第9話
不思議な奴が現れた。
子供の姿で上から目線。男にしか見えないのに女なんてなんの冗談だよ。
リリスのことに詳しいのも気になる。震えているピケとは対象的に、リリスに対して強気に見えるんだけど。
リリスにとって僕は駒か。
彼に出会ったことで、天使に目をつけられるなんて思いもしなかった。
「会ったばかりなのに色々教えてくれるんだな」
「話して困ることなど私にはないからな」
「ピケは震えてる。リリスを怒らせて危険に晒されないのかよ」
「危険だと? 私とこの世界がか?」
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
チビが鳴き声を上げ、ピケの体がぴくりと揺れた。振り向いたピケと、ユウナに近づいていくチビ。
「ワンちゃん。ボクと遊んでくれるんでチュウ?」
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
ユウナの手から離れ、チビの頭に飛び乗ったピケ。ピケを乗せたままチビは歩き始めた。
ピケを元気づけようとしてるのか。兄貴の優しさがしっかり届いてるんだな。
チビのこと兄貴に教えなきゃ。
リリスのことや、この世界のこと。絶対に忘れる訳にはいかない。
ユウナの手がカサカサと音を立てる。何かを破るように動く両手。口元に手が伸びたあと、サクサクと噛む音が響いた。
食べてるのビスケットかな?
「何度食べてもいいものだな。噛み心地がいいキャンディは」
ユウナが見せた笑みと予想を裏切られた落胆。美味そうな音……飴だなんて誰も思わないだろ。
「ユウナ、飴は舐めるものじゃない?」
「ふむ。客人は、舐め小さくなったキャンディを噛んだことはないのだな?」
「あるけど今、口に入れるなり噛んだだろ?」
「揚げ足を取るなど、ロクな目に遭わないからやめておけ。どうだ客人、私に気兼ねせず好きなものを食べればいい。クッキーやチョコレート、マカロンもいいものだな」
見えないものをすすめられても選びようがないんだけどな。マカロン……食べてみたいけど透明じゃ探しようがない。
「それよりユウナ、リリスのこともっと教えてくれないか?」
「必要なことは話しきったはずだが」
「僕が知りたいのは……どうしてユウナが、リリスのことに詳しいのかってことだけど」
「なるほど」
包み紙がカサカサと音を立て、飴を噛み砕く音が響く。ユウナは甘党なのかな。飲んでいるのはミルクティーだし、テーブルに並ぶのはいっぱいのお菓子。
「客人、私の話が信じられなければ否定し続けろ。私は話すべきことを話すだけだからな。リリスについて話す前に、ひとつ言っておくことがある」
「何?」
「人というのは厄介なものだ。一夜の眠りの中、繰り返し同じ夢を見ることは出来ない。つまり、私が話し終える頃にはこの夢は終わるということだ。このあと、客人は別の夢を見るだろう」
「この夢、忘れたりしないよな? チビのこと兄貴に話したいんだ。リオンのことも……調べたこと忘れちゃったら」
「なんのための
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
「みんなだめでチュウ‼︎ ワンちゃんに乗るのは順番なんでチュウ〜‼︎」
チビの鳴き声とピケの大声が響く。
振り向くと、チビがハムスター集団に囲まれている。ユウナに怒られていなくなったはずなのに。チビと遊んでるピケが羨ましくて集まってきたのかな。
「うわあぁ〜〜‼︎ ボクはどうすればいいでチュウ‼︎」
人間だったらジャンケンやクジ引きで決められるのに。動物の世界も結構大変なんだな。
「ピケ、何匹か一緒に乗せてもらえばいいだろ?」
僕の助言にピケは首をかしげ眼鏡がズレた。眼鏡をかけ直しながら、チビの頭の上からハムスター集団を見つめるピケ。
「ワンちゃん、みんなが背中に乗っても重くないでチュウ?」
ワンッ‼︎
チビの大きな鳴き声に、ハムスター集団はくるくると跳ね回った。どのグループから背中に乗せてもらおうかを話し合おうとするように。
「仮にリリスを怒らせたとしても、私達に危害など及びはしない。この世界が壊されたとしても、リリスには私達を消せない理由がある」
「なんだよそれ」
「リリスが秘める死への願い。私達はリリスにとって願いを象徴する
開けられる包み紙と飴を噛み砕く音。
味を楽しみ、笑顔を見せるユウナ。彼女も不死であることは変わらないのか。
「リリスは認めないだろうが、叶わぬ死への願い。それは、リリスが秘め隠す悲しみに他ならない。死の尊さを知っているからこその悲しみだ。他に聞くことは? 客人」
「別に。ユウナは、リリスのことよくわかってるんだな」
「同じ命と人格を繰り返しているからな。こんなこともわからなければ、私はただの馬鹿者ではないか」
ユウナの目がチビ達に流れ、子供らしい笑みが浮かんだ。
「では、お遊びはここまでとしようか。次の夢が始まるまで、菓子の味を堪能したまえ」
ユウナが立ち上がったのと同時に、見えなかったものが見え始めた。黒で統一されたテーブルと椅子。テーブルに並ぶティーカップといっぱいの菓子。色とりどりのマカロンタワー。
「あの犬、客人はチビと呼んだな。客人を迎える者として、思い出帳から呼び寄せてみたが……ピケにとってもいい友になりそうだな」
「これからもチビに会えるのか? この世界に来れば」
「会うのが嫌なら、すぐにでも思い出帳に戻してやるが?」
「ユウナ様‼︎ ボクが許さないでチュウ‼︎ ワンちゃんは友達なんでチュウッ‼︎」
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
「うるさいぞピケ‼︎ 客人、私からの勧めはレモン風味のマカロンだ。ひとつくらい、食べてから次の夢に」
レモン風味、美味いなら食べなくちゃ。
なんだか……眠くなってきた。
「おやすみ。……いい夢を」
あれ?
ユウナの声が……遠く……から。
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
おやすみ、チビ。
これからも……また……会える。
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