第35話

 ユウナとピケに聞いた。叶えたい願いはなんなのかを。ないと言ったユウナ、自分の世界に満足してるんだな。

 ピケの願いは、おやつの種類が増えることと新しい眼鏡をかけて働くこと。『どっちも大事でチュウ‼︎』って大騒ぎだったな。1番を決めろとか言ってないのに。


 神と呼ばれる者の夢物語を破裂させる。

 オモイデ屋を出る前に思いついたことは、ひとつでも多くの願いを集めることだった。

 いっぱいの願いをひとつの力にする。

 時雨さんは言ってくれたんだ。信じることで変えていけるものがあるって。


 時雨さんの願いは買い取られた物が1日でも長く愛されること。兄貴は『秘密』のひとことで終わったけど見当はつく。風丸が長生きすることと、時雨さんとの日々がずっと続いていくこと。

 紅葉さんは、爆盛りスイーツ完食無料に勝利すること。これって、願いっていうより目標じゃないのかな。

 父さんと母さんは僕と兄貴の幸せが願いだと言ってくれた。あとは、霧島邸に向かうみんなに聞くだけ……なんだけど。

 車の中、沈黙を破った僕のため息。

 坂井ってば。

 霧島邸への行き帰りにと、母親を呼んでるなんて思いもしなかった。


 三上屋の前に止まった坂井家の車。

 驚く僕達を前に、坂井は車から降りるなり口を開いた。


 ——みんな、歩いて行くつもりだったの?


 歩こうなんて考えっこない。

 みんなとはバスかタクシーでって話してた。三上ですら読めなかった坂井の行動。予想外なことはもうひとつ、三上の母親から土産にと渡されたいっぱいの揚げ物。窓が閉まる車の中、充満する香ばしい匂い。


「みんなごめんね、お母さんがはりきっちゃって」


 三上の申し訳なさそうな声と、真ん中に座る野田のスマホから響く音。


「大丈夫よ理沙ちゃん。美味しそうでいい匂いよ」


 母親のほがらかな声と助手席で歌う坂井。なんだか、霧島邸に行くの不安になってきた。


 人々で賑わう街並み。

 ここを通り過ぎたら町に入っていくのかな。住人達が逃げだし廃墟となった場所へ。

 マリーを悲しみで包んだ遠のいた過去。


 僕の中にいるずっと好きだった女性ひと。妖魔と対峙し、リリスを助けだすことはマリーとの別れを意味する。

 僕は願わなきゃ。

 いつかの未来にある、リオンとマリーの幸せを。


 空に消えたリオンと消滅したノート。たぶん、リオンは妖魔に溶けこみ僕達を待っている。マリーと生きる未来を願いながら。 


 マリー……なんだか夢みたいだ。

 君とリオンが生きる未来の中で、僕が思い出として息づいてるなんて。君への想いに、リオンは少しくらい嫉妬してくれるかな。

 僕の現実いまに混じる君の過去と未来。

 こんな幸せがやって来るなんて考えもしなかった。


「都筑君? 何よヘラヘラしちゃって」


 坂井の声につられ、僕を見た野田と三上。

 なんだろうこの気まずさは。

 マリーのことを知られた訳じゃないのに。それに笑ってたつもりはないんだけどな。


「まさかとは思うけど、好きな人がいるとか言いださないでよ?」


 坂井に体中が火照りだした。

 早まる鼓動、どうしてくれるんだよ。僕の想い、思い出じゃなく笑い話になっちゃったら。まいったな……顔から火が出そうだ。


「そうなんだ、颯太君」


 三上の呟きが聞こえる。


「好きな人……いるんだ」


 野田越しに見えるうつむく三上。

 髪が隠す顔と感じ取る落胆。僕の何が三上を落ち込ませたんだろう。


「ごめん理沙‼︎ 私ってば余計なことを」


 慌てる坂井と『いいよ』と力なく笑う三上。


「しょうがないよ。颯太君が好きな人……素敵な人なんだろうな」

「理沙」


 強気な坂井が泣きそうになっている。

 膨れていく気まずさ。もしかして僕は、ふたりをものすごく傷つけたんじゃ。

 僕に好きな人がいる。

 それで三上が落ち込むってことは。


「都筑君、外」


 気まずさの中、野田の声が大きく響く。言われるまま外を見ると、野田に見せられた写真ものと同じものが見え始めた。


 廃墟となった町並み。

 物悲しさに包まれた光景。噂に踊らされた、住人達が見捨て離れた場所。


「夏美、ほんとなの? ここに友達が住んでるなんて」

「うん、お母さん。私達の学校を選んでくれた男の子。大切な友達だよ」

「寂しい場所ね。活気を取り戻せればいいのに」


 見えだした住人達の残像。

 何かを話し楽しそうに笑っている。


 時雨さん、信じればこの町にも奇跡は起きるかな。いつかの未来、人々が喜び笑う場所になっていくって。

 マリー、僕は思うんだ。

 君が愛した黄昏庭園が、みんなの繋がりの場所になっていけばいいって。




「お母さん、あの子だよ雪斗君。私達を待ってる」


 車の前方、見えだした門の前に霧島と夢道さんが立っている。

 開かれた門の先に見える広大な庭。







 僕は……霧島邸に。

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