第450話 条件は
カサンドラにとって王子が救われることこそが、最優先事項だ。
元の原作ゲームの中で一切フォローされることも救われることもなく『悪意の種』によって悪魔と化してしまった王子を助ける事――自分がこの世界にいる意味。
この生活が始まったばかりの頃は、全く五里霧中で状況が良く分からなかった。
だがアレクの話やリナの話を改めて聞かせてもらうことで、カサンドラの考える方向性が少しずつ定まって来たようだ。
特に王子からの情報、この事件に御三家に十分な動機が存在するという一件は、戸惑うばかりの自分にとって一筋の光明でもあった。
「わたくしは、王子が悪魔――即ち聖女に倒されるべき存在になって欲しくありません。
絶対に譲ることの出来ないわたくしの目的です」
カサンドラが先ほど自分の考えていることを書き連ねた紙に視線を遣る。
その一番上に『王子を悪魔にさせないこと』という大目的が書かれていた。
絶対にこれだけは達成して見せる、という決意の表れである。
どういう未来だろうが、世界がループしていようが。
カサンドラが真っ先に確保しなければいけない条件は、王子が御三家の野望に巻き込まれないこと。
全てはそこから始まったのだ。
「ええ、勿論僕も同じです。
僕は――兄様が聖女によって倒されるという運命をどうしても受け入れられません。
姉上の仰る通り、一番達成したい目的は僕も”それ”です」
アレクも神妙な顔で頷いた。
彼の兄への想い、救って欲しい、という望みによってカサンドラがこの世界に喚ばれた。
なら、アレクが自分と同じ望みを持っている事は明白である。
「この一連の事件の裏には御三家の意思が関与していることを前提に、改めて考えてみたのです。
まずは、三家――エルディム、ロンバルド、ヴァイルの当主の目的、動機がこちらですね」
紙の上に三家の目的、と書いてある。
これは一度文字にして視覚で確認することで、言いたいことがぼやけてしまわないように持ってきたメモだ。
記された矢印を指先でなぞる。
「王子が以前教えて下さったことを基に考えてみたのです。
クローレス王国の安寧と繁栄を達成することが、彼らの目的と致します。
では彼らは、その困難極まる目的をどうやって実現するつもりなのでしょう」
「聖女に悪魔を倒させて、その聖女の功績や存在を利用する。
聖女という絶対的な存在を手に入れてしまえば、かなり強硬的な改革も可能だろうね。
救国の聖女が手の内にあって、中央に逆らおうとする領主はいない。
相手は悪魔をも倒す、一個師団を越えた超常的な力の持ち主なのだから。
……かつて聖女アンナが、この西大陸を一つの国として統一した歴史を
王子の言葉に、カサンドラも大きく頷く。
三家の目的を達成するには、『聖女』が必要だ。
聖女とは、王国の危機を救う女神に選ばれし存在である。
逆説的に言えば聖女が王国を救うためには、まず危機が訪れなければいけない。
本来平和なこの時代に存在しない、
白い紙面には、三家の目的の下に必要なものとして、『聖女』『悪魔』という文字を並べている。
『悪魔』というキーワードは印がついており、そこに王子、という単語を添えてあった。
「今までの話ですと、悪魔になるのは誰でも良いのではないか、と思われますが……」
カサンドラも、このような事件が立て続けに起こった以上、王子以外に悪魔として強制的に乗り移らされた人間がいるのではないか?
そう考え、答えが出なかった。
でも他の人間では、駄目なのだ。
リゼが言っていた通り、これは三家による王子暗殺計画のようなものか。
「――そこまで単純な話ではないと、わたくしは思うのです。
クローレス王国には、”王子”がいらっしゃいます。
後に国王となる、聖女の子孫で正統な王位後継たる王子が。
……しかも王子は、三家に対して……ええと、良く思っていない状況……です、よね」
カサンドラは言葉を濁したが、母親や弟を殺されたなんて恨み骨髄というレベルではないだろう。
そんな状況で新生した聖女が王宮に入って来れば、またそこで争いが生じる可能性は決して無視できない。
国王は間違いなく、カサンドラではなく聖女を王子の嫁にと言い出すはずだ。
聖女の扱いを巡って、王家と三家の抗争が勃発しかねない。
三家の理想とする治世を実現するために聖女を手に入れるのに、思うように有効利用できないのでは意味がない。
下手をすれば、現王権復古の足掛かりを与えてしまいかねないわけだ。
反発の意を持つ現王族は邪魔だ。
自分達の意志を汲む傀儡の王を新しく仕立てた方が、都合がいい。
優秀で国民の多くの支持を集め、自分達を恨んでいる王子を危険因子扱いしている。
出来る事なら、いなくなって欲しいとさえ思っているのではないか。
「王子以外の人間を悪魔にしてしまえば、三家にとってリスクを抱える選択ではないでしょうか。
王子は倒されるべき悪で、悪魔の役どころに申し分ない。
彼らの中で、王子と悪魔は完全に結びついていると思うのです」
王国をよりよく統べるために聖女を使おうと考えている、そして悪魔役は王子が適任。
――だからこそ、何度世界が巻き戻って繰り返されても王子はラスボスになる。
三家に
「うーん……。
確かに姉上の仰る通り、彼らが人間なら誰でも悪魔に”させる”ことが可能だとしたら。
他の人間を使うことになっても、聖女が手に入るなら……
リスクを勘案しても、ギリギリ許容できるような気もしますけどね。
第一、今『悪魔』を発端とした事件が立て続けに起こっているわけじゃないですか。隊商の襲撃然り、地方の内乱然り。
既に誰かが三家の手によって悪魔に堕とされて暗躍している、という見方も否定できませんよ」
アレクの指摘は最もだ。
そこでカサンドラは、今日彼らに意見を求めたいと言った話を続けて話すことにした。
「わたくしもそう考えました。
ですが、原作のストーリーでも明言されていない重要な疑問点に引っ掛かるのです。
幾度か議論に上がりましたね。
果たして王子は”いつ”悪意の種とやらを植え付けられ、悪魔になってしまったのでしょう」
「普通に物語の流れを考えるならば、隊商を襲撃させた事件が悪魔の起こした最初の一件。
ならばその前に悪魔が目覚めた、と考えるのが自然だと思うけれど」
ゲームをプレイしていた時にも、王子が平然と学園で日常を送っている姿が見受けられた。
裏で悪魔に乗っ取られた黒幕として悪事に手を染めていたなんて、サイコパスとしか思えない……
とゲームで遊んでいた自分も恐れ戦いていたものである。
だがあの段階では、まだ『悪意の種』の効果が彼に齎されていなかったのではないか?
「……王子、アレク。
この一連の事件、人為的に引き起こすことは可能ですよね?」
「人為的……?」
「ええ。
悪魔が引き起こしたと言われる出来事は、全て三家の手によって起こされた。
実行したのは三家の手の者ですが、ありもしない証拠をでっちあげられて――最終的に王子は聖女に糾弾されることになります」
今まで話の中に幾度も出てき、人の手に取って行われたかどうか、という点も話し合ったと思う。
だがここで要素要素を一つずつ紙に起こして、その点を線で結び付けていくと浮かび上がってくる『仮説』があるのだ。
「三家の目的は世界の破壊ではなく、逆に国としての結束や支配力を強めることにあります。
ですので――悪魔を倒すことの出来る存在がいない内は、絶対に悪魔を目覚めさせることは出来ません。
聖女としての素質があっても、主人公が覚醒するかしないかは辿り着いたエンディングによって変わると以前申し上げました。
――聖女と悪魔は、彼らにとってワンセット。
それも順番があり、聖女が先に目覚めなければいけないのです。
……聖女としての力に覚醒するかどうかも分からない内に悪魔を蘇らせるなど、リスクが高すぎます。
彼らの目的に反するため、今の段階で悪魔を蘇らせることは出来ないのです」
悪魔本人が起こした事件なんて、最初からなかった。
人の手によって魔物の仕業だと錯覚させるような事件を各地で起こし、悪魔の存在を印象付ける。
王子が悪魔になれば全ての責任を無実の王子に覆いかぶせ、真実諸共葬り去ることができるように。
「……それで、先ほどの君の目的に繋がるというわけか」
王子は小さく頷いた。
「リゼさん達が聖女としての力に目覚めることが無ければ、王子が強制的に悪魔に”させられる”事態が生じないのではないか。
わたくしは、そう結論付けることにしたのです」
この世界が滅びても良い、一か八かで聖女の力を我が手に! という狂った状況なら、既に王子は三家の手によって悪魔に変化させられていたのではないだろうか。
三年間じっくり時間をかけて、聖女に目覚めるかどうか時間的猶予を与える。
万が一目覚めなければ――悪魔を蘇らせたところで、神話級の甚大な被害が国を襲うだけだ。魔物に国を明け渡してやるに等しい所業。
三家の当主の身の安全だって確保されないわけで。
彼らは大胆で、そして慎重だと思う。
もしもこの計画が理想通りに進まないと思えば、簡単に放り出せる立場に常に立っている。
世界の危機は彼らが齎すものにすぎず、現段階で国の存亡にかかわる切羽詰まった状況はない。
聖女が育たず、目覚めなければ敢えて王子を悪魔にする必要もないのだろう。
やろうと思えば王子を暗殺することくらい容易いはず、悪魔になってもらう格好の素材だから、生かされていると言えるのかもしれない。
それが王子の利用価値だと?
ゲームの中でも、聖女の覚醒と王子の悪魔化は抱き合わせのような展開だった。
スムーズに結びつき過ぎていたが、聖女が目覚めないと悪魔もこの国に生じない、と考えると納得できる。
最初の段階では、既に王子が悪魔になっているのだから普通のエンディング後の未来がデンジャラス過ぎると思ったけれども。
実際は主人公が聖女になるというフラグが無ければ、王子も悪魔にならない。
カサンドラのメモ書きは、大変シンプルだ。
三家の目的を考え、それを起点に王子が悪魔にならない条件を探った。
ただ、この仮説は推論に推論を重ねたようなものだ。
三家の当主達の胸倉を掴んで糾弾するくらいしか、彼らの真意を知る方法はない。
そして仮にこの状況で三家に詰め寄ったところで、「何を寝ぼけた事を」と一笑されて終わりだろう。
メモの最後にこう記した。
『主人公が聖女の力に目覚めなければ、王子は悪魔にならない』
聖女に目覚める
王子と対峙するエンディング、聖女になる時は必ず主人公にパートナーがいる。
ようやく想いが通じ、両想いになれた相手が何者かの襲撃によって命を失いかける。
彼らは主人公を庇ったがために、瀕死の重傷を負うのだ。
恋人を救うため、持っていた聖女の素質が解放されてしまう。
敵を倒し、そして癒しの奇跡で恋人の命を救う。
回復魔法は聖女しか使えない、まさに女神に与えられた固有の能力だ。
他の攻略対象達の協力も得、全ての元凶が王子だということを知った主人公は王宮へと向かう。
この流れに関しては何度も言葉で説明してきたけれど、改めて文字に起こすと主人公と攻略対象との”恋愛”の結果で王子の運命も変わるということが分かる。
物語の真エンディングは、三家にとっての理想で都合の良いシナリオに過ぎない。
だが三家の当主だけではなく、主人公と攻略対象の二人の幸せにも繋がる事実は否定できない。
いくら好きだからと言っても、大貴族のお坊ちゃんが庶民と結婚するなどかなり非現実的な話である。
だが、聖女になればそれは壁でもなんでもない。
今まで裏の裏でフェイク情報を使ってまで息子達に婚約者を作らなかったのは、聖女と結婚する際に生ずる障害を予め排除しておくという意図があったのだと思われる。
悪魔となった王子が聖女によって倒される、それは三家の求める見栄えのいいストーリー。
邪魔な王子は排除できた上に救国の聖女を三家に迎え入れ、めでたしめでたし、と。
「かなり運が絡む、荒唐無稽な話のように聞こえる……けれど。
万が一実現すれば、彼らのメリットは計り知れないだろうね」
王子は紙に書いたメモの最後の行を眺め、首を傾けた。
「この話で肝心なところですが、仮に目論見が外れたところで三家の当主に不都合はないということが挙げられます」
聖女が覚醒しない――別に王子が死ななくても王宮内で王子の発言力が大きくなるわけではない。
各地で起こる魔物がらみの事件や非人道的な事件も、三家が起こした事ならどうとでも処理できる。
ゲームの中で繰り返し同じ三年間を繰り返し、迎えるエンディングも一つではない。
どういう結果になっても、黒幕たる三家に目立った”損”はないから、どのエンディングに辿り着いても成立する世界……なのではないだろうか。
主人公が三年間ぐうたら過ごして全くパラメータを上げず留年を繰り返そうが、幼馴染とくっつこうが。
聖女になれない主人公に用はないのだ。
この世界は、主人公がどんな結末を選んでも許容されるのだろう。
三家にとって都合の良いシナリオが、王子の
カサンドラはあんなに王子を救うために頭を悩ませていたけれど、別に彼らにとっては頓挫しても良いという程度の出来事なのではないだろうか。
自分達で火をつけて、火を消させる。
彼らにとって、ただそれだけのことなのだ。
緊急性も、逼迫感も無い。
まさに彼らにとっての ゲーム ではないか。
主人公や自分の息子達が学園でどうなるか、眺めて愉しむ。
思い通り上手くいけば利用する。
「わたくしは、リタさん達が聖女にならなければ王子はご無事だと判断しました。
アレク、貴方はどう思いますか?」
最初から主人公の恋路を応援しなければ、王子の破滅を回避することが出来たのだろうか。
……いや、そんなことを考えてもしょうがない。
だってもし今、一年前に時を遡ったとしても。
懸命に恋をする彼女達の邪魔なんて出来るはずがない。
今だからこそ、核心に近いのでは? という感触を得ただけの話なのだ。
「仮に兄様以外の人間を悪魔にしようとしたとしても、同じことですよねぇ。
結局、聖女がいなければ三家は計画を放棄するしか出来ないわけです。
姉上の仰るように、彼女達にそれで納得してもらえれば……
当面、兄様が無理矢理悪魔にされる心配はないでしょう」
「ですが、わたくしは……それを彼女達に説明し、お願いすることが正しい事なのか分からないのです」
この世界は、主人公のために在る。
三家の陰謀は、結局のところ語られなかった原作部位を補強するためにこの世界が創り上げた”理由付け”の一端なのだと思う。
日本語が存在し、外来語が存在し。価値観も現代日本に似ている箇所が多い、美醜感覚も似ている。
そういう世界を存在させるため、一から歴史や文化を構築してきた結果が”この現実”だ。
全ては、乙女ゲームの世界を再現するために。
永遠に繰り返し語られる物語の舞台を何者かが現実に創ってしまった。
この世界は――主人公達が恋愛するために整えられた場所。
「もしリゼさん達が両想いになった後、聖女に立つことさえ出来れば……
皆に祝福されて結婚に至ることも出来るでしょう。
それがこの世界の示す、彼女達の恋の正着なのですから」
だからと言って、王子や他の誰かに主人公の愛のために悪魔になってくれと言えるわけもない。
裏側を知ってしまった以上、カサンドラは彼女達にどう言えば良いのか分からなくなった。
本来破滅するはずの自分や王子は現状のまま幸せになれるかもしれないが、彼女達は正々堂々と恋人の隣に立てる手段を失ってしまうことになる。
きっと婚姻も困難を極めるだろう。
自分の行動で、彼女達の恋愛が邪魔される、ということにならないか?
そんなことは嫌だと思っているのに……震えが止まらない。
「キャシーの言った事が全て当たっているかも分からない、今の段階では”仮説”なのだから。
それに自分の恋路のために……なんて、彼女達はそんなことを考える人達ではないよ。
大丈夫、折角君が考えてくれた話だ。
ちゃんと皆に話をして、判断してもらおう」
自分が追放されるくらいなら、まだいい。
でも王子が誰かに倒されることだけは、絶対に絶対に、回避したい。
彼女達が眠っている力に目覚めなければ、王子は無事……!
頭を下げてでも、彼女達に協力してもらわなければ。
ぎゅっ、と。胸元で己の手を握りしめた。
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