オモイデの目覚めと転校生

都筑颯太視点

第4話

 授業が始まる前。

 騒めきに囲まれる中繰り返すあくび。土曜と日曜、2日続けての夜更かしが原因だ。


 読み進めた霧島貴音のノート。

 リオンの想いが記されたそれは作り話とは思えないものだった。

 不死の苦しみと絶望。

 幸せに満ちたマリーへの想い。


 ノートに挟まれた何枚ものスケッチ画。描かれているのはたぶんマリーだ。

 スケッチの中の穏やかな微笑み。マリーが本当にいたと感じさせるリアルさ。


 気になったのは、黄昏の慟哭では描かれていなかったリオンの翼から生みだされた人物とリリスという名の天使。ネットに新しい情報はなく、物語の続きと人物について何もわからなかった。

 そして、リリスも不死の命を生きている。


 永遠とわを生きる死神と天使。

 霧島貴音は何からヒントを得て、絶望的な存在ものを描こうとしたのかな。


「おはよう、颯太君」


 何度目かのあくびと重なった声。僕の前に立つ三上理沙。


「どうしたの? めっちゃ眠そうだけど」

「あまり寝てなくてさ」 

「眠れないほどうちの揚げ物美味しかったの?」

「揚げ物?」


 もらった失敗作を思いだした。

 晩ご飯で食べたけど、美味いとかどうとか気にしてなかったな。ノートのことで頭がいっぱいだった。返す言葉が見つからず、頭を掻きながら教室を見渡した。


「颯太君ってば、寝ぼけすぎじゃないの?」


 呆れ気味な三上の声と女子達の笑い声。

 三上と話すのを見られてるみたいだな。見てたからって面白くないだろうに。


「理沙ったら。怒ると嫌われちゃうよ? 都筑君に」


 近づいてきた女子が、三上の肩を叩き笑いかけてきた。学級委員長の坂井夏美さかいなつみ

 怒るとか嫌われるとか何言ってるんだ? 三上と顔を見合わせるなり笑いあって、女ってのは訳がわからない。


「坂井、今のどういう意味?」

「都筑君は気にしなくていいの。そのうち理沙が話すと思うから」

「夏美ってば‼︎ なんでもないよ颯太君」


 三上の大声と女子達の笑い声。

 顔を赤らめる三上の背中を押した坂井。ふたりは笑いながら席に向かう。


「ねぇ、坂井委員長」


 坂井が足を止めた。

 声の主は野田清也のだせいや。小柄な体つきと黒縁眼鏡の男子生徒。ひとりで過ごし誰とも話さない奴だ。野田が喋りだしたことが教室に妙な静けさを呼ぶ。


「今日も転校生は来ないのかな?」


 野田が切りだした話に坂井は顔を曇らせる。

 先生から転校生の知らせがあったのは2週間くらい前だっけ。黒板に名前が書かれたけどなんだったか思いだせないな。


「先生と話してるけどしばらくは来れないみたい。体調は悪くないみたいだし、転校生の気持ち次第かなって思うけど」

「早く来てくれるといいね、夏美」


 責任感が強い坂井と、誰にでも親身になる三上。顔も知らない転校生を気にかけてる。みんなが自分のことや、気になることを考えて誰かを思いやる余裕がない中で。


「聞きたいんだけど」


 坂井を見ながら眼鏡をかけ直す野田。

 何を聞くつもりだろう。もうすぐ授業が始まる。先生が来るまでに話が終わればいいんだけどな。


「転校生について、先生から聞かされてることは?」

「少しだけなら。今言えるのは、お屋敷に住む男の子ってことだけね」

「屋敷の噂は? 何か聞いてない?」

「何も。お屋敷の噂なんて、学校には関係ないんじゃない?」


 噂という響きが呼ぶ騒めき。

 教室を見回すと、みんなが野田を見ながら何事かを話し合っている。


「委員長。転校生のことで僕に提案があるんだ」

「提案? 何よそれ」


 坂井は眉をひそめる。


「先生に許可をもらって一緒に屋敷に行かないか? 委員長は学校に来るよう転校生を説得する。僕は委員長の付き添いを名目に屋敷の調査を」


 教室内はどよめき、坂井と三上は顔を見合わせた。調査って……野田は何を調べるつもりなんだよ。


 チャイムが鳴り授業の始まりを告げる。先生が来る前にと、ふたりは自分の席へと急ぎだした。


「委員長、返事待ってるから。の調査、僕は楽しみにしてるんだ」


 霧島?


 今……霧島って言ったよな。


「野田っ、今の話」


 入って来た先生が僕達を見渡した。

 このタイミングで授業が始まるなんてついてないな。


 霧島邸か。

 霧島貴音。彼がいるとしたら。オモイデ屋に向かう道で見た、黒ずくめの残像が僕の中を巡る。

 生々しい傷痕。

 風になびいた白く長い髪。




 彼が生みだした不死の存在もの

 物語のヒントとなった何かが、霧島邸の噂に繋がってるならなんなのかを知りたい。

  


 少しだけ……彼と話が出来るなら。








 ***


 昼休み。

 弁当を食べ終えて、野田を屋上に呼びだした。

 野田が調べようとしてること、ひとつでも聞きだせたらいいんだけど。野田は座り込み、スマホを操作し始めた。


「あのさ、今朝野田が話してたことだけど」


 返事がない代わりに響く音。

 素早く動く指と、スマホを見る野田を前に思う。話をする気があるんだろうか。呼び出しに応じたのに僕に見向きもしないなんて。坂井に話しかけてたのが嘘みたいだな。


「野田……聞いてる?」


 うなづきもせず、野田は操作に没頭する。

 大きな音が鳴り『よしっ‼︎』と声を漏らす。野田にとっては、僕と話すよりゲームをクリアするほうが重要なんだ。

 だったら呼び出しに応じるなっての。教室に戻ろうと思ったけど、野田の都合に合わせるのも不愉快だ。


 寝転んで小さな雲の群れを追い始めた。

 晴れた空の下、朝から続く眠気が妙に心地いい。


「君さ、話があるんだろ?」


 風に流れ声が響く。

 野田を見るとスマホに没頭したままだ。聞き間違いかと、もう一度雲を追いだした。


「何を考えてるんだ? 人を呼びだしといてだんまりなんて」


 聞き間違いじゃなかった。

 何言ってんだよ。無視してるのは野田のほうじゃないか。


「話しかけても、野田が何も言わないから」

「まったく」


 スマホから目をそらさず野田は呟いた。


「声は聞こえてる。君が喋りきってから答えることが出来るんだよ」

「そんな……屁理屈」


 立ち上がった野田が、寝転んだままの僕に近づいてきた。


「君、今朝の話って言ってたね。興味があるのか? 霧島邸の噂にさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る