第430話 掌の上
リタの唐突な話に一同の視線が集まったままだ。
今までの話は、前提の条件を考えればまず無理だろう、と可能性を一つ一つ消していくためのものだったはずだ。
少なくとも過去の周回世界で王子を悪魔にさせた、唆した、もしくは
王子は自分の意志で三家や世界に復讐をするような人ではない。
何度世界がやり直そうとも、その人物の性格自体は変わらないはずだ。
自分の一年間の記憶を全て消されて当時に巻き戻るとしても、その段階で存在している『自分』の考えや価値観が変わるわけではない。
幾度繰り返そうとも、細部の展開は違えど根本的に同じような未来に収束するよう定義づけられているようなものだ。
本当に巻き戻った瞬間”中身が変わってしまった”カサンドラが例外なだけである。
――王子は何度やり直しても今のような性格に変わりはない。
だから裏で手をひいている『首謀者』がいるのだろう、と予測した。
王子自身の意思でなく、そうならざるを得ない理由をこの世界は勝手に創ってしまった。
何度世界が巻き戻っても、王子を悪役に仕立て上げるために。
そんな確固たる意志と計画を持った存在と考えると、アレクを殺しかけた三家の当主達は安直だが適当な存在だ。
しかし、彼らが王子を悪魔に仕立てるメリットが釣り合っていない。
一歩間違えれば大惨事、聖女がいなければ国が亡びかねないギャンブル過ぎる手段を果たして安定を好む彼らが望むだろうか?
特定条件が達成されれば動機は存在するかもしれないが、可能性の中では排除するべきなのか。
そう思っていたけれど。
もしも……
彼女達が『聖女』であるということが、最初から分かっていたら?
そもそも聖女アンナという存在は大きすぎ、神話・伝説の類の聖域。
一般には曖昧な情報しか伝わっていない、神聖性を保持するためかもしれないが。
もしもその情報を独占し秘匿し、聖女の素質を持つ人間を判別する手段を彼らが持っていたとしたら?
前提が一気にひっくり返り、動機と手段が実現可能な領域にまで浮上する。
勿論、矛盾したり説明がつかない事象はあるが。
骨組みが建つほどリタの発言は重要な要素だった。
「私、前からずっと疑問だったんです。
なんで、私、学園に入学できたのかなって」
ごく『普通』の女の子。
誰かに勧められ、特別に三年間学園に通う権利を得た主人公。
「リゼは分かるんですよ、リゼは。
あの子は入学するために滅茶苦茶勉強してましたから。
私達はリゼの”おまけ”って言うか、何か研究要素があって学園に招かれたのかなって」
「……そうね。
考えてみれば、入学金も免除で学園に”来て欲しい”って声を掛けられることは普通じゃない待遇だと思うわ。
実際、あまりにも都合の良い話でお母さんも微妙な反応だったし。
騙されているんじゃないかって最後まで心配していたでしょう」
「私は――リゼのおまけでも、王都に行けるなんてラッキー程度の意識だったんです。
でも自分にそんな特殊な力が在ると言うのなら、最初から分かっていたって考える方が自然ですよね」
パラメータ育成系の主人公は、どうしても最初は普通の女の子設定になりがちだ。
最初は低いパラメータで、徐々に伸ばしていくという話の流れに無理がなくなる。
その過程で実は特別な力が! というのは定番だし、ファンタジーという世界設定で本当に何の背景も力もない主人公である方が稀だろう。
物語だから、ゲームだから、という先入観や色眼鏡が純粋な思考を曇らせていたのかもしれない。
リタの言う通り、彼女達の立場からすれば疑問符ばかりだろう。
「でも私達にそんな力があるなんて、どうしてわかったのかしら」
「………。
一つ、心当たりがある。
リナも覚えてるでしょ?」
自分が入学したのは不自然だ、という状況証拠だけではなく。
彼女はどうやら、実際に思い当る節があるようだ。
「ほら、私達、セスカにいた時――
三人一緒に占い師にみてもらったことがあったじゃない」
占い師……?
「そのお話には、わたくしも聞き覚えがあります」
カサンドラもつい声をあげてしまった。
掌に汗を掻き、動悸も激しくなる。
他愛ない日常の会話、その一幕の内だったはずだ。
『水晶玉の光が私もリゼもリナも同じだったんですよね』
王都に有名な占い師がいて、三つ子がそれぞれ占ってもらったということから少しだけ掘り下げた話を聞いたではないか。
彼女達は幼い頃に占い師に占ってもらったことがあると言っていた。
もしもその占い師が何らかの形で彼女達の『力』を察知し、確かめに来た中央の手の者だったら?
素敵な出会いがあると言っていたという。
……あれはカサンドラのことを指していたわけではなく、学園に入学した後の出会いを仄めかしていた?
最初に話を聞いた時から、自分との出会いの予言をしていたなんて思わなかったけれど。
いざこうして聖女の素質があるか否かの確認だったと言われると……
そちらの方に真実が含まれているような気がしてならない。
「こじつけに過ぎないかもしれませんけど、もしそうだとしたらスッキリするなって思いました。
私には才能がある! って言われて学園に入学許可をもらえたんですけど、その才能が何かなんて未だに謎ですよ?」
才能という面では十二分にあるのではないだろうか。
努力するにも才能が必要で、彼女達にはまさにそれがある。そして得意分野の成長ぶりは他人が見れば目を瞠るだろう。
才能がある、ね。
――決定的な単語を使わず
「私達に聖女の素質が在ると判明したから、それを利用しようと思いついた人がいた。
利用できるとすれば、過去の出来事などから考えて……御三家の当主方しかいない。
――王子、どう思われますか?」
リナの言葉が、グサグサと空気を刺していく。
「……。
やはり、人の意見というものは聞いてみるべきだね。
十分検討に値する仮説だと思う。
最初から全て織り込み済みで、
主人公と対なる存在。
主に、”悪役”と呼ばれる。
その要素が無ければ、ただの何もない日常を繰り返すだけの山も谷もない光景だ。そこにドラマは生まれない。
魔王だろうと神だろうと悪者だろうと何だろうと、ゲームと言う終わりがハッキリしている物語には、主人公に立ちはだかる壁があってしかるべきだ。
物語の目的、そんな核心に王子は据えられてしまった――何度やり直しても、悪魔となるよう仕組まれた。
カサンドラの言葉や想い、父の助力、アレクとの邂逅、そんなものでは王子の運命は打ち砕くことができない。
多少の予定外があったところで、シナリオに抗えない固い枠組みが最初からこの世界の創造主によって創られていたということだろうか。
王子が聖女に倒されるということに、さっき王子が言っていたメリットがあるとすれば――
自分達には手出しできない高い場所から外堀を完璧に埋められた状況でスタートさせられていたのかもしれない。
少し開いた間で、アレクは溜息を落とした。
「聖女に関する情報が少なすぎます。
これは教団に忍び込んででも、彼らが何を知っているのか探り出す必要があるのではないでしょうか」
これ以上は何をどう填めこんでも、憶測や妄想、推測にしかならない。
それに今は皆、リタの言葉に衝撃を受けてそれに引きずられてしまっている。
全て三家のしたことにしては、説明がつかないこともあるのだ。
自分達に都合の良いように思考が固定化されてしまっては、別の要素が浮上した時に方向転換が出来ないかもしれない。
アレクの言う通りこの世界が聖女をどういうものとして扱っているのか、その確認は必要な事だと思う。
「近々、シリウス様に神殿や教団の資料を見せて頂く予定になっています。
必ず……その機会に、何らかの情報を得てきます」
リナは迷いも曇りもない眼で、はっきりとそう言う。
一人既視感に悩み、境遇を嘆いていた時もリナは諦めず、何かを探ろうと動いていた。
こうして皆で一緒に考えられること、それは奇跡のような話なのだろう。
※
その後も話は遅くまで続いた。
だが結局リタの話も王子の話も、根拠と呼ぶには乏しい話だ。
全部三家がやったことにすれば、話に焦点ができて詰めやすいのは確かである。
だがやはりリナやリタにとってはとても心理的負担が重たい話だと途中で気づいてしまった。
自分の好きな相手の父親が、まさか息子である彼らを苦しめようとしているなんてすんなりと受け入れがたい話だろう。
三家と言えばどうしても攻略対象である想い人の顔を思い浮かべてしまう。
自分の親が、親友である王子の母を意図的に殺したなんて……
彼らには信じがたい事だろうし、ショックを受けるはずだ。
自分達の置かれている境遇以上に、彼らの事を考えると心が軋むのは当然である。
それに気づき、話を切り上げて皆に宿泊してもらうよう勧めることにしたのだ。
疲労の色が濃く出る二人は、ホッと安心した様子で申し出を受け入れてくれた。
こんな夜遅くに女性を二人で帰らせるつもりはないし、かと言って王子に送ってもらうのも変な話だ。
客室ならいくらでも準備できる、朝まで残り少ない時間とは言え心身を休めて欲しかった。
カサンドラばかり、今まで心にしこりとなっていた事を吐露してスッキリしたようなものだ。
無理矢理重たい荷物を渡された形のリタやリゼには、本当に申し訳なく思う。
二人を客室に案内した後、応接室に戻ったカサンドラ。
「キャシー、ちょっとお願いがあるのだけど良いかな」
王子の真剣さに呑まれ、カサンドラは思わず息を呑んだ。
※
カサンドラの私室に、王子がいる。
それは大変慣れないことで、自分の部屋なのに自分の部屋ではないかのような違和感しかない。
当の王子は、両の掌に『それ』を包み込んで、瞑目したままカサンドラには理解不能な呪文を唱え続けていた。
彼の両手の隙間から薄い黄色の光が漏れ、部屋中を照らす。
まるでこの部屋だけ日中の陽の下にいるかのような眩しさである。
彼のお願いは、カサンドラに贈った婚約指輪を貸して欲しいというものだった。
『指輪……
ええ、部屋にありますが』
持って来るまで彼を待たせることに気が咎めた。
ただでさえ、リナ達を案内するのに時間がかかってしまったのだから。
指輪を見せるだけで良いと言うのなら、往復するよりもカサンドラの部屋に来てもらった方がお互い手間がないと思ったのだ。
特にカサンドラの部屋とアレクの部屋は同じ方向だ。
どうせ今日も、王子は義弟の部屋に泊まるのだろうし。
彼は呪文を唱えている間、かなり苦しそうな表情を浮かべていた。
窒息してしまうのではないかと心配するほど、息継ぎもない彼の呪文が間断なく部屋に踊る。
「――――『障壁』」
彼が最後に強く一言発し、力を解き放つ。
王子の言葉に導かれ、まるで吸引されるように。
一瞬前までカサンドラの部屋に放射の限りを尽くしていた光が、一気に彼の掌の中に収縮していく。
茫洋とした光の輪郭はすぐに彼の手元に圧縮され、再び夜特有の薄暗い室内に景色が戻る。
「お、王子?」
「……キャシー、明日から必ずこれを身に着けて行動して欲しい」
再度、彼は大きなダイヤモンドの填まった指輪をカサンドラに差し出した。
キラキラと光の粒子を纏うその指輪の輝きは、ただの装飾品でしかなかった指輪とは存在そのものが違うもののように見える。
恐る恐る、指輪を受け取って指先で抓み上げた。
両目に近づけ、うっすらと自ら光を放つ指輪を凝視する。
「気休めとは分かっているけれど。
これは、君の身を守るものだ」
「魔法……ですか」
カサンドラは魔法は全く詳しくないが、王子がそう言った以上これは実効性を持った”バリア”の力が籠められているのだろう。
「はぁ……流石に、このクラスの魔法を魔法陣なしで使うと疲れるね」
彼はそう言って、額を押さえた。
見た目以上に憔悴しきっているようで、肩で息をしている彼は今にも前方にそのまま倒れ込んでしまいそうだ。
「わたくしの……身の安全……?」
王子が何を危惧しているのか分からず、首を傾げる。
「……。
さっき、皆の話を聞いていてようやく合点がいった。
――”君”が私の婚約者だということにね」
細く長い吐息を落とす彼の姿に動揺する。
自分が王子の婚約者である、理由?
それは自分が王子の事で我儘を言ったから。
父であるクラウスがその我儘を聞き入れてくれたから。
何より国王陛下が、レンドール家を自陣に引き入れるために強硬的に決めた事なのでは?
「彼らが私を悪意に満ちた手段で亡き者にしたがっているなら――
最初から三家に関わるお嬢さんを、私の婚約者に推す気がなかったのだろうね」
悪魔に堕とし、聖女に斃されるよう自分達が仕向けるなら。
悪役となるはずの人間に、自分達側の高位貴族のお嬢さんを王子の婚約者に”推薦する”のは都合が悪かったのだろう。
だが身内は無理でも、地方貴族の癖に目障りなまでに力を蓄え、中央に影響力を及ぼそうとするレンドール家の悪評高いお嬢さんなら?
ラスボスを担う王子のパートナーとして、そして”悪役令嬢”にぴったりだ。
家格もギリギリ釣り合うし、悪魔の花嫁――人身御供とするのにこれほど都合の良い相手はいなかっただろう。
王子が滅んでしまえば、彼に繋がりがあった者としてカサンドラはどのみち未来がなかった。
ギリギリ卒業パーティで婚約者失格だと断罪され追放されたのは、まだマシな末路だったと言える。
追放処分を受けず、王子の婚約者のままで王子が聖女に斃されるような事態になっていたら、自分だけでなくレンドールにも多大な非難や追及が迫っていたかもしれない。
三家の当主は自分達の思い描く未来に王子やカサンドラが邪魔だから、一緒に排除しようとしている?
これ幸いとばかりに王子の婚約者役をカサンドラに押し付けた、とも言えるのか。
三家の嫡男たちは、仮にも王子の婚約者に「追放だ」と言えば追放できる、そんな強権を潜在的に持っている。
そんな環境でそもそもカサンドラが王子の婚約者でいられたこと自体、彼らの手の内の中だったのではないか。
悪役側として、一緒に始末してしまおうと思われていた?
「……私を思い通りに動かすため、君の身が脅かされるかもしれない。
君を危険に巻き込む事だけは絶対にしたくない、その想いは変わらない。
だからと言って、今更手を離そうなんて言わないし、そんなことは思わないから。
何事もない、皆揃った未来を迎えるまで――
決して危険な行動をとってはいけないよ」
カサンドラの事を純粋に心配してくれているのだ、ということが良く分かる。
昨日の晩に今までの常識や感覚がひっくり返ったようなもので、気持ちも追い付いていないだろうに。
自分がこれからどうなってしまうのかという不安も大きいだろう。
もしも三家が裏で動いているのなら、果たして王子に安息の場所は果たしてあるのだろうか?
「王子も……どうかお気をつけて」
「勿論、普段以上に周囲に気を配るよ。
君と結婚もしていない内に――なんて、流石に死にきれないからね」
彼は笑いながら、そう嘯いた。
反射的に握りしめた手のひらの皮膚に指輪が食い込み、カサンドラは痛みを誤魔化すように後ろに両手を隠した。
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