第489話 <アーサー 1/2>
その日の夕刻、アーサーは王城で日常を過ごしていた。
自分だけではなく、友人三人も同じだ。
シリウスと同行して城に向かい、城門前で立ち話をしているジェイクの姿を見かけ声をかけたばかりだ。
そして途中でラルフが王城に着いたという話も聞いた。
週末に王城に国賓を迎えるため、ヴァイル家の代理として諸々の打ち合わせをするのだという。
何もこんな時期に全部学生である自分達に負いかぶせる必要はないとは思うのだけど。
敢えて忙しくさせることで、余計な事に割く時間を減らしたいのかもしれないとさえ考えてしまう。
相手が黒い事を考えていると知れば、当然彼らに纏わる事全てに穿った視点になるというものだ。
ただ、卒業すればそれぞれ各家の正式な跡取りとして正式に動き始めることになる。
実地訓練は早い方が良いと言う事情も分かる。それに王城で過ごす間、知人や伝手を作ることは今後のため不可欠な話だ。
学園では学生として大勢と接し、しかも王城では狸ジジイばかりの大人たちに指示を仰がなければいけない。
その点ジェイクは既に騎士団所属という正規職に就いている分、仕事も当たり前だからと受け入れやすいのかもしれない。それは少々羨ましい。
……まぁ、彼の場合は根っからの
人間関係は色々大変らしいけれど。
アーサーがシリウスと別れ、頼んでいた会合の報告書を自分の執務室で読んでいた時の事だ。
――とても珍しい人物が、部屋を訪れた。
何かの間違いではないか。
アーサーは何度も己を訪ねて来た人物の名を問いただすが、どうやら間違いではないらしい。
「何故、宰相が……?」
同じ王城にいてすれ違った時に挨拶さえしてくれたことがない相手だ。
一応表面上表立ったトラブルを起こした事のない相手だが……
ここに至って彼からの接触。
アーサーに、大きな緊張が走った。
そして出迎えた宰相エリックは、今まで通りの
概ね仏頂面と表現して差し支えない、片眼鏡の壮年男性が正面に立っている。
注意深く周囲の様子を伺った後。
予想もしない話をこちらに持ち掛けてきたのだ。
「今更お前に頼るのも、甚だ遺憾な話ではある。
……どうか、力を貸して欲しい」
明日雪が降るのではないか、とアーサーは目を見開いて絶句した。
※
「このような話を聞かされても、お前も困るだろうがな。
私としても、背に腹は代えられない状況だ」
半信半疑、用心深くエリックの隣を歩く。
一応人の目がある廊下のど真ん中なので、ここでグサリと腹を貫かれることはないだろうが。
「そうですね、正直なところとても困惑しています」
彼と共に向かっている先は、封印された『悪魔』の核がある場所――らしい。
大聖堂の裏手に存在する、儀式などに使用する神聖な魔道具などを保管している地下室だとエリックは教えてくれた。
『悪魔』に施されている封印の
今一ピンとこない、俄かには信じがたいエリックの頼みごとにアーサーは当然彼の思惑を疑った。
果たして何故彼がそんなことを自分に頼むのか?
いや、そもそも封印の修繕……修復を頼まれたところで、一体どうすればいいのだ。
だが『悪魔』に関わる事、更にこれから行う話の内容は他人の耳に僅かでも触れる可能性があってはいけない。
地下神具の間で詳しい話をすると言われ、アーサーは即座に返事が出来なかった。
これはエリックの張った罠の可能性がとても高いのでは?
自分を地下室に閉じ込めておくという話かもしれないし、何か良からぬことを企んでいるに決まっているではないか。
そう警戒心を跳ね上げるアーサーに、彼は溜息をついてこんなことを言ったのだ。
『息子から’例の話’を聞いたのだろう。
……その件を踏まえ、お前に協力を求めることに決めた、それだけだ』
まさか直球勝負を仕掛けてくるとは思わなかったので、猶更訳が分からなかった。
例の話とはいわゆる『聖女計画』を指すのだろう。
自分達の間で、その話題はもはやタブーに近かったというのに。
不安であれば、これから行く場所を周囲の信頼の置ける人間に話してもらって構わないとさえエリックに持ち掛けられ、一層困惑度が上がる。
もしも王子が長らく不在だということになれば、探しに来てもらえるはずだ。
アーサーは思考する。
自分の身の安全が確保される状況であれば、彼の話を聞くくらいは構わないのではないか。
特に彼の方から『聖女計画』の概要についてこちらが既に把握していることを認めたのは大きな転換点だと思う。
シリウスがこちら側に着いたことを悟り、その上でこちらが思惑に従った厳戒態勢をとって過ごしていることも知っているだろう。
更に、少し前までシリウスもジェイクもラルフも王城で無事を確認した直後だ。何か特別な変化が訪れたわけでもない。
リスクを負わず、『悪意の種』とやらに近づくことが出来る機会ではないだろうか。
一体自分に何をさせたいのかは分からないが、彼の神妙な表情はとても演技であるとは思えなかった。
悪魔がらみの話なら、地上で話すには危険が付きまとう――
王族、もしくは限られた人間しか踏み入る事の許されない宝物部屋で話をしよう、という慎重さはエリックらしいとも思えた。
それに何かしらの罠が張られていたとしても。
実際に『悪魔』の核の封印状況を目の当たりにした方が、今後の対策になることは確かだろう。
封印の修繕を依頼されたというのも、中々異な話だ……と。
興味関心が惹かれるのもまた、事実。
危険と安全を、天秤に掛ける。
その結果、アーサーは彼について行くことを決めたのだ。
常に慎重に立ち回り過ぎた結果、自分達の利を得るチャンスを逃し続けるのも今後進展が遅くなるだけではないだろうか。
それにハッキリ言えば『聖女計画』に関してはもう自分達が潰し終えている、という感覚が強かった。
この問題を早期に白黒つけることが出来るなら、その後は世界に起こるだろう『現象』についての打開策を探す精神的な余裕が増え、一点のみに集中可能だ。
彼らの事情、そしてシリウスの話、三つ子の現状――全てを勘案し、もはや三家側の目的は
決して警戒は怠らないが、話を聞くことくらいは良いのではないか。
この件の首謀者に話を直に聞けるなど、考えもしない事だった。
全てにおいて知らぬ存ぜぬで押し通すつもりなのかと思っていたくらいだ。
アーサーは普通の人間だ、他人の考えを外側から読み取る能力は持っていない。
だから――
エリックともまた、避けるだけではなく話をしなければ彼の考えは分からない、とも思った。
アーサーはエリックの事が勿論好きではない、憎むに値する相手だと思っている。
だがそれと同時に、彼が完全に『悪』なのだろうか……と、思い悩んでもいたのだ。
カサンドラ達からこの世界の事を聞いたことで、彼もまた……こういう行動や思考に陥らざるを得ない役回りをこの世界に押し付けられた被害者なのではないか?
そう思えていたからだ。
彼の今までしたきたことは許しがたい。
だが、この世界は自分を『悪魔』にするための前提条件――三家の当主という存在を勝手に作り出したわけだ。
この計画を立てる状況を最初から与えられ、何度も何度も自分を悪魔に堕とすためだけに繰り返す世界で悪行に手を染め続けているというのなら?
卵が先か鶏が先かという話になるが、少なくとも彼らの行動は物語によって強制されたものと言えるのではないか。
単純に自分を害そうとしたから憎らしい、という感情に直結しない。
彼らに対してはどう思えば良いのか、自分でもよく分からないのだ。
自分と同じだと、胸が痛くなることさえあった。
ただそういう役回りを高次元の存在、創造主から強いられていただけ。
もしも王子がそのまま黒幕だとこの世界が定めて創った世界だったなら?
きっと自分が自分の意志で復讐か何かのために悪魔の力に手を出していたのだろう。
三家の人間が真の黒幕では? と思い浮かんできたあの瞬間から、アーサーはずっとそんな不思議な感覚を抱いていた。
もしも自分達が能動的に神の課した役回りを崩壊させたことで、彼もまたその役から解放されるよう足掻いている最中ではないか?
甘い考えだろうか。
しかし、彼らの翻意――
この世界の未来へ進む条件を考えてみたのだけれど、皆が変わらなければ先に進めないというパターンもありえそうだと思う。
あらゆる可能性を俎上に乗せなければいけない、途方もない作業だと苦笑する。
彼の方から”核心”に触れる話を持ち掛けてきた、それを蹴るだけなのは勿体ない、と感じたアーサーである。
※
大聖堂を警護する騎士や聖職者達に挨拶を交わし、エリックと王子は大聖堂の裏手に回る。
去年、カサンドラを案内したことを不意に思い返していた。
そう言えばあの時、カサンドラは突然頭痛を訴えたような記憶がある。
……この先にあるモノが、彼女の存在が何らかの影響を及ぼしたのだとしたら……
エリックが地下への扉に手を差し向け開錠する。
重たい金属音が聴こえ、重たい扉の向こうにはポッカリと暗がりが口を開けていた。
入り口に置かれた『光石』を入れたランプを手に、二人は冷たく静かな宝物庫へと足音を響かせながら降りていく。
祭祀に使用される神具は王族が代々受け継いできたものだ。
高価で歴史的価値があるだけの王家の家宝は地上の宝物部屋に納められているが、ここは魔力を宿した神秘の品々を神を祀る祭祀に使用するものを厳重に保管してある場所である。
王家の人間でも継承順位の高い限られた特別な地位にある者しか踏み入る事の出来ない神聖な場所。
ここでは誰かに聞き耳を立てられることは絶対にありえない。
「宰相。
私に話とは、どういう事か改めて聞かせてもらえないでしょうか」
彼と幾分離れた距離を保ち、アーサーはランプを掲げる彼の表情を窺う。
「……そうだな。
お前達が我々の計画の存在、その大まかな内容を知っているだろうことは見当がついている。
息子がそちら側にいるということは、そういうことと捉えて良いはずだ」
「正直に言えば信じがたい話です。
まさか宰相が、多くの無辜の民を犠牲にするような算段を立てていたなど。
いえ……
現在進行形で計画を進めているのかもしれませんが」
フフ、と彼はこの段に入っても皮肉気な笑みを浮かべたままだ。
「私とて莫迦ではない。
現状に妥協し、納得せざるを得ないことくらい分かっておるわ。
例の三つ子を無事に我々側に抱える事が叶ったのは事実。
今後彼女らが覚醒しようがしまいが――手元に在る限り、不服は無い」
淡々と彼はそう述べる。
悔しくもない、だが喜ばしいだけではない。
そんな複雑な胸中を覆い隠すように、努めて無表情を続けているように見えた。
「息子らは”よくやった”と評価すべきなのだろう。
また、それぞれ善良な人格と能力を備えもつ彼女達の日々の努力、積んできた研鑽も賞賛に値する。
目の上のたんこぶでしかないお前を廃する事だけは叶わなかったが……
今後のことを現実的に考えるならば、これ以上無駄な足掻きは無意味だと判断する他ないだろう」
「それは――
聖女を無理矢理覚醒させ、『悪魔』となった私を討伐させるという無茶な計画を今後諦める。その認識で良いのですか」
「ふん、分かり切ったことを聞く。
計画の全てをお前も含めた当事者全てが知っているのだろう?
この先思い通りに事が運ぶわけもあるまい。
お前達の余計な記憶を消せるのならやりようもあろうが。
現状、こちらに能動的に打てる手があるとでも?
タネを明るみにされ、なお手品を続ける姿など見せられんわ。無様なだけよ」
エリックの言う通りだ。
全て何も知らないまま踊るように仕向けられている状態ならともかく、舞台裏の事情を全て関係者が知ってしまっている。
この状況で彼らが計画を遂行するために出来る手立ては……
聖女を覚醒させようと躍起になり、恋人を死に至らしめるような傷を負わせることくらいか。
しかしその思惑さえ分かっていれば、回避することは警戒すれば十分防げる話だ。
そもそも仕掛け人がエリック達だと聖女は知っている、この状況で彼らを傷つけ縦しんば聖女に覚醒したとしても……
憤りは全て三家の当主に向かうだけ。
そんな現実を彼らは冷静に受け止めた。
チェックメイトに等しい状況を覆せる奇跡は起きない。
皆、真実を知ってしまったのだから。
「勿論、覚醒するかどうかも分からぬ現状ただの聖女未満。当人達を排除する方向でも考えた。
だが彼女達は息子らを”愛する者”に選んだという。
その幸運をみすみす手放すこともまた、惜しい話よ」
第一、今の状況で三つ子に何かあれば友人たちは絶対に黙っていないだろう。
反旗を翻すだの、お家騒動だのではない親子決裂の大戦争でも勃発しかねない。
友人たちは愛する女性と共にいたい。
結果的に三家は聖女の素質を持つ女性を手に入れた。
現状を維持することこそ、双方にとって最も都合の良い状態だ。
彼はそう認めているわけか。
意固地になって計画の完遂にしがみつくような人間であれば、こんな成就することが奇跡と思えるような計画を立てることはしなかっただろう。
彼は損得勘定も上手い。
計画が知られ、幸か不幸か計画の一部が成ってしまった以上――
最大の被害者になる予定だった
なんとまぁ、調子のいい話ではないか。
「しかしながら、現状維持を求める以上生じる問題があってな」
彼はチラリ、と何もない石壁を視界に入れた。
神具が鎮座する空間の中、その壁だけは前面に何も置かれておらず少々違和感が生じる配置となっている。
もしかして隠し扉が……?
「この部屋の奥に、かつて聖女アンナが封じた『悪魔』の核が眠っている。
我々はそれを『悪意の種』と呼んでいるのだがな」
何かの拍子に『悪魔』という単語が会話に混じり、この封印の存在が国民の多くに知られるべきではない。
暗喩として聖アンナ教会や神殿内で使用しているそうだが、勿論王族はその存在に今までノータッチ、知らされることはなかった。
「長い年月を経、聖アンナの施した封印が弱まってしまっている。
私も魔法についての知識はそれなりと自負しているが、この封印は過去類を見ない特殊なもの。
聖アンナの血を継ぐ人間でなければ、封印を補強することは難しいという結論に至った。
……私は、この世を救いのない地獄に落としたいわけではない。
アンナの遺した封印が弱まったことがキッカケとなり、万が一悪魔が蘇りでもしたら
弱まった封印は王家の人間に補強してもらわねばどうしようもない。
背に腹は代えられん、と言った理由は分かってもらえたか」
計画全てを破棄し、現状のまま。
それが双方にとって最も都合がよく、今後誰かが傷つくこともない――はず。
そもそもエリックが聖女の力、威光を欲したのは……
絶対的な力を示す王国の守護者を得る事で、他国の侵略を諦めさせるため。
内乱を起こしがちで独立を叫ぶような地方の領主、民たちを強い強制力、魅力で牽引するため。
今一度一つの強固な王国として成り立つよう、多少の被害を承知の上、自作自演の救世主を祀り上げる事であった。
考え方は相容れないが、彼は彼なりにこの国の現状や行く末を憂いていた。
決して何かが憎くて行動しているわけではない。
だから損得の勘定が終われば、何事も無かったかのようにいけしゃあしゃあとこちらに助力を求めてくる。
この国にとって現状どうするのが最も最終的な益になるのか――彼は出した答えに従っているだけだ。
「封印の緩みのせいで突然悪魔が蘇るなど、あってはならない。それはお前も同じだろう?
……国王に頼むのも良いのだがな、アレはお前より魔法の知識が浅く、腕も宜しくない。
封印の強化に魔力の代替として『血』を要求することになるが……
アレでも曲りなりに国王だ。
自国の王に大量の血を流せと、大きな瓶を抱えて詰め寄るわけにもいかんだろう」
陽の光射さぬ、地下のの暗がりの中。
彼はそう言い、肩を竦めた。
「アレが悪魔の存在を認知して今までの腹いせ、復讐にと自棄になって悪魔を蘇らせでもしたら私も困るのでな」
徹底的に、自分の制御下でなければ悪魔を蘇らせる気は無いのだと彼はうんざりした口調で語る。
悪魔を暴走させたいわけではない、と。
……彼の主張におかしいところはないか?
アーサーはしばらく口元に手をあてがい、考えを巡らせる。
元々エリックは慎重な人間で、現実主義者。
聖女計画自体、成功を大きく期待しておこしたものではない。
運よく進めば、自分達にとって都合の良いシンボルとしての聖女が三家の手に入る。
ついでに目障りな自分を合法的に貶め排除できる――被害は相応に出るが、長い目で見れば散発的に起こっていた王国内での困難や問題が解決できるという見方もあった。
シリウスが自分達に全てを暴露し、協力するというのもエリックの予定にはなかったことだ。
彼にも知らせないまま孤児院を焼き打ちすることで『もう後には退けない』と息子をも脅し、最後まで付き合わせるつもりだったのだろう。
多くの孤児を死なせ、その上で何も得られなかったとしたら……
何のために彼らは犠牲になったのだ? と、無茶な理屈をシリウスに押し付け、完全に退路を断っていたはず。
シリウスも積み上がった子供たちの屍を目の当たりにしてしまえば何も成さないわけにはいかず――
アーサーを悪魔に堕とす協力を続けていたのだろう。
その作戦が失敗し子供達が誰一人犠牲にならかった。
シリウスは自分を追い詰め騙し討ちをしたエリックに憎しみを抱き、今後味方することは金輪際ない。
シリウスが実の父に大切なものを奪われかけたと知り、立腹し全てを暴露した段階で、エリックの計画はご破算――あの段階で、計画の肝は潰れてしまったのだ。
破綻した計画だと早々に見切りをつけ渋面を作りながらソロバンをはじき、最適解としてこちら側と共栄する道を選んだ、と。現金なものだ。
封印が弱まっているというなら、一大事。
『悪魔』を蘇らせる意味もない状態なら、早めに王家の力で修繕する必要がある……
切り替えが早いエリックならではの判断ではないか。
敗北宣言に等しいが、無意味な意地を張ってやるべきことを放置するような人間でもない。
彼の発言や行動に特に違和感は抱かなかった。
強いて言えば、何故今? というタイミングの問題だろうか。
大きな事件があってから数週間、彼もかなり余計な職務が増えて手を焼いているという。
自分達が彼らと計画を挟んで敵対している状態を続けさせるよりも、全てを水に流させ進んで協力させる方が得策だと思ったか。
「宰相達の考えていた事、実際に行動した事、それらは決して許されることではないと思います。
自分勝手な都合の良い未来構想のため、犠牲になった人間も多いのだから。
ですがそちらがこの計画の一切を破棄し、共栄の道を模索するというのであれば封印修繕を試みても構いませんよ」
もしも状況が変わり、彼が心変わりをし、裏切って封印を解こうとしても――
その時には既にシリウス達と研究している封印魔法が完成しているはず。
彼らの思い通りにさせるつもりはない。
こうやって実際に封印の場所も正確に分かるよう、案内までしてくれたのだ。
自分達にとって重要な情報を得られた。
「結構、結構」
そもそもどんな人間でも、親は親。
子は、子だ。
友人達がいつまでも自分の親と心理面で敵対し続ける、というのも良い状況とは思えない。
こんな状況でも膝を折る事無く、淡々と上から目線で話をする彼には苦笑しか出てこない。甘く見られたものだが、それもこれも身から出た錆だ。
エリックはアーサーが事を荒立てなくない性格をしていることなどお見通しだ。
母や弟を殺され脅しのような目に遭っても、周囲を慮って声を上げることもなく一人で抱え込んでいたくらいだった。
弱腰だと侮られているに違いない。
だから彼らにとって限りなく都合の良い提案を持ちかけてきたのだろう。
……事を荒立てたくないというのは、アーサーの本心でもある。
今の敷かれている政は決して最善の手ではないが……
悪政でもない。
過日のレンドール侯クラウスが言っていたように、彼らのおかげで広大な国土を誇る王国を辛うじてまとめ上げることが出来ているという見方もある。
友人がいたら、「甘い!」と叱責されそうな気もするが。
敗着を認め協力を求めるエリックに背を向けたところで、得られるものが思いつかなかった。
むしろ封印が弱まっていることを承知でそれを拒否し、後になってそれが原因で『悪魔』が復活したなんてことになったら全く笑えない。
エリックは胸元のポケットから、指輪を一つ取り出す。
それは眩く輝く石が台座に填められている、人間が填めるには大きな指輪だ。
親指に填めれば何とか抜け落ちないかもしれないが、日常生活に重量感のあるその指輪を填めていたら不便でしょうがないだろう。
真っ白い光を解き放つの、神々しく輝く丸い石。
地下室という仄暗い場所だからだろうか、その光が目に痛いほどで目を細める。
指輪を何もない石壁に向け、解呪の文言を唱えると――
そこにぽっかりと四角い穴が浮き上がったのだ。
こんな特別な開錠方法なら、誰も『悪意の種』を見つけられるはずがない。
シリウス達に報告しなければ、と胸の奥に強く刻み込んだ。
この指輪の仕掛けが作動しないように封印魔法をかけることさえ出来れば、エリック達がその後『悪意の種』とやらに簡単に辿り着くことは出来なくなる。きっと大慌てのはずだ。
仮に三つ子が何かの弾みで予期せず聖女に覚醒したとしても、アーサーの身の安全は確保される。
力強く頷いた。
――隣の部屋に続く、扉が開いた。
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