第22話

 リリスの決意。それがどれだけの強さを秘めているのかわからないけど。わかるのはひとり戦う中長い時が過ぎていること。

 そして、リリスにある罰を受ける覚悟。


 神と呼ばれる者の、逆鱗に触れる代わりに訴えることが出来るなら。自分が罰せられても、変えられることがあると信じている。

 リオンが翼を斬り落としたように。


「どうした客人、駒がどうとか」


 ユウナの声が僕を震わせた。

 ここが何処かを忘れさせる暗闇と静けさ。


「リリスは僕達に嘘をついてると思うんだ。たぶん、僕達を傷つけないようにと」

「何故、そう思う」

「聞こえたんだんだよリリスの声が。罰を受けようとも運命に牙を向くって。ひとりになろうとして、僕達につきたくもない嘘を」


 暗闇の中、ユウナはどんな顔で僕の話を聞いてるんだろう。

 話したほうがいいのかな。ユウナとピケ、思い出の図書館が作りだされた理由わけを。

 無邪気に笑う由太郎の残像。

 暗闇の中に浮かぶ、真っ白な光の中の冬馬先生とピケ太。部屋が明るくなれば、僕には見えなくなるんだな。セピア色に染まった思い出、懐かしさと寂しさが入り混じってる。


「ユウナ様、そろそろ明かりをつけるんでチュウ?」

「そうだな。どうだ客人、見れるだけのものは見れたのか?」

「うん、全部は見れたと思うけど」


 暗闇の中、動きまわるハムスター集団は大騒ぎだ。

 明かりをつけるだけなのに、なんであんなに楽しそうなんだ?


「あのさユウナ、君に似た子供のことなんだけど」

「なんだ」

「驚かないで聞いてくれるかな。ユウナとピケは、リリスの思い出から生みだされたものなんだ」

「私達が……だと?」

「流れ込んできたリリスの想い、あったかくて優しかったんだ。君達もこの世界も、リリスに愛されてるんだね」

「ピケ、明かりはまだ消しておけ」

「ユウナ様? さっきつけろって」

「うるさいっ‼︎ つけるなと言っているっ‼︎」


 暗闇に響くユウナの怒鳴り声。目を覚ましたチビが『クウン?』と鳴いた。

 ユウナってば照れてるのかな。

 暇つぶしとして生みだされた。そう思ってたから無理もないけど、ムキになるなんて子供らしいな。

 いつかリリスが訪れて、ユウナと一緒にミルクティーが飲めればいいのに。




 暗闇の中、思い出帳がパラパラとめくれる音が響く。

 なんだろう。

 僕は見るべきものを見た。リリスが秘めるものを知ったはずなのに。指先でめくれる先を追いかける。


「客人? どうした?」

「思い出帳が……僕に見せたいものがあるみたい。ユウナ、落ち着いたら明かりつけていいからさ」

「何を言っている。私は冷静ではないか」

「あれ? さっきの怒鳴り声はなんだったの?」

「そうでチュウ。ボクは怒られ損でチュウ」


 ピケの奴、少し前まで僕に怒ってたくせに。


 指先でなぞる見えない文字。

 目を閉じて訪れた暗闇の中、浮かび上がるのはキラキラと輝く色の群れだ。それはゆっくりとひとつの形を作り上げていく。


 黒い翼。

 リオンが斬り落としたものか。


 色の群れが描きだしていく、見知らぬ部屋とベッドに横たわる翼。

 ノートに書かれてたな。

 マリーの死と同時に、翼の元に現れたリリス。翼は両親の部屋に置かれ、マリーは死ぬまでドアを開けることはなかった。


 ——リオン、あなたも訴えようとしたのね。不死を憎み……否定して。


 翼の断面は生々しい赤みを帯びている。リリスが見るままに、リリスの手が断面に触れるのが見えた。


 ——リオン、私に協力してほしいの。神と呼ばれる、私達を生みだした者に声が届くように。天界の住人達。誰もが真に生きることを忘れている。訴えるため私が作るのはむごく残酷な世界よ。力をくれた織天使セラフィムも驚くでしょうね。


 リリスの手を染めるリオンの血。

 滴り、床に落ちていく血を追うリリスの目。


 ——不死は残酷ね。体が消えても、あなたの想いは翼の中で生き続けている。悲しみも苦しみも閉じ込められて。私達は神のおもちゃ。大切なものを壊しはしないですって? 不死のまま、私達はどれだけのものを壊されるというの? リオン……愛する者が死に不本意でしょうけど、あなたに自由をあげるわ。神が生みだした存在ものを否定する者として。いつかは命尽きる者達の中、生き続ける異端の存在もの。……それがひとつの訴えになるのなら。


 血に濡れた手で、リリスは黒い翼を撫でる。

 それは新しい命を生みだそうとすることへのためらいなのか。


 ——リオン……愛する者への想い、閉じ込めることを許してほしいの。私は願うから、いつかの未来愛しい者と巡り逢う時を。だから私を、私の罪を許してください。罰が下されるまで、あなたと愛しい者の未来を願うから。

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