第495話 <ラルフ 1/2>
その日の放課後、ラルフは偶然にも王城を訪れていた。
あまり気がすすまないことではあったのだが――
外交待遇で賓客を迎える打ち合わせもあったのだが、今日はアーガルド、元義兄のことで法官からの聞き取り調査があると召喚されたのが一番の用件である。
金輪際あの男と関わりたくはないが、私情で勝手に刑の軽重を決める権利は誰にもない。
正しく裁くための情報として、互いの証言に齟齬がないか彼らも慎重に手続きを進めているようだった。
奴のやらかしたことは死刑でも生温いとは思っているが、それを希望したところで判決を覆すことはラルフにも出来ない。
事実を淡々と伝えることしか出来ず、その度に彼の小賢しい顔と糸目が脳裏に思い起こされて苛立ちを覚えた。
今は地下牢に収監されているというが、果たして彼が今後陽の目を浴びることはあるのだろうか。
出来ればそのまま地下に捕らわれ続け不自由を強いられ続けるか、最期に王宮広場で斬首刑のために外に出ざるを得ない状況になって欲しいものだ。
法官とのやりとりは前回の証言の確認、記憶違いはないかとサインを求められるだけ。
比較的短時間で作業は終わり、しばらくその場で雑談を交わしていた。
* * *
途端、 世界が大きく揺れた。
* * *
空を闇が覆い視界が暗くなり、あれよあれよという間に上空には数え切れない程の魔物が羽ばき始める。
何の前触れもない唐突な事態に、ラルフは自分が疲れているため白昼夢でも見ているのかと我が目を疑った。
しかし「現実だ」と、すぐに理解する。
他の文官達の悲鳴、そしてパニックに陥る大部屋の窓から外を見渡した。
大聖堂の方角に、双角を猛々しく掲げる暗黒の化け物が見える。
常軌を逸しているとしか言いようのない巨大な影、そして奴が腕を横に凪いだだけで大きな衝撃波が生じ――
遠くの民家の集った区域に大きな爆発音が響き渡った。
あれは……悪魔……!?
ではあれはアーサーだと言うのか?
咄嗟に脳裏を過ぎったのは、当然計画だ。あのふざけた計画通りに悪魔になったという可能性である。
しかし、とても信じられないし信じたくない。
昨日まで何とか持ちこたえていた仮初の平穏が、今、この一瞬で全て水泡に帰したのをラルフは認めざるを得なかった。
「うわぁぁぁ!」
天から落ちる魔物には皆羽がついており、自在に滑空できるようだ。
雲霞の如く生じた魔物の一部が、悪魔に引き寄せられるように城に向かって襲い掛かってくる。
窓ガラスが割れる。
蝙蝠のような羽を持つ人型の魔物が体当たりと同時に外から飛び込んできたのだ。
状況を整理している余裕もなく、ラルフは同室していた数名の文官を庇いつつも魔物を一旦退けることに成功した。
だが数体の魔物を風で裂いたところで、その死体を踏み越えるように続々と新手の魔物が人間に向かって襲い掛かろうとするのだ。
もはやこちらの宥める声など誰にも届かず、皆恐慌状態に陥っていた。
一人の文官が魔物に喉元を食いちぎられたのを契機に、皆絶叫を上げて我先にと扉から脱出を試みる。
しかし開け放った扉、廊下からも悲鳴と足音、そして怒号しか聞こえない。
統制を失い、助けを求めて右往左往。
王城はこの国で最も安全な場所のはずだった。
魔物を寄せ付けず、侵入されないように特殊な結界が張られている最後の砦。
しかしその最後の砦で魔物の親玉が復活し、内側から全てを壊してしまったのだからどうにもならない。
空から生み出された初めて見る魔物とは言え、魔物は魔物。
幸い剣や槍で攻撃することは出来るし、魔法も良く効く。
そのあたりの性質は地上の同種族と変わらないようだが、何せ数が多い。
しかも対等に渡り合え、討伐可能なのは訓練を受けた人間だけだ。
デスクワークを主としている文官達には彼らの存在は脅威でしかなく、逃げ惑うのは当然の話だ。
「……ラルフ様!」
何体か魔物を退けた後、バタバタと十数名の騎士が姿を現わした。
彼らか黒い甲冑と赤いマントを纏っていた。通常の騎士とは違う、所謂国王直属の近衛団である。
「先ほど王子とシリウス様が王立学園に向かわれたそうです。
皆に避難するよう指示をされておられたとか」
「アーサーが!? それは本当か?」
真実彼がそう判断し、学園に向かったというのなら……
あの”悪魔”はアーサーではない別の誰かということになる。それが誰かなんて選択肢が多すぎて見当もつかない。
だが彼が生きて陣頭指揮を執ってくれるというのなら、これ以上心強いことはないだろう。
確かに王城の結界は悪魔によって壊されてしまったが、学園もまた王城程ではないが広い敷地。
しかも要人の子女が通う場所ということで元からしっかりした結界も張られているので、皆を保護するなら最も現実的な場所か。
彼らと合流した方が状況が判断しやすいだろう、いつまでも王城にいたところで一人一人削られていくだけだ。
「君達も早く、陛下を学園へ」
第一、こんなところに黒甲冑の近衛騎士がウロウロしているというのもおかしな話ではないか。
国王を危険から守るために存在する組織だというのに。
「それが………」
彼の顔は真っ青だった。
「申し訳ございません!
陛下のお姿を見失ってしまい、現在近衛総出でお探ししているところなのです」
驚き過ぎて言葉も無い。
こんな混乱状況の中、国王の姿を見失った?
……では最悪の場合、あの悪魔が国王陛下だという可能性も考えなければいけないということか?
「陛下を見失ったのはいつ?」
「本当に、直近なのです!
あの化け物が現れて……皆が混乱して魔物に応戦している中、陛下のお姿がどこにも見当たらず」
彼の言葉を信じるなら、最悪の事態は回避できたのか?
「僕も陛下を探そう」
「いえ、ラルフ様は王子と合流されてください!
一刻も早く安全な場所へ!」
ここで言い合いをしていても事態は進展しない。
分かった、とラルフは頷き、踵を返す――が、城内を走り回って国王の姿を探していた。
しばらくの間、東区域の魔物を魔法で撃ち落としながら走り回っていたけれど、どこにも王の姿が見当たらない。
焦り、時間ばかりが過ぎていく。
建物の損傷も激しい。
魔物達が容赦なく煉瓦造りの壁を素手で壊し、その裏側に隠れて震えている人間を見つけようとするからだ。
人間への敵意での襲撃と言うよりは、人間が恐怖に震えていること自体を楽しんでいるような。
差があり過ぎる――隠れん坊では、分が悪すぎだ。
脆くも崩れ去った瓦礫の下に国王が下敷きになっているとすれば、捜索は絶望的だ。
手当たり次第周辺を駆け回ったが、誰も国王の姿を見ていないと言う。
もはや城内に残っている者は、息絶えたものか国王の姿を探す近衛騎士くらいしかいないのではないか。
我先にと、この現象の爆心地――悪魔の巨影から遠ざかろうと、皆とるものもとりあえず東西南北の門から散り散りに逃げ出していく。
ラルフもこれ以上城に残っているわけにはいかない、と城を後にする。
この状況下では誰がどこで何をしているかなんて正確に伝わらないだろうし、国王の所在不明をアーサー達に告げる必要もある。
学園が現在どんな状況かも気がかりだ。
第一――リタ達は、三つ子はどうなったのか、ラルフは完全に渦れ落ちた外壁を飛び越え、惨禍に襲われ悲鳴怒号の飛び交う街中へと駆けだした。
「陛下、陛下!」
懸命に守るべき存在の名を叫ぶ近衛騎士達の声が、心にギュッと突き刺さる。
※
「………?」
学園へ急ぎ向かう最中、ラルフは『何か』を感じてその場に立ち止まった。
目的地へ向かうための道は決して一通りしかないわけではない、出来るだけ上空に魔物の数が少ない道を選ぶのは当然のことだ。
町に一歩出れば、そこらじゅうから泣き声と助けを求める声が押し寄せてくる。
全ての声に応えようとすれば、ラルフ一人では間に合わないしキリがない。
耳を塞ぎたくなるような現実、目を背けて比較的被害の少なそうな道を選ぼうとしたのだけど。
その救いを求める声の中に、絶対に聞き逃せない声が混じっていたのをラルフの耳は拾い上げたのだ。
その方角を凝視する。
周辺には多くの魔物が群がっており、誰かがその地で応戦しているようだった。
放たれた風の魔法が魔物を寸断しているのは遠目からでも分かる。
――その一か所に魔物を引き付けられているから、他の道はまだ魔物の影が少ないのか、と妙に納得したが――
その魔法、魔力、声が、ラルフの持つ記憶と合致する。
数多の絶叫、救いを求める声の綯い交ぜになった地獄のような光景の中。
ラルフは魔物が群がる道の方を選び、駆けていく。
「リタ!」
そこには予想通りの女性が、襲ってくる魔物達を魔法で退けている何とも信じがたい姿があった。
「……あー、ラルフ様! よかったぁぁぁ!
やっと会えた!」
彼女はその場に佇み、向かってくる敵を風の魔法で撃ち落とす。
しかし、不思議な事にその場から全く動こうとはしないのだ。
「助けてって言っても誰も来てくれなくて!
良かった……!
だってここに、王様がいるんですよ!?」
リタがそう絶叫するのと、彼女の傍でその場に座り込んでいる男性の姿を視認したのは全く同じタイミングであった。
「……陛下!?」
なんで国王がこんな町の中に!?
リタが彼を守っているのはどういうことだ?
いや……
とにかく話を聞くためには、この場にいる魔物を一旦全て掃討しなければ。
こちらの姿を確認し、数体同時に襲い掛かってくる魔物を何十回目かの風の魔法で二つに裂く。
幸い、胴と頭を切り離したら行動不能になって絶命してくれる。
親玉の悪魔のように不死身ではないことだけが救いだ。
「私がここを通りかかったら……
小さな子どもを庇って戦っている人がいて」
早く城に行かなければいけないのに、子どもを守い、庇いながら戦っている人を見捨てて先に進むなどリタには出来なかったのだろう。
それが実は王様だったと知って、リタは仰天したという。
何が何でも守らなければ、とここで応戦して助けを求めていた事情もよく分かる。
だが生憎どこも混乱状態、命に危険が迫って叫ぶ声が何層にも重なってどこから手をつけていいかわからない状況だ。
すぐ向かいの路地裏では炎が立ち上り、火炎が徐々に迫ってきている。
しかも魔物が多数襲っている場所に、わざわざ助太刀に入る酔狂な人間はいないだろうな。
学園や、他の安全と思われる場所に我先にと誰もが脱出しているのだから。
「迷惑をかけて申し訳ない。
……城内で護衛と分断されてしまってな……
王子達が学園に向かったと聞き、余も合流を果たそうと移動していたのだ」
身を潜めながら移動をしていた国王の視界に、倒れてきた家の柱に下敷きになって泣く子どもの姿が飛び込んできたのだと言う。
国王が抱え上げ、今は安堵ゆえか気を失っている四、五歳の銀髪の少年に目を遣る。
足の先が痛ましいことになって目を背けたくなる容態だったが、生きていることにホッとした。
何とかこの少年を助けようと四苦八苦していたところ、魔物に気づかれてしまった。
国王が必死に応戦していたところをリタが見つけ、彼女が魔物を食い止めている間に国王が少年を救出したのだとか。
しかし――怪我をして意識を失い、抱え上げて移動しなければいけない少年。
加えて重要人物で絶対護衛が必要な国王陛下の傍でリタも困っていたようだ。
まさか王様を一人には出来ないし。
でも自分には用事がある。
助けてくれ、と叫んでも誰も駆けつけてくれない状況。
たまたまリタの声を聞きつけ、そして彼女が魔法を使っているようだとピンとこなかったら――そのまま「しょうがない」と素通りしていたかもしれない。
今こうして話している間にも、数軒先の建物が音を立ててガラガラと崩れ落ちていく。
再び魔物が上空に埋まり始め、キリがない。
「ラルフ様と会えて良かったです!
どうか王様を安全な場所に連れて行ってあげてください!」
「余に加勢してくれた事は感謝しよう。
だが君も一緒に避難するべきではないか、城は今、最も危険な場所だ」
子供を横抱きにしたまま、国王は立ち上がる。
確かに彼の言う通り、王城にいる自分達を探しに来ただけなら、皆の向かっただろう学園まで引き返すべきだ。
……探しに来ただけなら。
「あの悪魔は絶対に止めます!
大丈夫です、私一人じゃないですし。
……リゼも、リナも――
だって私達、『聖女』ですから!
………王様。
こんな状況で人助けって、本当に凄いです。
皆怖がって逃げ出してるのに、王様が一人でも戦ってる姿を見て、吃驚したけど感動しました!
実は私もちょっと不安だったんですけど……
勇気が出ました、ありがとうございます!」
リタはそう言ってぺこりと頭を下げた。
『聖女』という単語にか、陛下は顎が外れそうになるくらいの衝撃を受けていたが――
彼女がそう宣言したのは、ラルフに伝えるためなのだろう。
三つ子が、何らかの事態が生じて”目覚めて”しまったこと。
だから悪魔が何者かの手によって蘇らされたのであろうこと。
そしてアーサーとシリウスが学園に向かっているという報告がある以上、悪魔はアーサーを依り代にしているわけではないということ。
それだけ分かれば、少し冷静になれる。
物語の運命としては細部は違っているものの、アバウトな部分で一致してしまったということ。
ここまできたら、依り代がなんであれ悪魔を倒さないわけにはいかないし、一人でも多くの市民を救う必要があると言う事。
そのために、彼女達は彼女達の。
自分には自分の、するべきことがあるはずだ。
「リタ、城で陛下の近衛が未だ捜索中かもしれない。
どうか彼らに陛下の無事を伝えて欲しい」
「了解です!」
リタは王宮に向かって、弾かれたように駆けだしていく。
その後ろ姿に言いたいことは沢山あったけれど、咄嗟に言葉にならなかったのだ。
無事を祈ると声をかけるくらいしか出来ない。
「さぁ、陛下。
一緒に学園まで行きましょう、僕が供をしますから」
蒼褪めた顔の国王。
彼は――気絶し、だらんと力なく足を垂らす少年をじっと見つめ……小さく、呟いた。
「……違う。
……違うんだ……」
彼はそう言って、静かに一筋の涙を頬に滑らせた。
自分の親と同じくらいの歳の男性、それも国王が目の前で”耐え切れない”という様子で涙を流すのだ。
当然ラルフは内心で大混乱である。
下手をしたら、悪魔が復活したという事実より予想が出来ず驚くべき状態であった。
とにかく少しでも先を急ごう、と。
もはや戦禍の跡地の様相を呈する町、道路だった剥き出しの地面の上を歩いて学園の方へ向かう。
火の手があちらこちらで上がって、焦げた匂いに顔を顰める。
「私は、ただ、恐ろしくて逃げ出しただけなのだ」
国王はそう言い、項垂れる。
とぼとぼと歩く彼は完全に憔悴しきっていた。
リタの前では何とか威厳を保とうと険しい顔をしていた国王だったけれど。
緊張の糸が切れたのだろうか。
「まぁ、あんな化け物が復活して……
これだけの魔物に襲われれば、陛下が身を隠されて脱出されるのも仕方のない事では」
「そうではない!
あの近衛は皆、ロンバルド側の人間だ!
いや、城にいる人間の殆どは三家側の人間!
この騒ぎに乗じ、事故を装って殺されるのではないかと……
私は魔物よりも彼らが怖くて逃げ出したのだ!」
国王はそう大きな声を発する。
そのせいで何体かの魔物の標的になってしまったが、この程度なら、まだ何とか。
……魔法は得意な方だが、元々補助系の魔法を専門に学んできたラルフである。
戦闘に特化した訓練を行ってきたわけではないので、出来るだけ早く皆と合流したいと気は焦った。
だが国王の言葉が衝撃的過ぎて、言葉を失う。
「あいつらに殺されるのではと恐ろしかった。
息子達が学園に向かったと聞き、そこに行けば私も安心だと……
近衛を撒いて逃げ出してしまった」
だから城の中ではなく、こんな場所に一人でウロウロしていたわけか。
実際にこんなとんでもないことが起こり、周囲が誰も信用できないとなったら……
彼の立場なら顔を青くして逃げ出しても仕方のない事かも知れない。
「そこかしこから聴こえる助けを求める声に、耳を傾けるつもりなどなかった。
早く、安全な場所へ行きたかった。
……だが……」
彼は少年を抱える腕を小刻みに震わせる。
「この子が、動けずに助けを求めているのは……
見過ごせなかった。
この子がクリスに見えてしょうがなかった。
ああ……
あの子もきっとこうやって助けを求めていたのだろう、私は、いや、私が余計なことを言ったせいで犠牲になってしまった。
……こうして叫んでいた子と同じだ、怖かっただろうにな」
第二王子クリストファーが亡くなったという報せがあった時、彼はこのくらいの歳だっただろう。
瞳の色こそ今は分からないが、綺麗な銀の髪の少年だ。
彼の目には、かつて失った自分の子と重なって見えて、とても放っておけず助けに行った。
無我夢中だったのだろう、単身魔物達の前に躍り出て守ろうとしたのを発見したのがリタだったに違いない。
「助ける命を、私情で選んでしまっただけだ」
彼は肩を上下に震わせる。
国王はこの少年を助けることで過去の自分をも”救おうとした”のではないだろうか。
過去、自分が失ってしまったものの代替というわけではないが。
「……だから全く、あの娘が言うように素晴らしくもなんともない、ただ臆病で、自分の事しか考えられない矮小な人間だ。
ああ、そうだ。
私はずっと間違っていた。
……息子にも、クラウス達にも… 迷惑をかけてしまった」
彼の悔恨の言葉が、魔物達の羽音に混じって滑り込んでくる。
国王もこの状況は分かっている、少年を落とさないように慎重に抱えながら、ラルフの後ろに早足でついてきた。
復讐をレンドール家を使うと言う人任せな方法を選び
何も知らないカサンドラを巻き込むような事をし
残された
当時一番支えが必要だったはずの彼を突き放すようなことをしてしまった
本末転倒だった
全て自分の弱さが招いた事だ
雌伏するふりをし、恨み辛みばかりを募らせていただけだと彼は小さく語る。
それはラルフに伝えると言うよりは、彼の胸中にしまっておけない感情が零れ出ていると言った様子だった。
「私はただ、自分勝手な事情でこの子を助けただけなのにな。
偽善欺瞞を疑われることなく、素直に褒められるとは思ってもいなかった。
……たった一人を救っただけだ。
王様失格――もっともっと皆を救えるように動くのが、王様の役目なのにな。
……だが――ああ言ってもらえて嬉しかった。
嬉しいと同時に――今までの自分が恥ずかしくてしょうがない」
形式的に頭を下げられることは多々あれど、彼は根本的に”人間不信”だったのだと思う。
自分の命を与る近衛騎士さえ信用できない、誰も味方がいないと逃げ出してきたくらいだから相当深刻だ。
だが何も考えず、見たまま思ったまま『凄い!』と誰かに感謝されたり褒められる機会など今まで彼には無かったのだろう。
リタ自身は真実何も考えず思った事を言っているだけだろうが、だからこそ心に刺さる言葉というものもある。
それはラルフ自身も何度も体験してきたからこそ分かるものだ。
ラルフには国王の境遇も気持ちも推し量る事しか出来ない。
だが彼が想いを吐露することで楽になれたのならそれで良いと思う。
何より、今までアーサーに厳しく余り仲が良くないと囁かれていた彼が――後悔し、申し訳ないと口に出していた。少しホッとする。
※
「こんな状況ですが、陛下。
一つ、貴方にとって朗報があります」
「ん? 何かね」
「実はクリス王子――あの事故の後、親切な人間に拾われたそうで。
無事に生きているのだとか。
いえ、僕はお会いしたわけではないですが」
くわっ、と国王が目をひん剥いてラルフを凝視する。
だが、彼は全身を震わせ、ぽろぽろと涙を流す。
「そうか。そうか……
生きていたのか。
……良かった、良かったなぁ……助かって、良かった」
抱えた少年の額にぐりぐりと自身の頬を擦りつけている。
彼の脳内では、当時の姿のままの王子を抱き締めているのかもしれない。
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