第25話

 なんだか妙な感じだな。

 彼がいるだけなのにリリスに見られてるような。ふたりは同じ顔をしてるだけなのに。

 彼の目は、すぐに僕から離れ再び空を見上げだした。


「都筑君、何してるの?」

「え?」

「ベンチ空いてるじゃない。貴音様の隣が」

「そんな、隣だなんて別に」

「何言ってるの? さぁ、遠慮なくどうぞ」


 僕の背中を押す夢道さんと、思いもよらない行動に大声を上げた僕。冷たい風の中、彼を前に体が熱くなったのは間違いなく夢道さんのせいだ。


「美結、何をしてる。空気を読めと言ってるだろう」


 喋った。

 彼が……僕の目の前で。


 夢みたいなことが起こってる。そうなったらいいのにって思ってた。だけど、本当にこんなことになるなんて。


「読んでますよ貴音様。この頃、先輩達と話せるようになったんですからね。下っ端から1番の召使いも夢じゃなくなってきたんです。都筑君も、貴音様を特別視しずぎじゃない?」


 夢道さんは破天荒すぎる気がするけどな。

 特別視……そんなつもりないけどすごく緊張する。話したいことも聞きたいこともいっぱいなのに。

 ありすぎてどう切りだせばいいのか。


「飲み物買ってきますね。都筑君、貴音様と同じでいいでしょう? 選ぶ手間が省けるもの」


 夢道さんの足音を追い響く、踏まれる落ち葉の音。どうしよう、話しやすい人がいなくなっちゃった。


「ノート」


 聞こえた声にどきりとする。僕を見ないまま出された声。呟きのようにも思えるけど僕に言ってくれてるんだよな。夢道さんは待ってるって言ってたんだから。

 彼が、僕を待ってくれてるって。


「君は何故、手に入れようと思った」


 ダークティアラ。

 気になってた作者のノート。どんなことが書かれてたのか気になったから。


 言えない。

 答えなきゃいけないのに。答えれば……彼と話が出来るのに。


「捨てることが出来なかったもの。寂れた店の中眠らせるはずだった」

「すみません」


 込み上げそうな緊張の中、ひとことだけを絞り出した。空を見たままの彼と、近づけないまま立ち尽くす僕。


「何もかもを知っただろう? ノートに書いたものは事実だ。人には見えないものが見えたマリー。彼女に出会い人になることを願った死神。僕は彼の望みが、歪んだ形で叶えられた者と言えるだろう。僕は不死の人間、死神の翼から生みだされた」


 ノートを読んでから、僕の中を巡り続けたものを彼が語っている。驚きも失望もなく、僕に浸透する事実。


 彼の顔が何かを追うように動く。つられて空を見ると、大きな鳥が飛んでいるのが見えた。


「長いこと僕を苦しめてきた事実もの。本当の僕は何者かを考え続けた。僕の中を巡る死神の記憶……本当の僕は何処にいるのかを」


 大きな鳥を追うように現れた鳥。

 寄り添うように飛ぶ2羽の鳥が、見えなくなった空にある太陽と小さな雲の群れ。


「見つけたひとつだけの答え。僕は誰でもない僕として生き続ける。捨てられない現実いまを受け入れながら、与えられた運命ものを手放していく。雪斗の成長を見届けたら、旅に出る……彼女を連れて」


 彼女って夢道さんのことか。


「僕のそばで、彼女は老い死んでいく。それでも、いつかの再会を約束した。何度でも出会いそばにいるのだと。死神の記憶に支配されようと……僕は、僕の日々を生きると決めた」


 彼の顔が僕に向けられた。

 僕から話せることは、最初に話すことはなんだ?


 リリスのこと。

 霧島雪斗のこと。

 黄昏の慟哭のこと。

 最初に話したいこと、彼が聞いてくれることはなんだ?


 体を震わせる風の中、僕を包み流れる香水の匂い。


「いい匂いですね、香水」

「香水? なんのことだ?」

「何って、霧島さんから」


 変なこと言ったかな。

 オモイデ屋に向かい、すれ違ったあの日にも嗅ぎ取った匂い。


「違いますか? 何かの花のような」

「同じ匂いをリリスが持っている。僕が生みだされた時の残り香に過ぎない」


 リリスと同じ顔に宿る翳り。

 彼にとって、リリスは恐れと憎しみの対象でしかないんだろうか。

 僕も怖い存在ものだと感じていた。

 だけど違うんだ。


 彼に伝えなきゃ。

 リリスの本当を。


 僕が話すこと。

 彼に知ってほしい真実を。

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