オモイデと道標
第11話
「颯太と話したいことがあるんですって。終わったら学校に戻るって言ってるんだけど」
「母さん、あがってもらいなよ。颯太を心配して来てくれたんだろ?」
「颯太、いい?」
なんの話だろう。
家に来てまで話したいことか。
「いいよ、すぐ行くから待っててもらってよ」
閉められたドアを前に息が漏れた。
ノートを手に入れてから色々なことがありすぎる。坂井が来るなんて考えもしなかった。
「ごめん兄貴、話を聞いてもらってる所なのに」
「気にすんなよ。学級委員長が訪問、颯太に相談ごとか?」
「僕が頼られると思う? 違うと思うけどな」
緊張に包まれながら兄貴と部屋を出た。母さんと兄貴がいてくれることが……すごく心強い。
***
僕を見て坂井が笑った。
頭を下げたのは僕にじゃなく兄貴に対してか。座布団の赤色が紺色の制服を引き立てて見える。
「坂井、どうしたの?」
「話があるっておばさまに言ったじゃない。思ってたより元気そうね。理沙が心配してたけど」
「三上が? なんで?」
「もう、鈍すぎるのよ」
呟くなり坂井はジュースを飲み干し、兄貴が吹き出すように笑いだした。空になったコップに気づいた母さんが近づいてくる。
「あぁっ、おばさまお構いなく‼︎ すみません、喉が乾いちゃって……つい」
照れたように笑いながら、坂井はぺこぺこと頭を下げる。今日は寒いのに坂井は暑がりなんだな。兄貴は何が可笑しくて笑ってるんだろう。
「話っていうのは転校生、雪斗君のことだけど。都筑君はどう思ってる? なんとか学校に来てほしいとか」
霧島のことか。
坂井はずっと気にかけてるんだな。
学級委員長ともなると、クラスのこと色々考えなきゃいけない。僕には絶対に無理だ。
「都筑君が昨日、野田君を呼び出したの雪斗君のことじゃない? 理沙とも話してたんだ、都筑君が誰かを呼び出すのめずらしいねって」
「坂井は野田に返事したの? 霧島邸に一緒に行こうって提案に」
「する訳ないでしょ? くだらない」
坂井の即答に兄貴と顔を見合わせた。
「野田君と何を話そうと都筑君の自由よ。でも教室では余計なことを言わないでほしいの。雪斗君が来れるようになるまで騒ぎを起こしたくないもの。ここに来るにしても、言い訳を考えるの大変だったんだから。理沙を悩ませず、クラスのみんなを騒がせないように」
三上が悩むってなんでだろう。
さっきからやたらと三上の名前が出てくるの気のせいかな。それよりも、野田の提案を坂井は無視するのか。霧島のことを考えるなら、なんらかの行動に移さなきゃいけないってのに。
「その目、私をやな奴だと思ってない? 誤解されないよう言っとくけど、私はとっくに行動してるのよ」
坂井が取り出した数枚の写真。
壊れかけた家が並ぶ町並み。それと外国の風景を思わせる、閉ざされた門と広大な庭を囲う柵。庭の奥に見える古ぼけた屋敷。
これって、もしかして
「霧島邸?」
僕の問いかけに坂井はうなづいた。
「雪斗君の話は、先生から色々と聞いているの。少しだけ話すけど、彼は人と接することを怖がってるみたい。孤児院にいたのを引き取られたって。雪斗君の気持ちによっては……来ないまま進級ってことにもなりかねないでしょ? 先週の日曜日と一昨日の日曜日、先生と一緒にお屋敷に行ってみたの。門前払いで終わっちゃったけどね」
一昨日……僕がノートを読み漁っていた時坂井は霧島邸に。驚いたな、そんなこと考えもしなかった。
「雪斗君にも、主人にも会わせてもらえなかった。召使い達が私みたいな頑固者だったのよね。ルールをきっちり守るタイプっていうか。要するに、似た者同士じゃ話にならないってこと」
坂井は苛立たしげに眉をひそめる。
母さんが運んできたジュースを受け取るなり、坂井は一気に飲み干した。
「人と接するのが怖い。主人って人も同じ気がするのよね。だから自分からは誰にも会おうとしない。とは言え、雪斗君は私達の学校を選んでくれたんだし、なんとか話が出来ればいいんだけどな」
「君、坂井さんでいいかな? 屋敷に行って、きっかけになりそうなことは見つからなかった?」
「きっかけ……ですか?」
兄貴の問いかけに坂井は黙り込む。
霧島邸の写真を手に、僕達を見ながら『あっ』と声を上げた。
「そういえば、叱られてる召使いがいたっけ。門から離れた場所で何人かに囲まれてたの。下っ端だろうけど話しやすい感じだったな。どうやって話せるかが問題だけどね。夢道さんって呼ばれてた。珍しい名字だなって思ったんだけど」
召使いか。
話しやすい人がいるなら、その人に会えればなんとかなるのかな。
夢道さん……か。
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