第23話

 黒い翼が形を変えていく。溶けた物質となり血を飲み込みながら。部屋に響く気味の悪い音は、声にならないリオンの悲鳴なのか。


 僕に流れ込むリリスの想い。

 それは、新たな命を持って生きようとする存在ものへの憂いと希望。同じ姿で生き続ける中、不死はどれだけの苦しみを呼び寄せるだろう。

 それでも、理解わかろうとする誰かとの出会いを求めていく。僅かなひと時であろうとも。家族や友人と呼べる繋がりが、彼を支え守ってくれる。


 カレンとゼフィータを思い痛む心。


 リオンを復活させると約束した。カレンは怒り、憎しみを向けてくるだろう。創造の力で新たな命を得る翼。リオンを慕い続けた友を裏切る行為。


 同志と呼んでくれたゼフィータ。

 与えられた立場といえど。美と調和を守る立場の彼に、作りだした残酷な世界はどう映っているのか。

 きっと……彼が罰をくだす。

 神と呼ばれる者の思考を読み取り、神に近い立場として役割を果たそうとするだろう。

 

 リリスの前で人の姿となったもの。

 白く長い髪と裸身。

 両手が這いずるように動く。不安げに部屋を見回すリリスと同じ顔の男。それは、霧島貴音として生きることになる。


 ——はじめまして、坊っちゃん。


 リリスは語りかけた。

 込められるだけの冷ややかさを秘めて。

 演じきらなければ。冷酷な、創造を司る天使を。


 新たな命。


 彼に憎まれながら、慈しみ見守っていく。

 罰が下され、そばにいられなくなっても。



 生みだした……かけがえのない……









 ミルクティーを飲むユウナと色とりどりのマカロンタワー。ハムスター集団の筆頭になって働くピケと僕を見上げるチビ。僕の手の中で閉じられたリリスの思い出帳。


「ユウナ、ここにリリスが来たことは?」

「何度か。最後に語ったのは、客人が託されたネックレスについて。過去の管理人と話していたことは、記憶として私に引き継がれている」

「そうなんだ」

「どうした? 何を考えてる……客人」

「リリスが僕達を見てるとしたら。なんで今、ここに現れないのかなって」


 誰にも語らない思い出。

 知られたくないのなら、僕が思い出帳をめくる前に現れそうなのに。

 この世界でなら、リリスと話すことが出来る。


 僕が倒れたのは放課後の夕暮れ時。

 あの時僕の前に現れたのはリリスの幻だった。

 僕の腕を掴んだ灰色の手。あれが、リリスに出来た精一杯のことだったとしたら。


 もしも今……罰が下されてるなら。


「もしかしたらリリスは」


 まぶたが重くなりユウナが霞んでいく。ユウナと話さなきゃいけないのに。

 リリスのことを……まだ。


「罰を……」


 話さなきゃいけないのに。







 抗えずに落ちた暗闇の中。

 なんだろう、夢とも目覚めとも違う。



 寒い。


 凍えるような寒さだ。


 なんだ?

 キラキラと輝く氷の塊。


「あれ?」


 氷の中に何かが見える。暗闇を微かに輝かせる光。



 人影と白い翼。

 僕が見た幻と……同じ顔。



「リリス?」


 閉ざされた目と青みを帯びた白い肌。

 体に巻きついた銀の鎖。


 氷の中に、閉じ込められ……





 見慣れた天井と、窓から射す朝の光。


 今見てたのは、夢?



 氷の中に閉じ込められたリリス。

 巻きついた鎖と生気を失くした白い肌。あれは……罰を受けた姿なのか。


「朝か。学校……行かなくちゃ」


 気の重さを感じながらベッドから起きだした。







 ***


 時雨さんと話が出来たらな。

 今日が日曜日じゃないことに、ちょっとだけの苛立ちを感じる。

 時雨さんに話したところで解決出来ることじゃない。それでも、時雨さんに聞いてもらえるだけでなんとかなるような気がする。

 それなのに月曜日だなんて。


 いつかの坂井みたいに学校を抜け出せたらな。どんな言い訳を使って僕の家に来たのか、聞いたら怒られるだろうけど。


 同じ制服の生徒達が通り過ぎる通学路。

 冷たい風に震える中、見えだした校門の前に立つ男子生徒。誰かを探してるのか、まわりを見回したあと持っているものを見始めた。

 あれって写真かな、友達を探してるようには見えない。生徒は顔を上げひとりひとりの顔を見る。


 すれ違い、感じとった生徒の視線。

 

「あっあのっ。都筑君……かな?」


 生徒が僕を呼び止めた。

『かな?』って言われても、知らない奴に返事なんて出来ない。


「違うのかな。夢道さん……なんで隠れちゃうんだよ」


 夢道さん?

 今……夢道さんって言った?


 振り向くと生徒が立っている。

 不安げに僕を見ながら。








 次章〈霧島貴音の光と影〉


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る