない。残酷な噂が流れる前に、マリーと笑い合っていた幸せなひと時の。
客室の中の白で統一されたテーブルと椅子。並べられたお菓子の数々とティーカップは思い出の図書館を思わせる。 みんなが霧島と一緒に客室に入る中、僕は立ち止まり夢道さんと向き合った。
「あの、霧島さんは何処に?」
「書庫室だと思うわ。この頃は雪斗様と一緒に書庫室で過ごすことが多くなったの。私が片付けてから居心地がよくなったのかしら」
夢道さんは無邪気に笑う。
この人、彼のことを嬉しそうに話すんだな。彼も夢道さんを大切に思ってる気がする。リオンとマリーと同じ、誰も踏み込めない繋がりか。
「夢道さん、これ彼に渡してくれませんか?」
「お土産? 都筑君から渡せばいいのに」
「でも、彼は僕達に会うつもりは」
「雪斗様からの招待だもの。貴音様が出迎えることじゃないでしょ? 貴音様に用があるなら、どうぞ?」
夢道さんは僕の腕を掴むなり歩きだした。
相変わらずの破天荒っぷり。こんなんで、彼に怒られるようなことしでかしてないのかな?
「待って夢道さん、都筑君を何処に⁉︎」
振り向くと霧島と坂井が立っている。
坂井の奴、何事にも首を突っ込んでくるな。野田より坂井のほうが危ない気がする。僕がいない間に、霧島を言いくるめてウロウロしなきゃいいんだけど。
「ご心配なく雪斗様。都筑君はすぐ戻りますから、お友達と遠慮なくですよ」
にこやかに笑う夢道さん。僕を離すまいと込められていく力。無言の圧力を感じるのは気のせいか?
ふたりに見送られながら夢道さんと歩く。
窓からの陽射しがやけに眩しい。
「夢道さん、黄昏庭園のこと霧島さんから聞いてますか?」
「近づくなと言われてるわ。召使いみんながだけど、それがどうしたの?」
「他に聞いてることは? 夢道さんだけが知ってること」
予感めいたものが僕の中を巡る。
夢道さんを大切に思ってるなら、彼は話してるんじゃないか。妖魔の存在も、妖魔が生みだしたものがなんなのかも。
「話してくれませんか? 僕がやろうとしてることは、彼にとって余計なことかもしれない。だけどやらなきゃいけないんです。彼や……彼を想う優しさに答えるためにも」
リオンとリリスの願いは、彼の苦しみが消えていくことに繋がっていく。彼がリリスを許し、妖魔の中にある憎しみが願いの力になっていくなら。
「都筑君みたいな子が、貴音様と出会ってくれた。貴音様は待ってたのかもしれない。運命を諦めながらも……手を差し伸べてくれる誰かを。長い時をかけて私の願いは叶った。ずっと貴音様のそばにいられること。きっと、叶わない願いなんてないんだわ。願いは、無限の力を放ち続けるから」
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