第464話 招集


 先日訪れた孤児たちの様子を王子に伝えることは出来た。

 だがその日一日、何とも言えないモヤモヤした気持ちを抱えて過ごすことになる。


 アレクに報告と相談を行い、レンドール家からも速やかに支援の品を教会に送るよう手配したのだが……

 一体それが彼女達にとってどれほどの慰めになるのかも分からなかった。


 皆が命に別状も無く元気だと伝えると王子は喜んでくれたが、それと同時に負ってしまった少女の消えない傷の事を話すととても悲しそうな表情になる。


 これからシリウスの手配で孤児院が再建されることになるだろうが、一朝一夕で新しい建物が建つわけではない。

 長期間、狭い教会の宿舎で過ごすことになるのだろう子供たちの事を思うと心苦しくてしょうがなかった。


 また足を運んで様子を見に行った方が良いのだろうかとも考えたのだけど。


 結局は今の自分達の身に起こっている問題が解決しない限り、自由に身動きが取れない状態であることは間違いない。万が一再び彼らを巻き込むようなことになったらと、申し訳ない気持ちが沸き起こる。


 この捉えどころのない、悪魔だの聖女だの、そんな話の一切がこの世からなくなって。

 そしてこの世界が二度と巻き戻らない状態にする、それが今の自分達に課せられた使命なのだと思う。


 少し前までは、皆に相談したり話をしたりなんてそんな事は想像も出来なかった。

 悪魔という問題は王子の心が救われた事によって解決したのだ――そう信じていた自分が今となっては本当に愚かしく感じる。


 ――自分で自分を追い詰めていたのだ。


 自分の本質を、記憶を……王子にも誰にも知られたくなかった。

 その自己保身めいた願望がが希望的観測を推し、危うく取り返しのつかない事態に繋げてしまうところだった。


 人生と言うものは、本当に一寸先も分からない。


 この経験を経て分かったのは、自分一人で手に負えないなら信用できる人たちに相談するべきなのだという当たり前の事だ。

 手に余ることを一人でどうしようどうしようと抱え込んでも、被害は大きくなるだけ。



 中々、分かっていても難しいものだ。

 今回はアレク、リナと自分の記憶を補強してくれる人が身近にいたから孤立することなく済んだという側面もあるだろう。


 カサンドラだけの証言では王子も動きようが無かったかもしれない。

 首の皮一枚繋がった、綱渡りが続く。







 ※





 ヤキモキしながら学園生活を過ごすことになった、その週の水曜日のことだ。

 カサンドラが想像していたよりも随分早く、事態が動いた。



「まぁ、ジェイク様とリゼさんがお戻りになったのですか!?」



 朝の雑談タイム、廊下でカサンドラは喜びを抑えきれずに声を上げてしまった。

 待ち望んでいた報告に、胸の前で手を組んで気持ちも一気に高揚する。

 それまでの鬱屈としていた想いが跳ねのけられるような衝撃を受け、遠くで祝福の鐘が鳴る音さえ幻聴で聴こえた。


 ああ、いけない。それだけを喜んではいけないのだ。

 一番大切な事を聞いていない。


「アンディさんは――」


 するとこちらの質問を全部聞くことなく、珍しく言葉を覆いかぶせるように王子は満面の笑みで頷いた。


「勿論、無事だそうだ。

 リゼ君もまた、期待以上の成果を挙げてくれた」


 良かった、とカサンドラも感無量である。

 これで三人の攻略対象に訪れるはずだったイベントの『結果』をひっくり返す事が出来たのだ。

 何者かによって彼らの大切な人たちが殺され、それを王子のせいだと仕立て上げる算段だったのだろうが。

 彼女達が自らの手で予定を壊したのだ、流石にこの状況には裏で動く存在も大慌てに違いない。


 絶対に漏れることのない彼らの企みが――恐らく、何度も繰り返してきたこの世界の輪の中で初めて事前に防がれたのではないか。


 そう実感し現実だと分かった途端、身震いする。

 王子もいつも以上にニコニコ嬉しそうで、カサンドラもこの事態の凄さに素直に喜べた。


 良かった……!


 今まで停滞していた歴史が、音を立ててゆっくり動いていく。

 カサンドラにとっては信じられない事であると同時に、この先は一切何が起こるか分からない本当の意味での未知の領域に突入したとも言える。


 シナリオを予知し、破滅を回避すること。

 それが最も難しいと思うのは、フラグとなるイベントを回避した後どういう変化が起こるのか全く分からないからだ。

 もし自分の知っているイベントが、フラグを回避したと確信した後も起こってしまったら――世界が本来あるべきシナリオを強制しているという事で、自分の行動が無意味なのではないかと絶望する可能性もある。


 第一、知らない未来に舵を切ったとして、それがハッピーエンドである保証はない。


 決められた”物語”の姿から逸れることだけは分かるが、それ以外は分からないというのは羅針盤を失ったまま深夜の海を航海するようなものだ。


 そんな状態で一人なら途方に暮れてしまう。


 だが今のカサンドラは決して一人夜の空を見上げているだけではない。

 一緒に同じ方角へ向かって同乗してくれている仲間がいて、夜の空でも方角を調べてくれて。

 暗闇の中でも海図を確認してくれて。

 交代しながら船を操舵してくれる人たちがいてくれる。


 暗い闇の中に迷っても怖くない。

 今は三家の企みという嵐を何とか回避することが出来たものの、その先に広がる海の景色が果たして何なのか予想もつかない。



 そこにあるのは再度の濃霧か。

 凪いだ穏やかな水面か。

 目的の島の影が見えるか。

 はたまた再度、嵐が襲い来るのか――



「キャシーには急な話で申し訳ないのだけど、シリウスから伝言を預かっている。

 今日の放課後、皆で生徒会室に集まって一度ゆっくり話をしようと」



 王子の真剣な表情に鼓動が大きく高鳴った。

 ようやく今の状況から一歩動き出す事が出来るのかと思うと、否が応でも期待は高まるというものだ。

 しかし、カサンドラは気になる事があった。


「あら?

 肝心のシリウス様のお姿が教室内に見受けられませんでしたが」


「ジェイクとリゼ君が王都に帰還したのは登校前の早い時間だった。

 二人は疲労困憊状態だから放課後までそれぞれ休息をとってもらっている。

 ――シリウスはジェイクの頼みで王宮に用が出来たとか。恐らく今日は欠席かな。

 魔道大師に会いに行くと言っていたよ」


 魔道大師――実際にカサンドラが会ったことはないが、要は宮廷魔道士達を始め各地の魔道支部をまとめる最高責任者のことを指すのだろう。

 シリウスも東奔西走状態で忙しい人である。


 授業、講義は欠席だが放課後に集まって話をする。待ち望んだ状況が実現するらしい。

 遠方から帰った途端に学園に召集されるリゼ達には無理をお願いすることになるが、揃うなら早い方が良いのはその通りだ。


 だがカサンドラは重要な事に気づき、顔を跳ね上げた。


「王子、ではアレクはどうすればいいのです?

 彼も学園に来てもらうよう申し伝えれば宜しいのですか?」


 自分達が生徒会室に集まって話をするというのは構わない。

 学園に通う生徒だ、放課後に顔を合わせることは容易い。


 ――しかし、アレクは?


 彼はこの学園の生徒ではない。

 従って、当然の顔をして学園の門をくぐることが許されない立場である。


「とても残念だけど、今回アレクを交えた話をすることが難しいという判断だ。

 後ほど責任を以てシリウスが彼にコンタクトをとる話に落ち着いた」


 弟だけ話に参加できない状況など、王子とて甘んじて受け入れたわけではないだろう。

 仕方がないという言葉ではカサンドラも納得しがたいけれど……

 王子に悔しそうな顔をさせてしまい、カサンドラも唇を噛み締めた。


「そんな……」


 彼の存在はカサンドラの中でとても大きいというのに。


「私達と違い、アレクは学園にとって『部外者』だ。

 身元不明な人間が学園内に入ったとあれば、流石に大騒ぎになるだろう」


 ここは貴族の子女が集う学園。

 万が一の間違いが許されず、厳重に警戒態勢を敷かれている安全地帯でなくてはならない。

 そこにこっそりアレクが紛れ込む事は出来ないのだ、と彼は言う。


「嘗てリタさんやリゼさんは外壁から学園内に侵入した事があるとお聞きしますが」


 こっそり侵入すればバレないのでは!?

 カサンドラはなおも食い下がる。

 

「……。

 そもそも、学生が学園の中に入るのと全く無関係の人間が紛れ込むのとでは前提が違う。誰かに見つかってしまえば、私でもキャシーでもシリウスでも、アレクを庇うことは出来ない」


 そう指摘されれば、尤もな話だ。


「それならば、わたくしの屋敷で皆さんお集まりになれば」


「キャシー。彼が生きていたこと、健在でレンドール家の養子だということは今の状況でなくても知られてはいけないことだ。

 公表するにはまだ早い。

 私やフォスターの三つ子だけではなく、ジェイクやラルフ達まで全員が君の家に揃うようなことがあれば――

 シリウスの制止も関係なく、君の別邸に探りが入ってしまう」


 シリウスや王子の言うことに従う方が良い。

 それは理屈では分かっていても、アレクだけを除外した状態で話が共有されるというのは中々受け入れられることではなかった。


「アレクを学園に連れて来る事は出来ない。

 それはキャシーにも分かって欲しい」


 地下に繋がる秘密の会議室でもあったら別だが、本当の意味で全員が集うことは難しい。

 元々王子は三家に監視されているに等しい状態だったと聞く、そこにシリウスが三家の当主に反旗を翻したなんて話になったら相手側がどう動いてこちらを追い詰めて来るのか分かったものではない。


 彼らが王子を悪魔にして現王族を玉座から遠ざけることも一挙両得と考えて動いていたなら、王族であるアレクは邪魔な存在で。

 それだけではなく事故に見せかけて殺した相手が生きているのだ、今度こそ抹殺しようと躍起になられても困る。


 第二王子は既に生きているはずもなく、しかも何年も時間が経って外見も大きく様変わりしたからアレクと第二王子が同一人物だと周囲の人間に気づかれずに生活できている。

 もしも本格的にレンドール別邸が怪しいぞ――と訝しがられれば、アレクの存在さえ疑問視され調査が入るかもしれず、もはや悪魔などとは別枠でアレクの命の危機である。

 

 胸が張り裂けそうな思いではあるが、カサンドラは頷く他なかった。


「……承知いたしました」


 自分が不承不承にも頷いたことで、王子がようやく表情を和らげる。

 ここで感情に振り回されて集まる機会を逸するのも、猶予時間を考えれば得策ではない。

 時間が経てば彼らも状況を把握し、建て直そうとどういう行動に出るのやら。



「しかしながら、突然リゼさんやジェイク様が放課後から学園にいらっしゃる状況、学園側は疑問視しないのでしょうか」


「ジェイクとリゼ君が一週間以上学園を休んでいたから、その間の授業内容を私達が教えるという話になっているよ。

 いきなり明日から授業が始まっても大変だろうから、有志が集って補講をしてあげたい――という形かな」


「教師ではなく生徒が補講、ですか……?」


 疑問を呈しかけたが、すぐにカサンドラは黙した。


 学年でも成績ツートップの王子とシリウスがクラスメイトのために勉強に遅れが出ないようサポートしようと学園側に申告したそうだ。

 放課後特別に生徒会室で勉強会で居残りをするという申し出は、学園としては助かる話と言えるかもしれない。

 そこに生徒会のメンバーである自分達や、リゼの体調を気遣うという名目でリタまで同席させる。


 話の流れとしては無理がない――か。


 あくまでも学生活動の一環で、何も怪しいことはしていません、というエクスキューズは大事だと思う。

 

 

 アレクに対して申し訳ないと思いながら、放課後を待つことになってしまった。

 もしも義弟がこの話を聞いていたら、『僕のことなんか気にしないでください』と呆れたような顔で淡々と受け入れるのだろう。


 ……何度も何度も悲しい想いを体験し”覚えている”アレクが、一番この先の未来の事を憂いているに違いないというのに。

 



 かと言ってカサンドラに妙案が浮かぶわけでもなく、時間だけがただ過ぎていく。

 先週もそうだったが、昼食の時間に目の前の二席が空いているのは大変居心地の悪い慣れないものである。






 選択講義の算術講義を終えた後、カサンドラは『ごきげんよう』と声を掛けてくる女子学生達に会釈をして片手を振り廊下を歩いていた。

 一緒に下校を打診してくるつわものは講義室にはおらず、スムーズに生徒会室へ足を向けることが出来ている。


 生徒会室のある西棟と下校時に使う玄関ホールは位置が全く違い、カサンドラが歩いていると生徒会の用事か、とすんなり納得してもらえているようだ。

 人の流れに逆らって歩くことになるので当然目立つが、邪魔をされないのは幸いである。


 久しぶりに登校するクラスメイトへの、補講のお手伝い。

 そんな形で参加することになっているおかげで職員室近くですれ違う講師たちもにこやかな笑顔のままカサンドラに手を挙げてくれる。

 リゼだけならまだしも、注意一つでもも気を遣う御三家の嫡男に教える手間を考えたら、その役を颯爽とかって出てくれたカサンドラ達は教師から神様に見えることだろう。

 


 実際は全く違う別方面で真剣な話し合いが行われるのだという事実があるものの、やはり学園内で身軽に動けるのは気が楽だった。

 元々三家は目立った動きをしたくないという意向があり、計画を大勢に伝えはしていないはず。

 学園内での協力者は極めて少ないはずだ。


 王子に限らず一部の特待生をじっと注意深く見守っていろなどと命令が下っていれば、その後彼女達が聖女に目覚めてしまった時に勘の鋭い者に違和を感じさせることになりかねない。

 あくまで普通に、自然な形で主人公が学生生活を送ってもらうことが彼らの目的なのだろうし。彼ら――というか、本来の『ゲーム』の目的か。

 

 この学園で自分達の監視、誘導を引き受けていたシリウスが”こちら側”に属する以上、下手に外で落ち合うよりも学園内が安全だろうというシリウスの考えは的を射ているのかもしれない。



「――カサンドラか、待っていたぞ」


 緊張のため、一度喉を鳴らして生徒会室に入る。

 頻繁に使用している部屋なので、決して敷居が高いなんて感じる場所ではないはずなのに今日に限っては話は別だ。


 部屋の中に入ると既にシリウスが自席についている。

 ペンを走らせている彼はどう見ても通常運転、これから陰謀やら世界のループ現象やらの話をする直前の姿とは思えない。


 チラと彼の手元の資料を確認すると、聖アンナ生誕祭の式次第の文字が見えた。

 午後登校してからしばらく、講義は欠席したまま本来の生徒会の仕事を片付けることにしたのか。

 全く、朝から晩まで多忙な人だなぁとカサンドラは苦笑いだ。


「コーヒーでもお飲みになりますか?」


「ああ、頼む」


 彼は頷いた後、再び手元の資料に視線を戻す。

 

 もしかして『待っていた』なんて殊勝な言い方をしたのは、飲み物の給仕役を待っていたということなのだろうか。

  

 とりあえずここに集まる人数分の飲み物を用意しないといけない。

 



 カサンドラが準備に取り掛かるタイミングで、続々と部屋の中に招集した面々が入ってくる。


 リナ、リタ、王子、ラルフ――


 皆講義が終わった後雑談もせず、一直線にやってきた。

 それだけ今回の呼び出しを、皆が一様に待ち望んでいたのだと思い知らされる。


 先週立て続けに起こった事件からの、さまざまな事実の発覚。

 そして三家の事情を知っているシリウスが自分達に協力を申し出てくれたということ。

 また、最後の懸念材料であったアンディの安否も確認できたのは僥倖だ。


 ゆえに皆の表情は真面目で真剣なものだが、決して不安を表してはいない。

 むしろ意欲に満ちており、前向きなエネルギーが部屋に集中しているようにも思うのだ。


 カサンドラだって等しく気持ちが高揚している。

 再び皆が顔を突き合わせることが出来た上、今まで散々手を拱いて悩んでいた事象を皆と共有する機会を得たのだ。 

 話し合いの内容はアレクにもしっかり説明しなければいけないし、停滞していた状態からようやく一歩進めるのかと思うと襟を正して臨む次第である。



「――悪い、遅くなった!」


「遅くなってすみません!」



 大きな音とともに扉が開き、走って来たとしか思えない様子でジェイクとリゼが飛び込んできた。

 休む間もない強行軍で王都へ戻り、ようやく人心地着いたかと休んでいれば招集をかけられた。


 かなり負担をかけてしまったことは間違いないが、カサンドラはとても嬉しかった。

 二人とも疲労の影は色濃く残っているものの、外傷があるようには見えない。

 アンディを庇って怪我をしてしまうという事態も想像できたので、特にリゼが五体満足で部屋に入って来た時は人目も憚らず椅子を引いて立ち上がってしまった。



「リゼさん、お帰りなさいませ!

 ……この度は本当にありがとうございます……!」


「リゼおかえりー! ふふん、こっちもこっちで、ちゃんとやることはやってるからね」


「疲れてるのに来てくれてありがとう、貴女が無事で良かったわ」



 カサンドラ達はまるで凱旋した兵士を讃えるかのごとく、自然とリゼを囲んで労いの言葉をかける。

 リゼと会うのも一週間ぶりか。

 自分の話を信じてくれた彼女には何度お礼を言っても足りない。





「少しは休憩できたのか、ジェイク」


「あー、まぁな。眠いだけだし。

 で、魔道士共にはちゃんと連絡してくれたんだよな?」


「ティルサの件は私預かりだ、勝手に人が動くことはない。

 ……まぁ、クリントも面倒がっていたしな、大丈夫だ」


 シリウスとジェイクが軽く言葉を交わした後、男性陣は険しい表情で若干重たい空気を纏う。

 単純に帰還してきたばかりの彼を労うだけとはいかない、それぞれが互いを探り合うかのように視線を交わし合っていた。





 そんなとき、リゼが大きく呻いてよろめいた。

 彼女は腰を擦りながら、近くの椅子に何とか片手でしがみつく。


 運動音痴で所作が鈍かった、かつての彼女を思わせるヨロヨロな仕草――というのは過去のリゼに言いすぎか。

 とにかく、ふらふらと覚束ない足取りで腰を曲げる彼女に、一斉に皆の視線が突き刺さる。



「痛い……

 ほんっとに、腰が痛い……!!」



 彼女は眉間に皺を寄せ、苦悶の表情で声にならない悲鳴を上げている。



「まぁ! リゼさん、大丈夫ですか!?」 


「どうしたの!? 怪我したの? 横になる?」




「もうね、ずっと馬に乗りっぱなしで! 腰痛がヤバい。

 立ってると痛ったい……先に座らせて!」 



 彼女はリナにひいてもらった椅子に腰を下ろし、前傾姿勢でテーブルに肘をつく。

 ようやく落ち着いたようだ。


 よく考えなくても、彼女は馬を駆り続け、遠方からとんぼ返りで帰還したわけだ。

 あんな姿勢でずっと馬上の人状態だったら、誰だって腰を痛めてしまうだろう。


「医務室から貼り薬をお借りしましょうか?」


 腰痛の辛さは筆舌に尽くしがたい。

 ここを痛めると起き上がることも困難で、まさに人体構造上”要”の部位だ。


「ありがとうございます、カサンドラ様。

 もう貼ってますから、これ以上は必要ないです」


 リゼはカサンドラに向かって力なく笑んだ。







 ※





「馬に乗りっぱなしで!」





 というリゼの発言が耳に入った途端、男性陣は何故か一様にホッと安堵の吐息を落とす。

 ジェイク以外は――だが。




「お前ら、一体俺の事なんだと思ってんだ?」



 額に青筋を浮かべて、ジェイクは呻く。

 ドン引きにも等しい疑義の視線を三人から向けられていたジェイクは、納得できず歯ぎしりをした。



 

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