第454話 <リナ 1/2>



 既に何度か訪れた事がある、丘の上の孤児院。

 リナにとっては”孤児院”はとても珍しい建物だ。物語などに出てくる施設の一つとして存在していることは知っていたが、実物を見たことは無かった。

 全く身近にないもので、とても驚いたものだ。


 自分が今まで住んでいた田舎の村では、集落の皆が広義的な意味で家族のような集まりだったものだ。

 近所の子どもが親を不幸な事故で喪ったことが記憶に在る限り一度あったけれど、「よし、じゃあうちの子になっちまいな!」と子供がいなかった夫婦の家に迎えられたはずだ。

 皆が助け合って生きるのが普通だった。


 だが王都に住む人から見れば、集落皆知り合い状態は窮屈で閉鎖的なのかもしれないと外に出て初めて気づいた次第だ。


 親を喪った子。

 親から……捨てられた子。

 置き去りにされた子。


 毎年冬になると、玄関先に赤子を入れたバスケットが置かれているそうだ。

 『育ててください』と書かれた紙と共に。


 「だから冬は早起きになってしまうわ」と院長は苦笑していたっけ。


 事情は分からないが……生まれてすぐに、家族の手を離れた子供達がこんなに沢山いるのだということに驚いた。


 そして孤児院はここだけではなく、大きな街ではいくつも建てられているそうだ。

 やむを得ない事情があるのかも知れないが、やはり最初に子供達と接した時は切なかった。


 だが、この孤児院にいる子供達は皆生き生きしている事がリナにとって救いである。

 皆健康的で活発で、将来に向けて希望を持って過ごしていた。


 シリウスが関わっている孤児院と聞いたが、当然孤児院経営など利益を生むものではない。

 あまり周囲に良い顔をされないこともあるのであろう、彼がメインで運営している孤児院であることはあまり知られたくないのだと言っていた。



 時折学習用品や衣類などの差し入れを届けているそうで、友人達も気に掛けて慰問してくれているのだとか。

 貴族による慈善事業は自分の評判のアピールのために大々的に告知されるものだったり、お金を寄付するだけで終わることが多い。

 だが彼らはそんな事を恒常的に行っていることを、いわゆる義務として”点数稼ぎ”に使うような事はしない。



「まぁまぁ、リナさん。

 今日も来て下さったのですね、ありがとうございます。

 子ども達も喜びますよ」


 孤児院に着くと、院長自身がわざわざ出迎えてくれる。

 人の好さそうなおばあちゃんで、マーヤという名らしい。

 いつもニコニコ優しそうで、子供達からも慕われている。


「お邪魔します」


 リナが建物の中に入った途端、廊下の柱の陰に隠れるように何人もの子供の視線が突き刺さる。

 頭隠して尻隠さず状態の子どもらは、期待に満ちた瞳でこちらの様子を伺っているようであった。



「お菓子作って来たから、みんなで食べてね!」



 大きなバスケットを両手で掲げ、子供達に大声で呼びかける。

 すると、ワァッと歓声を上げて次から次へと一斉にこちらに駆け寄って来るではないか。


「お菓子!? 今日は何のお菓子!?」


「わー、良い香り! 何かな、何かな!」


「甘いの? 甘いの?」



「こらこら、貴方達。

 なんてはしたないことでしょう、ちゃんとリナさんにご挨拶なさいな」


 決して経営が潤沢とは言えない孤児院。

 他の孤児院と比べてあまりにも差をつけることを善しとしないシリウスのポリシーもあって、他と同じように質素倹約を旨とする場所だ。

 衣食住に不便はないが、砂糖たっぷりの美味しい焼き菓子などは滅多に食する機会がないらしい。

 誰かの誕生日くらいしか食卓に上がらないのだそうだ。


 趣味で焼いているお菓子だと初めて持ってきた時、皆涙を流さんばかりに喜んで美味しい美味しいと食べてくれた。

 それ以来、孤児院を訪れる時にはこうして差し入れるのが習慣になってしまった。


『リナ姉ちゃん、ようこそいらっしゃいました』


 やんちゃ盛りも押しなべて、二十人近い子供達が並んでペコっと頭を下げた。


 一番年齢の高い十歳くらいの女の子――イーラにバスケットごと手渡すと、彼女は表情をパッと明るくして院長を期待を籠めた眼差しで見つめている。


「喧嘩をせずに皆でいただくのですよ。

 リナさん、いつもありがとうございます」


 全くもう、と頬に手を当てて院長が許しを与えると、イーラはバスケットを頭上に掲げて皆を先導し食堂へと走って行く。

 子供達の数が増減している可能性があって、いつも二、三個多く持ち込んでいるのだが。

 余ったら喧嘩をするのかなぁ、とリナは少し申し訳ない気持ちになった。


「いえ、私も喜んでもらえて嬉しいです」



 院長先生と少し玄関で立ち話をしていたリナだが、食堂からとんぼ返りでダッシュする少年に腕を掴まれた。

 

「リナ姉ちゃん、二個余った!

 一緒に食べよ!」


「まぁまぁ。

 二個余ったのに、私は誘ってくれないのかしら? ダン」


「あ! も、勿論院長せんせーも!

 ホラホラ、来てくれないと取り合いになるから、早く早く」


 ぐいぐいと腕を引っ張られ、リナとマーヤ院長は顔を見合わせ微笑んだ。

 この孤児院の子どもの元気さにいつも、リナは逆に励まされている気がする。




 結局、皆と一緒にシュークリームを食べて、その後ピアノを弾いたり絵本を読んだり、かくれんぼをしたり鬼ごっこをしたり――イーラの勉強を見てあげたりと、リナはとても充実した一時を過ごした。

 学園に特待生として通っている時とは違う。


 田舎で年下の子のお世話をしていた頃を思い出して、懐かしく心が洗われるようだ。





 しかし途中、リナにとって放っておけない出来事が生じた。


 一人の女の子がリナ服の裾をぎゅっと握って離さず、しがみついてきたことである。

 元々気弱で引っ込み思案な女の子だ。

 古ぼけた兎のぬいぐるみを抱えて一緒に移動する、まだ三歳になったばかりの幼いアリサ。彼女は自分の傍から、全く離れようとしなかった。



「どうしたの? アリサちゃん」


「リナお姉ちゃん。あのね……

 このまえ、へんなひとがおうちのまわりにいたの。

 ほかの子も、見たんだよ」


「変な人?」


「うん。あのね、ええと……あたまが丸くて…あ、『フードをかぶってる』んだって。

 くろいの。

 なんかいか、見たの」



 黒いフードを被った不審者……?



 子供の目から「変な人」と言われるからには、相当異様な雰囲気の持ち主だったに違いない。


 いくらこの子が大人しく気弱な女の子だからと言って、孤児院の近くを通りかかる一般市民をいちいち怖がることは無いと思う。

 余程変な装いだったか、変な雰囲気だったか。




「ねえ、リナお姉ちゃん。

 こわいから、いっしょに、ねて?


 おねがいだから」




 可愛い女の子が怖がっている上に、兎のぬいぐるみを抱き締めてうるうる瞳で見上げてくるのだ。

 このストレートに心に突き刺さる光景を前に、「ごめんね」とやんわり断る事など出来るはずもなかった。



 彼女が言っていた不審者の存在がとても気にかかったことが、ここに泊まろうかな、と決意した大きな理由である。


 何事もなく杞憂であればいいのだけど。



 リゼは今頃アンディの許に辿り着いている頃で。

 リタは仮面舞踏会の件でラルフを説得に向かっていて。


 ――……自分だけ何も無い……というのは、逆に楽観的過ぎる、と思った。


 記憶の中にある限り、彼らに関する事件が同時に発生した記憶はない。


 そもそも時期が早すぎるし、間隔だってもっと空いていた。

 もしもリタの”気づき”が無ければ、同時に事件が起こるかもしれないことさえ、可能性さえ見逃していただろう。

 先入観というのは怖いな、と思った。


 ジェイク、ラルフ、シリウスに纏わる悲しい事件は、順番に時間を置いて、じわじわと迫って来る――という印象が強かったから。

 ……こんな風に、急に折り重なるように事件が発生するかもしれない状況は異常だと、背筋が冷える。



 「もしかしたら」というこじつけで、心配しすぎということも考えられる。

 スパっと断定できない状況であることは確かだが、胸騒ぎがすることから目を背けるわけにはいかない。



 ざわざわと、第六感が危機を告げている。

 きっとここで、何かある――




「分かったわ、アリサちゃん。

 院長先生にお願いしてくるわね」



「ほんと!? やったー!」



 するとアリサだけではなく、傍にいた子供たちも手を挙げて喜んでくれたのだ。





 皆良い子達だなぁ、と。

 リナは知らずの内に微笑んでいた。






 ※





「いつも子供達の世話をしてくれてありがとう、リナさん。

 寝つきが悪い子達でごめんなさいね」



 質素で控えめな夕食を終え、子供達は皆共同寝室へ。

 男女別に分かれており、部屋の中には小さい寝台が人数分、ぎゅうぎゅうに並んでいた。


 ようやく女の子達が寝息を立てはじめたのを確認し、リナは部屋をこっそり抜け出して院長室を訪ねることにした。

 ぎゅーっとしがみついて寝るアリサの腕から抜け出すのには四苦八苦したが、あどけない寝顔を見ているだけで疲弊した心が癒される。



「いえ、今日は泊めて下さってありがとうございます」


 急に泊っても良いかと言われた院長は、当然難色を示した。

 だが今まで築き上げてきたやりとりがあったからだろう、特別に滞在を許してくれたのだ。

 少なくともリナがこの孤児院の子らに害をなす存在でないことは分かっているし、それに夕食までいただいた後、一人で帰宅させるのは……

 と院長も困っていた。

 夕食後に帰宅するのは珍しくないことだったが、ここ数日は王都全体の雰囲気がピリピリしている。


 治安の悪化を懸念しリナを一人で夕方歩かせるのは心配だと、天秤にかけた結果だろう。



「学園にご入学されてからというもの、シリウス様もお忙しく中々お会いできないことが残念ですね。

 ふふ、貴女を突然連れて来て下さった時が最後にお会いした時でしょうか。

 お元気そうでほっとしました」


「シリウス様は、皆さんが元気に過ごされているかいつも気にしておられます。

 こちらを訪ねた報告をすると安心されるようで、私もお役に立てているなら嬉しいです」


 リナがそう答えると、院長は「そうですか」とニコニコ笑顔になった。

 だが――チラ、と表情を悲しそうに曇らせる。

 彼女もそんな顔を見せる気は無かったのだろう、すぐに取り繕うように表情を戻したのだが。真正面に座って話を聞いていたリナは、気づいてしまった。


 リナの怪訝そうな視線に気づき、院長は気まずそうに肩を竦める。



「シリウス様にここまで善くしていただく理由など、ないのです。


 過去に起きた不運な事故がご自身の責任だと未だに悩まれていらっしゃるのでしょうね……

 ……シリウス様の過失でさえないことですのに、それではご納得できなかったのかもしれません。

 私が援助の申し出を固く辞する事が出来れば良かったのでしょうね」


 マーヤは若干ことばを濁しながら、そう呟いた。

 もしも過去の記憶を思い出していなければ、意味の分からない話だっただろう。

 だが自分は彼自身から過去に教えてもらったことを覚えている。





 今から十年も前のことだっただろうか、シリウスが孤児院の慰問に帯同し訪れた際、特に一人の女の子と仲良くなった。

 全く立場も生育環境も違う二人だったが、本質的な部分でウマが合ったのだろう。

 以後、何かと理由をつけてはこの孤児院を訪問していたそうだ。

 勿論勝手に家を抜け出して孤児院に行っているなどバレたら大目玉だから、こっそりと。



 だが――ある日、いつものように孤児院へ向かっていると突然大きく馬車が揺れ、急停止した。シリウスは馬車の中でひっくり返って頭を強かに打ち付ける。




 馬車が何かを轢いた衝撃だと気づき、シリウスは慌てて窓から外を確認したのだ。



 ………御者が、そして従者たちが轢いてしまった『何か』を見下ろして顔を突き合わせて話し込んでいるではないか。

 猪か野犬でも轢いたのかと空目したが、違った。


 自分の馬車を見つけて丘を駆け下りてきた彼女を、御者が避けれず轢いてしまったのだ。

 もはやピクリとも動かず、細い手足をくさむらに擲つ少女はどう見ても息がある状態には見えなかった。


 ――従者は二人がかりで彼女の体を嫌そうに担ぎ上げ、そのまま道沿いを流れる川の中に放り込んでしまったのである。




 当然シリウスは怒った。

 激昂し、彼らに抗議した。




『でも坊ちゃん。

 ここに来たことはお館様に内緒なんでしょう?』


『貴方が勝手に乗って来た馬車が子供を轢いたなんて知られたら、きっと宰相は怒るでしょうね』


『下手をしたら、あの孤児院に迷惑をかけるかもしれないんですよ?』


『身よりもない捨て子が一人いなくなっただけで騒ぐ奴なんかいませんよ』


『人を轢いたなんて……ああ、こんなに汚れてしまって……

 こんなことがご主人に知られたら、職を失って路頭に迷ってしまいます……

 嫁になんて言えば良いんでしょう』




 彼らにとって、孤児院にいる子どもは行く手を邪魔する野生の動物と何ら変わりはない存在だった。

 人を轢き、そして暗に『あんたがここに来いと言ったから』と責めんばかりの大人たちの言い分に、シリウスは俯いたまま何も言えなかった。

 特に轢いてしまった御者は、帽子を手に取ってぎゅっと握りカタカタと震えていた。人を轢いてしまったことより、馬車を汚してしまった事を畏れ顔は哀れな程真っ青だ。



 行くな、と禁じられた場所に何度も足を運んだから、彼女はいなくなってしまったのだ。一人で来ればよかったのに。

 

 暴れて怒鳴り散らしたところで、彼女が生き返るわけでもない。

 問題を大きくすれば、そんな問題を作った原因としてあの父が孤児院に何かしらの不利益を齎すかも知れない。



 全て御者が自分の責任を有耶無耶にするための詭弁だということくらい分かっていた。

 だが宰相の事だ。

 自分の身内、従者の不始末を知ればそれを無かった事にするよう働きかけるだろう。


 軽率な行動をした自分が責められるだけならまだしも、それまで黙認して自分を迎えてくれた孤児院側にも多大な迷惑をかける可能性がある。

 何よりこの従者たちは、そんな事故などなかった、と父に強弁するだろう。




 面倒がった父が「最初からそんな子供などいなかった」と言えば、きっとそうなる。




 何もかもが理不尽だ、とシリウスは己の身勝手さや無力に心を病みかけた。






 彼は――その一件を悔い、自分がエルディム家の『後継者』になる事だけを考えるようになった。

 父の跡など継ぎたい者が継げばいい、権力争いなんか面倒くさい、と白熱し苛烈化する後継者レースをどこか白けた目で見ていたのだけど。



 ……自分に力がなかったから。

 目に見える権力がなかったから周囲の大人達に良いように言いくるめられ、守ってやれなかった。



 ――打ち捨てられた亡骸を探し、院長と一緒に弔うことしか出来なかった。







「リナさん、どうかシリウス様を助けてあげてくださいね」


「私が……ですか?」


 記憶がフッと靄のように霞み、消える。

 彼の心境を思うと居たたまれなくなっていたが、急にマーヤにそうお願いをされリナは思わず椅子に座ったまま仰け反った。



「あの方はとても真面目で責任感がお強い。

 ――優しすぎるがゆえに、全部一人で抱え込もうとされるのです。


 誰かを頼ったり、信用される事など滅多にない方。

 そんなシリウス様が是非と貴女を直接連れて来て下さった時は、驚きました。

 余程貴女を信頼しているのでしょう」



 信頼されているのかは、分からない。



 でも彼がとても真面目で、優しい人だということはマーヤに言われなくても知っている。


 ――孤児の数を減らし、多くの孤児院の負担を減らせるような国を現実とするには、自分が父親の跡を継ぐしかない。自分が父に成り代わり、同じ場所に立ち強権を振るう事でしか叶わない夢だ。

 力の無いものが何を喚いても現実は変わらない。


 そう悟った彼は、まるで贖罪を続けるように努力を重ねている。


 勉強を教えてもらう時彼の教書やノートを良く見せてもらうが書き込みの量が半端ではなく、最初は目を疑った。

 関連事項を書き込むだけではなく、学習内容を記憶するために繰り返し繰り返し内容を紙に書き写し、試験前には何本もペンを潰すのが当たり前という、完璧な努力家である。


 勿論地頭も良いのだろうが、元々頭が良い人が寝食を惜しんで勉強をするのだから学園内での順位も納得だ。

 親から任されている一部領地の運営も手を抜かずに数字や資料と睨めっこ状態。

 王宮では特別に諮問会議などに招致されたり、宮廷魔道士の一員でもあり。

 神殿内でも司祭の一人として式典に参列したり儀式を進行するなど――多忙すぎる。

 それに加えて学園では生徒会副会長として実務の多くを一手に引き受けているのだ、いつ休んでいるのか甚だ疑問である。


 そんな状態でありながらも、リナの話にはいつも真摯に耳を傾けてくれる。

 分からないところがあればいつでも懇切丁寧に教えてくれるし、イメージがつかめないと思えば博物館にまで連れて行ってくれたり。




 ……最初は、シリウスが一番『聖アンナ教団』『女神様』に近い場所にいる人だから。

 近づきになれれば、リナの現状を打開する情報が得られるかもしれない、という一心だったと思う。



 でも………



 彼の目に見えづらい優しさ、一緒にいる時の幸福感を自覚してしまえば今はスッカリ手段と目的が変わっているように思える。



 自分は、シリウスの事が好きである。

 過去の自分が知りえない彼の事を、もっともっと知りたいと思う。


 ……このまま一緒にいるために、『やり直し』を強要されるこの世界から抜け出たいのだ。


 今の自分は、”今”こうして孤児院の院長室でマーヤと話をしているリナであり。

 フォスターの三つ子、末っ子リナであり。

 カサンドラに全てを打ち明け、彼女の秘密も知るリナであり。


 過去の自分でも次の入学式に臨む自分でもない。


 だから他の誰にも、”次の”自分にも――彼の事を渡したくない、というそんな我儘な想いで動いているのかもしれない。






「まぁ、随分遅くなってしまいましたね。

 貴女のお部屋は用意してあります、こちらですよ」 







 今夜、何事もなく過ぎればそれに越した事はないのだが……





 リナは漠然とした不安を抱えながら、院長について廊下を歩く。









 ※







 ……何故だろう。

 マーヤと話をしている間、シリウスのことを脳裏に思い浮かべると心がとても苦しかった。



 沢山の、彼に関する要素が意識の中に入って来てしまったからだろうか。

 ここに彼がいないことが寂しいのか?







 優しく、人の心の機微にも聡い。

 責任感も強く、友人想い。


 

 





「……。」




 どうしても気になっている事がある。


 それを”優しさ”というなら、優しさなのだろう。


 でも……






 カサンドラの話を聞いている最中、腑に落ちないことが一つあった。

 王子の過去、背景を知る過程に至る説明の際。

 前年度の地方見聞研修の場所であったことも、教えてもらったわけだ。


 彼女は話し辛そうだったが、それもまた彼女の一年間辿って来た軌跡だから、と。

 






 ――どうして?





 友人想いで、案外人の事を良く見ている。

 相手の気持ちを無視して、むやみやたらに傷つけるような人ではないはず。




 シリウスはずっと、王子の傍にいた。







   なんで、王子の本当の気持ちに気づかなかったの?









 王子が抱いていたカサンドラへの本当の想い。

 シリウスだけ・・が気づけなかったなんて、そんなことあるのかしら?


 どうしても、そこだけ引っ掛かる。



 行動を共にすることが多かったからこそ、シリウスは無表情で冷たい人に見られるだけで――対人関係にも気を掛け把握しているとリナは知っている。




 友人の想いに全く気づかないなんて、あるのかしら。

 四六時中王子と一緒にいるのに?




 強い違和感を抱き、ずっとモヤモヤしていた。




 鈍感でも人の心に疎いわけでもないはずなのに、と。






 シリウスの目を欺く完璧な演技を王子がしていたから?





   そもそも王子がそんな演技をした理由は





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る