第357話 新しい風


 今週末は王城に招待されている。急な話ではあったが、王子と休日に誰憚る事無く会いに行けるなど俄かには信じがたい。

 だが頬を抓っても痛いだけ、現実だと思い知る。


 カサンドラも待ち遠しくて仕方がなかった。

 普段気軽に近寄れるような場所ではないけれど、王子が招待してくれる以上全く問題がないはずだ。


 早く週末になればいいと思う……のだけれど。


 その前に重要なイベントが待っていた。

 果たしてイベントと呼称してよいのか判然としないが、少なくとも彼女にとってはイベントに違いない。


 今日は金曜日、学園の一週間が終わる最後の日。

 金曜日の放課後は学園の生徒会役員の会議が開かれる。


 今年度から生徒会新体制が始まるのだが、その初顔合わせと言ったところだ。


 ――ところで、この学園の生徒会。

 役員は学園側が適切な生徒を指名することになっていることは、良く知られた話である。


 役員は会長、副会長、会計、風紀、書記というオーソドックスな配役である。

 会長は言わずもがなの王子。

 王族男子が在籍していなければ最も序列の高い貴族の男子生徒が学園の生徒代表に選ばれる。

 副会長はエルディム派で序列が最も高い生徒。

 会計はヴァイル派。風紀はロンバルド派で、書記は最も序列の高い女子生徒。


 勿論年度ごとに特例や異例はあれども、基本構成は実家持つ爵位序列によって学園側が指名するものである。

 本来の決まりであれば、カサンドラが役員に選ばれることはない。

 カサンドラと同じ侯爵家だが、何せ中央貴族のケンヴィッジ侯爵家のお嬢様であるアイリスがいた。彼女は入学して二年、ずっと書記を務めていた。彼女を差し置いて序列が高いとは口が裂けても言えないはずだった。


 だが王子の婚約者であるカサンドラが入学してくると言うことで、書記を解任されたのである。

 また、一昨年副会長だったエルディム派のビクターもシリウスが入学したので同じように解任された。


 役職付きの五名は、生徒会幹部と呼ばれる。

 この三年間、学園という一つの社会を上手に纏めることが出来るのか。今後に向けた予行演習の意味合いもあった。


 また、幹部の他に各クラスで代表が一人学級委員として選出されるのが慣習だ。それぞれ合わせ、生徒会役員会議に出席するメンバーということになっている。

 アイリスやビクターは幹部からは外されたが、学級委員に選ばれ直されたので前年度も生徒会役員会議に参加していたわけだ。


 本来、十四名が生徒会に所属するのだが――

 実は去年、役員が一人少なかった。

 と言うのもカサンドラのクラスには学級委員がいなかったからだ。


 学級委員は学園が決める場合もあるし、役員が指名することもある。

 だが幹部五人がフルで在籍するカサンドラのクラスで学級委員を選ぶ必要性はないだろうと、下級生時代は欠員状態だった。

 クラスの代表どころか学園の生徒の代表である王子がいる以上、学級委員は特に必要なポジションではなかったのは事実だ。



「それでは定刻になりましたので、会議を始めたいと思います。

 皆さま、お集まりいただきありがとうございます。

 本日進行役をつとめさせていただきます、カサンドラ・レンドールと申します。不慣れではありますが、どうぞよろしくお願いします」


 不慣れというのは謙遜も甚だしいかもしれない。

 去年一年ですっかりしみついてしまった進行役である。


 ゆっくりぐるりと、全員の顔を見渡した。


 新しい年度になっても、幹部は全員在籍。

 そしてクラス持ち上がり制度なのでクラス委員もそのまま。

 ――変更があるのは、新入生の学級委員三名だけという状況のはずだった。


 まずは前年度からの引き続きの役員の自己紹介。

 そして……

 恙なく終わった後は、新しく生徒会に入った面々がそれに続いた。



 その内の一人に、カサンドラはとても縁がある。




「この度、学級委員を任されることになりました。

 リナ・フォスターと申します。宜しくお願い致します」


 やや緊張した面持ちの少女は、一息にそう言い切ってペコリを頭を下げた。

 分かっていたこととはいえ、この状態には苦笑いだ。

 


 シリウスの攻略ルートに入るには、生徒会のメンバーに選ばれなければいけない。

 要するに、現状欠員だった学級委員のポジションに彼によって推薦される必要があったというわけだ。

 彼がらみのイベントは生徒会にまつわるものが多いので当然の帰結と言えるが……


 今まで役員に選ばれていなかった庶民の娘がいきなり生徒会に入るなど普通は出来ない。

 前年度しっかりとシリウスの好感度を上げつつ優秀な成績を修めることで、彼の有無を言わせぬ権力ちからによって生徒会入りが果たされるのである。


 カサンドラとしても全く女子っ気のない生徒会の中、リナが入って来てくれて嬉しいことに変わりはない。

 シリウスから内々に打診を受けた時にも、全く問題なく賛同したくらい有難い事だ。


 それに王子もラルフも――シリウスがそこまで強硬に推薦するなら、反対する理由もないからと提案はすんなりと受け入れられた。

 人手は多いに越したことはない。

 去年やたらと忙しかった理由の一端は、カサンドラのクラスに学級委員がいなくて欠員状態だったからだと思われる。


 ……そもそもポッと出の庶民の娘が生徒会入りなんて違和感がありすぎる話だ。

 ゲームで遊んでいる時にもそのシステムの説明はあったけれど、実際に一幹部役員としてその場に対面していると……凄くむず痒い想いを味わった。


 ただ、リナを学級委員に推薦するという話の中で、ジェイクが少々難を示したらしいという話は王子から聞いた。


 成績で考えるなら三学期の成績こそリナの方が順位は上だったが、トータルではリゼの方が上なのでは?



  ――何故アイツを推薦しない?



 そう言いたくなるジェイクの気持ちも分からなくはないが、事前に委員関係の根回しもしていたわけでもない。シリウスに真っ向から対立する真似は避けたのだとか。

 そもそも去年の段階で、役員でもないのに生徒会室を借りてリゼに家庭教師を続ける許可をとってもらった借りがある形になっている。

 不承不承ではあるが、ジェイクも表立った反対は出来なかったのだろう。最終的には彼も納得して、こうしてリナを迎え入れることが出来た。


 ラルフもどちらかと言えばリナの方が生徒会に入って欲しいと思うだろうし、何よりリナ本人に強い意志ややる気があるというのだから。


 攻略ルート上の関係かも知れないが、リナが生徒会入りするのはシリウスが後ろに入っている以上当確のようなものだ。

 そうやって特権を使用することに躊躇いがないのも、また彼らしいと言える。


 ――普段は己の立場を使って何かやりたいことがあるわけではないが、いざ何か事を起こそうと思えば全力で実現させるだけの力とコネを持っている。

 王子が彼に対しては警戒心を持っていたというのも、分からない話ではない。


 全員自己紹介を終え、今後一年の活動予定などを皆に説明する。

 去年は第一回の役員会が始まる前にいきなり緊急役員会が開かれたから、自己紹介も何もあったもんじゃなかった。

 かなり異例な出来事だったなと苦笑いだ。


 今年は一年の見通しが立っているし、カサンドラと攻略対象達、また王子との仲も良好だと言える。

 アイリスはいないけれど、代わりにリナが生徒会に入ってくれたおかげで女子が自分一人ということもない。

 また他の役員だって、頭数が足りないよりは足りている方が良いのは道理だ。


 最初は何故庶民が……と訝しそうに眉を顰めた他の学級委員も、王子がそれを許可したことやカサンドラがリナの事を強く勧めたという体でフォローを入れる事により納得してもらえたようだ。


 シリウスの強い推薦があったなんて依怙贔屓の事情が明るみになるよりはマシなはず。

 別にシリウスに恩を売りたいわけではなかったが、去年ミランダに恨まれて酷い目に遭ったリゼの事を思い出すと――

 エルディム派の女子生徒の妬みをリナには受けて欲しくない。



 幹部一同からの推薦を受けた少女と言うことで、今後彼女を見る目も大きく変わることだろう。 

 リゼに引き続き、彼女もまた大勢の生徒から一目置かれるようになるのかも知れない。


 リタはリタで今後ラルフの婚約者の役を演じつつ、学園外でのイベントも出て来ることになる。

 既に幻の令嬢としてその存在だけはやたらと広く知れている彼女の事も思えば、三つ子はそれぞれ主人公として相応しい活躍ぶりなのだと思われる。


 このまま何事もなく、普通に恋を進展させて卒業パーティでそれぞれの想いが叶えばいいと心から思う。

 カサンドラが自らの手で潰してしまった彼女達の恋愛イベントがなくても上手くいくという未来を信じる他ない。




 第一回の役員会は比較的和やかな雰囲気の中で行われた。

 飲み物を用意する雑用係は今年も指名していないので、カサンドラ一人で行わなければいけないのが寂しかったけれど。


 ――でも次回からはリナが手伝ってくれると言うし、気の利く可愛らしい女の子が近くにいるだけでカサンドラもホッと一息つけるというものだ。



 役員会が終わった後、そそくさと学級委員たちは生徒会室を後にする。

 新入生の学級委員たちは憧れの王子達と会えて話をしたそうなそぶりを見せたが、普段から王子にベタベタと話しかけるような生徒とは振る舞いも違う。

 それに先輩たちを差し置いて王子にアプローチをかけるなどという失礼なことは出来ないようだ。

 結局去年と同じように、部屋の中には自分達が残されることになった。


 役員に解放されているサロンも彼らが自由に使うことはないのだろうなぁ、と苦笑した。

 生徒会に入れるだけの地力を持つ生徒達だからこそ、彼らの機嫌を損ねないようにという意識は十全に働いている。

 手柄をあげて取り立てられるよりは目立った失敗なく粛々とやり過ごす方が『出る杭』として打ち込まれずに済んで楽なのだと思われる。


 この面子の前では、誰だって遠慮の塊になる。




 だが無事に初日を終え、ホッと安堵する様子を見せるリナをこのまま一人で帰すわけにはいかない。

 王子は友人たちとしばらく生徒会室に待機するのだろうから、先にリナと一緒に下校しようと彼女の方に身体を向けた。



「ああ、キャシー。少し待ってもらえないかな。

 私達もこれからすぐに帰宅する、皆で一緒に外門まで行こう」


 王子から何でもないことのように声を掛けられて心臓が飛び出るかと思った。


 え?

 一緒に帰ると言うのは、王子と二人きりと言うわけではなくて?


 恐る恐る視線を彼らに戻すと、じーっとこちらを眺める王子の友人らとバッチリ目が合ってしまった。

 今まで四人で行動することが多く、そこにカサンドラが混じるというのは動けない昼食の席だけと相場が決まっていたというのに。


 一緒に下校どころか、この面子と一緒に下校!?


 誘われるのは嬉しいが、流石に自分は場違いではないかとカサンドラは口を引き結ぶ。


 シリウスも物凄い不審そうな顔で王子とカサンドラの表情を交互に眺めているではないか。

 この視線に晒されながら下校するなど、短い時間でも遠慮したい。





「勿論リナ君も一緒にね。

 折角皆、クラスメイトで役員なのだから。別行動は寂しいかな」



 ごく自然にそう言う王子はただカサンドラと一緒に帰るという目的を達するだけの口実でそう言ったのか。

 リナへの気遣いだったのか、はたまたシリウスへのお節介の意味合いが込められていたのか。



 ――それら全てが入っているのかもしれないが、にっこり笑顔で眩しく輝く王子の言葉に否を唱えることはカサンドラには出来なかった。



 カサンドラが王子や他の攻略対象と同行する形で帰宅したのは、役員会議後初めての事だったのではないかと思われる。



「リナ嬢。

 何か困ったことがあったら、遠慮なく話をしてくれたらいいからね」


 ラルフはそう言って驚き戸惑い、カサンドラの横に隠れるようにして廊下を歩くリナに話しかける。

 ……恋愛的な意味での関心を持っているわけではないが、元は好きなタイプの主人公と言うこともあるからか。


 一年前は、ラルフに声を掛けられていてとても困っているのだと相談してきたリナであるが。

 流石に自分に対する好意はただの同級生に向けられているもので、意中の人ではないと分かっているのだろう。

 避ける事もなく、はにかみながら「ありがとうございます」と頭を下げた。





 ……そう言えば、リナの事は他の二人に比べて”深いところ”まで知っているとは言い難い状況だ、と気づく。







 リナ自身、恋愛事情を他人に口にすることが苦手だと言っていたのを思い出す。

 そういうものかと今までは納得していたし、実際にカサンドラが何か力になるような場面が訪れるわけでもなかった。

 こうして生徒会役員になれるくらい、去年一年コツコツと苦手な勉強を頑張っていたおっとりした性格の女の子。


 何より、優しい子だ。

 誰に対しても礼儀正しく親切で、料理も得意だしファッションも可愛い系でとても可愛らしい。

 魅力と言うパラメータ初期値も主人公三人の中では最も高かった。



 それでも彼女の事を表面だけ知っている、なんて思わなかったのは……

 かつて自分の”代理”として共にゲームを進めていた主人公の一人で、その思い入れがあるが故だ。

 ただいい子というだけではなく、芯も強く駄目な事ははっきり駄目と言える勇気も持っている。

 決してふわふわしているだけではない。




 ……だが、それはあくまでも画面越しに知り得た彼女の記憶。

 では、この現実世界での彼女の事をカサンドラは一体どれほど知っているのだろうか。


 

 少なくともリゼやリタ程、内面を強く印象付けるような接触は無かった気がする。

 今まではそれで良かったかも知れないが、今後はカサンドラさえアドバイスが出来ない未知のシナリオに突入していくのだ。


 リナの恋が成就するため、彼女に協力出来れば良いと強く感じている。



「カサンドラ様がいてくださるから、大丈夫です!」



 そう言って己の胸元に手を添え、リナは珍しく語気を強めて宣言する。

 普段リナに頼ったり、彼女の女子力に圧倒されることの多かったカサンドラなので頼られることは純粋に嬉しかった。 

 今まで見た事のない彼女の一面を知ることが出来るのかも。






 ――こうして同じ生徒会のメンバーとなったのだから、彼女の事をもっと知る機会があれば良いなとカサンドラは大きく頷いた。 





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