第318話 『キャロル嬢、舞踏会へ参加する』
嫌で嫌でしょうがなかったが、招待状を受け取った以上『参加しない』という選択肢など最初から自分には無い。
絶対の強制力を持って、キャロルはヴァイル家の大舞踏会に出席している。
見渡すばかり華やかな女性ばかり、既に何十人このホールに集まっているだろうか?
貴族の血を引く女性だけではなく、名のある家系の娘や資産家の娘、そしてなんと地方の貴族のお嬢さん――そこまで範囲を広げなくても良いのにと言わんばかりの人数が揃えられている。
この場でラルフに選ばれれば、ここにいるお嬢さん達は皆歯ぎしりをしながらも、認めざるを得ないだろう。
こんなにも女性を一気に集めてどうやって候補を
彼の目に留まり、声を掛けられ、パートナーとして選ばれた者が勝者だ。
そして誰もが自分には無理だと口では言いながらも、これだけ幅の広い招待客の中、選ばれるチャンスは平等にあると信じて疑っていない。
敢えてここに集めなくてもヴァイル家が望めば拒否する家などない。
本当に彼が決め兼ねているから、苦肉の策として資格のある女性を集めて嫌でもその中から選んでもらうことになったのだ。
公爵の意志の介在しない、ラルフに選ばれればそれで勝てる。
百分の一でも可能性があるなら、彼女達にとっては瞳を輝かせて馳せ参じる意味がある。
キャロルからすれば、この舞踏会は違和感の塊でしかない。
彼は積極的に婚約者が欲しいとは言っていなかったが、親が決めればその決定に従う良識を持っている。
ゆえにヴァイル家の当主が相手を決めかねているということになる。が、ここまで相手を決めきれないなどあまりにも優柔不断が過ぎる。
――しかも言うに事欠いて、結婚する当人、ラルフに選ばせる機会を与える……?
胡散臭い事この上ない。
自分だけではなく、ラルフだって王子だって同じ。結局自分の意志などあってないようなものだ。
家に纏わる最終的な権限は当主のもの。
しかも……あのプライドが服を着て歩いているかのようなレイモンド公爵が息子の結婚相手の決定権を息子に委ねるなどどうしても納得がいかない。
これはきっと何かしらの意図があるはずだ。
裏があるに違いない。
問題は、そうだと分かったところで、キャロルにとっては参加したくなくても参加せざるを得ない舞踏会である、という事実に変わりはない事か。
彼らの考えていることを推測したところで……
選ばれるか、選ばれないか。
今日この場にいる女性たちの分かたれる命運は、畢竟その一点に限られる。
まぁ、元々選ばれるなんて無理だと最初から己の立場を弁えているお嬢さんの中には、普段お目に掛かることのない高位貴族の令嬢に狙いを定めて接触を図っている者もいる。
謙遜しつつ相手を持ち上げつつ――でも、この世に絶対はない、万が一でも可能性があるなら、という希望を捨てきっているわけではないのも見ていれば分かった。
女性は嫁ぐ男性の家格によって大きく人生を左右されるものだ。
ヴァイル公爵家なら王族に継ぐ家格。
立身出世ならぬ、マリッジ版サクセスストーリー。
笑顔を貼り付け、ひっきりなしにかけられる挨拶に応えながらも、キャロルは憂鬱な想いを留める術を持たなかった。
浮かない顔をするわけにもいかないのに、心の中はどんより曇天模様だ。
ラルフに選ばれないという恥を晒すだけならまだマシだ。
「……! あの声は……」
きゅうっと、心臓が縮み上がる。呼吸が浅く、早くなる。
キャロルは、品の無い甲高い話し声の集団が徐々にこちらに迫ってきているのを感じ、場所を移動しようと思った。
だが既に会場の奥の方に移動してしまっているのでこれ以上避けようがない。
『彼女達』から逃げようとすれば自然と会場中央の方へ足を向けざるを得ないが、中央に行けばその分目立って見つけられやすくなってしまう。
恐怖に震える。
許されるのなら、裸足で逃げ出したい。
ここに、あの姉妹が――いる。
ケンヴィッジ侯爵家の妾腹三姉妹と言えばこの界隈でとても有名だった。
それは決して良い意味ではない。
父親が自分達を偏愛しているのを嵩に着て、まるで自分達が正式な娘だと言わんばかりの高慢で図々しい態度。当然方々で顰蹙をかっているが、彼女達に直接非難する勇気あるお嬢さんはいなかった。
キャロルは何故か三姉妹に目をつけられ、陰口や器物破損、執拗にねちねちとした罵倒を密室で代わる代わる浴びせられるなど。
あまり思い出したくない酷い扱いを受けてきた。
彼女達も一応最低限の分別はあるようで肉体的な攻撃を受けることは幸い無かったが、キャロルにとっては彼女達の存在は恐怖でしかなかった。
何より下手に抵抗し彼女達と表立って敵対すれば、キャロルの敬愛する従姉のアイリスに迷惑が掛かる。
とにかく彼女達は自分が妾腹の娘であるということを最大限利用し、そのことに負い目を抱いている父親の庇護を存分に利用している。
正妻などよりよっぽど愛する女性。
彼女との子どもなのに、正式な娘として認めてやれず申し訳ない。
政略で結婚した正妻とは娘一人だが子を成したのだから義理は果たしたと言わんばかりの偏った愛情。
ケンヴィッジ家の当主である彼の権限は大きく、彼の気を損ねないよう実の娘のアイリスでさえ常に遠慮がちな態度だ。
キャロルから言わせれば、侯爵の行いは悲劇のヒーロー気取りだ。
大貴族の当主という絶対的な地位は誰にも譲ることなく、アイリスというこれ以上ない献身的で優秀な娘を後継ぎに据え。
その上身分違いのせいで結婚出来なかった愛妾を憐れみ、大きな屋敷を与えて母子共々贅沢させるという――いいとこどりの人生としか思えない。
少なくとも正妻とアイリスには敬意を払うべきだ。
三姉妹や愛妾にもそうさせるのが”節度ある大人”というものではないのか。
耳に痛いだろう三姉妹の風評には「根も葉もない嫌がらせだ」と激高し、一層娘達を憐れむ姿はキャロルからすれば滑稽である。
だが笑ってばかりいられないのが、侯爵の影響力。
彼の勘気を畏れ、皆愛想笑いでも彼女達のイエスマンにならざるを得ず、パーティで顔を合わせる度に気が重たかった。
偉そうに振る舞う癖に、学園にはなんだかんだと理由をつけて入学を拒否し、あくまでもアイリスと同じステージに立つことを拒むのがまた卑怯だと思う。
親の権限が届く範囲でちやほやされ、居心地が良いのだろう。
出来るだけ彼女達とは距離を離しておきたい、とアイリスがドレスの裾を掴んで先へ進もうとした時――
視界に、見た事もない少女がにこやかな笑顔で皆と挨拶を交わしている姿が目に映った。
つい、足を留めてまじまじと彼女を見つめる。
とても可愛らしく、可憐、それでいて輝く明るい笑顔は魅力に溢れていた。
こんなお嬢さんと一度会ったら忘れる事は無いだろう、社交界に出たことが無いと思われる。
……心の底から驚いた。
この会場には綺麗なお嬢さんが沢山いるし、資産家のお嬢さんや有名どころのお嬢さんも勿論沢山。
普段の閉ざされた社交界メンバー以外のメンツが揃っているけれど、やはりどこか”慣れてない”せいで会場の空気から浮いている。
着慣れていないドレスに戸惑ったり、きょろきょろと呆けたように館内の装飾に驚くだけだったり。
場違いだとおどおどと視線を落とすお嬢さんもいる中、初顔だというにも拘わららず臆する様子もなく。
表情、仕草。そして声のトーンや喋り方など、まるで生粋の貴族令嬢そのものに見える。
でもキャロルは彼女を知らない。
自分が知らないのだから、高い身分ではないはず。
同性なのについ目で追ってしまう華がある。
嫌味の無い純朴さが、彼女の美しい容貌を一層輝かせているのだ。
あの姉妹に見つかる前に逃げ出さないと。
そう思うのに、目が離せずつい近くまで寄ってしまった。
一言でも話をしてみたい、素直にそう思ったからだ。
「あぁら、貴女。
見ない顔ねぇ?」
ぞわっ、と背筋が震えた。
そして周囲でこの名も知らぬお嬢さんに興味を持ってチラチラと様子を伺っていた令嬢達の間でざわっとどよめきが生じる。
ああ、今度捕まって絡まれるのはあの子か、可哀想に。
そんな同情を帯びた声がどこからともなく聞こえてくる。
扇で顔を隠し、ひそひそと遠巻きに眺めるのは――当然、あの三姉妹に絡まれたくないからだ。
耳を澄まして雑談の内容を聞けば、なんとあの三姉妹は取り巻きの愛妾娘同盟なる徒党を組み、目ぼしいライバルに詰め寄って既に何人か泣かせて退場させてしまったとか。
どれだけ嫌な事をするのあの人たち……
このままでは、妾腹の妹を御しきれず好き放題させているとアイリスにまで悪意を持った視線を注がれる。
彼女達の存在は迷惑そのもの。
でも後ろにちらつく子煩悩の侯爵の影が、事情をよく知る社交界のお嬢様達には何よりも恐ろしく見えてしまうのだ。
虎の威を借るなんて、と眉を顰めたくなるが実際に虎は強いのだから手の打ちようがない。
自分達のような兎など、あの牙で食いちぎられてしまう。
「はじめまして。
リリエーヌ・ブレイザーと申します。以後お見知りおき下さいませ」
そう言って桃色のドレスの裾を持ち上げ、静かに頭を下げる金髪の女性。
ブレイザーと言えば、”あの”ブレイザー子爵の事だろうが……
こんな娘がいたなど聞いたことが無い。
正式な子でないとすれば、婚外子か。
あの女癖の悪さで界隈に名を馳せた男のことだから、娘が何人もいたと聞かされても「そうなのか」で終わってしまう話だが。
「まぁまぁ、へぇぇぇ……
ブレイザー、ねぇ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる三姉妹の姿を見ていると怖気が走る。
見目美しい女性に圧力をかけ牽制しようとしているのだろう。
「失礼ですが貴女様のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか」
名を問われ、彼女は得意げに鼻の穴を膨らませる。
腕を組んでニヤニヤした表情の三姉妹の長女。
リリエーヌと名乗った女性の前に居丈高な様子で歩み出て、ホホホホ、と手の甲を口元に当て甲高い笑い声をあげる。
「特別に! 教えて差し上げても宜しくってよ?
私はアリーズ・ケンヴィッジ。忘れずに覚えておくことね!」
恥ずかしい!
と顔から火が出る想いで俯くキャロル。
そんなどこかの物語に出てくる三流悪役のような台詞が、認めたくはないがそこそこ身近な人間から聞かされると我が事よりも恥ずかしい。
ほら、リリエーヌも困惑気味の表情ではないか。
確かにあの三姉妹の名は社交界では色んな意味で有名で、知らないと言うのは世間知らず過ぎてどんな田舎のモグリ令嬢だと思うけれど。
長女の目は生き生きしている。
ケンヴィッジと名乗れば相手が察して畏れてくれる、それが彼女にとっての快感なのだろう。どうしてあのアイリスと同じ血も流れているはずなのにこうも違うのか。
「ケンヴィッジ侯爵のご息女はアイリス様だけとお聞きしていましたが……」
本当に戸惑い、眉尻を下げて困った様子のリリエーヌ。
その発言で、様子を伺っていた女性たちも「えっ?」と不思議そうな顔だ。
何という無知な娘なのかしら、と。
長女アリーズの顔が鬼のような形相へと変化する。
彼女にとってはこれ以上なくプライドを傷つけられる屈辱的な一言だったに違いない。
すると、ややあって。
「ああ」とリリエーヌは花の咲いたような可愛らしい笑顔とともに手を叩く。
無邪気な、全く他意の無い大きな蒼い瞳でアリーズを見つめる。
「アリーズ様も私と同じなのですね?
私、とても心細かったので……お声を掛けて頂けて、とても心強く嬉しく思います!」
そして怒りに肩を震わせるアリーズの手を取ってにこにこと満面の笑みを浮かべている。
これが嫌味が欠片も感じられない、心からそう思っているらしいという事が周囲にも伝わったようだ。
クスクスクス、と。
今まで事の成り行きを眺めていた令嬢達から失笑めいた笑い声が広がる。
妾の娘だ、愛人の娘だ。
そんな関係から生まれた子供ではなく、正真正銘の嫡子たちの声のものだ。
生まれが正妻の子だから良くて、そうでなければ悪いなんて事はない――というのは建前。実際はその間には深くて越える事のできない隔たりがある。
貴族なんて生まれが全て。
その血脈に誇りを持ち、家名を守ることに命を懸ける。それが正しいと信じて疑わない者の集まり。
学園の昼食時の席順を見れば分かる事だ、いくら侯爵を父に持とうが、正式な妻の子でないのなら、どこまで言っても愛人の子。
扱いは――低い。
三姉妹がいくら親の威光を嵩に着て威張り散らそうとも、その事実は変わらない。
別に隅っこで蹲っていろなんて誰も思っていない。
だがその立場で良くも他人を貶め、卑しめるような悪意を持った物言いをするのは客観的に見れば紛れもなく滑稽なのだ。
そしてここは社交界ではなく、皆等しくラルフに選ばれるか否かの選定を受けるという状況に変わりない。
条件は一緒。
彼女達の嫌味やあからさまな侮蔑の言葉にへりくだる必要などなく、こびへつらわなくてもいい。
そんな当たり前の事に目が覚めた想いだ。
誰も怖くて「妾腹の癖に」なんて言い出すことは無かった。
だってもしもキャロルやアイリス、他の令嬢が言えば「正妻の子でないというだけで私の娘を差別するのか、貶めるのか、意地の悪い事を云うのか」と侯爵に睨まれてしまう。
だが何も知らない一人の”
まさに痛快で、胸がすく思いであった。
「こ、この……
あんたなんかと同じわけがないでしょ!?
たかが子爵家の愛人の子が偉そうに!」
「あの、仰る意味がよくわからないのですが……」
手を振り払われ、リリエーヌは小首を傾げる。
――そうだ、同じだ。彼女達は、同じ。
リリエーヌは自分の立場を弁えているからこそ、無駄にぎゃんぎゃん喚き立てる三姉妹の意図が全く分からず本気で困っているのだ。
「あんたなんかが、ここにいるのがおかしいわ!
出ていきなさいよ!」
後ろで苛立ちを募らせていた二女と三女も加勢に入る。
だが周囲の憐れみを含んだ笑い声にプライドがいたく傷つけられたのだろう。
口汚く罵り始めたアリーズを眺め、キャロルは場の空気が一気に陰惨なものに変わったのを察知する。
こんな……
こんな耳を塞ぎたくなるような罵倒を公衆の面前で!
ブスだ、卑しい身分だ、と騒ぐ。
見苦しさに皆が眉を顰めるのを、キャロルは看過するわけにはいかなかった。
このままではこの少女が理不尽に見世物のように立たされ、この会場を二階から眺めているだろうラルフに――騒ぎを起こしたと見做されかねない。
ここで見ないふりをするのは違う。
勇気を出さないと!
「おやめなさい、先ほどから聞き苦しい。
この場を何だと心得ていらっしゃるのかしら、アリーズさん」
スッと彼女を庇うように前に姿を現わし、強い口調でキャロルは言った。
「なっ……
きゃ、キャロル、あんた」
いつもより五割増しで恐ろしい形相の顔で睨まれ、怖い、と足が震えそうになる。
やはり数年かけて蓄積された彼女達への恐怖は抜けていない。
でも自分が言わねば、誰が言えるのだ。
「アイリス様もこの場にいらしたらさぞお悲しみでしょう。
舞踏会を辞するに相応しいのはリリエーヌさんではなく、貴女達ではなくて?」
「……!」
彼女がカッと紅潮し。
そして――キャロルに向かって距離を詰めてにじり寄る。
動きづらいドレス姿なので、キャロルもその場に立ち止まってアリーズを見据えるにとどめたのだが。
その視線が彼女には気にくわなかったのだろう。
「――生意気!」
えっ?
ドン、と胸元を突き飛ばされる。
彼女の渾身の力のこもった突き飛ばす力に、キャロルは瞠目して唇を震わせた。
目に映る全ての景色がスローモーションのようだ。
後ろに倒れていく自分の身体を支えられない!
ドレスの裾が足の動きを邪魔し、重心の移動が叶わずそのまま後ろへ頭から倒れ込む。
流石にそのまま倒れるわけには、と必死で身を捩って転倒を回避しようとするが重量のあるドレスを纏っているせいで中途半端な捻り方になってしまったようだ。
あっと思う間もなく、キャロルは横向きの姿勢で後ろに倒れてしまったのだ。
ドサッと倒れ込む音が重たく響く。
不気味なほどの静けさが辺りを包んだ。
キャロルは顔を地面に伏せ、恥ずかしさのあまり言葉を失う。
こんな舞踏会場で、倒れるなんて恥ずかしい!
「あーら、キャロルったら。勝手に一人で暴れてすっ転んじゃうなんて、みっともないわね」
アリーズの強がった声は、若干動揺が走って上擦っている。
だが彼女はこの期に及んで、目撃者が沢山いるのに……自分が押したわけではないと白を切るつもりか?
恥ずかしさと憤りが湧く。
だが、しかし。
「ねぇ、皆さん?」とアリーズが周囲の令嬢達を威圧するように睨み据えると、キャロルを気遣うそぶりを見せていた彼女達が――急にそわそわと落ち着かず、互いに目くばせをして誰も抗議の声を上げないのだ。
まさか……
本当にこの醜態を晒したのをキャロルの一人芝居という事にするつもりか。しかも周囲も三姉妹たちに遠慮してか、苦笑いと言う様子で誰もキャロルを助けてくれない。
いつまでもこのまま倒れているわけにはいかないと足を動かし――
「痛っ……」
中途半端に身を捩ったせいか、右の足首を痛めてしまったようだ。
全く力が入らない。
助けを求めて顔を上げるキャロルから露骨に視線を逸らし、ゆっくりと遠ざかり広がっていく人の円。
嫌だ、恥ずかしい。
元々恥を掻くために参加したような者なのに、更に恥を上乗せされるのか。
「大丈夫ですか、キャロル様」
一人床に転がったまま痛みを堪えるキャロルに声を掛けてくれたのは、初めて言葉を交わす少女。
リリエーヌと名乗った先ほどの世間知らずなお嬢さんだった。
学園でも見たことが無いし、愛人の子だというのは確かだろう女の子。
華奢で、可憐なまさしく貴族令嬢という佇まいなのだが……。
どこかであったことが、あるような?
……気のせいか。こんな子と会ったら忘れることはない。
「もしかして足を痛めたのですか?」
こんな姿をこれ以上皆の前に無様に晒すのは恥ずかしい。
声も出ず、泣きそうな顔を伏せて僅かに頷いた。
「すぐに手当てに向かいましょう」
そして――次の瞬間、ふわっと身体が浮遊した感覚を味わった。
『……!?』
その場にいる全ての人間の視線が一気に突き刺さる。
彼女自身もそれなりに重量のある舞踏会用のドレスを着ているというのに。まさか同じように動きづらい程重たいドレスを着ているキャロルを……
まるで精悍な男性がそうように、軽々とお姫様抱っこで持ち上げる。
頭の中は完全にパニック状態だ。
な、何故……
何故私はこの少女に抱き上げられているの!?
「私が不見識な事を申し上げたせいでご迷惑おかけいたしました」
「い、いえ、その、お、重たくないですか!?」
キャロルは自分が小柄だと思っているけれど、流石にドレスを足せば重たくなる。
リリエーヌだって細い腕、まさに外見は儚げな乙女そのものだというのに。
周囲の視線を気にする事無くキャロルを抱えて扉の一つに向かって堂々と進むリリエーヌのこの頼もしさは一体。
「いいえ、全く。
――キャロル様、私を庇って下さってありがとうございます」
廊下に続く扉の前から一斉に招待客たちが通り道を空けていく。
未だに恥ずかしく顔は真っ赤だけど……
見上げる
綺麗で儚げで、世間知らずなお嬢様にしか見えなかったのに。
でもその逞しさに、キャロルは呆然と運ばれるに任せるだけだった。
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