第20話

 遠のいた過去。

 ゼフィータはリリスを同志と呼んだ。

 彼女に与えられのは彼を生みだした創造の力。

 リリスはどんな思いで創造の力と向き合ってきたんだろう。


 長い時の中、命を慈しみながら。

 終わらない命への疑問を訴え……足掻きながら。




「客人、少し休んだらどうだ?」


 目を開けると微笑むユウナが見える。

 湯気を立てるミルクティーと、ピケを筆頭に働くハムスター集団。螺旋状の本棚の中、走ってるだけにしか見えないけど。


「ユウナは天界のこと知ってるの? 神と呼ばれる者はリリスにとってまやかしだった。リリスの力はゼフィータという織天使セラフィムから」

「あいにくと、私は天使とも死神とも違うのだよ。天界については知る必要のないことだ。それよりも、リクの仕事の速さは称賛に値する。これを」


 ユウナの手の上に光輝く何かが見える。

 光の中に見えるのは……なんだ?


「ユウナ、これは?」

「ふむ、人間には見えずらいのか。リクからの届け物だ。リリスが慈しんでいるだろう一瞬」


 リリスが秘め隠すもの。

 もしもそれがリリスの原動力になってるなら。一瞬を永遠に閉じ込めるほどに、守りたいものだとしたら。


「ユウナには何が見えるの?」

「白衣の男……肩に乗るのはネズミだろうか」

「ネズミ?」


 思い出の中見えた白衣の男と子供の影。リリスの大切なものが、子供じゃなくネズミだなんてなんの冗談だよ。


「僕をからかうなんて、ピケに感化されたのか?」

「お客様‼︎ どういう意味でチュウッ?」


 ピケのプンスカ怒りに、ユウナは呆れ気味に息を吐く。仕事に集中してるかと思えば、地獄耳かよピケの奴。


「光の中のもの、暗闇なら客人にも見えるだろうか。ピケ、客人が困っている。明かりを消せ」

「いやでチュウ‼︎ お客様なんて」

「ピケ‼︎ おやつを没収されたいか‼︎」

「うっ‼︎ はいでチュウ」


 ズレた眼鏡をかけ直しながら、ピケは数匹のハムスターを引き連れ明かりを消そうと室内を走り回る。

 静かだと思ってたらチビは眠ってるんだ。この騒ぎで起こされなきゃいいな。


「この騒がしさ、どうにかならないものか」

「騒がしいなりに、ユウナも楽しいんじゃない?」

「……ふん」


 開いたままの思い出張をなぞりながら暗くなるのを待つ。

 見知らぬ文字の群れ。

 なぞる中、文字の微かな膨らみを感じだした。リリスが見てきた沢山の人達、その中の心に残る誰か。

 明かりが消え、闇に包まれた思い出の図書館。

 白い光の中、見えてきたのはセピア色に染められた一瞬だ。

 白衣の男と肩に乗る1匹のネズミ。

 男は穏やかに微笑んでいる。


「ははっ。はははっ」


 何処からか響く男の子の笑い声。僕の手をなぞるように動きだした思い出帳。

 手を離した直後、パラパラとページがめくれだした。僕が見るものに思い出帳が反応したんだろうか。


 めくれた紙の上をなぞる。

 セピア色の光景が色味を帯びて動きだした。




 ——こんにちは冬馬とうま先生。ありがとう、今日も来てくれて。


 男の子の声に流れていくリリスの目。

 家の中と家具。現在いまよりもずっと前の空気感だ。布団から起きだした、顔に浮かぶ笑顔。


「あれ?」


 男の子の顔、ユウナと同じじゃないか。


 ——駄目だよ由太郎ゆたろう君。ちゃんと寝てないと、お母さんに怒られるよ。


 ——大丈夫だよ、冬馬先生がいる時には入って来ないもん。それに、優しい冬馬先生が母さんに言いっこないもんね。


 ——まいったな。釘を刺されては出来ることがない。


 白衣の男、冬馬先生か。

 困ったように頭を掻く冬馬先生。彼を前に僕に流れ込むリリスの感情おもい。それは温かくリリスが秘める優しさを感じさせる。

 リリスはずっとふたりを見ていたのかな。

 

 ——聞いてよ冬馬先生。僕に友達が出来たんだよ。


 ——へぇ? 誰か見舞いに来てくれたのかな?。


 ——うん。今も呼べば来てくれるよ。出ておいで、ぴけ太。


 由太郎の弾む声。答えるように現れたのは1匹の白いネズミ。それは由太郎を見上げたあと、冬馬先生のまわりをくるくると回りだした。

 ぴけ太って、ピケの名前にそっくりじゃないか。


「ユウナ。ネズミの名前、ピケに似てる」

「ほう? それは面白い偶然だ」

「それだけじゃない。見える男の子、ユウナにそっくりなんだけど」

「私に……だと?」


 ユウナはどう思っただろう。

 同じ顔の人間が過去にいたなんて。


 ——由太郎君、ネズミじゃないか。お母さんに知れたら。


 ——うん、僕と冬馬先生の秘密だよ? ぴけ太、冬馬先生と仲良くするんだよ。


 由太郎はくすくす笑いだし、つられるように冬馬先生も笑った。


 ——ぴけ太か。どうしてこの名前に?


 ——ビスケットから取ったんだよ。びけよりぴけのほうが可愛いでしょ? 美味しかったなぁビスケット。これから……何枚のビスケットを食べられるんだろう。


 由太郎の青い着物と冬馬先生の白衣。それは青い空と白い雲を思わせる。


 ——ねぇ、冬馬先生。僕が死んじゃっても忘れずにいてくれるよね? 先生が生きてる限り、僕は思い出の中で。


 ——由太郎君、悲しいことを言わないでくれ。


 ——先生がいたから僕は、いっぱいの夢を見れたんだよ。何人もの医者がサジを投げた僕の病。先生だけが見捨てずにいてくれたから。


 ——まだ駆け出しの医者だ。出来ることは限られている……それでも。


 ——僕は幸せだね。先生ががんばってくれるんだもん。僕の夢を教えてあげようかな。母さんには秘密だよ。


 無邪気に笑う由太郎と、由太郎を見上げ首をかしげるぴけ太。


 ——僕は将来、本に囲まれた世界で働くんだ。ぴけ太と一緒に、ビスケットや飴玉でお客様を招待してあげる。ぴけ太には、いっぱいの友達がいて賑やかに働いてるの。お洒落な外国の服、僕にぴったりならいいな。ねぇ、冬馬先生も心が弾むでしょ? 僕の夢はみんなを幸せに出来るかな。生きられるなら……いつか叶えたかったな。


 ——由太郎君、夢は叶えるためにあるんだ。


 ——うん、誰かが叶えてくれるかな?

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