第478話 <ラルフ>



 リタと話をする時間が少ない、と改めて思う。

 午後の講義が一緒の時は良いのだが、そうでない日は顔を合わせる機会もあまりない。


 本当は登校後はリタと話をしたいという気持ちが強い。


 だが生憎、今日は朝から聖アンナ生誕祭に関わることでいくつかの用事があってそれが叶わなかった。

 どうせ片付けなければいけない話なら、早い方が良い。

 後回しにしても雪だるま式に積み重なり、処理が億劫になるだけだ。


 尤も――仮に朝、リタと話そうと思い立っても、自然に会話が出来る場所の確保が難しい。

 ホームルームまで時間は短く、教室内は常に騒々しい。


 喧騒を避けるためには教室を出なければいけないが、廊下にはアーサーとカサンドラが毎朝の定位置で談笑をしている。

 教室内の席ではリゼと延々と話をしているジェイクの声が煩いから気が進まない。


 かと言って人気の離れたところに連れて行くにも微妙な時間しかない。

 中々リタと二人きりになるのも難しいな、と悩ましいところである。



 開き直って教室で話をすればいいのだろうが、リタは他のクラスメイトとも親しくお喋りをしている姿を目にする。


 彼女には彼女の世界、学生生活があるのだ。


 いくらこういう状況であっても、四六時中リタと一緒に行動して束縛するようなことはしたくない。

 自由に生き生きと過ごしている彼女の事が好きなのであって、籠の中に閉じ込めたいなんて思わない。


 リタが楽しく笑っていられるのならそれでいい。



 ただ、どこからどこまでが束縛に当たるのだろう――

 そんな単純な事で、少し悩む。


 元気で自由で、誰とでも仲良くなれる彼女のことが好きなのだ。

 でもそれは自分だけのものではないということで、それは当たり前の話なのにどこかモヤモヤした蟠りを覚える。


 ……二度と視界に入れる事はないとはいえ、アーガルドの言葉は今もラルフの心の泥濘に潜んで感情を掻き乱しているのかもしれない。

 他人と深く関わるとは、こういうことだと分かっているのに。


 自分だけではどうしようもない、”相手”に心を乱されるという事。







「え? クレア様が私に……ですか?」



 昼食が終わった後、ようやくリタを捕まえることに成功した。

 食堂を出てすぐの回廊で大きく伸びをしている彼女を見つけた時はホッとしたものだ。


 姉からの伝言を伝えると、リタは焦って自分の顔を指差している。



 ヴァイル邸に帰る度、姉のクレアと会って話をする機会が増えた。


 クレア自身何か吹っ切れたようで以前よりもぐっと明るくなったし、彼女を取り巻いていた悲壮的な雰囲気は影も形もなくなってしまったのだ。


 もう結婚は懲り懲り、と笑いながら。

 今は自分の好きな事をして過ごしているようだ。


 そんな姉は、ラルフの顔を見る度にリタを家に連れて来いと何度も声を掛けてくる。

 最初に話を振られた時は、姉が所謂”口うるさい小姑”にジョブチェンジでもしたのかと様子を伺っていた。


 ヴァイル家に嫁に入るということは、当然リタもクレアと無関係ではいられない。

 嫁教育の名のもとに、リタに厳しく接するつもりか? と、そんなはずはないのに若干警戒していた。


 ……というのも、母や周囲の侍女、親戚筋の女性達に向かってラルフが彼女と結婚したいと宣言した後、大変な騒ぎになったからだ。


 立場上仕方のない事だが、明らかに歓迎されていない雰囲気をひしひしと感じる。

 それをどうにかするのが自分の役目だと分かっているが、現在学生で実家に頻繁に帰るでもないラルフには中々彼女達を説得して回るのは困難な話であった。


 そんな歓迎せざる雰囲気を打ち砕くため、周囲の皆に納得してもらえるような『嫁候補』に教育してやろうと姉が息巻いているのではないか、と危惧したのだ。

 彼女はリタに恩を感じているので結婚に反対することはないだろうが、だからこそ今の自由な時間を使ってリタに色々教え込もうとしているのではないか……


 姉が元気になるのは嬉しいが、暴走されてリタを困らせるのは本意ではない。


 だから最初はリタを屋敷に向かわせて欲しいという姉の言葉に、「そのうち」と言葉を濁していたのだけど。

 とうとう昨日姉が爆発して、ラルフの肩を大きく揺すって「熱望」してきたのだ。



『ケルンからとっても良い茶葉を手に入れたの、私、あの子と一緒にお話がしたいわ』


 目を輝かせて前のめりでそう言われては断るのも断れない。

 物凄く期待に満ちた視線で、個人的に会いたいのだと。

 何なら学園寮に面会に行くとまで仄めかされては、一度彼女を連れて来るべきなのだろうと観念した。


 だがラルフは外でリタと会わないように、とシリウスから固く忠告されている。

 一緒に行動が出来ないということは、リタ一人をヴァイル邸に向かわせるということに他ならない。



 少しどころではない不満も感じる。

 自分は彼女と一緒にいられないのに、姉はリタと一緒に優雅なお茶の時間を過ごせるなど、あまりにも不公平ではないだろうか?



「姉さんも君に会ってもう一度お礼がしたいと言っているから。

 また、今度の休みにでも。

 残念ながら僕は同行できないけれど、手配はこちらで行うよ」


「わかりました! 私もクレア様にお会いできるの、楽しみです」


 リタが大きく頷いてくれて心底ホッと安堵する。

 もしも自分の家族に会うのに面倒がられたら、という懸念がなくなったからだ。


 だがそれと同時に先ほどのモヤモヤが顔を覗かせ、複雑な想いである。


 まぁ、学園内にいる時は二人で過ごしても構わないという。

 アーサーやシリウスには事後報告という形で、生徒会室のサロンにこの昼休憩、リタを招待しようと思った――のだが。



「……リタさん! ごきげんよう!」


 突然、リタの横から見知った人物が飛びかかって来た。

 亜麻色の髪をなびかせて、彼女に突進。更に強く腕を掴む女子生徒。


「キャロルさん、こんにちはー」


 全く予期していない人物の登場にも、リタは全く動じる事なくそう笑いかけた。


「リタさん、今日のお昼、お暇ですか?

 良かったら庭園でお話でもしませんこと?」


 そこでようやくリタの正面に立つラルフの姿に気づいた彼女は、少しバツの悪そうな顔をした。

 だがリタの左腕をぎゅっと掴んだまま離さない。


「キャロルさん、私――」


 先客はこちらだと牽制するまでもなく、リタが口を開きかけた直後。



「あ、いたわ、こっちに!」



 今度は反対側から大きな複数人の足音が響き、皆の視線が一斉にそちらに注視される。



「何? 貴女がホントにあの・・リリエーヌなの?

 ……なんか全然別人なんだけど」


 乱入してきた三人の女生徒の一人が、何の前触れもなく両の掌でリタの頬に手を当てる。

 そしてしげしげと物珍しそうにリタの顔を上からジーッと興味深そうに凝視していた。限界近くまで顔を近づけている、これが万が一男子生徒の所業なら問答無用で殺意を向けていた事だろう。


「ふーん…言われてみれば面影があるような?」


 下級生には思えない貫禄を持つ女生徒、ケンヴィッジ三義姉妹の長女アリーズだ。

 あの晩餐会事件以来大人しくなり、あまりしゃしゃりでてこなくなった彼女達。


「凄いですよねー、お化粧って」


 ははは、とリタも苦笑いだ。


「あら、声は一緒ね。

 ホントにあの生意気娘と同一人物なの。へえー。

 ……まぁいいわ、この学園にあの子がいたって聞いて探してたのよ」




「ちょっと待って!

 ……貴女達……私の前に姿を見せないって、約束だったでしょう!?」


 強張った表情のキャロルが、リタの腕をぐいっと引っ張る。


「はぁ? 何言ってんの。

 あんたに用なんかないわよ、私はこの子を誘いに来たんだけど」


 今度はアリーズがリタの反対側の腕を掴んで、強引に自分の方へと引っ張り寄せた。




「駄目よ、駄目! 先に話をしにきたのは私でしょう!?!」


「いいじゃない、あんたはお喋り仲間が他にいくらでもいるんだから!」



 リタを両側で挟み合う陣営同士、睨み合って火花が散っているように見えるのは錯覚だろうか。


 この状況は一体何なんだろう、とラルフも困惑していたのだが……


「じゃあ皆で移動して話しましょう!」



「えっ……」


「うっ……」



 彼女達を混ぜ合わせるなど、とてもできた事ではない――と思う。

 キャロルとこの三姉妹はやっぱりぎくしゃくした間柄だし、話しかけてこないで欲しいというキャロルの心情は変わっていないだろうに



「わ……分かりました」


 何とキャロルがそれに渋々ながらも同意した。


「まぁ、あんたがそう言うなら。付き合ってあげる」


 アリーズを始め、三姉妹がそう頷いてしまってはもはや誰にもその行動を止められない。


 完全に横やりを入れられた上に、彼女まで連れ去られることになってしまった。



「ラルフ様、ごめんあそばせ」


 ほほほ、と高笑いを響かせながら去っていく三姉妹。


 奇妙な小集団が自分の傍から去っていく様子を、ラルフは唖然とした表情のまま見送るしかなかった。


 先に話をしていたのは自分だと主張して取り返すのは可能かもしれない。


 だがマディリオン伯爵家の令嬢と、妾腹とは言えケンヴィッジ侯爵家の姉妹と懇意にする機会を邪魔するのは聊か早計である。

 今後の彼女の立場を考えれば周囲の女子生徒と上手く付き合えるというのは得難い経験になるのは確かだ。


 頭の中では冷静に損得や状況判断くらいは出来るのだけど……


 どうしてこうなってしまったのかと釈然としない気持ちが起こるのも事実だった。



 しかしキャロルがあんなにリタに執心しているとは予想外。

 あの様子では今後も遠慮なく彼女に話しかけてくるであろう、そしてキャロルが今の調子なら当然彼女の取り巻き達も今まで以上にリタに興味を持つことになるに違いない。


 




「……………うーん……」




 参ったな、とラルフは額に手を添え溜息を落とした。



 一々彼女達の行動に文句を言うのは、あまりにも狭量だし凄くみっともない話だと思う。

 消化不良で、とてもモヤモヤしていた。



 かつてないほど恵まれた状況であるはずなのに、何故こうも余裕が持てないのか。





 ※








 結局、その日一日リタと顔を合わせる機会は無かった。







 ※





「――?

 どうしたラルフ、めちゃくちゃ眠そうだな」


 翌朝。

 ジェイクに指摘された通りラルフはかなり寝不足だった。

 眠気を噛み殺し、待ち合わせ場所で全員揃うのを待つ。

 既にジェイクとアーサーは準備万端だ、彼らの朝は早い。


「ああ……うん、少し曲作りに熱が入ってしまって」


「生誕祭とは別件の依頼かな?」


 アーサーが首を傾げると、きまりが悪くなって目を逸らす。

 ぼそっと、小さな声で彼の問いかけを否定した。


「いや……ちょっと気持ちのやり場がなくて」


 言葉にしようのない、どこにも言語化できない感情を曲に籠める事はよくある。


 例えば――アーサーの婚約者がカサンドラという物凄く評判の良くないお嬢さんだと聞いて、「なんでよりによって」と驚き絶望したのは二年前か。

 たまたまシャルローグ劇団から「悲壮感溢れる壮大な曲を」と依頼を受けていたので、これ幸いとばかりにその時の感情を楽譜に起こして今までにない曲調だと好評を博した――という事もあった。


 まさかその曲を使った劇をカサンドラ本人がアーサーと一緒に観に来るなど想像もしていなかったので、あの時は一方的に気まずい想いを抱いたものである。


 曲自体は大絶賛されたが、起源については未だに誰にも言えない秘密事項である。



 その時の絶望とはまた違うけれど。


 恋愛、というのは本当に複雑な要素が多重に内包されているものだ、と今更ながら思い知らされる。

 そういう現状の心の揺らぎを曲のフレーズに表現すると、今までと全く毛色の違うテーマになったので。

 ついつい熱が入り、遅くまで譜面と睨めっこをしていた――気が付けば夜明けだったので、殆ど寝ていない。


「何かあったのか?」


 ジェイクが眉を顰め、ラルフの肩を軽く叩いた。


「大したことではないけど」


 昨日の話をチラッと彼らに話した。

 キャロルと、そして本来は彼女に敵対していたはずのケンヴィッジのわけあり三姉妹とまで仲良く出来るのは確かに凄いことだと思うのだが……


「成程、それはしょうがないというか。

 もう少ししたら、周囲まわりも落ち着くのではないかな」


 アーサーも苦笑いで慰めてくれる。




「要はリタが女子にモテて困るってことか。

 なんだそれ、超ウケる」



 逆にジェイクは笑いを抑えきれないと言った様子で、大きく噴き出しゲラゲラ笑いだすではないか。

 彼の素直な反応を目の当たりにし、ラルフもごく自然にイラっとした。




 寝不足ゆえの眠たさで、感情が尖っているのだろう。





 ※




 果たして、今日も懲りずにリタに話しかけに行くべきか?

 それとも目立ってこちらから接触に向かうべきではないのか?


 そんな風に軽く思い煩いながら、ラルフは昼食の後広い食堂を後にする。



 ……眠たい。


 今日はリタとの会話を諦め、生徒会室の奥で仮眠でもとるかな、と。腕時計に視線を向けて考えていた。

 このままでは午後の講義で睡魔に負けてしまいそうだ、流石に居眠りをしているところを見られるのは外聞が悪い。


 食堂を出た後、段差を降りようと足を踏み出す。

 


「ラルフ様、昨日はすみませんでした!」


 すると、待ってましたとばかりに横からリタが声を掛けてきたのだ。

 どうやら昨日、キャロル達にそのまま同行してしまった事を気にしているらしい。


 少しホッとした。


「大丈夫。

 それよりも昨日、あの面々で喧嘩にならなかった?」


「そんなことないです、平和でしたよー」


 本当か、と耳を疑いたくなる話だが。

 彼女がいつもと変わらない元気なニコニコ笑顔で声を掛けてくれたことが嬉しかった。


「あの……

 ラルフ様! 生徒会室前の中庭に、一緒に来てもらえませんか?」


 これから行こうと思っていた場所と殆ど同じ方向である。


「分かった、それじゃあ行こうか」


 睡眠不足の解消は出来ないだろうが、折角彼女が声を掛けてくれたのだ。

 その申し出を断るという選択肢は最初から無い。



 廊下を歩いている最中にも、すれ違う何名かの女生徒に声を掛けられていた。

 もしかしたら他の誘いを断ったのかも知れないなと思うと、昨日の事が全くどうでもよくなってくるのだから人間とは現金なものである。



 軽い雑談を交わしながら、通い慣れた廊下を歩く。

 生徒会室へ向かう方向の回廊は人通りが殆どない、周囲を気にしなくても良いというのはかなりリタの気が楽になったのだろうか。肩に張っていた緊張感が次第に薄れていくのが分かる。


 三段噴水が奥に設置されている静かな中庭は、相変わらず静かで人影がない。

 生徒会室に出入りする人間がいたとしても、一々傍の庭に降りて来ることはないだろう。



「ラルフ様、えーと、物凄く……変な事っていうか。

 図々しい事を言っても良いですか?」



 土の上に立って何を言い出すのかと思ったら、とラルフは首を傾けた。

 リタが変な事――つまり突拍子がないことを言い出すのは今に始まったことではない。

 彼女の発言はいつも自分にとって新鮮なものだし、興味深いものだ。


 だが図々しい、という表現に首を捻る。

 勿論彼女が何かを自分に買ってくれだのと、直接ねだってくれればいくらでも喜んで用意するだろう。


 そんな事を言うリタが想像できず、怪訝顔になってしまったのだ。


 ラルフの正面に立ち、何故かリタは一度俯いた。

 そして大きく息を吸って――


 近くのベンチの上に、何故か勢いをつけて座り込む。

 お腹でも痛いのか、と心配になるラルフを他所に再度顔を上げ提案をしてきたのである。


 ぽんぽん、と掌で腿の上を叩きながら。




「ラルフ様。

 ………私! 膝枕! 膝枕がしてみたいです!」




 頭の中の単語を探る。

 普段の生活で使うことのない音の響きに、ラルフは一瞬膝と枕がどうしたのだろうかとポカンとしそうになった。


 が、顔を真っ赤にして勢いよく膝を叩く彼女の姿を見ていれば、言葉の意味がすぐに脳内でイメージに結びつく。


 すぐに是非の返事をしなかったからだろうか一層リタは手を上下させる速度を速め、反対の手を慌ただしく今度は左右に振り始める忙しなさ。


「ラルフ様、今日、眠いんですよね!?

 あの、少し休んでもらえればって、その」


「……確かに睡眠不足だけど……

 良くわかったね」


 ラルフは彼女が腰を掛けているベンチに近づきながら、内心困惑していた。

 人前でそんな腑抜けた表情をしたつもりもない、眠いのは眠いがそれを大勢にアピールするのは嫌だった。

 ごく普通の生活態度を貫いていたはずなのだけど。


 ジェイクやアーサーという少々油断しやすい友人達の前ならいざ知らず。


 そんなに分かりやすい気怠い態度だったのだろうか。自分の顔を鏡で見て確認しなければ、という変な使命感にも駆られてしまう。


「そりゃあ分かりますよ!

 毎日、ラルフ様の事ばっかり見てるんですから!」


 何故か自慢げに誇らしげに、そう言い張るリタ。



 ………彼女と一緒にいると、本当にあたたかく、幸せな気持ちになれる。



 稲光が空を裂き、暗闇をパッと照らす。


 

 衝動的に手を伸ばし、彼女を上からぎゅっと抱き寄せた。



「ふぁっ!?」



 昨日の自分があんな些細な事でモヤモヤしていた事が――


 この上なく馬鹿らしくてしょうがなく思える。

 彼女から向けられる好意は、いつもとても真っ直ぐで心地良いというのに。


 自分に全力で感情を向けてくれる彼女の事が、とにかく今は愛おしくてしょうがない。





 ※ 

 




 物心ついてから今まで、他人の膝を枕にして寝た記憶は無い。

 

 若干の照れと躊躇があったものの、折角の申し出なので厚意に甘えることにした。

 いつだってラルフの考え得る範疇外の発言をしてくる彼女だが、まさかこんな提案をされるとは……。


 ただ、横になっているとその心地良さに一気に睡魔に意識を持って行かれそうになる。

 それに必死に抗い、自分を見下ろす彼女の顔に視線を遣った。



「それにしても突然だから、吃驚した」


「私も勢いで言った後、ラルフ様にドン引きされたらどうしようって思っちゃいました」


 直後に彼女の乾いた笑いが上から降ってくる。

 こんな”図々しい”提案なら、いくらでもしてくれて構わないというのが本音だが、彼女の行動論理的に少々今までと外れているのではないか、とも思えてしまう。


 彼女は内心とても乙女的なものに憧れがある女の子だが、自分には似合わないと勝手に思い込んで行動しているように見える。

 傍にリナがいるから一層、そういう憧れを隠すように振る舞っている節も。

 

「あのですね。

 ……白状しますと、この間カサンドラ様と王子の……な、仲が凄く良さそうなところを見てしまいまして。

 それで、何か良いなぁって言うか…」


「えっ。

 まさかカサンドラがアーサーを襲いでもした?」


 疑問が喉からノータイムで飛び出てしまった。

 リタは目玉を落とさんばかりに驚き制止する。口を引き結び、仰天していた。




「……!? ち、違います違います!

 なんでそっち!?」




 あまりの想像に驚愕してしまったラルフが、彼女はそれを不正確だと大きく首を横に振る。


「彼女がアーサーに対する啖呵を切ったシーンが忘れられなくて、つい」


 あれだけアーサーに激しい恋情を抱いていたのだから、基本的に女性に対して奥手な彼に痺れでも切らしたのかと変な汗が出てしまった。


 まぁ、最近の様子を見れば友人の方がアピールも激しいし、順当に考えれば痺れを切らしたのは彼なのだろう。

 ……人間、変われば変わるものだな、と遠い目をしてしまう。


 リタの膝の上に頭を乗せている自分がそんな事を言うのも、アーサーから見たら不愉快な話かもしれないけれど。




「……。」


 彼女の手が、ラルフの額に触れた。

 そよいだ風が前髪を揺らし、縺れさせたからだろう。




 じーっと自分を見つめる、リタの真っ直ぐな目。

 視線が合うと満面の笑みになる、彼女の屈託ない素顔がとても好きだ。




 額に添えられた彼女の手をとる。

 突然の不意を突く行動に、彼女は吃驚顔。




「ありがとう」




 彼女の手の甲に軽く口付けると、彼女は”へにゃ”っと口元を緩ませた。


 まるで芯から溶ける直前のような表情。

 初めて目にする彼女の顔。






 自分だけが知っている彼女の姿に、心の底に蟠っていた彼女への  ”独占欲”  が満たされていく。




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