第465話 秘密会議



「――これで全員揃ったな。

 時間は有限だ、早速本題に入らせてもらおう」



 いつもは生徒会役員会議で使用するテーブルだが、顔ぶれが違うので全く慣れない。

 話の口火を切ったシリウスに全員の視線が集中した。


 少し緩んでいた緊張感が、彼のずっしりと重たい言葉で再度張りつめたものに変ずる。

 全員――というシリウスの言葉には異議を申し立てたかったが、それでは話が進まない。

 カサンドラは心の中でアレクに何度も謝罪し、シリウスの言葉をしっかりと受け止める。





「会合の目的は、現状分かっている限りの情報の共有にある。

 メインに据える話は三つだ。


 一つ、『聖女計画』について。

 一つ、『世界構造』について。

 一つ、今後の行動指針。


 順を追って話す事になるだろう。


 どこまで事情を把握しているのか、各自に差があるからな」




 シリウスはまるで講義でも始めるかのように、限りなく抑揚を抑えた声で話を始める。

 今まで彼とはあまり接点がなかったけれど、いざ完全に味方だと思うと頼もしい事この上ない。



「質問は後ほど受け付ける。

 尤も、私も全ての現象を把握しているわけではないからな。

 カサンドラ、リナ・フォスターの両名は補足があれば随時発言するように」


 生徒会室のひときわ大きな壁掛け時計が、時を刻んでチクタクと音を立てて動く。

 皆それぞれ、口を引き結び気合を入れて同じ時間を過ごしている。



「――大前提として、フォスターの三姉妹には所謂『聖女』になり得る素質がある。

 宰相たちは、覚醒した聖女に、過去この大陸を蹂躙した『悪魔』と呼ばれる異界の化け物を倒させようとしている。

 聖女という絶対的な力をもつ存在の再臨を世に知らしめることで他国から加わるプレッシャーの盾とすること。

 また近年、地方各地で独立を声高に叫んで勃発する内乱を鎮めるために使うつもりだ」



 カサンドラ達が辿り着いた一つの仮定、結論。

 恐らくそうであろうという推論が間違っていなかったことに胸を撫でおろす。

 見当違いの事を考えていたとは思っていないが、実際にそんな計画があるのだと第三者の口から断定される事でようやくこの一連の出来事のハッキリとした輪郭が見えた気がした。


 リゼ達も同じだったのだろう、真剣な眼差しでシリウスの言葉を聞いていた。


「事はとてもシンプルだ。

 聖女が復活した悪魔を華々しく倒し、クローレス王国の中枢がその威光の恩恵に与るというだけの話だからな。

 仮に実現すれば、聖アンナの再来として新しい聖女が祀り上げられることは間違いない。


 王宮の敷地内に、かつて聖アンナが封じた『悪魔』の核が存在している。

 聖女が覚醒した後封じられた悪魔を起こし、倒させる――偽善的な自作自演だとは思わないか?


 三家の当主共は封じられた悪魔の核のことを<悪意の種>と呼んでいる。

 人間に寄生する危険極まりない代物だ。

 負の感情を食らうことで爆発的に成長し、悪魔本来の姿を取り戻すと言われているそうだ。


 ――彼らはそれをアーサーに使い恣意的に悪魔を蘇らせ聖女の手で討伐させようとしている。

 アーサーの身体を苗床にし、蘇った悪魔を彼ともども切り捨ててもらえるようにな」


 一気に空気が沈鬱なものに変わる。

 分かっていた事とは言え、改めてそんな計画が進んでいたことに恐ろしさ、憤りを覚える。

 人の命をそんなにも軽々しく扱える彼らがこの国のまつりごとを一手に取り仕切っていることを改めて恐ろしいと思った。



「何故アーサーが悪魔の苗床として選ばれたかの話だが――


 聖女という存在は悪魔をも退ける戦闘力を持つ。

 一個師団の軍隊、有能な魔道士達、あらゆる戦力を以ても傷つけることの叶わない異界のモンスターを聖女は女神の力で倒すことができるのだ。

 ……その力には途方もない利用価値があるが、自分達を脅かし得る存在の手に渡れば逆に排斥されかねない。

 アーサーは三家の当主を恨むに十分な事情を抱えている。

 復讐など考える人間ではないことは私も分かっているが、万が一にでも大いなる聖女を味方にし、現王族が絶対的な権力を有する可能性は絶対に避けなければいけない。


 アーサーを悪魔に堕とし聖女に討伐させる事が、彼らにとって最も都合の良いシナリオだ。だからアーサーが選ばれた」


 実際に聖女が現れたとして、彼女が――国王や王子の置かれている境遇にいたく同情し、三家の人間を告発する可能性も考えられる。


 それまで実権を奪われ、お飾りでしかない存在だと嘆いていた王族。

 聖女の力を引き入れることで三家と敵対することも十分考えられ、それを三家の当主は危険視しているということか。


「そのシナリオを実現するため、彼らは予定通りフォスターの三つ子を王立学園に入学させた。

 一般常識や知識を学ばせ、『聖女』として相応しい人間であるか時間をかけて精査していく。

 また、この学園は聖女になるお前たちに相応しい”恋人”を作るための場でもある」


 その瞬間、「えっ」と皆が息を呑む。

 薄々分かっていたことだが、実際に宰相を始めとするお堅い面々が聖女を手に入れるために学生恋愛を彼女達に求めていたのだ、という事実を言葉で断言されるととてもセンセーショナルである。


 それぞれ、ジェイクはリゼを、ラルフはリタを、そしてシリウスはリナを一瞥し複雑そうな表情をする。

 結果的に彼らの思惑通りに、自らの恋愛が成就してしまった事に言葉にしがたい感情が沸き起こっていることだろう。


「聖女にとって大切な存在、『愛する人』を作ることはこの計画に必須の条件でもある。


 聖女の力に覚醒するきっかけは――『愛』だ。

 笑えるだろう? あの宰相が大真面目にそんな事を宣うのだから。


 漠然とし、曖昧であやふやな、目に見えるものでなければ量を計れるものでもないというのにな。それを期待し、この学園という閉じた箱庭にお前達を解き放った。

 このような不完全な、計画とも呼べない計画になってしまった原因でもある。


 聖女としての強大な力を持つに足る人格、素養を持ち間違いなく王国に貢献してくれる人物。

 そして学園内で見つけた聖女の愛する対象が、都合よく三家側に属する人間であること。

 それらの条件を満たした時、計画が第二段階へ進む。


 ――まぁ、その二段階目の存在を私が知ったのは数日前のことなのだが」


 聖女の力を利用しようとしても、肝心の聖女が覚醒するには”愛”という正の感情、エネルギーが必要だとして。

 それだけの強い愛を持った対象がもしも三家側に反する勢力に向けられてしまった場合は、聖女覚醒計画なんて進められるわけがない。


 想いは自由で、恋愛感情は誰にも制御できない。


 この人物を今から愛せと言われて無理矢理誰かを心から愛することなど出来ない。

 だから彼らは、学園という箱庭で三年過ごすことでどんな化学反応が起きるか、それが自分達に都合の良いものであることに賭けた。


 三家の当主は主人公の恋愛模様を高みで見物し、その実績や経過に従って”計画”を進行していたと言うのか。


 全ては彼らの掌の上だった。


「第二段階はこの王国各地の至る所で事件や騒ぎを起こす事。特に魔物に関わる事件、魔物と空目させるような事件を起こしていたようだが。

 後ほどそれらの被害は全て人の体に乗り移った悪魔がしでかした事だと罪を着せることが出来るように。


 そして――

 最終的に悪魔という悪役を押し付けるアーサーを、ラルフやジェイクらに庇われるわけにはいかない。

 お前達の大切な人間を奪い、それをアーサーの策謀だと責任を押し付ける。友人に敵対する心理的ハードルを下げることが第二段階の肝だな。


 まさか大切な人を喪った三家側の人間が、”悪”に手を染めている側なはずがない。

 悪魔により被害を被った側だという印象操作にも使える。


 ……全く……どちらが悪魔なのだか」


 シリウスは皮肉げにそう吐き捨てた後、間を開けて黙した。

 彼の中でもまだ消化できていない部分なのだろう。


 やはりシリウスは、こんな非道なイベントが起きる事を知らされていなかったのか。

 協力者として三つ子達にとって都合よく事態を動かしたり便宜を図ったり、状況を報告する役目だけだと思っていたら――

 まさか自分達を圧倒的に被害者という立場に押し上げるために、アンディを、クレアを、そして孤児院の子どもらを犠牲にするなんて、そう簡単に思いつきもしないだろう。

 思いついたとしても、それぞれ騎士団の有能な配下、身内であり娘、一人二人ではない大勢の子供たち……罪もない人を殺めるなど普通の神経では出来はしない。



 だが彼らが殺される事を知らなかったからこそ、ジェイクもラルフもシリウスも、ゲームの中であれだけ嘆き哀しんでいた事と状況が矛盾しない。

 それが何より恐ろしいと思う。

 一体どこまで原作の状況を再現するために創られた世界なのか、と。



「二段階目の途中、現在この計画はとん挫していると言っていい。

 事件は未然に防がれ、失敗しているのだからな。

 滞りなく予定通りに進んでいたら、次は三段階目――聖女を覚醒させ、悪魔を復活させる”仕上げ”に移っていただろう」


 仕上げ。

 つまり、三家にとって邪魔でしかない王子に<悪意の種>を植え付け成敗させる、という究極のマッチポンプを完成させていたのかもしれない。



 ぞっと背筋が寒くなる。

 今まで自分達が想定していたことと殆どそのままシリウスが代弁してくれたようなものだが、答え合わせが出来たことは大きい。

 その他に考えられる可能性を潰せることは、例外を考えなくてもよく思考リソースが別のことに使用できるからだ。


 三家の当主を尋問でもしなければ決して詳らかにならなかったはずの計画。

 こんなこと……シリウスの協力がなく、気づけという方が無理な話だ。

 何度この世界をやり直しても、ノーヒントで真実に辿り着けるわけがない。



「『聖女計画』について、答えられる範囲で答えよう。

 訊きたいことはあるか」


 概ねカサンドラ達が話し合っていた通りだ。

 他に何か補足する事は無かっただろうかとカサンドラが思考を巡らせ始めると、向かいの席に座っていたジェイクが動いた。

 その表情を確認し、カサンドラは血の気がザッと引く。


 ……彼が、どこからどう見ても怒りの感情を押し殺しているようにしか見えなかったからだ。

 隣に座るシリウスを、頬杖をついたまま睨み据える。


 トントン、と指先で硬質なテーブルの表面を叩く。




「聞きたいことなんざ山のようにあるが、まず訊くぞ。

 アーサーが俺らに恨みを抱く事情って何だ」


 その重低音が広い室内に木霊に、ビリビリと空気を振動させる。

 ジェイクはリゼに話の大枠を聞いたかもしれないが、リゼとは先週からずっと別行動。

 彼女達がいない時に話をしていた内容は伝わっていないはずで、いきなり情報を一気に詰め込まれた形になる。


 ……それ以前の問題で、王子の背景事情さえジェイクは聞いていなかったのか。


 確かに、リゼには言いづらい話だろう。



「ああ、それは僕も気になるね。

 ……大方見当はついているけれど」



 隣で静かな口調で追従するラルフ。その声色にはジェイク程怒りの感情は混じっていないが、不機嫌そうだということは顔を見なくても感じ取れた。



「………。

 まぁ、今更隠し立てしようとは思っていない」

 


 シリウスは眉宇を潜め、吐息を一つ落とした。

 眼鏡の位置を指先で直すいつもの仕草を行った後、重たい口を開いた。


「王妃と、第二王子は数年前事故によって亡くなっただろう。

 あれは事故ではない。

 国王を牽制するため、三家が共謀して”事故にみせかけて殺した”。

 現状、国政に於いて実権を握っているのは三家だな。

 ……余計な口出しを望まない宰相が見せしめのために行った、れっきとした暗殺事件だ」



 その言葉を聞き、意味を咀嚼し。


 シリウスの隣に座っていたジェイクが、突然椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。


 誰かが止める間もなく、彼はシリウスの制服の胸元を掴み身体を持ち上げ、そのまま床に引きずり倒した。

 ドン、と強かに背中を打ち付けられたらしいシリウス。

 カサンドラは悲鳴を上げて立ち上がって制止の声をかけるが、それはジェイクに届かなかった。



「お前、ふざけんなよ!?

 アーサーの家族を勝手な都合で殺しておいて、その上それを原因に都合が悪いから――悪魔に食わせて倒させる、だ?

 いい加減にしろよ、なんでお前がふざけた計画に加担してたんだ!?

 アーサーを殺すつもりで、ずっと一緒にいたのかよ!」


 シリウスを上から押さえつけ、ジェイクは吼えた。

 一方的に頭上から責められ、押さえつけられ、シリウスはそれでも沈黙を守った。


「…………。」



「答えろ、シリウス!」



 もう一度ジェイクが大きく彼の身体を揺さぶった後、耐え切れず立ち上がったリナがジェイクの腕を掴んだ。

 シリウスから離れるよう、懸命に細い腕へ力を籠めて。


「……ジェイク様、やめてください!

 そうじゃないんです、シリウス様が望んでそんな話を受け入れるはずがないんです……!」



「――……どうしてだ。

 何で、シリウスはアーサーの命を売るような真似をした」



 リナに留められ、頭に昇った血が少し冷えたのだろう。

 ジェイクはゆっくりとシリウスから指を離し、上体を起こして咳き込むシリウスを苦々しい顔で見下ろした。



「ジェイク様。

 先程シリウス様は、計画についてお話されていました。

 ですがそれは決して積極的に”成功”を求めることなど出来ない、運や状況に左右された計画……というには程遠い話だと思いませんでしたか?


 私達がもし誰も好きにならなかったら? 失恋をしたら?

 御三家の当主方に望まれないような人間で、実力も何もかも足りなかったとしたら?


 ――聖女に、なれなかったとしたら?


 一体、どうなると思いますか?」



 リナは切実に、そう訴える。




「そんなの、卒業後は適当に普通の暮らしに戻るんだろ?」




「……私達が持っている聖女の力とやらが、いつ目覚め、誰かに利用されるかも分からないのに。

 野放しにするわけないじゃないですか。

 王妃様や王子だって関係なく、躊躇いなく命を奪えるような、そんな方達なんですよ?


 計画が失敗すれば……私達を利用できないと判断されてしまえば。

 何も知らないまま、私達は処分されていたんです!」 




 リナの言葉にシリウスを除いた全員が表情を凍り付かせた。

 どうしようどうしようと右往左往していたリタや、リゼ。そしてカサンドラも……



 その可能性には全く及んでいなかったので、頭がぐるぐると混乱していた。

 処分って。


 殺される……?

  


 計画が奇跡的に上手くいって王子が聖女の手によって倒されれば王子は死んでしまう。

 期待値通り恋愛が失敗し、能力が足りず、予定通り聖女に覚醒出来なかった主人公は――三家の手によって殺されてしまう……?



 どちらに転んでも、待っているのは絶望ではないか。




「なんだよ、それ……」





「……言っただろう。

 愛だの恋だの、目分量でも計れない曖昧な概念が――世界を滅ぼすに足る力を得るきっかけになると。

 悪魔だ魔王だという明確な敵対種が地上で暴れているならともかく、平時にそんな神の力など必要ないだろう。


 ”聖女になりうる可能性を秘めた人間”を野に放つなど、不穏分子を解き放つに等しい。後で面倒なことにならないよう始末する、それが最も効率的だと言っていた。


 どの道――どちらかが、殺される」




 シリウスは再び咳をしながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

 やりきれない感情を抱えた苦しそうな声に、彼の感じた絶望が現れているかのようではないか。



 友人の命か。

 女生徒の命か。


 それは決して比べてはいけない、乗せてはいけない天秤。


 名前も姿も知らない人間の命なら、シリウスだって苦渋の決断で王子の命を選んだかもしれない。


 だがそのせいでリナが、リゼが、リタが。

 身の危険に晒されてしまうと考えたら、果たして自分の意志で『選ぶ』ことが出来るだろうか?


 今の状況のまま――

 リナと共に過ごす未来を、シリウスが夢見たっておかしくない。


 ジェイクやラルフも、恋が叶えばそれが計画の成就に繋がるとしたら。

 王子一人の犠牲で上手くいくのなら、と一瞬でも考えないわけがない。


 シリウスの学園での立ち振る舞い、王子に若干怪しまれ不審がられるような態度だったこと。


 傍観者で居続ける事も出来ず、自らもリナの想い人という計画の一部に填めこまれることになって。

 一体どんな想いでこの一年過ごしてきたのだろうか。




 何だ、それ。


 ジェイクはもう一度そう呆然と呟き、その場に表情なく立ち尽くす。

 そんな彼の背中を、王子がポンと軽く叩いた。



「ジェイク。

 シリウスを責めるなら……私を責めて欲しい」 



「あのなぁ!

 危うく不名誉極まりない形で殺されそうになったお前が言う台詞か?」




「………。

 私が、もっと早く母やクリスの事を皆に打ち明けていれば、少なくとも……

 シリウスがこの件を一人で抱え込み、誰にも相談できない状況にはならなかったのではないかな。


 母のことを知られてしまえば、ジェイク達と今まで通りの関係でいられなくなるのではないかと恐れ、私が口を噤んだせいだ。

 君達に気遣われたり腫物扱いされるのは嫌だと思った。

 逆に私の代わりに怒ってくれて――その結果親と大きな仲違いをし、三家の後継ぎの座を剥奪されでもしたらと思うとそれも怖かった。


 何も言わず黙っていればそれで済む話だと、そう思い込んでいた私にも責任がある。

 私はもう何も失いたくなかった、現状を維持したかった。


 シリウスはそんな私の状況を察し、沈黙を選んだのだろう。

 ジェイクにもラルフにも相談できない状況に追い詰められてしまったんだと思う」



 もっと早く皆を信頼して、関係が変わるかも知れない事を恐れず、心の中の蟠りを打ち明けることが出来たら。

 シリウスの立ち位置が変わっていた可能性はある。

 どう足掻いてもこういう状態に追い込まれていたかもしれないけれど。



 悔恨を籠めた、王子の懺悔だったのかもしれない。

   



「僕は王妃の事件に関しては薄々そうではないかと思っていたけれど。


 ジェイク、しょうがないだろう。

 こんな話を聞かされて、君が怒りに任せて何をしでかすか分からないという不安もあったはずだ。

 君の性格上、何も知らせない方が良い――そう思われた段階で、どうにもならなかったことだと思うよ。


 こんなところで衝動に任せてシリウスに怒鳴り散らした君は、肝心な時に冷静さに欠くと証明してしまっているわけだし。


 まぁ……僕だってアーサーに直接打ち明けてもらえなかった事が悔しくはあるけどね」



 隣の席に着いたまま、事の成り行きを見守っていたラルフが渋面を作ったままジェイクを宥める。


 


「はー……。

 あの親父ならやりそうな事だと納得できるけどさぁ。


 ……やりきれねぇよ。

 あいつらのせいでアーサーの家族が殺されたのかと思うと」




「……これからの話にも関係する事だけどね。

 不幸中の幸いで、クリスは生きていたことが分かった。

 どんな時でも希望はある、自分一人で悩んでいても気づかないものだ。


 こうやって話をしてスッキリして、これからの事を皆で考えよう」



「え、マジでクリスが生きてんの!?」



 完全にがっくりと項垂れるジェイクを、何故か王子が元気づけるという図になってしまっているが。

 素直に吃驚し、嬉しそうな顔になるジェイクの反応を見ていると何となく王子の気持ちも分かる。



 裏表なく、自分の事を当たり前のように心配してくれる友人が、自分の告白した話のせいで落ち込んだり怒らせたり、気を遣わせたりと態度が変わるかも知れないと思うと――

 直接手を下したわけではないのだし、と話を呑み込んでしまいたくもなるのだろう。



 カサンドラや三つ子達には関与できない、彼らの関係。

 それが崩れることなく、次の話へ進めそうで心の底からほっとした。



「はぁ……

 全く、馬鹿力だな」


 シリウスは嘆息とともに乱れた制服を整え、壁際まで転がった自分の椅子を起こしてそこに座った。

 うんざりしたような声であるが、どこか安堵した様子である。

 彼としても、ジェイクに一発二発は殴られる覚悟をしていたのかも。



「お前のせいだろうが!」



 ジェイクはもう一度そう怒鳴ったが。



 自分が蹴り飛ばした椅子をリナが運んでくれる姿を見て「悪かったな」と、気まずそうに謝った。







 どうやら、話を続けられそうだ。



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