第21話

 ——僕は由太郎君の夢を聞いた。ぴけ太も聞いてくれてる。一緒に叶えていこう。


 ——冬馬先生はそう言ってくれると思った。だからお話したんだよ」。


 ユウナと同じ顔で由太郎は笑う。

 本に囲まれた世界と相棒のぴけ太。思い出の図書館、ユウナとピケみたいじゃないか。


 ——冬馬先生の夢は何? 僕を夢の中に入れてほしいな。


 ——医者として沢山の人を救っていく。誰ひとり、僕の前で死なせはしない。


 ——ごめんね、冬馬先生。僕はもうすぐ死んじゃうんだ。黒い翼のお兄ちゃんが夢に現れる。僕を……迎えに来るんだって。


 由太郎を天に導いたのはリオンか。

 黄昏の慟哭でもそうだった。

 死を迎える前。リオンは何度か姿を現して、恐れから守り遠ざけていた。読む前に持っていた死神へのイメージは、突然やって来て冥府へ導いていく怖いものだったのに。

 苦しみを秘めていたからこそ、リオンは優しさを持って人に向き合っていた。あるいは……マリーに出会い優しさを知ったんだろうか。


 ——黒い翼なんてみんなが怖がるよね。僕も出会った時は怖かった。病気になったから怖いものが来ちゃったんだって。でもね冬馬先生。夢の中はキラキラ眩しくて、黒い翼をいくつもの色に輝かせる。お兄ちゃんの手はとってもあったかいんだ。友達だって言ったら……お兄ちゃんに怒られるかな?


 ぴけ太は何度も首をかしげる。

 由太郎の話を理解わかろうとするように。


 ——僕の死はきっと、先生の夢に種を蒔くよ。悲しみも悔しさも先生の力になっていくんだ。ねぇ先生、生きてるってなんて幸せなんだろう。夢を語り合えるよ、どんどん広げていけるの。僕の世界は繋がりの場所なんだ。いつか、冬馬先生を招待出来ればいいな。そう思うだろ? ぴけ太。


 由太郎に答えるように、ぴけ太は跳ね冬馬先生の体を駆け上がっていく。由太郎のためにがんばる姿はピケそのものだ。


 ——ははっ。はははっ。


 手を叩いて由太郎は笑った。


 嬉しそうに。

 喜びを噛みしめながら。


 ——冬馬先生、笑って。僕はみんなと笑いたいんだ。お兄ちゃんもいつか笑える時が来る。冬馬先生、僕の死はきっと……未来に何かを。


 由太郎を前に冬馬先生は微笑む。悲しみを隠す優しさを秘めて。冬馬先生の肩の上で、ぴけ太がコクリとうなづいた。


 時を止め、動かなくなった冬馬先生とぴけ太。

 セピア色に染まっていく一瞬。


 ——私は世界に牙を向くわ。いつか私の思いが力となり、不死を生みだした者に届くまで。恨まれ憎まれようとも変えていく。変えるだけの力を私は手に入れたのだから。神と呼ばれる者よ、壊れゆくものの声を聞きなさい。不変などありはしないのだから。


 リリスの声が聞こえる。僕に流れ込む、由太郎を想う温かさ。ひとつの死は繋がりの中で種を蒔き、未来に芽吹いていくだろう。不死の存在ものが不死のままに、未来に残せるのは生き飽きた怠慢と失望でしかない。だからリリスは。


 ——創造を繰り返した先にある天界の変革。天使と死神。彼らが不死を憎み、生きることを取り戻すなら。閉ざされた心を開けてみせるわ。いつか罰を受け、私が私でなくなっていこうとも。


 由太郎の夢と地球にある生と死の巡り。

 それはゼフィータが与えた力と共に、リリスを突き動かしたのか。


 由太郎がリオンに導かれ迎えた死。

 冷たくなった由太郎に触れながら、リリスは念じ作りだした。

 由太郎が語った世界と住人達の夢。


 思い出の図書館。

 ユウナとピケ。

 彼らに仕えるハムスター集団。


 由太郎が喜んだ微笑む冬馬先生。

 漆黒の世界の中で、永遠とわに残された温かな思い出は輝き続ける。


 それはリリスが作りだした温かな場所。



 流れ込む思いから見える、作りだされたいくつもの世界。それは痛みと嘆きを呼び寄せるだけの地獄の光景。

 神と呼ばれる者が愛し慈しむ世界を嘲るように。

 不死を生みだした存在ものに訴えるため、リリスは優しさを捨てた。


「僕を駒と言ったのは」


 たぶん、リリスがついた嘘だ。

 彼とユウナを退屈しのぎと言ったのも。


 ひとりで戦うためつき続ける嘘だ。


 戦い続けた先で




 ひとり……罰を受ける覚悟を持って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る