開かれるオモイデへの扉

都筑颯太視点

第15話

 

 思い出の図書館。

 ここは相変わらずのハムスター集団の大騒ぎの場だ。ピケの騒ぎっぷりが不安を呼び寄せる。頼んだ思い出帳は、次の夢が始まる前に僕の手元に届くのか。思い出帳をめくる前にこの夢が終わってしまったら。


「ユウナ様が崩したマカロンタワー。片付けるのはいつもボク達でチュウ〜。ユウナ様もたまには自分で」

「誰が片付けろと?」

「うわあぁぁっ‼︎ ユウナ様いつの間に。……あれ?」


 慌てふためくピケの顔でズレ落ちる眼鏡。

 眼鏡をかけ直しながら、ピケはテーブルの上をくるくると歩く。


「ユウナ様は何処でチュウ?」

「残念、僕の真似なんだ」

「ひどいでチュウッ‼︎ ボク達はお仕事がんばってるのに‼︎」


 ワンッ‼︎

 ワンッ‼︎


「ワンちゃんはこんなに優しいのに‼︎ お客様はなんて意地悪なのでチュウッ‼︎」


 プンスカ怒りながらも、ピケはハムスター達とマカロンタワーの整理をし始めた。ミルクティーを飲み、クッキーを食べる僕をチビは見上げている。


 手紙を書いてから音沙汰なく過ぎていく日々。

 読んでもらえてるのかな。霧島と夢道さん、それに……


「まったく」


 不安になる僕をよそに、みんなはいつもどおりに過ごしている。昼休みになるとオモイデ屋の話で盛り上がる三上と坂井。スマホチェックを欠かさない野田。

 おとといの昼休み、坂井に話を振って返ってきた答え。


 ——手紙が送り返されないだけいいでしょ? 返事を待ってるうちに、なんとかしてよ鈍すぎ君を。


 なんだよ鈍すぎ君って。僕の何を鈍いって言うんだか。不安を与えられてる矢先、思い出の図書館ときたら。


「ああっ‼︎ またでチュウッ‼︎」


 ピケの大声と崩れていくマカロンタワー。テーブルに転がるマカロンと逃げ回るハムスター達。


「ピケ、僕を笑わせたいの?」

「違うでチュウ‼︎ はっ早くしないとユウナ様に怒ら」

「お前達は、客人の前で何をしている‼︎」


 怒号が響き、ピケを残し逃げだしたハムスター達。

 ユウナが近づいてくる。

 今日は白い貴族服か。ユウナの黒か白かの装いはオセロゲームを思わせる。僕の前に座ったユウナは、散らかるマカロンを見ながら飴玉に手を伸ばした。


「ユウナ様、すみません」

「もういい。それよりピケ、客人の探しものはまだ届かないのか?」

「はいでチュウ」

「すまないな客人。今から届くにも、知ることが出来るのは少しだけだ。明日以降、地道にがんばりたまえ」

「少しでいいんだ。僕が頼んだのは、リリスの思い出だから」

「ほう? リオンでもマリーでもなく……か?」


 興味深げにユウナの目が輝いた。


「ユウナは言ったじゃないか。リリスの死への願い、それは秘め隠された悲しみだって。リリスが考えてることを知ることが出来ればと」

「なるほど、思い出から探ろうと言う訳か」


 ユウナはうなづきながらマカロンタワーを積み上げていく。


 手紙に書いた。

 黄昏の慟哭が、事実を元に書かれていた驚きと、ノートを読んで知った彼が生みだされた背景。思い出の図書館のことも、管理人であるユウナが語ったリリスが秘める悲しみも。


 リリスに知られるのが怖かったけど、みんなが一緒にいて時雨さんが笑っていたのが心強かった。

 時雨さんは神様。

 オルゴールが言ってたこと本当に思えてきた。


「リリスの思い出、私も興味があるな。噂に聞く限りでは、リリスは自分のことを語ろうとはしない」

「ユウナは知ってるの? リリスが作りだした世界や人物のこと」

「いくつかは知っている。ここに来た者達から聞いただけのものは」


 ユウナがピンク色のマカロンを齧り甘い匂いが流れてくる。苺味みたいだな、僕も食べさせてもらおう。茶色いのはチョコ味かな。それともコーヒーかティラミス。


「私の世界と似て異なる世界がある。一瞬の思い出が永遠とわに閉じ込められた世界。人間界で言う写真のようなものだろう。漆黒の闇の中、バラバラに散りばめられているらしい。管理人は老いた小人の男、名前はリク」

「ユウナは行ったことないの? 他の世界には」

「出れる訳がなかろう。私がいなくなってみろ、この世界はめちゃくちゃになる。そうだろう? ピケ」

「ボッ‼︎ ボクがめちゃくちゃにするってことでチュウ?」

「ふむ、わかってるならいい」


 ピケの落胆を語るようにズリ落ちた眼鏡。かけ直しながら『ボクだけじゃないでチュウ』とピケはぽつり。

 微笑むユウナを前に思う。

 大切な場所と住人達。

 厳しく接しながらもほっておけないんだろうな。怒られそうだし、こんなこと口が裂けても言えないけど。


「ユウナ、そこにリリスの思い出もあるのかな? リリスが閉じ込めたかった大切な何か。もしかして、思い出の図書館を作ったのも」


 大切なものを残すために。

 だとしたら、何が隠されてるのか。


「なるほど、客人は面白いことを考えるものだな」

「ユウナからリクに連絡出来る? リクが来てくれれば」

「管理人の私にまで依頼とは。まぁ、客人が増えればハムスター達も喜ぶ。チビもそうかな?」


 ワンッ‼︎

 ワンッ‼︎


 チビの明るい声とユウナの笑み。ユウナはチビを可愛がってくれてるんだな。兄貴、この世界でもチビは幸せだよ。


「お客様‼︎ お待たせでした……チュウッ⁉︎」


 思い出帳を運んでくる数匹のハムスター達。

 1匹のハムスターがずっこけて、床に落とされた思い出帳。あれにリリスの思い出が。


「やれやれ、世話の焼ける奴らだ」


 立ち上がり、ハムスター達に近づいていくユウナ。チビも僕から離れユウナを追う。友達が心配なんだな、チビってば。


 思い出帳を手に、ユウナが僕に微笑む。



 僕は開けようとしている。

 リリスの……思い出の扉を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る