第34話
時雨さんは微笑む。
彼がこの絵を見たのはいつなのか。わからないけど、絵を前に足を止めたままの彼が見える。
「彼に話したのは少しだが、この絵を売りに来たのは恋人を亡くした
「どうして時雨さんは、彼にこの絵を」
「言っただろう? 彼の未来に寄り添っていくだろうと。僕の勘に過ぎないがね」
振り向くと小人達が時雨さんを見上げている。
話を聞いてるのかな。
指を立てて、ひとりひとりを数えるように動かすと、小人達は驚き商品のうしろに隠れてしまった。見えるのが時雨さんだったら、みんな大喜びで走り回るんだろうか。
「彼は苦しみを秘めているね。それが何かはわからないが」
「彼と少しだけ話せたんです。彼が背負うもの……僕には、受け止めきれないものでした」
「それでも、颯太君は受け止めようとしている。その想いが、彼の背中を押していくと僕は信じるよ」
時雨さんは不思議な人だ。
どうして時雨さんが話すことは、こんなにも温かく僕を和らげてくれるのか。いつかは僕も時雨さんみたいになれるのかな。
「時雨さん、信じてくれますか? 僕は天使に会ったんです。リリスという名の綺麗な
「信じるさ。僕は何ひとつ嘘だと思ったことはないんだ。騙されようとも、信じれば変わっていくものがあるから。颯太君、未来も同じだ。信じれば変わっていくものがある。変えていけることもある」
兄貴と紅葉さんの弾む声と、可愛らしく響く風丸の声。リリスを助けだせたら、みんなで集まれればいいな。
リリスは喜ぶ気がするんだ。
みんなが笑い、喜ぶ場所を。
壁から外された絵が僕に渡された。
振り向き僕を見る彼の残像。
そうだ、渡さなきゃ。
時雨さんに……羽根を。
「時雨さん、渡したいものがあるんです。絵のお礼に」
「気持ちだけでいい。茶飲みに戻るとしよう」
「でも、これは」
物が秘める思い出を知ることが出来る。
時雨さんに持っててほしいのに。
「紅葉さん、土産の礼にお茶を淹れよう。郁人君が大福餅を買いに行ってくれるそうだ」
「時雨さん、僕は一言も」
「はいはい、お兄さん。買ってくれるなら豆大福にしておくれ。時雨さんには敵わないね、大福餅に振り回されちまう」
時雨さんってば、僕からは受け取らないくせに。
「時雨さん、僕は」
「颯太君の気持ちだけでいいんだ。僕に渡そうとしているものは、君が託されたもの。そして、君が託すべき人は僕じゃなく彼だ。これも、僕の勘に過ぎないがね」
温かい笑みを前に思う。時雨さんには未来が見えてるのかな。オルゴールが語った時雨さんは神様だって話。もしも……それが本当だとしたら。
神と呼ばれる者が生みだした世界。
天使と死神を包む、不条理な夢物語とは違う。
時雨さんが描くものは優しさに包まれた夢物語だ。
捨てられ、忘れられた悲しみが知る優しさ。
僕を包む夢物語は
限りある未来を知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます