第469話 聞きたいこと?
放課後、学園内に全員揃ってようやく事態を把握することが出来た。
少し前までは全く想像もつかなかった状況である。
目まぐるしく移り変わる現状に、カサンドラはただただ驚くばかりであった。
乙女ゲームを基にして創られた異世界に転生した、と思いきや。
事はそこで終わらず、カサンドラが全く予想だにしない展開に発展していったのである。
曖昧だったゲームの背景事情を補完するためのみならず、この世界を本当のゲームのように何度でも繰り返し『遊び続ける』ため――
王子を条件が満たされた場合、必ず悪魔にさせる。
この学園が存在する理由、そもそも聖女とは何なのか。
全ての要素を辻褄を合わせるように縫い、再構築し創り上げた。
更に発展させ、攻略対象の一人さえその計画に加担するよう定め、主人公から見た視点を固定化させる。
単に物語をただ立体化させるわけではない、まさにリアルなゲーム体験装置――それがこの世界、ということか。
何故王子が悪魔になったか、という背景事情を語られなかったことが大きい。
ふんわりした世界に独自の解釈を加える事で、自由に二次的な設定を作ることが可能だ。
いかにゲーム内で語られる、つまり主人公から見たストーリーと矛盾しない世界を構築するか、に全てを賭した世界とも言える。
主人公の思考、考えを弄らずに舞台設定を整える。
あくまでも、彼女達がこの整えられた箱庭内で恋愛を楽しむために在る……か。
そのためにこれだけの陰謀を裏に渦巻かせ、何千年も前から続く歴史を創り出すというのだから。
やはりこの世界を創造した神という存在がいるなら、途方もない力を持つのだろう。
果たして自分達だけで抗うことが出来るのか。
不安が尽きる事はないけれど、少なくともどうしようもない事態に一人膝を抱えずに済むというのはカサンドラにとって大きな希望と勇気を与えてくれた。
大まかなところで、カサンドラ達の考えと同じだったようだ。
まさかシリウスが王子の命か三つ子の命か、というありえない選択を迫られていた事は初めて知ったが。
成程、彼がどちらの方向に対しても非積極的な態度だった理由も分かる。
友人たちの恋愛、そして自分の気持ちを優先すれば王子の破滅、それのみならず悪魔が蘇ることによって生じる”災厄”で大きな王国内に大きな被害が出ることが考えられる。
かと言って何も知らない三つ子を見殺しにするような事も出来ない、何せ彼女達の存在は三家の当主によって把握されている。
逃げ出したところで、大まかな場所を調べる方法があるのなら――匿うことも出来ないだろう。
その上誰にも相談できない、という袋小路に追い詰められていたのか。
何と言うか、今まで彼単体に注視する機会は少なかったけれど……
大変な状態だったのだな、と憐憫の情さえ湧いてくる。
己の命だけではなく、大切にしていた孤児院さえも利用されるなんて彼には耐え難いはず。
もしもリナが孤児院の子ども達を救うことが出来なかったら……
過去のシリウスのことを想像すると胸が痛い。多大な犠牲を払ってしまった以上、もう後戻りも出来なかったのではないか。
この計画を成功させなければ、一体何のために大勢が傷つき、殺され、利用されてきたのか――全てが無駄になる。
退路を断つ、一蓮托生にするためにエリックは孤児院を焼くよう指示を出したのだろうな。
本当に鬼畜だ、とカサンドラも肝が冷える。
しかし、こうして『聖女計画』の概要を知る者がいるというのは、カサンドラが今まで疑問に思っていた事をクリアに出来る機会でもあった。
「シリウス様。
わたくしから二、三点お聞きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか」
「答えられる範囲であればな」
シリウスはどこかすっきりとした表情だ。
抱えている荷物を地面に下ろせば、解放感が広がるものである。カサンドラも彼の心境は良くわかる。
「全体には影響のない、微細な確認で恐縮です。
シリウス様を始め、ラルフ様やジェイク様に婚約者がいらっしゃらなかったのは、今回の計画のためなのですね?」
アレクも気にしていたし、念のために答えを聞いておこう。
「そうだな。
他人の婚約者を奪うような真似を聖女にさせるわけにはいかんだろう。
定められた相手がいないという事実は、私達に接触する心理的ハードルを下げるという効果を期待できる――と、父は言っていたな。
聖女が覚醒し、悪魔を倒した暁には――当然、共に戦ったパートナーと結婚する流れになっただろう。その際にも、婚約者がいないのは大きい。
例え庶民の出であろうが、聖女であれば問題なくなるのだ。他の貴族も、当然それを受け入れるだろう。自分の娘が婚約者にでもされていたら業腹に思う者もいようが、現状、誰にとっても損はない婚姻になる」
シリウスは頷いた。
彼らに婚約者がいない状況であったことは意図的だったという。
聖女になれば周囲にとやかく言われるまでもなく、順風満帆に結婚できる。
これはシリウスにとって、更に悩ましい条件だったのだろうなと感じた。
いくらリナやリタ、リゼの事を好きで彼らが結婚しようとしても
愛人や愛妾に留めて置け、正妻を娶れという圧力に延々と晒されることになり得る。
計画が成就すればそんな面倒な話を一気に飛ばして、誰からも祝福されて望まれて結婚出来るのだ。
彼らの立場からすれば、どれほど欲しい”結果”だろうか。
「では、ケルン王国の婚約破棄された公爵令嬢に関するご縁――というお話は」
「ああ、勿論そんな事実はない……と言いたいところだが。
実際にケルン王国の王太子が別の女性に恋慕し、婚約者の公爵令嬢と婚約破棄をしたという話自体はあったそうだ、詳しくは知らんがな」
アレクの勘は正しかったのか。
最初からそんな話を実しやかに埋め込んでいて、もしも誰かに庭を掘られてもこの状況に説明がつくように。
まさかそれ以上の計画が進んでいるなど、疑問に思われないように。
本当に用意周到だな。
ついでに話してやろう、とシリウスは薄く笑んでカサンドラを見遣る。
「入学直前までアーサーの婚約者選びには難航していてな。
先程話した理由上、どうしてもアーサーには婚約者をあてがわなければならん」
王子に婚約者がいなかったら、主人公の恋愛対象に入ってしまう可能性もある。
目的から考えれば、絶対に避けたい事態だろう。
三家の嫡男とは逆に王子には婚約者が必要という状況だったわけだ。
もし婚約者がいる状態で不道徳にも王子に懸想し迫るような事があれば、それを理由に聖女の資格なし、と見極める事も出来るというわけか。
危険因子を早々に排除できる。
――三つ子が王子を好きになっていたら本当に一発で命の危険があったのでは?
選択肢を間違ったら即座にデッドエンドのホラーゲームも真っ青なデストラップである。
「アーサーとカサンドラの婚約話が浮上した際、宰相は大層喜んでいたぞ。
顔では渋面を作って反対する素振りを見せていただろうがな。
計画がもしも成功すれば、アーサーは汚名を被らされ殺されることになるのだ。
自分達が沈めようとしている船に、自分の家側から嫁候補を人身御供に出すのは躊躇われることだったのだろう。
その点、地方貴族のレンドールはこの場合うってつけの婚約相手だったと言える」
「……。」
分かっていたこととは言え、改めてそうだったと聞かされるとかなり複雑な心境である。
元々国王陛下は現状に不満を抱く優秀な人物だったと聞く。
三家の支配から実権を王家に取り戻したい、という悲願を持っていた。
そして学園時代に友人となったカサンドラの父クラウスに、レンドールの力を借りて何とか出来ないかと協力を要請していた。
クラウス自身は三家の支配体制に特に文句があったわけでもない、現状に満足していたのでその申し出を断り続けるしかなかった。
敢えて三家に敵対するような真似をして自分の守るべき領民に不利益を生じさせるような事危険を犯すことを嫌がったのだ。
保守的な父の反応として理解できる。
だが、アレクの事があってずっと後ろめたさを抱えていた事もまた、事実。
自分が協力していれば、王妃や第二王子を守れたのだろうかと良心が苛まれたに違いない。
決定的な事は、カサンドラが王子に一目惚れをしただのなんだの言い出した事だろう。
結局、王子の婚約者にカサンドラを推すことに決めたのだ。
もしもカサンドラの身に危険が及ぶような事があればすぐに白紙に戻すことで妥協し、学園に送り込んだ。
カサンドラの周辺で何かおかしな動きがないか、常にアレクに見張らせながら……
気の進まない縁談。
だがそれが三家にとっては渡りに船で、話が潰されるどころか容認されてしまった。
早々にカサンドラを排除するメリットもないので、ある程度自由に泳がせつつ。
どうせいつでも追放できると、高をくくっていたに違いない。
上手くできているな、と。カサンドラは裏側を知って背筋が寒くなった。
「それではもう一つお聞かせください。
……わたくしの知っているゲームの内容を思い出しますに、隊商襲撃以降のあらゆる事件は全て王子に繋がる証拠が残されていました。
恐らくそれは三家の当主が意図的に、ジェイク様やラルフ様に発見されるよう仕向けた偽の証拠ということになるでしょう。
――ですがその証拠の中に……
文字だけではなく、実際に王子らしき人影を見た、という証言もありました。
アンディさんがお亡くなりになった戦場で、そして闇競売の屋敷の中で……
孤児院焼き討ちの時にも、孤児院長が見間違えかもしれないと注釈をつけつつ、王子の存在を示唆されておいででした。
王子は現場に行っておりません。
では一体、ゲーム内で語られていたその人影は『誰』だったのでしょう。
ゲームの中で語られていることであれば、当然わたくし達の世界にもそれに該当する人物が存在するのではないかと愚考いたします」
「そうだな。
ある程度は予想がついている。アーサーと見間違えられる役を言い渡された人間がいるのだろう」
「人影ですか。
……私、アンディさんを樹の上から狙ったのは、魔物じゃなくて人間だったんじゃないかと思います。弓矢を番えていましたし、狙いも正確で良い腕でした。
……ええと、はっきりとは言えませんが」
リゼの発言に補足するよう、ジェイクも続けた。
「そういや、アンディも誰かに狙われてたとは言ってたな。
……それに……
ティルサの街に、仮面を着けた男がいたとかどうとか? ……アーサーに似ていた背格好だったそうだ」
「あの、私が直接見たわけではないですが、孤児院の子どもが黒いフードを被った人を見かけたと言っています。
その日の夜、火の手が上がったので……
しかもただの火事ではなく、魔法を使用してつけられたものだと思います」
「私はそういう話は一切聞かなかったし、見なかったです。
何せ、実際にクレアさんに酷いことをしたのは彼女の旦那さんだったので。
むしろ周囲の皆さん仮面を着けていて、全員怪しかったですよ」
するとシリウスはしばらく瞑目し、思案した後。
おもむろに閉じていた口を開く。
「『彼』はティルサにいたのだろうな。この現実において、三つ同時期に重なって事件は起きた。そのどれもに一人で全て関わることは出来ん。
そこでアンディの命を狙ったが失敗した、と。
背格好がアーサーに似ているのを利用して、周囲にわざと姿を晒していたか。
『ティルサに王子らしき人間がいた』と証言させるためにな。
現場に計画など知るはずがないリゼ・フォスターが駆けつけて来たため、指示を仰ぐ必要に迫られ計画を中止せざるを得なかったと思われる。
クレアの件は、アーガルドを焚きつけてその気にさせれば喜んでああいう行動に出ると予測が出来る、敢えて現場に行く必要もないな。
孤児院の件は……火の魔法が使える魔道士がいれば、誰にでも出来ることだ。
フードを被っていたのは、アーサーと似ても似つかぬ外見なので他人の目に触れないよう隠れて動いていたから、か」
要は王子と空目させるため、シリウスのような協力者が現場にいた、と?
特に魔物――悪魔という存在が関わっていると結びつけやすいティルサで姿を見られるようにしたのは。
後ほど、全て悪魔が乗り移って乱心した王子がしたことだ! と、罪を擦り付けやすくするため。
「あまり聞きたくない気もするけれど、シリウスはその協力者は誰だと予想しているのかな?」
王子もかなり慎重に問う。
ここにきたら誰が三家の協力者でもおかしくない。
攻略対象であるシリウスさえ、裏の事情を知って動いていたのだから。
「当人に聞いても証拠がない以上、しらばっくれるだろうがな。
…………
レオンハルトの可能性が非常に高いと思われる」
その人名を聞いても、一瞬パッと誰か思い至らなかった。
だが隣のラルフの顔が強張り、テーブルの上の手がぎゅっと拳に固められたのを見たこと。
そして王子も困ったような、そして哀しそうな顔で頷いたことで――漸く、その姿を脳裏にまざまざと描くことが出来た。
「アイリス様の婚約者……ですね」
カサンドラも何度か会ったことがあるし、姿も見たことがる。
最近ではアイリスに招待された晩餐会で見かけただろうか。
既に学園を卒業しているので、ここで会ったことはないけれども。
過去生徒会の会長を務めていたこともある、立派な家柄の公子様である。
ヴァイル家と強い繋がりを持つ親戚筋で――王位継承権を有する家柄だと言われる。
王族に何かあった時に王統が移行するなら、この家を飛ばしては考えられない。
「実際にどういう交渉を経て協力関係になったのかは分からんが」
シリウス当人が、意志を無視して無理矢理協力者にさせられていたように。
レオンハルトもまた、協力せざるを得ない立場に追いやられているという可能性も十分考えられた。
元々気質が穏やかで、どこから見ても良家のお坊ちゃん! なレオンハルトである。
進んで悪事に手を染めるような性格には見えない、下手をしたら全貌を知らされていない?
だが、かなりの立場にあって三家の裏事情に精通して良そうな家柄で、しかも王子に似た背格好の青年と言えば確かにドンピシャリかも知れない。
何分、当人が持つ育ちの良さオーラというものは変装をしたり仮面を被るだけでは隠しきれないものである。
高貴な立場で相応の教育を受けたお坊ちゃまなら、王子と空目する雰囲気を演出が可能かもしれない。
学園内の情報も、去年一年間はアイリスを通して収集しやすかっただろうな。
しかし、やはり自分の知っている人間がここで挙がるのは精神衛生上宜しくない。
カサンドラはまだシリウスに聞きたいことがあったことも忘れ、黙り込んでしまった。
「定期的に、皆で集まる機会も設けようと思う。
先ほど提案した封印魔法に着手し、完成させる必要があるしな。
聞きたいこと、気づいたこと、相談したいことがあればいつでも私かアーサーに話してくれればいい。
不安もあるだろうが、慎重に行動すれば差し迫って身体的危機が訪れることはないはずだ。
くれぐれも、一人で先走ることのないように」
シリウスの声に、ようやくこの時間が終わったのかとカサンドラはほっと安堵の溜息を落とす。
手短ではあったが、大まかな情報は皆で共有できた。
「さて、次の話に移る」
「え、他に何かあったっけ?」
シリウスの冷静な声に、緊張を解いたジェイクが不思議そうに聞き返す。
冒頭にシリウスが話す予定のことは全て皆に行き渡ったはずだが……?
「何を言っている。
これからの時間は、お前とリゼ・フォスターのための補講に使うと決まっているだろう」
「はぁ!? それってただの言い訳じゃ」
「お前たちに欠席期間中の授業内容を教えるという名目で、生徒会室を使用する申請をしているのだ。
明日から二人――特にジェイクが授業に全くついていけなかったら、昨日皆で集まって何をしていたのかという話に繋がるだろうが。
大丈夫だ、要点はしっかりとまとめてある。
夕食前には帰宅できるよう私も尽力しよう」
「あ、ありがとう……ございます?」
リゼが戸惑いを隠せないままシリウスに軽く一礼すると、ジェイクは逆に椅子の背もたれに身体を預けて仰け反った。
すっかりいつもの雰囲気に戻ったと感じた瞬間、視線を感じて顔を向ける。
肩を竦めて苦笑する王子と目が合って、カサンドラもすっと気持ちが軽くなった。
良かった。
これで、もう皆一人で悩まなくてもいいんだ。
仮初であっても 泡沫であっても。
日常が、帰って来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます