第447話 <リタ 2/2>


 片方の手に羽扇を持っているせいで、重たい双平木の扉を押し開くことに少し手間取る。

 ゆっくりゆっくり、音を立てないように気を付けて。会場入り口の扉を開けて中に潜り込むことが出来た。


 もしも舞踏会用の何重もに布が折り重なったお姫様ドレスなら小走りも難しかっただろう。

 幸い、履いているヒールは高くない。

 裾より少し長めのフレアドレスのお陰で、何とか音を立てずにこっそりと入り込めた――

 そのことにホッとしたのも束の間の話だ。


 会場内の異様な雰囲気は、後方に入ったばかりのリタにも感じられた。

 広いはずのホールはとにかく暗く、月の光さえ遮るように黒い布で覆われている。まるでこのホール内にもう一つの夜空でも造り出さんとするばかりではないか。


 この場に集った人数をざっと一望すると、二、三十人程度だろうか。

 完全に単身で遊びに来ている者もあれば、付き人と一緒に来ている客もいそうだ。

 スペースの割に閑散とした人数だが……

 しかし、彼らは何故か奥の方に徐々に移動しているようだ。


 テーブルの上の燭台の炎がゆらゆら揺らめき、ただでさえ視界が不明瞭なのに皆仮面を顔に着けて参加しているのでもはや誰が誰だか。

 仮にここに知り合いがいても、判別する自信がない。


 ただの舞踏会……と言うには、異様な熱気を感じずにはいられなかった。


 終始居心地が悪い。

 ねっとりと肌に絡みつくような空気は一体何なのだろう。

 人の悪意をそのまま煮詰めて溶かした、粘着質な空気。気味の悪さを会場に入った瞬間から感じている。


 彼らは仮面越しにも伝わる楽しそうな様子で、奥へとゆっくり移動を開始した。

 リタもこっそりと彼らの移動に紛れるように、全体の様子を眺めながら歩みを進めていく。


 暗い中目を凝らしていると、前方のステージの上に人影がちらちら揺らめいている。




 一体、何?

 あのステージの上で、一体何が始まるの?




 集まったドレス姿、タキシード姿、異国風のストールを巻く男女――もはや年齢、出自さえてんでバラバラの集団が一様に壇上に視線を遣っている。


 仮面に視野を削られ、目の色さえも遠目では識別しづらい。

 だというのにギラギラと好奇心や高揚感の入り混じった視線が、不躾に、下品な程に、ただただ一点を注視するのは分かる。



 突然ステージに『光石』によって照射された場違いな程明るい光がステージに降り注いだ。反射的に目を閉じるリタ。


 ゆるゆると瞼を離し、うっすらを開けるとステージの上の光景が浮かび上がって見える。


 黒い布に覆われていた大きな箱。あれはなんだろう?




 ――やや間を開け、黒子の手によって布がさっと引かれた。




 左右の黒子の息が合っていないので、黒い布は大きくばさりと余計に膨らんで靡く。

 小道具の使い方がなっていないな、と何故か舞台仕様の目線になってしまったリタだが……


 目の前に突然出現した、今まで見た事もない大きさの水槽に絶句した。


 小さな池、プールをそのまま同じ容積のガラスの箱に移し替えたのかと思う程、尋常ではない水量だ。

 上方から光に取らされ、ガラス越しにキラキラ光る水はいっそ幻想的な雰囲気さえ醸し出す。


 パーティーホールに出現するはずのない、大容量の水槽。


 そして少し視線をずらすと……


「――……!?」


 水槽のすぐ傍で、悲鳴が上がった。

 仮面を取り上げられ、皆の前で無理矢理頭を押さえつけられている女性。


 間違いない、クレアだ。

 彼女は必死に抵抗し、暴れている。

 まごまごしている場合ではないと分かっているが、リタは目の前の光景に全く理解が追い付かなかった。


 そこに人が十分沈められるだけの水量を湛えた水槽があって。

 すぐ傍で、両足を重りのついた鎖で縛られているクレア。


 ……抱え上げられ――



 それらの一連の行動が、全く線で繋がらなかった。

 関連付け出来なかった。





 え? どういうこと?

 彼らは何をしているの?





 担ぎ上げられたクレアが悲鳴を上げる。

 だがそれを意に介さず、備え付けられた梯子を使って二人の青年がクレアを荷物のように運び上げ……




 どうして?

 何でアーガルドは、その様子を楽しそうに『説明』しているの?


 何故皆、彼の信じられない行いを、まるで応援し囃し立てるように 落とせ 落とせ と、声を上げるの?





   この人達は一体、何なの?

 




 殺意でも憎しみでもない。

 彼らはまるで、人が溺れて死んでしまう姿を楽しみに待ち受けている。


 

 それが恐ろしく――





「いやぁぁぁぁ!」




 ドボン、と大きな水飛沫が上がった。

 同時に彼女は身の丈よりも何十センチも深い水の中に突き落とされてしまった。


 足に巻き付いた鎖の先は重石が。


 どれだけもがいても、クレアが必死に内側からガラスを叩いても浮き上がる事が出来ない。



 その様子を非難するでもなく、口元を愉悦の形に変えて嘲笑する仮面の男たち。





 ぷつん、と頭の中に張られていた理性の糸が切れた音がする。

 手に持っていた扇を床に叩きつけ、仮面をかなぐり捨て、大きく足を動かした。


 人を文字通り掻き分け、クレアの許に急ぐ。





 リタは――最前列で食い入るように水槽の中を眺める、ひげ面の男性の背中を思いっきり踏み台にし、ステージの上に躍り出た。




「クレア様、クレア様!」



 分かっていた事だが、外側からガラスを叩いても当然頑丈なガラスはびくともしない。

 所詮は人間の女子の腕力だ。

 普段いくら女の癖に力持ちだ、と揶揄されても人に定められた以上の握力は持てない。


 突然ステージの上で血相を変えてクレアに呼びかけるリタの姿は、当然アーガルドにとっては予期していないアクシデントのはずだっただろう。

 だが彼は焦りガラスを叩くリタの様子を一瞥し、どよめく客席に向かって両手を広げて首を横に振った。



「ああ、皆さん。

 彼女は、この哀れな公爵令嬢の友人なのですよ。


 ……突然のお友達の惨状に驚いて、こうして飛び出てしまったようですが……

 どう見ても、無駄ですよねぇ?」



 呼吸が出来ず、苦しくもがいて。

 それでもリタの姿を視界に映して、両の掌をこちらに伸ばして来る。

 このままでは本当に彼女は死んでしまう――殺されてしまう。



 リタも気が動転して人目も憚らず、無駄にガラスを叩き続ける。



 そんな自分の様子さえ想定内の余興の一つ。そう言わんばかりにアーガルドは落ち着いていた。


 突然の乱入者に騒めいていた客も、これはこれで楽しい趣向だと自分達の足掻きを楽しそうに見物していた。



 清々しい程、悪人の群れだな。

 守りたい人が死んでしまう寸前なのに、何も出来ずに暴れるだけ――そんな自分を見て楽しんでいる。

 ゲラゲラと笑いながら。





 ………。




 クレアを助けるためなら、躊躇っている場合ではない。




 苦しそうに目を閉じ、懸命にこちらに手を伸ばしてくる彼女の指先がガラスにつく。

 その想いに応えるように一度、リタもガラス越しに手を添えた。



 彼女の口から気泡が漏れる、絶望に歪んだ顔。




 こんなこと――



 許されて良い訳がない。

 こんな悪夢は、絶対に受け入れられない。







 魔力は掌に集めて使うもの。学園の魔法実演を脳裏に蘇らせる。


 リタはその場にしゃがみこみ、魔力を手と手の間に目を血走らせたまま集中させる。



 出来る?

 自分に、こんなところで魔法が使えるか?



 胸元のエメラルドの首飾りを、精霊石に見立てる。


 リナが以前それでも魔法が使えると言っていたのだ。

 三つ子! 同じ! 自分にだって出来る、やれば出来る!




 リタは右腕を、思いっきり斜めに振り下ろす。

 間違ってもクレアに当たらないよう、全身全霊を籠めて。



 ああ、これで何かに被害が出てしまったら自分は捕まってしまうかもしれない。

 だが救えたはずなのに、自分が罪に問われるかも知れないから見過ごすなど出来るはずがなかった。







「斬り裂け――風の刃!」











    大量の水を補完できるだけの、分厚く頑丈な水槽。

    その水槽の左端に、斜めの光線が稲光のように走った。

    翡翠の閃光が――厚い壁をつんざく。









「…………な……」



 慌て、自分を制止しようとしたアーガルドにリタは両肩を掴まれたが――

 水槽に走った亀裂が水圧に堪えられず、濁流と化して強烈な勢いで中身が圧しだされる。


 とび出してきた水の勢いは強かった。


 両の足で踏ん張っていたリタは全身がびしょぬれになってしまいながらも何とかその場に残る事は出来た。が、アーガルドは態勢が悪かったのか滑ってそのまま前方へと押し流された形になった。

 全身ずぶぬれなのは同じだが、彼は段下の床に四つん這いになってゴホゴホと咳き込んでいる。

 どうやら誤って水を飲み込んでしまったようだ。


 当然辺り一面、水浸し――だ。



 ガラスは完全に底の方まで罅が入り、割れたガラスの破片も周囲に散乱していた。



 クレアは呆然と、水槽の中央で膝立ちのまま。

 小刻みに肩で荒い息を繰り返し、恐怖の余り全身を震わせている――

 空気を求め、喘ぐ。



 リタはよいしょ、とガラスの割れた部分を跨いで中に入った。

 放心状態のクレアだったが、リタの姿に気づいてホッと目を細め……



 だが、リタは歯を食いしばる。

 そんなクレアの前方からガシッと両肩を掴み、勢いのまま彼女の額に ゴンッ! と頭突きを食らわせた。


 完全に不意を打たれたクレアは目の端にチカチカと星を回す。


「い、痛い……」



「クレア様!」



 後ろに崩れて倒れそうな彼女の肩を掴み、何度も揺すった。

 溺死寸前の命を拾った直後の彼女は、一層混乱を来したかもしれないけれど。







「もっと――自分を大事にしてください!」

 



 お金や健康だけでなく命まで”奪い取られる”。

 それを愛だのなんだの、リタはとても納得できることではなかった。


 人を好きになって、その結果傷つくことは沢山あると思う。

 でも、クレアの場合は違うのではないか。


 こんなのは、違う。絶対、違う。



「自分にも優しく出来ない人が、他人に優しくなんて……出来ないですよ。

 目、覚ましてください」







「………ごめん……なさい……」






 彼女は俯いて、顔を覆う。

 そしてそのまま、床に伏してわぁわぁと泣き崩れた。








 ※








 広範囲に水浸しになったままの床の上で、アーガルドが全方位の客から非難の集中砲火を浴びている真っ最中だった。



 ドレスが濡れた、こんな不出来な催しのために金を出したのではない、など呆れるような責難の言葉にアーガルドは顔を真っ青にしてその場から這う這うの体で逃げ出そうとするが……







「――アーガルド」





 激昂を抑え込み、彼に呼びかける声が聴こえる。

 ……手には既に取り外した黒い仮面を、割らんばかりに握りしめたラルフが、サッとその場に割り込んできたからだ。

 ステージ近辺で照明は煌々と照っており、仮面も外したとなれば皆彼が誰であるのか一瞬で気づいてしまう。




「姉に対するこのような非道な行い、勿論相応の制裁を覚悟しているんだろうね?」




 彼の怒りに満ち満ちた顔で微笑むのは、怒りの矛先を向けられていないリタでも背筋が強張る。


「ち、違うんだ。

 これは、違う、君の誤解だよ」


 この期に及んで、訳の分からない誤魔化しの言葉で逃げ出そうとしているのか。

 当然ラルフは彼の寝言に耳を貸すはずもない。


 同じことをやり返すような短絡的な人ではないだろうが、実際に彼を本気で怒らせたのならこの先彼がどうなるのか、リタの想像力では全くイメージできなかった。






「まずい、顔を見られる前に帰るぞ」


 ひそひそと、焦り小声で言葉を交わし合う客たち。

 仮面でしっかりと顔を隠し、突然のラルフの出現に蜘蛛の子を散らしたように逃げ出そうとする。彼らにとっては、本来の招待客ではないラルフ。


 自分達は、つい数分前までクレアの命を肴に愉しんでいた。


 その自覚はあるはずだ。

 状況を冷静に理解すれば、この場から脱出して知らぬ存ぜぬで巻き込まれないようにする他ない。


 この場の罪、責任は全てトカゲのしっぽアーガルドに覆いかぶせて。




  また、逃げる……

  自分の罪を無かったことにして。





 一人二人ならまだしも、流石に必死で逃げ出されては全員を捕まえるなど自分とラルフの二人には無理だ。

 クレアを介抱しなければいけないし、ラルフはアーガルドを逃げられないよう捕まえるという役目がある。

 追いかける事は出来そうもない。



 良心の欠片もない、非人道的な行為を笑って観ていたこの場の人間も同罪なのに……!








  「――ここから動くな!!」






 怒声が、ビリビリと会場を覆いつくした。




 会場のあらゆる出入口の扉から、革の鎧に身を包んだ何十名もの兵士が雪崩れ込んで彼らの逃げ道を完全に塞ぐ。

 亜空間から召喚でもされたのかという突然の兵士たちの集団が出現した様に、仮面を着けた招待客は皆一様に立ち竦み戸惑いの声を上げた。




 動くな、と命じた一人の壮健な男性。

 彼は抜身の剣を掲げたままツカツカ靴音を立て、客らの前に歩み寄ってくる。




 一体このおじさんは何者だろう。


 

 体格の良い、屈強な中年。

 リタの父親世代の男性だろうが、筋肉が隆々としていて全くタイプが違う。

 短い髪は整えておらず完全にボサボサだが、眼光は鋭い。

 どこか飄逸とした雰囲気を纏うオジサンはゆっくりと口を開けた。





「ロンバルド侯爵私兵師団第二部隊隊長のフランツ・ローレルだ。

 ここら一帯に怪しげな人間が集っているとの相談を受け、調査に来た。


 各部屋を検め、拘束された身元不明の人間を数人保護、盗品も複数発見し押収済だ。

 はは、中々愉快な取引が恒常的に行われていたようだな?



 ――貴様らはこの後速やかに騎士団まで送られ、詳しい取り調べを受けてもらうことになる。


 ああ、この場での反論は一切受け入れない。

 不審な行動をとった人間は少々手荒に扱わせてもらう、それを心得て要請に応じるように」





 その言葉を皮切りに、兵士たちが一斉に立ち尽くす客人たちを何倍もの人員で取り囲んだ。


 皆仮面で隠してはいるが身分が高い者、もしくはとんでもない資産家ばかりだ。

 恭しく一礼をし、同行を願い出る。


 ――観念した婦人や青年達は彼らに見張られながら会場を後にした。


 まぁ、逃げ出そうと喚いて手を振りほどいた一人の人間が、容赦なく捕まり腕を捩じ上げられたせいかもしれない。

 彼の苦悶の悲鳴が会場内に木霊すると、水を打ったように静まり返った。


 現場を抑えられ、しかも闇取引の証拠品まで相手の手の内ということになったらここで言い合いをするよりも――次の機会に交渉をした方が傷が浅いと判断したのだろう。



 終わった?


 ……これで、終わり?





 ※

 





「急に頼みごとをしてすまなかったね、フランツ」


「いやいや。ヴァイルの坊ちゃんの頼み事なら、ねぇ?

 断って後でジェイクに文句言われても困るんで。


 いやー、まさかこんな捕り物になるとか、聞いてないって感じですけど」


「そちらの手間はかなり省いたつもりだけど」


「見張りが全員倒れてたのは楽できましたけど。

 いやー、いつもこんなに楽~に仕事が終わればねぇ」



 腰に手を当て、肩を竦めるオジサン。

 どこかで聞いたことがある名前だが、リタには彼を見た記憶が全く無かった。


 ロンバルドの私兵隊長さんに見覚えがあるのもおかしな話か。



 うーん……


 騎士団を動かすのは難しいからと言って、ロンバルドの兵隊さんに協力をお願いするなど想像できるわけがない。

 確かにロンバルドなら騎士団と関わり合いが深い、即座に案件としてつなげられるかも知れないけれど。


 知らない内にポカンと口が半開きになって、和やかに語り合うラルフとフランツを眺めていた。

 彼らの足は、這いずって逃げ出そうとするアーガルドの背中を思いっきり踏みつけている。

 ぐぇっ、と情けない声が断続的に下の方から聴こえていた。



「……よぉ」


 フランツはリタの視線に気づき、重量感を一切感じない軽やかな動きでステージの上にひょいと飛び上がった。

 目の前に立たれると、凄い圧迫感を感じる。


 ……まごう事なき軍人さんだ!



「お前、リゼ・フォスターの妹か?」



 じろじろとこちらを訝しそうな視線で眺めるフランツ。



「え? あ、はい。

 そうです……けど、あれ?」


 頷きながらもリタは困惑した。

 今はリリエーヌの装いをして、化粧も衣装もお嬢様仕様のはず……

 なんで初めて会ったオジサンが、そんな問いかけ方をしてくるのだろう?


 そして頭に手をやって気づいた。




 水流で! ウィッグが流されている……!


 恐る恐る床の上を見れば、水に打ち上げられた水草のように長い金の鬘が遠くにへばりついている……!


 完全に水濡れ、水滴をぽたぽた毛先から垂らすリタはようやく客観的に自分の姿を認識することが出来た。


 水槽の水を真っ向から浴びて鬘は流され、しかも化粧も完全に剥がれ落ちてしまったに違いない。

 全部綺麗に押し流されれば、ここに残っているのは……ただのリタだ。




「俺は今、学園で剣術の講師もやっててな。

 リゼは俺の教え子だからな、いやいや、話には聞いていたがやはり顔がそっくりだ」



 剣術講座……?


 どこかで聞いたことがある名だと思ったが、あのリゼを去年剣術大会で上位に入れるくらい厳しく完璧に教え込んだという鬼教官の名前か……!


 ロンバルド家関係の人間なら、剣術講座で学園の出入りがあるのは理解できた。



「あ、あの。

 本当にありがとうございました」


「いいっていいって。

 それより――

 お前、あいつの妹なんだよなぁ、すげーわ」


 うんうん、と彼は腕を組み嬉しそうに何度も頷いた。



「まさか本当にこの水槽を真っ二つに叩き斬るとか、普通の女には出来ねぇな。

 いやー、吃驚した!」


「み、見ていたなら早く助けてください!」


 こっちは必死だった、クレアだって苦しみ足掻いていたというのに!


「助けようとした瞬間、お前が自力で何とかしたんだろうが。

 ナイスガッツだったぞ!」



 ぐっ、と親指を立てて朗らかな表情のフランツ。

 この状況下にあって、彼の周囲の空気は独特だと思う。




「……ん……」




 彼は改めてリタの頭の先から、爪先まで一通り眺め――もう一度最後に、プッ、と噴き出した。





「馬子にも衣装っつーけど、アイツと同じ顔だもんなぁ。無いわ、無い。

 ヒラヒラした服の似合わないこと甚だしいな! ははは!」




 リタを指をさし、一頻り腹を抱えて笑うオッサン。

 思わず拳が戦慄いた。




 風邪ひく前にちゃんと着替えとけよ、とフランツは頭に手を置いた。

 今度はクレアの手足を縛る鎖を解くため、その場にしゃがみこむ。



 オジサンのざんばら頭を後ろから眺めていると、次第に全身から力が抜けていく。












   ロンバルドには、デリカシーに欠けた人間しかいないのか……!?










 ジェイクにせよフランツにせよ、あの面々に囲まれて未だに”好き”だというリゼ。




 姉の想いは、本物だ……! と、リタは変なところで衝撃を受けた。






   自分なら絶対耐えられない。


 

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