第5話

 寝転んでるだけで小柄な野田が大きく見える。僕を見下ろす野田を、照らす陽の眩しさに目を細めた時だった。僕の横に座るなり寝転んだ野田。起き上がろうとした僕の腕を掴んでくる。このまま寝転んでろってことか?


「君って、面白い奴だな」

「どういう意味だよ」

「そのままさ。都筑君は面白いよ」


 腕を離すなり野田は笑いだした。

 坂井に声をかけたことにも驚いたけど、こんなふうに笑える奴だったのか。


「夢だったんだ。ダチと一緒に寝転んでたわいのない話をすることが。誤解しないでくれよ? 都筑君をダチと言ってる訳じゃないから」

「わかってるよ。僕もダチとは思えない」

「ふうん? 結構キツイこと言うね」

「野田の屁理屈よりマシだ」


 野田は僕を見て楽しそうに笑う。

 まさかとは思うけど、野田って笑い上戸だったりするのかな。教室でもみんなに話しかければいいのに。よく笑うのが知れれば、ダチなんて簡単に作れるだろうから。


「都筑君、もう1度聞くけど、霧島邸の噂に興味があるんだろ?」

「少しだけ、会いたい人がいるんだ。作家なんだけど、本名が霧島でさ。野田は知ってるのか? 霧島邸のこと……住んでる人のこととかさ」

「知ってるよ。霧島邸の主人あるじは若い男だ。名前と素性は調べてる途中だけど、転校生は義理の弟で雪斗って名前。弟のことは先生に聞いてるから確実な情報だよ。それで……噂のことだけど」


 野田は寝転んだままスマホを操作し始めた。少しして見せられたのは町の写真……なんだけど。


 ひび割れた窓や外れかけたドア。屋根が崩れ、今にも砕けそうな家の群れ。異様な光景が何枚も写されている。


「なんだよこれ。全部空き家なのか?」

「霧島邸の近くだよ。住人がいなくなった町の一部だけど……都筑君、妙だと思わないか?」

「何が?」

「更地がひとつもない。どの家も取り壊されず住人だけがいなくなっている。家を捨てて逃げるように出て行ったんだ」


 家を捨てて?

 そんなことがあるのかな。

 住めなくなった理由わけがあるにしても、全員がいなくなるなんてこと。


「都筑君、噂はここに絡んでくるんだ。僕達が生まれる前から、霧島邸は長いこと恐れられてきた。理由のひとつは、霧島邸のかつての住人……ひとり娘のマリーだ」

「マリー?」


 僕の脳裏をよぎる何枚ものスケッチ画。

 マリーは本当にいたっていうのか?

 まさか……黄昏の慟哭は、霧島貴音が書いた物語じゃないか。ノートに書かれてるのは物語の構想だろ?

 

「霧島邸の最初の住人は、日本に移住した外国の資産家だったんだ。マリーには住人達を怖がらせた噂がある。『屋敷には化け物が棲んでいる。お嬢様は化け物に惑わされ、精神こころが壊れてしまった』。噂を広めたのは、屋敷に仕えていた召使い達。マリーの何が噂の元になったのかはわからないけど。都筑君はどう思う? 化け物がいると思うかい?」

「いるはずないだろ。野田はどうなんだ。調査がどうとか言ってたけど、化け物を探すとか言うなよ」

「言わないよ。調査対象は霧島邸の主人あるじなんだから。僕の母さんは若い頃、霧島邸で働いてたんだ。住み込みの召使いとして働きだして数年後、突然クビにされたらしい。妙なのは高額の退職金と主人に言われたこと。『2度と屋敷に近づくな。屋敷の存在をないものだと思ってほしい』って」


 眼鏡越しに僕を見る目が細まった。

 睨むというよりも、僕を試し見るように。


「今から話すこと、都筑君は信じてくれるかな。母さんはずっと考えてたんだ、雇い主が言ったことが何を意味するのかを。2ヶ月前、僕は母さんを連れて町に向かった。霧島邸に行くのを母さんが躊躇って、町の写真を撮るだけだったけど。商店街を歩いてた時、母さんは足を止めしばらく動かなかった。帰る前に母さんは言ったんだよ。『雇い主とすれ違った。歳を取らず若いままだった』って」


 野田が体を起こしスマホを見せてきた。待ち受けに見える時間が昼休みの終わりを告げる。教室に向かい、歩きだした野田を追う形で僕も歩く。


「若いままなんて嘘みたいだろ? 母さんが嘘をついてるとは思えなくて、霧島邸について調べだしたんだ。主人が何者なのか、転校生が霧島の人間と知りチャンスだと思った。転校生に取り入って、主人のことを調べられると思ったのに。転校生の休みが続いてるなんて反則だと思わないか?」


 野田の声に少しだけの苛立ちが滲む。信じられない話だけど野田は真剣だ。

 

「それで坂井に声をかけたのか」

「うん。とは言え、委員長様がいい返事をくれるとは思えないけどね」


 階段を降りる中、廊下を歩く生徒達の騒めきが響く。オモイデ屋を訪ね、ノートを手に入れなければ野田と話すことはなかった。

 野田と坂井が話すことにも無関心のまま。霧島が学校に来ても関わることはなかったし、彼……霧島貴音との接点もないままだった。

 巡り会わせも起きることも、一瞬先には驚きに満ちた何かが転がっている。


「都筑君。君が知りたいことで、役立つことはあったかな」

「どうだろう。主人の名前がわからなきゃどうにもならないな。僕が会いたい人が……主人なのかどうか」

「わかったら教えるよ。母さんが知ってればよかったんだけどな。仕事に徹していて、主人とも仕事仲間とも話してなかったみたいだから。そうだ、次の授業数学だったっけ?」


 僕がうなづくと、野田は顔を曇らせガックリと肩を落とした。


「参ったな。今日の宿題すっかり忘れてた」

「霧島邸とゲームのことばっかり考えてるからだ」

「少しくらい、僕の集中力を褒めてくれないかな?」


 僕の隣で野田は笑った。

 つられて笑いながら思う。



 真実ほんとううその隙間で僕達は生きている。

 悩み、もがきながら。


 それでも心は明日と未来を求め続ける。

 助けあえることを……きっとみんなが知っているから。



 チャイムが鳴り、教室へと急ぐ中廊下に立つ三上と坂井が見えた。


「急いで颯太君。授業始まっちゃうよ」

 

 三上が僕に叫ぶ。

 三上の背中を押しながら、坂井は僕達を見た。




 坂井は野田の提案に乗るのか。

 それとも。

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