第456話 <シリウス 1/2>
学園への入学を控えた数か月前のこと、シリウスは厳重に人払いした一室に呼び出され緊張で顔を顰めていた。
自分を呼び出した相手は父である宰相エリックだった。
父は自分にとって、家族や身近な存在というにはあまりにも遠い存在である。
あまり顔を合わせることがないというのもあるが、常に自分の行動や言動をチェックされ値踏みされている気がしてならない。
自分はエリックの跡を継ぐのに不足ない人物か、ということを問われているようだ。
勿論、こちらとしては願ったりかなったり、だ。
父に認められれば、エルディムの嫡男である自分が特に問題なく、父の跡を継げる。
――エリックはエルディム侯爵家の三男であったが、長男次男を差し置いて祖父から大いに評価され今の地位を手に入れた。
嘗ての父に存在していた目の上のたんこぶ的なライバルが身内にいないのは、シリウスにとって追い風であろうか。
話がある、と『聖女計画』というものを聞かされた時は開いた口が塞がらず二の句が継げなかった。
あまりにも荒唐無稽で、実現など不可能に近い計画とも呼べない、お粗末な夢物語としか思えなかったからだ。
……学園に入学してくる聖女を手に入れ、次期王位継承者であるアーサーを倒させる――
アーサーの身体を大聖堂に封印されている”悪魔”に乗っ取らせ、聖女がそれを再度倒す、という自作自演の英雄譚を手製しようと言うのだから。
そんな計画とも呼べない話に賛同できるわけがない。
何よりアーサーは自分の友人の一人だ。
何故彼を犠牲にしてまで……と、自然と表情が険しくなってしまう。
「私としては、千載一遇の機会ととらえている。
お前達と同い年というのも、運命じみたものを感じるではないか」
「はぁ……」
シリウスは困惑を隠せなかった。
宰相である父は、絶対的なリアリストだ。
誰よりもこの世界の現実を知っている。
決して独断専横というタイプではなく、バランス感覚を持ってそれなりに善く王国を治めている方だとは思うが。
人柄に少々難があるものの、王国のために日夜寝る間を惜しんで働いていることだけは事実だ。
「しかし、その……何故アーサーを、悪魔に……?
仮にそれが可能だとして、あまり良い手とは思えませんが」
聖女という存在は勿論シリウスも知っているが、誰が聖女なのか判別する方法があるなど初耳だった。
「今の王族は――私達を恨んでいるだろう。
これを機に一旦排除できるなら都合も良いな」
父が己の都合のために王妃やクリス王子を事故に見せかけて殺したのだ、ということを知った。
その時の衝撃はあまりにも大きく――
だが、それと同時に『この人ならやるだろうな』というどこか冷静な自分も存在した。
アーサーの父である現国王は確かに優秀で、人望も厚い。
だがそれがゆえ国政に自分の意志を反映させようと、父と反目する事も多かった。
父は気にくわなかったのだろう。
エリックが根回しをし、道筋を整え、ようやく実現しそうな交易ルートを国王が危うく潰しそうになった事がある。
目障りな国王を脅し、引っ込んでもらうために最も効果的な方法を選んだというだけだ。
反吐が出る。
王妃はエリックの幼馴染だったはずなのに、容赦などない。
王の愛する大切な人を、簡単に謀殺してのけた。
――人の心があるのか、ないのか? 本気で分からない。
王妃が亡くなった時、エリックは深く傷ついていたように見えたものだ。
ずっと鬱々として悲しんでいた、それは印象的だったので良く覚えている。
公の場ではそうではなかったが、深く嘆いていた姿を目の当たりにしたことがあるため、まさか手を下したのが彼だと思わなかった。
そちらの方に驚いたくらいだ。
自分にとって大切なものでも、必要とあれば躊躇いなく切り捨てる。
友人や家族という境目はなく例外はないのだろうな。
「聖女が目覚めたとして、万が一でもその力がアレらの手元に渡るようなことがあってはならない。
全て抱えて消えてもらう対象として、王子が最も都合がいいと判断した。
王統は変わるが適当な者を用意しよう」
アーサーが父達を恨んでいるのなら、確かに父にとって目障りな話だろう。
しかし、少なくともアーサーはそんな風に誰かを恨んで復讐を望むような人間ではない。
聖女がいたとして、その力を使ってエリック達に不利益を齎すよう目論む性格なら……
何も知らない顔をして、自分達と今まで通り友人でいてくれただろうか。
恨み言の一つも言わず、そんな気配は微塵も見せず。
そんなアーサーが「念のために」、など軽い理由で殺されるなんて理不尽だ。
「こんな機会は二度と無い。
シリウス。
お前は強い意志を持ち、私の跡を継ぐと言ったな」
「はい、私は目的があって施政に携わる決意をしました」
王国は繁栄し、平和を享受している。
だがシリウスの目から見れば、この国は熟れて落ちる寸前の果実にしか見えない。
北はケルン王国が大きな港街を擁する国土を伺い、山脈を挟んだ東はレーベン連合国が山中深くに大きな城砦を築いているという話もある。
南の砂漠の向こうでは大干ばつのために多くの餓死者が出、不毛の砂漠を越えてでも豊かなこの大陸へ進出しようという動きさえ。
そんな状況なのに王国内は決して一枚岩ではなく、中央と地方に分かれて未だに相容れる事なくいがみ合う。
一致団結など程遠い話だ。
地方では独立を求めて内乱が続き、中央の目の届かない僻地では領主が爵位という国王の威信を翳し無辜の民を虐げ一層人心を離れさせるような行いをする。
……ここから王国は緩やかに衰退に向かうであろう。
聖女のなした大陸統一という功績が齎す神通力も、もはや過去のものとなりつつあった。
だがエルディム家の当主に立てば、国政に関わる主要な要職に就くことが出来る。
発言権も、今とは比較にならないくらい高まるであろう。
自分が衰退を食い止めて見せる。
この国の人間全てを幸せにすることは出来なくても、限りなく理想に近い形に導く努力は出来るのだから。
『彼女』のような理不尽な死を簡単に受け入れられるような世界など、本当はあってはならないことだ。
努力は報われるべきだし、命は尊ばれるべきものだ。
悪いことをすれば、貴賤なく裁かれるべきだ。
「悪魔をも倒す聖女が手に入れば、誰もお前に逆らうことなく、面倒もなく、お前の望んだ”施策”が可能になるぞ。
お前が治水をしたいと言っていた場所も、邪魔な集落ごと移住させることもできるかもしれん。
文句の一つも言われることもない。
一事が万事要される事前の折衝もなく、思うまま国を望む形に導くことが出来るのだ。
勿論、お前が圧政を敷き民を不幸にするのであればその限りではない。
『善いこと』を成したいのだろう? 思う存分、辣腕をふるえるなど……ああ、身震いがするな?」
聖女という絶対的な”権威”を取り戻した王国は求心力を得て大きく発展することが出来るかもしれない。
……独善であっても、独裁であっても。
為政者にとって、これほど理想に適った世界はあるまい。
誰も彼もが自分の言うことを聞き入れ、全体を見渡し己の思うまま理想の体制を作り上げ、国づくりが出来るのだ。
甘美な言葉である。
国を脅かす他国も、女神の現身である聖女の存在で十分な牽制になる――国の格が、大きく上がる。
未だに不平等な貿易条件を受け入れている箇所を撤回させることが出来るかもしれないのだ。
シリウスにとって禁断の果実に等しい。
己の願望のためだけに友人をそんな目に遭わせるなど、そこまで唾棄すべき自己中心的な人間に成り下がったつもりはなかった。
「ですがアーサーに永遠に消えない汚名を被せ、後世においても他人から謗られるような不名誉を与えるなど……
私にはとても出来ません。
どうか考え直しを」
「では、私は断腸の想いで聖女の卵を始末しなければならないのだな。
手が届くところにあるソレを、この手で踏みつぶさないといけないわけか」
シリウスは顔を跳ね上げた。
エリックは物凄く残念そうに肩を竦め、大きな――本気で勿体ない、と言わんばかりの表情の顔を片手で覆っている。
「……始末?」
使い物にならない道具をあっさり手放すかのような感覚で彼が言った言葉に、シリウスは鸚鵡返しに問いつつもぞっとした。
「まさか、その聖女とやらを亡き者にでもするつもりですか!?
何もしてない女性一人を、勝手な都合で!?」
「我々の手の届かないところで聖女が力に目覚めでもしたらどうする。
協力どころか反体制に与したら?
王国の統治を良く思わない層が、その聖女の奇跡とやらを象徴に立てて歯向かおうとしたら? 中央に切り込み、玉座を明け渡せと言われたら戦争だな。
危険因子となり得る以上、放置も出来ん。今まで通り無かったことにするべきだ。
人の手に余る力なぞ、上手く制御できなければ癒すどころか傷口を作り広げるだけの暴力装置。
たまたま――
その時代、悪魔や魔王が地上を荒らしているならともかく。
平時に聖女の奇跡など、過ぎた
今まで通り?
今まで?
父は糾弾するまでもなく、歴史の闇に葬られた本当の話を自ら語ってみせる。
「お前は何故、学園などというものが在ると思っている」
「それは……」
シリウスは何を今更分かり切ったことを聞かれているのかと眉を顰めた。
広い王国を治める主要な貴族、領主の支配者層に王国の一員としての基礎的な教育を施すためだ。
同じ歴史や知識、社会通念を共有することによって王国の地盤を固める。
社交界に参戦する前段階として、常識を学び人脈を形成し経験を積む。
王族や三家に連なる貴族の子女と日常生活を共にすることで、一見では分からない為人を十分知る機会を得る。
自分達にとっては一つの社会で指揮を執る実地訓練のようなもの。
または――地方貴族に対する、いわゆる『人質』。
好き勝手にさせないための、子供達につけられた枷……か。
出来る限り冷静にそう答えた。
模範的な回答だったと思うシリウスを睥睨し、エリックは小さく笑んだ。
「それらの理由は間違ってはいないな。
だが、そもそも学園は聖女育成のために在った方が良いと造られた学び舎だ。
聖女の資質を持つ人間を通わせ、人となりや能力を把握し我々と近しい位置に立って良い人間か見極める場所。
我々にとって相応しい存在であるか、そうでないならそう”ある”ように教育を施す場と言えば良いか。
不実な者、不見識な者、傲慢な者、学ぼうとしない者。
――もしもそんな人間が大いなる力を得てしまえば、秩序などあったものではないからな」
人間を滅ぼしかねない恐ろしい力をもつ悪魔をも退けるのは、結局はより強い『力』そのもの。
平和な時代に、扱いに困る武器は要らない。
しかもその武器は自律式で、自分の意思で行動する。
何も考えない愚かな人間がそれを手にしてしまえば――その力を歪んだ方に使えば、混乱は免れない、か。
そうだな。
この人は、根本的に『人間』を信用していないのだ。
常に裏切られたらどうなるか、最悪を想定して動く。
「聖女に相応しく”理想”に適う者であれば、利用するだけだ。
たまたま、この学年にはお前たちがいる。
聖女の資質を持った生徒が入学する。
上手く聖女を手に入れることが出来ればよし、成せなければそれまでの話よ。
均衡を乱される前に、速やかに
いくら一級品の道具でも、自分が手に入れられないのなら道具そのものを壊してしまう。
誰にも使えないように。
暴発して、予期せぬ事態が生じぬように。
厳しい支配者層のお眼鏡に適う聖女の資質を持った生徒は、今までいなかったのだろう。
何らかの理由で、適性なしと判断され……
一体過去何人そんな目に遭ったのか、シリウスは考えたくもなく視線を背けた。
しかしそういう事情があるなら、国王を黙らせる最終手段に王妃を奪うまでの強硬手段に出た理由も分かる。
エリックにとって学園は聖女を手元に留め、手に入れる機会を増やす箱庭。
それを地方貴族の要請によって勝手に廃止や在り方を変えることを検討するなど、とんでもない話だったに違いない。
国王は知らない間に、触れてはならない箇所に触れてしまったのか……
王妃に立った自分の幼馴染を犠牲にしてまでも、エリックは国王の権限を封殺するため動いたのだ。
お陰ですっかり国王は牙を抜かれたように、唯々諾々と自分達の意向に沿うように動いてくれている。
彼がかつて最も厭った、傀儡の王に成り果てたのだ。
王妃が殺されても何も出来ない現実に無気力になって、言われるがままだ。
「望んで聖女の素質を持って生まれたわけでもない、力を自覚しているわけでもない。
それなのに勝手な都合で命さえも奪おうという貴方が、
「ああ、そうだ。
お前にとっても良い話だ。
聖女が共に国を治めてくれた際の恩恵は計り知れないぞ。
悪魔と化した王子という巨悪を打ち取った聖女が力を貸してくれる、誰もお前達に逆らえない」
「アーサーを犠牲にしろなど、無茶な話でしょう!」
「何故だ」
「友人だからです。
それに私は……彼の有能さを知っています。
性格も穏和であり決して今後も貴方たちの邪魔をするようなこともないでしょう。
多くの民に慕われていますし、次期国王と立つのに申し分ないと考えています。
間違いなく、彼は王国にとって必要な人物の一人です」
エリックにとって、聖女の存在は得難いものだ。
そしてシリウスにとってアーサーは必要な人間だ。
それらが同時に王国に在った方が、絶対に有益ではないか。
しかし敵対するもの――現王族に力が渡ることは絶対に避けるべきだと考えている父には考慮にも入らないようだ。
あくまでも王家はお飾りにして実権は手放す気はない、と。
ではこの言い方は逆効果か。
アーサーが将来を嘱望される存在だからこそ、聖女を王家に奪われ立場を逆転されることを最も警戒している。そんな状況が生じ得るくらいなら、聖女など要らないと言い切る程に。
聖女の末裔が王家と考えれば、噴飯ものの状況ではないか。
「ではお前はアレが国王として立った時と、我々が聖女を手に入れた時。
どちらが、お前にとってより理想を実現しやすい状況と考えるか」
「それは……」
宰相であるエリックでさえ、儘ならないことは沢山ある。
最良ではないが及第点の施策しか取れない、貴族間のパワーバランス、地方との折衝に皺ばかり増えている状況は知っている。
彼でさえ――
全てが思うようにならない、未だに闇で取引を行うような非合法な組織の存在に手をこまねいているなど、独裁ではないがため生じる苦労も当然ある。
多くの民にとって善きことをしようとした際、のし掛かる負担の多さはシリウスだって理解しているつもりだ。
政とは、パイを皆に切り分ける作業。
どんな大きさのパイなら焼くか、何人に与えるか、パイの中身を何にするか。
少なければ文句が出る。
パイを休む間もなく作らせ続ければ、作り手は疲弊する。
材料がなくなればそもそも分け与える事も出来ない。
別の国の人間に、問答無用で奪われることもある。
皿を持って並ぶ何百万もの人間を前に、ナイフを持って切り分け方に悩み睨めっこ。
自分が最良と分かる量を、有無を言わせず適切に切り分ける権利を得られる。
――神でもなければ実現などしない、夢物語。
「聖女を手に入れるため、王国の人間が多少犠牲になる場面もあるだろう。
だがその『最小』の被害で、今後何十年という長いスパン、望む善政を敷く権利を得られるのだ。
ここで”より多く”の民を想って、聖女を手に入れようとするのが正義ではないのか?
折角、その権利を手に入れる絶好の機会をたというのにな。
お前は多くの民より、友一人の犠牲を惜しんで後退するのか。
もしも三国から一斉に挟撃される計画があったとして、王子と聖女、どちらが王宮にいた方が――より多くを守れると考えるのだ?
どちらが抑止力になる?
命に優劣をつけるのは構わん。しょうがないことだ。
だが、命の価値を自分の我儘で歪めるのは良くないな。
王子にジェイク、ラルフ――仲良きことは良い事だ。
我々は助け合わなければならない。
だが友を並べただけのままごとでは、現実は変えられんぞ」
彼の言葉を堰き止めようと、耳を覆う。
だが、するりと間隙から彼の滔々とした声が滑り込んでくるのだ。
「お前さえ合意するなら適当な筋書きを用意してやろう。
可能な限りシンプルに、聖女が悪魔を身に宿した悪の王子を倒す――勧善懲悪の
誰から見ても分かりやすい悪を創り出し、そして成敗させる。
大陸を滅ぼしかけた悪魔さえも都合の良い道具にして使おうなど、ここまで割り切れる彼の信念が
「勧善?
こんな話のどこに善が、正義があるのでしょうね」
「お前が黙し、全てを吞み込めばそれが正史になる。
正義になる。
吟遊詩人は聖女の活躍を讃えて謳うだろう。
お前が闇を覆い隠せば、誰も知る術はない。
そうだな……お前は、何か勘違いしていないか」
エリックは深い溜息を吐き、眉根を寄せた。
「手を汚して実を取る覚悟もなく、浮きあがった上澄みだけ啜って生きるつもりか。
望むと望まざるにかかわらず――早晩お前の手は汚れるというのにな。
身近な人間だけ優先して救いたいなら私の跡など望まず、ただの私人として生きるべきではないか?
その方が余程幸せだ、この役職はお前に向いていない」
彼にとって、アーサーの命も聖女の資質を持つ少女も、そしてシリウスも取捨選択の対象になり得る駒でしかない。
非人道的なことだとさえ、彼は意識していないのだろう。
根本的に価値観が、考える根っこが違う。
だがこれ以上父の気を損ねては、エルディムから追い出されかねない。
それだけは避けなければ。
「少し……考えさせてください……」
聖女とやらの存在と、アーサーと、その命を天秤に掛けろと言われたも同義ではないか。
「そこまで気負わんでもいい、そもそも多分に運の絡む話よ。
上手くいくなど、言う程期待しているわけではない。
……過去にいた聖女の卵は学園に入ったことに浮かれ、自分を高めようなどと考えもせず特別な環境に遊び惚けていたと聞く。
聖女の素質を持つと言っても性質は普通の人間、容易く楽な方へ流れる。
今度の”聖女”がそうでないことを、我々は期待するしかない。
聖女とそれにふさわしい人格が紐づいているなら、話はもう少し早いのだがな」
その女生徒は、一体どうなったのか?
要らないと判断された彼女は、自分の本当の力にさえ気づくことなく消されて行ったのか。
「教えていただきたいことがあります。
……聖女の力が云々と言っていますが、聖女に覚醒することがないのであれば敢えて排除しなくても良いのではないでしょうか。
その方法はないのですか?」
皆から崇められる特殊な存在にならずとも、その力を一生封印したまま平穏無事に生きることが出来れば、それが彼女にとって幸せな事ではないだろうか。
「無理な話だ。
聖女の力の根源は誰にも制御できない感情に拠るものだと言われている」
それは『愛』だと、彼は言った。
エリックの口から出ると薄ら寒く、怖気が増した。
制御するのにこれほど難しいものはなく
人の数だけ形のある概念
善悪の別さえ、時として意味をなさない。
聖女を”手に入れる”という表現にも得心が良く。
愛が無ければ目覚めない女神の力――
眩暈がするほどロマンチックで。
吐き気がするほど厄介な扱い辛さ。
いつ噴火するか分からない火山の火口にフタをすることなど出来ないだろう、と彼は薄く笑った。
シリウスは眼鏡の位置を人差し指で押し上げ、調節する。
「私に、これから何をしろと言うのです」
自分が嫌だと言ったら 聖女は要らないと言えば
……入学を楽しみにしているであろう、顔も知らない少女の命を危険に晒すことになるのか?
父の計画が達成されてしまえば、目論見通りアーサーが殺されてしまうのか?
どちらの未来も断じて許容しかねる。
ここは一旦
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