第19話

 リリスの目がゼフィータから塔に流れていく。

 塔の最上階。

 向かったとしてもリリスに何が出来るのか。

 ゼフィータが語った神の正体。エネルギーって、どんな姿をしてるんだ?


 ——不死の……理由?


 リリスの声は震えている。

 僕に流れ込む困惑と恐れ。


 陽に照らされたゼフィータの灰色の髪。それは金色の翼を引き立てているように見える。

 織天使セラフィム、知的さと美貌に彩られた天使。


 ——語る前に彼らの無礼を詫びよう。差別と非難……酷いものだな、与えられた地位がもたらす行動は。


 ——下級と呼ばれようとも、私は満足しているわ。力を持たなくても自由でいられるもの。思いのままに学ぶことが出来るのだから。


 ——僕は地位と力を与えられ、代わりに自由を失ったままだ。塔に住む誰ひとり疑問を持つ者はいない。怠慢を自由と錯覚する滑稽さに包まれている。与えられた立場は、息苦しさを感じる虚像に過ぎないというのに。


 ——あなた、地球には?


 ——降りたことはないが、エネルギーの思念を読み取り知ったことがある。天界ここにはない季節と朝と夜の巡り。生と死が存在する世界。君は彼らにも語っていたな、地球のことを。


 ゼフィータの目が見張り達へと流れていく。

 睨まれたと思ったのか、見張り達は騒めき慌てたように背中を向けた。

 リリスにうながされカレンを見たゼフィータ。見られたことに驚き、カレンはあとずさりうつむいてしまった。


 ——彼女と話す中で興味を持ったのよ。生かされる私達と、死にゆく地球にある命。その違いがなんなのか。


 ——なるほど。死神の役目は、魂を天に導くだけじゃない。生きる意味を取り戻せる鍵……そう考えることも出来るのか」


 リリスを前にゼフィータは微笑む。

 彼は待っていたんだろうか。長い時の流れの中、閉ざされた思考の扉を開く誰かを。


 ——不死の理由を話そう。僕だけが知る、エネルギーから読み取った事実。僕は君に言った。僕達は、地球を見守るために作られたおもちゃだと。それは同時に、エネルギーの操り人形を意味する。


 ——操り人形?


 ——エネルギーは慈しみと同時に憧れをいだいたのさ。人間や動物達……彼らのように体を持ち、美しい世界を駆け抜けていくことに。思考し創造し続けるエネルギーは自分がどんな姿かを知ることが出来ない。思考から生みだされた天使と死神。天界ここに住むひとりひとりが、エネルギーが見続ける夢物語ということさ。僕達はエネルギーの愛すべきおもちゃ。大切なものを壊そうとは考えないだろう?


 ——それじゃぁ……私達の不死は。


 ——言ったままさ。大切なものを壊そうとは考えない。きまぐれでも起こさない限り、僕達は生かされていくだろう。作りものの命と体で。


 ——……そんな。


 リリスは力を無くしたように座り込む。

 草を毟り握られる手。

 僕に流れ込む失望感と見え隠れする人影。

 白衣の男ともうひとり……子供か?


 ——人間界で学んだのよ。生きる意味も苦しみも、天界ここには何ひとつないものだった。いつかは迎える死……それでも人は生きようとする。限りあるものは光輝いている。


 ——僕は塔の中、ひとり考え続けていた。エネルギーの思考を読み取って始まったのは地獄だった。僕が与えられたのは、崇め恐れられる者を演じ続ける運命。そんなものを誰が望むものか。


 リリスが見上げるゼフィータ。

 緑色の目が、物憂げな光を秘めてリリスを見つめている。


 ——あらがうことは出来ないの? 私達にはあるはずだわ。運命に牙を向ける権利が。


 ——君は自由だろう? ならば、自由の中で足掻けばいい。不死を憎みながら。僕が抗うことは許されない。織天使セラフィムの存在理由は、天界の美と調和を守ることだから。僕が反旗を翻せば、天界の調和は崩れ壊れてしまうだろう。


 ゼフィータの体を真っ白な光が包み込む。

 光は粒の群れになり、ゼフィータの手の上で光輝く結晶になっていった。


 ザクリと音を立てたリリスの体。流れ落ちた鮮血が草原を濡らしていく。リリスに差しだされた結晶とゼフィータの笑み。


 ——君にひとつの力を与えよう。思いのままに創造出来る力を。


 ——創造……?


 苦しげにリリスは問いかける。


 ——エネルギーは僕に万能の力を与えた。創造の力もそのひとつだ。僕が続けたひとつだけの反抗……それは、何ひとつ創造しなかったこと。


 ゼフィータが差しだした結晶が音を立てて見えなくなっていく。リリスの体に結晶が埋め込まれた。


 ——不死を憎み抗うというなら、君が思うままに創造し続けるがいい。ひとりだけの反旗がエネルギーへの問いかけになるとは思えないが……それでも。


 僕に流れ込むリリスの想いの中で白衣の男が笑う。

 穏やかな笑顔。

 それは男と一緒に見える、子供に向けられたものなのか。


 ——結晶は溶け体を巡っていく。君の命と同化し、思いのままの力となっていくだろう。



 霞んでいく世界。

 痛みの中、リリスの意識が薄れていった。


 ——いつかまた会おう。僕と同じ思いを秘め、足掻き続ける同志よ。


 背を向け離れていくゼフィータと、リリスを呼ぶカレンの叫び。

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