第26話

 リリスが隠し続けたもの。

 思い出の図書館で知ったこと。


「霧島さん」


 彼を見ながら思う。

 どうしてリリスは、彼の顔を自分と同じにしたんだろう。それに、彼が持つリリスと同じ匂い。残り香って言われても妙にひっかかる。


「夢道さん、遅いですね」

「美結なりの配慮だろう。空気を読むよう言い聞かせている」


 霧島雪斗が学校に来た。

 たぶん夢道さんは、霧島の送り迎えを志願しつつ呼んでくれたんだ。霧島に宛てた手紙の中、彼に呼びかけた少年。会って話を聞いてみては……と。

 いきなり背中を押されたのはびっくりしたけど、夢道さんなりに考えてのことだったのかな。


 ちゃんと話さなきゃ。

 僕が話すことが、変えられるものがあるはずだから。


「手紙、読んでもらえたんですよね。信じてくれますか、リリスが作った思い出の図書館。螺旋状の本棚があってハムスター達が働いている。管理人はユウナという男装の女の子。僕よりしっかりした子です」


 風に撫でられ音を立てる落ち葉。

 彼は手を伸ばし枯れ葉に触れた。

 鮮血を思わせる赤色。


「リリスに与えられた羽根のネックレス。羽根は2枚あって、1枚が思い出の図書館に導いてくれるんです。そこで僕は知りました。リリスが秘める本当の」


 握り潰された枯れ葉。

 乾いた音のあと、地面に舞い散る粉々になったもの。


「リリスの声に耳を傾けないことだ。君はノートを手に入れ目をつけられた。僕への興味は、リリスにとって遊びの対象でしかない」

「違います、リリスは」

「何が違う。君は僕を蔑む駒に選ばれた。でなければ、なんのためには与えられた」


 ネックレス。

 なんのために僕は託されたのか。


 リリスの幻が現れた放課後。僕に語りかけたリリスの冷ややかな声。

 だけどあの時。


 ——坊っちゃん……霧島貴音は、誰よりも優しく悲しい存在もの


 ——人間君に何が出来るのか。坊っちゃんを救えるのか……楽しみね。


 今思えばリリスが語ったこと、彼を案じるものばかりじゃないか。


 リリスと同じ顔と匂いが意味するもの。大切な場所、思い出の図書館に僕を導いたのは。


「たぶん、リリスは願ったんです。種族と世界のへだたりがない、繋がりが紡ぐ世界を」


 風に流れ消えた枯れ葉だったもの。

 陽に照らされ輝く白い髪。その光は、リリスを閉じ込める氷の輝きを思わせる。


 リリスが考えたとおり、罰を下したのがゼフィータだとしたら。

 リリスは今……天界の何処かに。同志と呼んだリリスをゼフィータはどんな気持ちで。


「繋がり? あの女が?」


 リリスと同じ目に浮かぶ嘲りの光。それは、彼が秘め続けた憎しみを鮮烈に物語る。


「何故そんなことが言える。導かれた世界は、君をそそのかす嘘だとも考えられるだろう」

「ユウナとハムスター達の世界は幸せに満ちています。僕はそこで巡り会えた、可愛がっていた犬にです。チビが幻だってわかってます。だけど、僕の思い出から連れ出されたチビは、彼らの世界で幸せに生きている。リリスが作った世界に嘘はありません。不死を憎み、訴えようとした彼女は……誰よりも優しいんです。リリスは罰せられて、閉じ込められたんだ」


 体に巻きついた鎖。

 たぶん、今は冷たさも痛みも感じていない。だけど意識が途絶える瞬間ときまで、リリスを支配した痛みと秘め続けた願い。


「あなたも作りだした世界もリリスの大切な存在です。リリスは反旗をひるがえした。不死を憎み、限りある命を愛しながら。自分が罰せられることと引き換えに、変えられるものがあると信じたんです。神と呼ばれる者に、不死の苦しみと限りある……命の尊さを」


 鳥の鳴き声に彼は顔を上げた。

 空に鳥の姿はなく、何処からか響くだけの声。


「お待たせしました。朝のコンビニって結構混んでるんですね。都筑君ったら、まだベンチに座ってないんですか?」


 夢道さんの呆れ気味な声。


「すいません。でも夢道さんのおかげで話は」

「ミルクティーでいいでしよ? 貴音様はね、毎日雪斗様と飲んでいるの」


 夢道さんが手渡してくれた缶入りのミルクティー。彼に手渡そうとした、夢道さんの手が止まり目が見開かれていく。夢道さんが見るものを追いかけ見えたもの。




 

 眼帯がはずされ、露わになった左目。

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