第499話 <リナ>
やるべきことは分かっている。
しかし、やはり本来の悪魔が依り代して復活させた人間が違うせいなのだろうか。
三人がかりとなっても、急所に一撃を食らわせることはかなり難しい事であった。
こんなに巨大で強かったかな、とリナも愕然としてしまう。
だが流石にこちらは三人、何とか押し切れそうだ。
悪魔はそれまで泰然と、悠々とした様子でどっしりと構えていたが――
一転して豹変、文字通りの『大暴れ』ぶりを発揮する。
手当たり次第に奴が腕を振り回すだけで、多くの瓦礫が周辺を飛び交い、砕けた壁の破片が遠くへと飛び散る。
また空からまとわりつくように急降下してくる奴の眷属らしき魔物は大変鬱陶しく、斬り裂くことは簡単だが徐々にこちらの体力を削っていく。
あまり長い時間戦うわけにもいかない、魔力も底をつく。
それに――聖剣の一撃一撃、そのひと振りで少しでも自分達の生命も削られているのではないかと想像すると、焦りの方が滲み出てどうしても大振りになってしまう。
悪魔は聖剣の軌跡から『核』を逸らすように動くので、狙いも中々定まらない。
巨大な体に対して目標はあまりにも小さい。
貫いたと思ってもみるみる内に穴が埋まっていく様は目の当たりにすると焦燥感が募る。
どれだけ切り刻んでも、ヌッと再生される奴の身体は不死身と呼ぶにふさわしい。
想定以上の時間が流れる。
闇に覆われた世界の中、正確な時間は分からない。
だがリゼが聖剣を一閃し、巨大な影の心臓を確かに斬った。
まるで断末魔のような怒声を張り上げる、巨躯の魔物。
途端、奴の再生能力が目に見えて落ちていく。
落とした腕はそのままに、傷つけられた『核』を回復させようとそちらに全力を注ぎ始めたのだ。
奴の動きが鈍くなる。
大きな体を支える足にリタとリゼが同時に斬りかかる。
足という支えを失った奴の体は背中から地面に倒れ込むのを防ごうと漆黒の翼を羽ばたかせるが――
当然空に逃がすつもりなどない。
リゼ達は双翼を格子状のバラバラに切り刻む。
堪らず巨体が倒れ重たい音が轟き渡り、もうもうと砂塵を巻き起こす。
周囲の魔物を氷漬けにし続けて魔物を牽制していたリナも、他の二人と視線を合わせて『悪魔』の体の上に飛び乗った。
最後の最後まで往生際が悪く、手間を掛けさせられたものだ。
リナは汗ばむ掌で聖剣を握りしめる。
ああ、そう言えば。
過去の自分の傍にはラルフがいてくれたのだったな。
彼が周囲の敵から自分を守っていてくれていたから、悪魔と化した王子に真正面から挑むことができた。
あの時の自分は、心臓があるだろう部位に剣を突き立て――
思いっきり力を『核』の中に注ぎ込んでいた、何が何やら分からず必死だった。
身体を維持することも出来なくなった赤黒い石が、
カランと音を立てて足元に落ちて転がる。
その記憶、イメージがざぁっと脳裏をかすめた。
聖女が悪魔を倒す、という結果は大まかに言えば同じだ。
しかし聖女が三人もいるわ、しかも悪魔の依り代は違うわ。
明らかに細部は全く異なっている。
シナリオ通りと言うには無理があるのではないか。
これを運命通りと言うのなら、ある人間の人生についての問いに「生まれて死にました」と回答しても正解だ、と拍手されることになる。最初と最後があっていれば全て予定調和というわけにはいかないだろう。
そんな馬鹿な話はない、明らかにカサンドラが語った世界や、そして自分が経験した今までの世界とは異なっているはず!
未来をこの手で変えられるはずだ。
全ての元凶であろう『核』さえ消滅させることが出来るなら、今まで自分を閉じ込めていた呪縛から解放される、それを信じて剣を構える。
もはや両手両足を再生させ、立ち上がることも身を捩る事も出来ない。
奴の口から憤りの咆哮が噴き出るのを、
黒い身体の上に乗り上げ、胸部へ該当する箇所へ走った。
足元に、どくんどくんと脈打ち発光する”何か”が在る。
聖女アンナがそうせざるを得なかったように、このまま封印したところでいつかコレは目覚める。
人の悪意を、負の感情を喰らって蘇る。
これを完全に消滅させる。
世界のどこにも、”これ”が存在しない状態にしてしまえば良い!
「――――――!!!」
リナが剣の先を心臓へ突き立てる。
残りの二本の聖剣も同じように――角度を変えて突き立てる三本の白い光が、『核』を同時に貫き通す。
剣の柄に祈りを捧げる。
全霊を籠め、ここで――破壊する!
三人がそれぞれ、絶叫する。
まるでその声そのものに全霊を乗せるかのように。
亀裂が走る音が走った直後
ガラスが粉々に砕けるような小気味よい音が
断続的に剣を差し込んだ先から響き渡る。
「や、やった、の……?」
リタが恐る恐る、緊張に息を呑みながらそう問うた。
実感はない。
ただ、魔物の身体が完全にさらさらと砂塵と化し、三人の身体は足元の支えを消失してそのまま地面へと落ちる。
聖剣の先には、何もない。
『核』もない。
今まで自分を苦しめていた『悪意の種』と呼ばれる元凶は、この地上から消え去ったのだ。
理解すると、喜びに充たされ全身が弛緩しそうになる。
このまま落下したら、背中から地面に激突してしまうだろう――でも受け身をとれるだけの力が残ってない。
まぁ、この程度の高さなら我に還るくらいの痛みで済みそうだ。
現実に帰ることができるなら、それくらいの痛みはどうってことない。
リナが安堵に身を包んだ時のことだった。
世界が 突然 弾けて消えた。
目に見える景色に全て罅が入る。
リナはその衝撃に目を見開いた。
落下し、強かに背中を打ち付けるはずがいつまで経っても痛みを感じることもない。
全部融けていく。
目に映る景色全てが、暗黒から真っ白な世界へ変わる。
傍にリタやリゼがいるはずなのに、彼女達の姿が見えない。
何も視えない……
「い、いや……」
この感覚をリナは
思い出した。
いつも、こうやって――……
「嫌……」
周囲は白という白に埋め尽くされている。
前後左右、上下の感覚もない不思議な空間にいきなり放り出された。
真っ白い靄のような中に漂い浮かぶまま、リナは恐怖に怯えた。
………忘れてしまう。
今見えているものが自分の目に映っているものなのかどうかさえ定かではない。
ただ、周囲が『無』だった。
あるべきものが何もなく
聴こえるはずの声が全く聞こえず
自分の体を触ることもできない
「忘れたくない……」
次第に頭がぼんやりしていく。
思考能力がゆっくりと鈍磨する。
目を閉じて、再び目を開けたら。
また 入学式 なの ?
やり直しなの?
『悪魔』を消しても、駄目なの?
忘れたくない、戻りたくないよぅ……。
※
真っ白な世界の中。
絶望に呑まれたリナの意識の中に、何かが映り込んでくる。
………?
カサンドラ様……?
しかしふわふわとした世界の中、彼女はしっかりとした足取りで前に進み始めた。
立ち止まり両腕を広げる彼女は、カサンドラにしか見えない。
夢幻の白き世界の中、鮮烈に映える金の光に包まれている。
夢のような感覚のない世界で、『彼女』の姿を確かに見た。
そんな不思議な経験をしたのは自分だけではなかった、と。
リナは後に知ることになる。
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