第10話









 白い天井と冬が近い朝の肌寒さ。

 目が覚めて思いだしたのは、ユウナとハムスター達の不思議な世界。

 巡り会えたチビと思い出の図書館。他の夢を見たかわからないけど、ユウナが言うとおり大切なことは覚えている。


 ユウナの話の中。意外だったのは、リリスが悲しみを秘めて生きているということ。 

 生き続けるからこその悲しみか。

 ちょっと難しいけど……少なくとも、リリスが怖いだけの天使じゃないのはわかった。複雑な思いを秘め隠し生きているんだと。


 リリスが作り僕のものとなったネックレス。思い出の図書館への鍵と、物が秘める思い出への媒介。

 



 僕が望むままに……思い出達は目覚めていく。







 ***


 病院を出て、母さんが運転する車で帰路につく。僕が倒れ救急車で運ばれたこと。その時の驚きを母さんは笑いを交えて話してくれる。笑えるのは僕が元気だからだし、母さんを悲しませなくてよかったと思う。


 僕の隣で兄貴が食べだしたおにぎり。

 焼きそばパンを食べて胃が膨れたし、母さんに聞かれても大丈夫なことを話そうか。


「兄貴、夢の中でチビに会えたんだ。ハムスター達と仲良くなったんだよ。チビが兄貴みたいに優しくて……嬉しかったな」


 くすっと笑った母さん。

 母さんは飼うことに反対してたけど、僕達が可愛がるのを見守っててくれた。チビの話を聞いてくれるだけで嬉しいな。


「チビとハムスターか。颯太が見そうな夢だよな」

「それ、どういう意味?」

「僕の弟だからさ、思考も行動もそっくりじゃんか」


 お茶を飲む兄貴を見ながら思う。

 動物好きが見そうな夢だって言いたいのかな。家に帰ったらユウナのことも話すつもりだし、ほんとのことだって驚かせてやるからな。


 鞄の中から響く着信音。

 スマホを取り出して見ると、メールの送り主は野田だ。授業が始まってるってのに、スマホいじりすぎだろ。


〔君、今日休みなんだね〕


 僕の休みに驚いてくれてるみたいだな。他に驚いてるのは三上と坂井か。


〔返事不要、授業中だから〕


 わかってるよ、そんなこと。

 ふたつめのメールに貼られた画像、スマホゲームのキャラクターか。やいばを振りかざすピンクの髪のメイドと、相棒のもふもふペンギンって……どんなゲームなんだよ。


「颯太、アパートに着くけどいつ話す?」

「兄貴が聞ける時でいいよ」

「なら今のうちに話そうか。午後は美味いもん奢ってやるよ」

「郁人ったら。颯太は学校休んでるのよ?」

「外に出るのは僕だけだよ。母さんは食べたいものある? なんでもいいから言ってよ。ただし、母さんが作ってくれるご飯以外でね」


 オモイデ屋で働きだしてから兄貴は変わった。

 奢ってやるとか母さんを気遣うとか、大学に行ってた時には聞いたこともなかったのに。

 オモイデ屋に並ぶ商品ものに眠る思い出。それが悲しく、寂しいものだったとしても、時雨さんの優しさに守られ癒されてるのかな。

 癒されてるのは兄貴も同じだ。







 ***


 話せるだけのことを兄貴に話した。

 倒れた理由わけをきっかけにして。

 驚いたのは兄貴が中学生の頃、同級生の何人かが黄昏の慟哭を読んでいたということ。それと霧島邸を知らなかったものの、住人がいなくなった町の噂を知っていた。僕が知らなかっただけで、都市伝説のように語り継がれてたんだな。


「天使と死神か。ノートをきっかけに大変なことになってるな」

「僕も信じられない。だけど兄貴、僕はリオンを見たんだよ。リリスに見せられたんだ……黒い翼を持つ死神を」

「斬り落とされた翼から、生まれた人間と出会った。黄昏の慟哭が出版当時、話題になっていたのを覚えてるか? 映像化の噂が出ては消えていたっけ。霧島貴音か、惜しいことをしたな」

「何が?」

「お使いだよ。大福餅を買いに行ってなければ、僕がノートを買い取ってた。会えてたんだよな、霧島貴音にさ」

「兄貴……もしかして面白がってる? 他人事だと思って」

「違う違う。会っていれば、自分のことみたいに考えられるからだ。眼帯と傷痕って言われたって、実際に会わなきゃリアルに想像しづらいからな」


「颯太、ちょっといいかしら?」


 ドアをノックする音のあとに、母さんの声が続いた。どうしたんだろう、今お昼ご飯作ってる頃じゃないのかな。


「お客さんが来てるの。颯太の同級生だって言うんだけど」

「同級生?」

「お見舞いに来てくれたのかしら。学級委員長の女の子」

「坂井が?」


 何しに来たんだろう。


 生真面目な坂井が……学校を抜け出して来るなんて。







〈次章・オモイデと道標〉

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