第468話 今後の方針


「聖アンナのことや、過去の出来事について深く掘り下げる意味はないのではないか――

 それがリナ・フォスターからこの世界の構造を聞いた際に悟った事だ。


 カサンドラ一人、アレク一人、リナ・フォスター一人そんな事実を訴えたところでどうにもならん話だっただろうとは思う。

 彼女らの言葉を重ねる事で初めて見えてきた世界の姿。

 今、ここにいる全員にはそれが伝わったことと思う」


 シリウスの関わっていた、聖女計画。

 そして自分達の知っている事、経験を打ち明けることで分かった、繰り返す三年という『ゲーム内期間』。


 結局のところ、この世界がゲームをリアルに模した世界だと理解したところで、それを打開するには至っていない事は確かだ。


 相手は世界か、神か、運命か。



「ではこれから我々がどう行動するべきかについて、私見を述べることにする。

 尤も厄介な、時間が巻き戻るという現象については私もつい先ごろ聞かされた話だ。

 今まで過去に情報を求めていたが、それでは文字通り世界の掌の上。

 根本的な解決策があると信じ、その手段を模索する必要がある。


 一朝一夕にはいかない話だ。

 だが我々には――まだ、時間が残されている。

 この世界が三年を一区切りで巻き戻っているのであれば、あと一年半以上猶予期間があるわけだ」


 シリウスはそう言って皆を見渡した。


 今までそれぞれ、個別にそれぞれ悩みを有し、言えない事ばかり抱えていた。

 それが今では隠し事もなく、遠慮するでもなく皆等しく同じ情報を共有できる立場にあるのだ。


 たった十日程度で、カサンドラの周辺世界は全く様変わりした。


 誰かと話をすることで、沢山の気づきを得た。

 何より、真実に限りなく近い推論に至ることが出来たのは大きな自信に繋がる。


 カサンドラやリナ、アレクの情報からこのシナリオの裏で動いているのは三家の当主だと当たりを着け。

 そしてアンディやクレア達の危機を事前に察知し、イベントを変える事が出来た。


 今はカサンドラだけでも、王子やアレクだけでもない。

 隠し立てする相手はいないのだ。


 卒業までの一年半、皆一緒の方向を向くことが出来るなら。

 きっと不可能を可能に出来るのではないか、そんな希望を感じる。


「だがそれと同時に、やらなければいけないことがある。

 喫緊の課題というものが、な」


 シリウスはここに来て、小さく笑んだ。

 今までため込んでいた鬱積を晴らさずにはいられない、そんな雰囲気がひしひしと立ち昇っていた。


「それは一体何かな、シリウス。

 私も、それが一番聞きたいところだ」


 王子も興味深そうに彼に先を促す。

 今までの情報の確認という段階を踏み終え、漸く先が見えてきたことに彼もまたカサンドラと同じく、想うことがあるのだろう。


 これからどうするべきか。





「我々の手で、『悪意の種』を封印しようと思う」





 シリウスの言葉に、全員がぎょっとした顔で一斉に顔を向けた。

 急に何を言い出すかと思えば、『悪意の種』――要は、かつて地上に喚ばれた悪魔の『核』を封印する?



「今、『悪意の種』は封印されているのでは?」


 当然のラルフの疑問を受け、シリウスはクイッと眼鏡を押し上げて口を開く。 



「私がそれに着手しようと思ったのは、まず『聖女計画』のことだ。


 アーサーの命とフォスターの三つ子の命を守ることが出来れば、この計画を潰せたと判断しても良いだろう。


 アーサーか、アーサーが無理なら別の人間が悪魔にされるのかは分からんが……


 聖女が覚醒した際に悪魔を呼び起こすのが奴らの計画の”最終目的”。

 仮に聖女が覚醒する事態になったとしても誰も辿り着けないよう封印を施すことが出来れば良いのではないか、と。私はそう考えた。

 目的遂行のため、任意の相手に『悪意の種』を近づける必要があるのなら――そもそも物理的に近寄ることが出来ない状態にすれば良い」


 今現在、当然厳重に隔離され封印されているはずの『悪意の種』。

 聖女が覚醒したらその封印を解いて悪魔も復活させるのだ――というのが、彼らの計画の最終段階だとシリウスも言っていた。


「……。

 私個人がかけた封印では、どこまで通用するか未知数だ。

 だが……

 魔法に詳しい凄腕の使い手がこれだけいる。その上、魔法効力を底上げさせる増幅器ブースターも手元にあるな。

 アーサーは言うに及ばず、そこの三つ子も魔法に関しては相当知見があると聞く。


 三家の当主もそれぞれ魔法に長けている者を協力者に選んでいるだろうが、純粋な魔力勝負ではこちらに分があると判断する。

 簡単に辿り着けない状況に留めて置くことで、時間を稼ぐことも出来る。


 尤も――これは確実性に欠ける、保険の意味合いしかない。


 アーサーが悪魔に”なってしまう”条件を満たさなければ良いだけの話だ。

 三つ子達が聖女に覚醒することが無ければ、アーサーの身に差し当たって危険はない。アーサーの危機は、全てのお膳立てが整って初めて現実のものとなる。


 物理的に計画の邪魔をしたい、と思ったのが封印という発想に至った経緯だな」



 封印の上から封印を重ねがけという発想は無かった。

 だがもしも『悪意の種』がどこにあるのかハッキリしていれば、そこに辿り着けないようにしてしまえばいくら三家の当主でも文字通り手も足も出ない。

 カサンドラには魔法の才能が全くないので、その案件に協力出来ない事は申し訳ないけれど。


 これだけの頭数がある、しかも皆魔法に関しては国の中でもエキスパート集団。

 三家をまごつかせ、足止めをするだけの十分な効果が期待できるだろう。



「私は今まで、ずっと聖女の覚醒の”条件”が分からなかった。

 父はその問いを、いつも上手くはぐらかしてきたからな。


 リナ・フォスターに『未来』の話を聞き、私はようやく腑に落ちたのだ。



 聖女が覚醒する条件は――愛する者が生命の危機に瀕した時。

 私達が死を免れ得ないような大きな怪我を負い、その窮状を救うため『癒しの力』が発動する。

 めでたく聖女が再臨する、というわけだな。

 三家の当主はそれを信じ、実行に移す予定だ」



 まさしく聖女覚醒のイベントの話だが……

 改めて全ての裏側を知った上で考えると、シリウスが怒りを覚えるのも無理のない事だなと思う。


 聖女に愛された者を瀕死の状態にわざと追いやり、聖女が奇跡を起こすことに賭けるということに他ならないわけで。

 確かに演出としては定番で、美しいと言えなくもないシチュエーションだけれども。



「つまり私達が命の危機に陥りさえしなければ、ゲームのシナリオとやらで起こったような聖女の覚醒も起こらないのではないか?


 そして、ここが肝心な話だが。


 ――三家は今、聖女を半分手に入れたような状態と言える。

 遺憾ながら、現状は彼らが望む通りの経過を辿っていることもまた、疑いようもない事実だからな。

 今の今、三つ子を処分しようという短絡的な結論にはならんだろう。


 既に自分の息子が報告通り三つ子と親しくなり、聖女に覚醒するに足る絆を得ていると理解しているなら――

 その間、フォスターの三つ子の身の安全も約束される。


 どのみち私達に残された時間は一年半しかない、と。先ほど言った通りだ。

 その期間、奴らに隙を見せず与えず、聖女覚醒などという場面に遭遇しないよう立ち回る事で『聖女計画』は凍結状態になるだろう。

 まずはこの期間、安全を確保したい。


 勿論、物事には予想外に何が起こるか分からない。

 気を付けていても三つ子の誰かが覚醒してしまわないとも限らんな」


 偶発的な事故で、攻略対象の誰かが深手を負ってしまいそれを救うために彼女達がその力を目覚めさせてしまったら?

 三家は手を打って喜んで、王子を悪魔にしようと行動を起こすだろう。

 王子を悪魔とすることに固執しているなら……


「最悪のケースを想定し、最初に封印を施すと提言したわけだ。

 『悪意の種』を奴らから遠ざけるという保険をかけておくことで、いくらかの余裕も生まれる。

 ただ手を拱くのみ、全て後手に回るのは……二度とごめんだ。


 もしも今後、この状況を打破するために聖女の力が必要不可欠だと。

 最終的な結論に至ってしまった場合にも、有利な状況に働くだろう。

 その場合は私達が死の淵に立つ以外での覚醒方法を模索しないといけない、とハードルは上がる一方だがな。


 ……そんな事態は考えたくはない」


 考えたくはないけれど、それを全く想定しないということもできない。

 シリウスの慎重な性格ゆえの提案なのだろう。


 彼の脳裏には色々な仮定が巡っていた事だろう。



 封印されているものを更に封印、か。

 中々面白い事を考える。

 三家の当主がどういう方法で聖アンナの封印を解くのかは判然としないが、その外側からシリウス達が侵入できないように障壁バリアを張れば手が届かない。


 厳重に設置された金庫を開ける鍵は持っていても、その金庫が存在する保管庫に取り付けられた扉の鍵が無ければ――中には入れない。

 間違いなく、三家の当主は動揺するはずだ。



 最悪な事態を考えた際のセーフティネットを皆で張り巡らせようという話なのだと思う。


 物理的に三家の当主が封じられた悪魔の『核』に近づけないのなら、王子の身の安全は守られる。

 唯一心配な三つ子の命も、現状ジェイク、ラルフ、シリウスの恋人でいるなら、在学中に殺されるという直近の危機は回避できる。


 三家の当主は自分の子と聖女の素質を持つ彼女達が、こういう関係になることを最初から望んでいたはずだ。




 ――この世界には額面通りのタイムリミットがあるのだ。

 シリウスの言う通り、残された時間は決まっていて。


 その間『聖女計画』に煩わされることなく、世界構造の解明に注力したい――という明確な目的があっての、唐突な封印宣言だったのだろう。


 




「……ていうかさぁ……」




 何とも言い難い、険しい表情でジェイクは再び頬杖をついた。

 本当に苦い薬でも飲んだ直後のような様子で、彼は低く声を絞り出す。




「アンディは殺されかけるわ、俺らは聖女覚醒のために瀕死の重傷を負わされる予定だわ……




 何なん?」



 どっちが悪魔なんだ、という言外の言葉に、隣に座るラルフも同調して頷き肩を竦めた。




「姉さんを巻き込んだ時点でも許しがたい話だけど。

 下手をしたら僕達だって、手違いで死んでもしょうがないという扱いだったんじゃないかと思えるね」



 王子の命だ、三つ子の命だ、という二者択一どころか。

 真の意味で、人の命を換えの利く消耗品程度にしか見ていないのではないかと思わされる。



 自分の子どもだろうが、彼らにとっては……

 聖女を手に入れるためなら、捨て金扱いでも構わない。そんな価値しかないものなのか。



 彼らの人間性や、良心に期待しようなどと全く思えない。




「まずは『悪意の種』とやらを彼らから遠ざけるための封印を施すため、少々時間をとられる事になるだろうな。

 奴らの協力者達の総力をかけても解けない強固な魔法を完成させる。


 完成すれば、後顧の憂いが大きく軽減されることになるだろう」



 するべきことがハッキリすれば、視界はクリアになる。


 魔法に関することはカサンドラに手伝えない事が殊更悔しいが、シリウスの提案がもし実現するなら大きなアドバンテージを得ることが出来るだろう。


 元々計画の存在、『悪魔』を利用することを彼らが周囲に”秘さざるを得ない”ことも大きい。

 最小限の協力者を利用して計画を進めないと、大勢に知られるわけにはいかない、悪意の塊とも言える火つけ劇場――それが仇となるのだ。


 彼らだけではどうにもならない事態に陥れる事が出来れば、外部に協力を要請できない以上彼らは計画を進められない。

 

 今までカサンドラ達がそれぞれ、誰にも言えない……と各々が抱え悩んでいた事と立場が逆転する。



 シリウス独力ではできないことも、他の皆の協力があればできることもあるのだ、と。

 それは皮肉の利いたカウンターではないか。

 


「そして――

 もう一つ。

 これから言うことをしっかりと守ってもらわなければならない」


 次は一体何を言い出すのだろう、とカサンドラも他の皆もシリウスに傾聴する。






「ジェイク、そしてラルフ。そして勿論私もだが。

 学園外でパートナーと二人きりで行動することを禁止する」



 シリウスは若干目を泳がせ、二人を流し見た後。

 身体を硬直させ、戸惑いの表情を浮かべる三つ子を順番に視線で追った。



 皆一様に、鳩が豆鉄砲を食らった後のような顔である。



「は?」


「……シリウス?」



 再び額に青筋を浮かべるジェイクと、納得できないと言わんばかりのラルフの怒りを抑えた威圧の声が続いた。




「先ほど聖女覚醒の話をしただろう。

 まかり間違って二人きりで行動している時に命を狙われ不覚をとった場合、どうなると思う?

 全てが水の泡だ。


 大怪我を負いたいか?

 それで彼女達に癒しの力を使わせるなど本末転倒甚だしい。


 折角ここまで正確に状況を把握し、未来で起こる出来事を知ることが出来たのだ。

 今後起こるとされる全ての事件を回避するため全力を尽くすのが筋だろう。

 

 諸々の目途がつくまで、危険がないよう慎重に行動するべきだと考える」



 シリウスの言うことは無茶だと思ったが――

 聖女の覚醒イベントが恋人の重傷だったことは間違いない。


 今の段階で最も守られるべきは王子や三つ子よりも攻略対象。

 聖女覚醒のきっかけトリガーである三人ということか。


 三家の当主が王子を悪魔に食わせようとするかは、三つ子が聖女になるか否かにかかっている。

 それはカサンドラだって達した答えではないか。



 三人に、聖女になって欲しくない……と。

 奇しくも状況的に、自分が最も望む方針になってしまった。





「二人きりで外出など、言語道断ということだな。

 どんな刺客が押し寄せて来るかわからんぞ」




「そんなの学園内でも同じじゃ」


 往生際悪くジェイクがシリウスに訴えかけるが、頑として彼は譲らなかった。




「――学園内でさえ二人きりになるな、と。

 私にそう言わせたいのか?」



 ギロッと睨み据えるシリウスの瞳が、物凄い圧を生じジェイクを仰け反らせる。



「いや! もういい! わかった!

 やめろ!」



 三家の当主は、この学園の事をとても重要なものだと考えている。

 この学園の形を変える提案をした国王を黙らせるために、家族を奪うという見せしめを行ったほど――


 彼らにとっては神聖な場所……なのかもしれない。


 それが逆に自分達にとっての安全地帯に変わるかもしれないとは。




「今後の方針は言った通りだ。

 簡単に破られる事のない、強固な封印魔法の研究と開発。

 聖女覚醒に至る『きっかけ』を彼らに与えないよう身の安全を一番に考えた行動をとり、協力して立ち回ること。

 今後、もっと良いアイデアや回避方法が浮かぶこともあるだろう」



 リゼが傍にいないのにジェイクが怪我を負わされる意味はないだろうし。

 リタとラルフ、リナとシリウスもそれに準ずる。



 二人きりは、駄目なのか……



「一年半など、あっという間だ。

 ……私は、この記憶を忘れたくない。


 やり直しなど……そんな結末は断じて認めない」 


 




 果たしてシリウスの言う通り、上手くいくのだろうか。

 シナリオという枠組みから完全に脱線してしまっている現在それでもなお世界の強制力が働いて王子が悪魔に?

 三つ子が聖女に?




 いやだ。

 諦めたくない。


 

 自分にだって、何か出来ることがあるはずだ。

 そうでなければ……





 自分は、何のためにこの世界にいるのだ?


 この世界における、自分の役割は、何?









「……マジかよ……」




 ジェイクは、最後の最後に顔を覆って机に伏した。







 学園外デート禁止、か。

 ……厳しい条件かも。


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