第12話

 囲まれて叱られるなんてどういうことだろう。

 集団で怒る女の人達。事情はわからないけど、夢道さん大変な立場なんだな。


「坂井、夢道さんとどうやって話せるかな」

「そうね……霧島邸に行ったとして、追い出し組に夢道さんが入ってるのを期待するしかないんじゃない? そんな出来すぎな話あるはずもないけどね」


 坂井の声に苛立ちが滲む。

 空のコップを見る恨めしげな目。ジュースを一気に飲むの、苛立ちを沈めるためだったのか。

 霧島はともかく、三上のことで坂井が苛ついてるのはなんでだろう。怒らせるようなこと言ってないはずだけど。


「都筑君、雪斗君のこと考えてるのはどうして? クラスのみんなは全然気にかけてないじゃない。屋敷の調査とか言ってる、野田君に感化されたんじゃないでしょうね」

「違うよ。違うけど、調べようとしてるのは……僕も同じだ」

「はぁ? 何よそれっ‼︎」


 坂井の大声に兄貴が笑った。

 あからさまな苛立ち。母さん……空のコップに気付いてくれればいいのにな。


「兄貴、坂井がジュースのおかわりだって。霧島邸に住んでる人、僕が好きな作者かもしれなくて」

「なるほど、作者と話したいってファン心理が動くってことね? 自慢になっちゃうけど私、漫画家さんに手紙を書いて返事をもらってるんだ。少年漫画を描いてる人なんだけど。手紙か……そうだ‼︎」


 何かを閃いたのか、坂井は勢いよくテーブルを叩いた。

 テーブルから落ちていくコップ。振動でコップを落とせるなんて、坂井は意外に馬鹿力だな。コップが割れなくてよかった。


「雪斗君と夢道さんに手紙書いてみようよ。先生に聞けば住所がわかるんだし、私ってばこんな簡単なこと、なんで気づかなかったんだろ」


 3杯目のジュースを持ってきた兄貴。

 坂井はすぐ飲み干すかと思いきや、少し飲んだだけでため息をついている。手紙というアイデアを思いつけてなかったことに落ち込みだしたのか。

 苛立ち解消に一気飲み。

 落ち込めば飲む元気を失くす。

 考えてること、めちゃくちゃわかりやすいな。


「坂井、手紙を書くの霧島だけでいいんじゃないか? 知らない奴の手紙なんて、夢道さんは読まないと思うけど」

「何言ってんのよ。雪斗君だって私達のこと知らないし、すぐには読んでくれないと思うけど? 臆病な雪斗君より、夢道さんが手紙を読んでくれる確率が高い気がするの」

「それは……どうだろう」

「颯太、手紙を書くなら読んでもらえる工夫が大事だぞ」

「工夫って?」

「興味を引くってことだよ。読んでください、学校に来てくださいだけじゃ説得力がないと思わないか? 親しみが感じられるもの。たとえば、友達の個性や好きなものとかさ」


 野田はゲーム、三上は揚げ物って感じかな。

 兄貴のことを書くなら、欠かせないのは風丸のこと。僕のことは何を書けばいいんだ? 伝えたいことが思い浮かばない。


「大事なことを忘れるなよ? 霧島邸に入れてもらえなきゃなんにもならないからな」

「だから夢道さんへの手紙も必要なのよ。都筑君がどれだけお屋敷に入れてほしいのか熱く語ってもらわないとね」

「語るのは坂井だろ? 手紙を書くって言いだしたんだから」

「颯太、こうしたらどうだ? みんなで集まって手紙を書く。集まる場所がないならオモイデ屋に来いよ」


 オモイデ屋か。

 静かなお店だし、手紙を書くのはかどりそうな気がする。風丸の写真を撮って手紙に入れるのどうだろう。


 それにネックレス。

 物が秘める思い出をどんなふうに知れるのか。オモイデ屋でなら試せそうな気がする。

 今はまだ……彼のノートに触れるのが怖い。彼の中に潜むリオンの思い出を知ることが。


「坂井、今度の土曜日三上のお店に来れないか? メンチカツを買う約束してるんだ。兄貴がいる店への待ち合わせ場所に」

「おもいでなんちゃらってお店? 理沙も行っていいの?」

「三上が来たいなら。無理には誘わないよ」

「理沙が行かない訳ないでしょ。ほんとに鈍いんだからっ‼︎」


 坂井がジュースを飲み干し兄貴が笑う。

 坂井はなんで三上のことで怒りだすんだか。女が考えることって難しいな。


「野田も呼んでいいかな? 来るかどうかわからないけど」

「調査がどうとか言わないのが条件。お屋敷に入れても、奇っ怪な行動をされたら元も子もないんだからね?」


 坂井は立ち上がり、ふぅっと息を吐きだした。


「内緒話も終わったし学校に戻らなきゃ。明日学校に来るんでしょ? 待ち合わせのこと、都筑君から理沙に言ってよ。私は手紙に書くこと考えるから」


 手紙か。

 なんだろう、夢のような状況の中で妙な現実味を感じる。彼に会う時が確実に近づいているような。


 憧れの作者だったダークティアラ。

 話したいってどれだけ願ったことか。叶わないはずの夢が叶おうとしている。

 ひとりの死神を巡る奇妙な偶然を繰り返しながら。


「おばさまもお兄様も、ジュースご馳走さまでした。すいません……いっぱい飲んじゃって」


 坂井は恥ずかしそうに頭を下げた。

 僕と話す中見せた、強気な雰囲気が嘘みたいだな。学級委員長という仮面が見せる強さと、クラスメイトとしての謙虚さか。




 坂井がいなくなった静けさの中、母さんの鼻歌が聞こえる。

 クラスの誰かが言ってたな。女の子が遊びに来るのを母親が楽しみにしてるって。僕ら兄弟を育てる中、母さんも女の子がいる華やかさを想像したりするのかな。


「兄貴、さっきは何を笑ってたの? 三上のことでさ」

「うん? そのうちわかるんじゃないか? 三上さんのがんばりに期待してるよ」

「なんだよそれ、意地が悪いな」

「馬鹿だなぁ、颯太が鈍すぎるんだよ」








 ***


 土曜日。

 オモイデ屋に集まる時を待つ日々が流れていく。


 みんなで書くふたつの手紙。




 それが僕を何処に導くのか……わからないままに。

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