第500話 運命









    ―― この世界に喚ばれた理由を ずっと 探してた ――














 リナの嘆く声が聴こえた気がした。

 『核』を消滅させたのに、と何度も何度も嗚咽を漏らす彼女の姿は見えないけれど。


 このままでは再び、この世界は逆行してしまう――巻き戻ってしまうのだろうことは想像がつく。






 カサンドラがふと目を開くと、そこは何もない真っ白な空間の中だった。


 世界が上下左右からゆっくりと迫り閉ざされていき、先へ進むことが叶わない。




 だが――

 カサンドラはたった一人、『世界』へ呼びかける。





 『悪意の種』を消滅させても終わらない世界。




 どうして今まで気づかなかったのだろう。


 何故自分は、この世界が求めるものに思い至らなかったのだろう。





「この世界を創った、誰かあなた

 神かしら。女神かしら。


 ……分かるでしょう?



 あなたの望みは、叶わないの。

 きっと――不可能なことなのよ」





 この世界が何らかの目的で創られたものだとしたら、それは一体何だろう。




「この世界のタイトルを思い出しました」




 召喚された『自分』にしか知りえない、唯一の情報。






  『黄昏の王国 純白の女王』





 このタイトルに違和感を抱いていたが、ずっと今まで意識の外に在った。

 この世界は自分の生きている現実だ。人生だ。

 自分の生活する空間に、誰かによってつけられた”題名”があること自体が不自然で、カサンドラがこの世界の一部と化していたから見えなくなっていたのかもしれない。


 あの時、やっと記憶の底から拾い上げる事が出来たのだ。



 彼女達の背中に純白の翼が見えた――目の前の視界が開けた。


 純白? 純白の翼、純白?


 純白の”女王”だって?



 確かにエンディングとして存在するけれども、それは非常に困難な条件だ。

 聖女になった主人公が悪魔を倒し、めでたしめでたし。









『このゲームのキャラごとのトゥルーエンディングは、主人公が女王になることだ。

 腕力、気品、知力、評判などのパラメータを高レベルで維持した状態で悪の王子を倒すと――

 王子を失い跡取りの居ない王国の新しい女王になってくれ、と国王陛下と全国民から請われて戴冠するエンディングを迎えるのだ。

 ともに戦った恋人は王配、つまり王の配偶者となり生涯女王を支えてくれるという。

 女王へ至るまでのパラメータ管理は、本当に面倒だし難しい。要求値が足りなければ、真エンディングとは言え即位には至らない』





 かつての自分の心象を思い出す。

 ――真エンディングは正確に言えば”二種類”存在する、それは勿論自分も理解していたはずだった。



 要求値が満たなければ、王子を倒して真エンディングを迎えても 即位には至らない・・・・・・・・

 自分で答えを言っていたじゃないか。



 ああ、そうだ、そうだ!


 女王に即位させるためにわざわざ王子をラスボスにして殺してるんじゃないかって、最初に自分で穿った見方をしてたじゃないか。

 主人公に女王になってもらいたいから、そのために邪魔な王子は絶対に殺されなければいけなかったのか! 

 リゼの指摘は大正解だ、世界が王子に対する明確な殺害動機を持っているようなものではないか。


 国王自体が主体性や存在感があまりなく、表立っての発言権を持てない、三家の支配だなんだのという設定が付与されていたのも……

 全てが終わった後に、「貴女に王位を譲ります」と王冠を気兼ねなく譲れるだけの”軽い存在”でなければならなかったからか。



 全てはそのためにお膳立てされた世界!




 ――この世界はずっと、聖女がこの国の女王になることを求め続けていた。



 最高のパラメータを以て女王に即位するエンディング以外は、受け入れられなかった。

 だから何度も何度もやり直させられた。



 良く良く思い返せば、過去を辿ったリナの口から『この国の女王になった』という話は聞いたことが無い。

 そんな状況の記憶が在ったらショッキングだから話題に出てしかるべき、彼女はきっと女王に即位した過去がない・・のだ。


 悪魔を倒してもパラメータ要求値が足りなくて即位には至らず、”王国の聖女”として国を支えるエンディングになってしまったのだろう。



 最後の最後にこんな特別なスチルがあることから、本来女王即位は隠しエンディング的な設定扱いのはず。

 しかしそれが全く隠しにならず、プレイヤー間でトゥルーエンディングとして認識されていることには理由がある。


 即ち、タイトルだ。

 題名に女王と記載してある以上、女王になれるエンディングもあるはずだと考えるのはゲーマーならずともピンとくる話だろう。

 そして当然、全パラメータを鍛え上げれば最高のエンディングを迎えられるに違いないと想像する。


 効率の良いスケジュール管理やイベントなどのコツを掴み、何周かトライすることになるはずだ。

 どんな育成ゲームでも一旦コツを掴んでしまえば効率よくスケジュールを回すことができ、余裕をもったプレイになるもの。



 それ自身は不自然な話ではない。

 女王になるのが一番だから、まさにトゥルーだ――とプレイヤーに認識されている。


 鍛え抜かれた乙女ゲーマーであればランダム要素の絡むイベントも難なく管理し、最も効率の良い選択肢を選び、時にはセーブ&ロードも駆使して目的を達成しようとするだろう。

 しかしながら、それは「こういうエンディングがあるから」と分かっているから出来ることではないだろうか。



 操作キャラの主人公は真っ新状態でスタートするが、プレイヤーはどんどん知識を得ていくのだからプレイごとに”常に初見”の主人公と乖離していく一方である。

 



 カサンドラは、主人公である三つ子の傍にいた。

 そして彼女達はへこたれない真面目で根気強い性格の持ち主であることは分かっている。

 が、全く無目的に自分の苦手な分野を”極めよう”とすることはないだろう。


 全てのパラメータを上げるということは関わりのない分野なのに、ふらっと何の気なく講義を受け、そして他の生徒を圧倒するような素晴らしい成果を上げる必要があるわけだ。


 リタが去年の生誕祭の前、「礼法作法はもうしたくない」と落ち込み絶望していた時の事を思い出す。恋した相手の興味がある分野で評価されたいから頑張れる、明確な動機があって初めて苦手なことも極めたい、という努力が成り立つのだ。


 ボタンを押して一秒で一日が終わるのとは違う、ちゃんと毎日数時間みっちりと訓練や講義を直に受けるのだ。


 『現実』だから、勝手に時間が進むこともないしやり直すこともできない。



 ストイックにパーフェクトな人間になって更に恋愛も楽しんじゃう、なんてそんな奇跡を起こせる”普通の女の子”は現実には存在しないのである。



 ……自分が百回同じ高校生活をやり直したとして、そんな意味の分からない苦行を率先して行おうと思う周回があるだろうか。





 リゼもリタもリナも、普通の女の子だ。

 唯一、普通ではない恋する乙女パワーに衝き動かされてここまで頑張ってきたが、別に全てに秀でた女王様になろうなんて全く意識も持てるわけもない。



 外から全てを理解し、管理する操作主がいて初めて三年間計画的に育成されるわけであって。

 何の指標もなくパラメータという数値も不可視の現実世界で目的意識を持って女王様になれなんて、不可能だと言わざるを得ない。

 机上の空論と言えば良いのだろうか。



 そりゃあ試行回数が百回千回を超え、数万回に一度はそんな奇跡を掴み取る主人公がいるかもしれないけれど。

 そんな文字通りの奇跡を延々とこの三年を繰り返し待ち続けるなど、正気の沙汰とは思えない。


 ゲームの設定を現実に落とし込もうとしたところで、どこかで無理が生じるのは当たり前だ。





 普通の女の子が学園生活で恋愛を楽しみ、愛の力で聖女になって――悪を倒して最後は女王に即位する。

 それがこの世界にとってあるべき姿で、それ以外の結末を受け容れられない。それがこの世界の孕む、最も肝心で大きな”無理筋”だったのだ。

 何せ、いくら舞台を整えたところで肝心の主人公にそういう目的意識がないのだ。特別な目的を端から持たない、という設定の普通さが強調された主人公なのだから。

 

 



「あらゆる分野で活躍をし、大勢を圧倒する成績を残し。

 『完璧』に自分の未来を整えるなんて普通の女の子には、できないのです。

 彼女達は――生きた人間なのですよ。


 ……あなたの望みは、叶わないのです」





 望み。目的。









「――タイトルを回収したかったのですよね?」






 タイトル通り、黄昏の王国……所謂斜陽の王国に生まれた主人公が、純白の翼を持つ女王様になる。


 それを以てこの物語は綴じられて消滅するか、もしくはそのまま新しい未来が拓かれたのかまでは分からないけれど。





 元になったゲームがあって、何かの奇跡か想いかで出来上がったこの世界。

 でも何度繰り返したところで、聖女にはなれても女王にはなれない。

 聖女にさえなれない周回だって沢山あっただろう。


 だからやり直す。



 何度も何度も 彼女達が運命を――題名タイトルを回収し、この世界にカタルシスをもたらしてくれることを願って 世界は繰り返す。

 何度も何度も ……




 主人公であるリナの記憶消去にエラーめいた症状が出てしまうほどの回数、回収されない『世界の運命タイトル』を求めて繰り返されるループ。


 ”世界”は主人公が女王様になって「めでたしめでたし」、タイトル通りの運命を辿り、存在意義を達成したい。

 それが叶わず思わぬところで”無限のループ”状態に陥ってしまっているのではないか。




 タイトルはその物語の姿を、目的を、沢山の想いを集約して表す、最も大切なファクターとも言える。

 大多数の”作品”は、冠するタイトルの示す方向に進むものととらえられるだろう。

 

 魂の籠もる場所だ。




 逆に言えば、ここはそのタイトルに縛られた世界なのではないだろうか。




 多くのエンディングがあるゲームなのに、世界を端的に表現する『タイトル』が唯一無二の正当なエンディングとして構築されてしまった世界。

 世界が定めた”終わり”を迎えるため、幾度もの数え切れないリナの学園生活が生まれては消え、生まれては消えて行った。










 だから自分が喚ばれたのだろう、とカサンドラはようやく理解した。



 この世界自身が縛り付けられているタイトルに冠された運命。

 それを知り、現状止まる事のない”巻き戻り”を状態を壊してくれる存在を求めていたのかもしれない。


 リナやアレクによって自分は召喚されたが、この世界がそんな異質な別次元の存在を許容し受け容れたとしたら……

 きっと世界自体も救いを求めていたのではないだろうか。



 今こうして世界が巻き戻ろうとしている最中に置かれているのは何故?

 考えられることは、『悪意の種』という消えるはずのない重要イベントアイテムが消失した事で進行不能、エラー状態に陥ったのではないかということくらいか。


 そもそも悪魔を倒したところで、王子が存命である以上聖女は”女王”になれないだろう。

 目的を達成することもできないから最初からやり直しになってしまうことは変わらない。









     この世界を、救いたい。




 




 カサンドラは世界をそのもの――いや、この仕組みを創った創造主に呼びかけた。




 この場合、抜本的な解決策は二つ。




 タイトル通り、三つ子の誰か――この世界の主人公のリナを女王に即位させること。

 だが王子が生きているのにそれをしようというのは、かなり無理がある話だ。

 何より彼女達のパラメータは、完璧な女王と言うには足りないだろう。






 それなら……

  

 





 カサンドラは真っ白な空間の中、見えざる”世界”へ向かって両腕を大きく広げた。




 






       『    私が運命タイトルを変えてあげる   』










 外の世界から来た自分だけが分かる事。


 自分にしか出来ない、最後の役目。





 今までのこの世界での日常、非日常、皆が辿った過去に想いを馳せる。





 誰かが勝手に決めた運命に沿う事しか許されない、そんな人生などあっていいはずがない。

 自分達の歩んできた軌跡がわだちとなって、更に未来へ続いていくだけだ。









「この世界に、わたくしが名前をつけるとするなら………」






 カサンドラは目を閉じ、その想いを全身全霊で念じる。


 その呼びかけを待っていたのか、受け入れてくれるのか。

 ゆっくりと、視界が金色こんじきに染まる。



 意識が混濁する。

 指先から、溶けていく。




 白から赤、黒、青――様々なマーブル状に色を変じていく世界。

 徐々に、元のあるべき姿へと戻って行く景色の中。





 それを反比例するかのように、すうっと、この世界での『自分』が消えていく。











           ――新しい『世界』へ、皆が進んでいけますように。





 










 ※

















 画面の眩しさが瞼を通し伝わってくる。

 室内にはLEDの照明やテレビがつきっぱなし。








「………ん……あれ?」





 眼前のテレビは何故か真っ白だった。

 



 自分は何をしていたのだったかな、と香織は頭をかしいで首の後ろに手をあてがう。

 床の上にはコントローラーが転がっていて、ちゃぶ台テーブルの上には空き缶が何個か転がっている。



 ゲームをクリアした後祝杯を挙げた事を思い出し、室内のデジタル時計に視線を移し絶叫した。



「え、ちょ、私寝落ちしてた!?

 あれから二時間も経ってる? 嘘!?」







 OL一人暮らしのアパート、煌々と照る室内灯の下で液晶テレビはずっと同じ画面を照らし続けている。






「……ん?」






 画面の端に、何か文字列が見える。

 真っ白い四角の中、浮き上がっている金色の文字。















          ――ありがとう。















 まるでホラー現象さながらだ。

 ただゲームをしていただけなのに、終わったと思ったら意識を失って、しかもエラー画面とか怖いわ! 









「あれ? あれ……おか……しいな……」








 

 何故か、涙が溢れて止まらなかった。

 

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