第290話 <リゼ>


 試験も終わって楽しい冬期休暇に突入した。

 本来なら補習もない普通の生徒は長期間の休みに何をしようかと計画を立てて実行したり、また帰省して親戚らと楽しいひと時を過ごすことが予想される。

 リゼ達三つ子が住んでいる女子寮でも、早速冬休みが始まると同時に多くの女生徒達は実家に帰ってしまったようだ。


 学園に登校する必要がない状況で、普通のお嬢様達には窮屈な『寮生活』を続ける必要もない。リゼ達には広くても、彼女達が生活するには狭すぎるし不便だろう。

 ここより自由で慣れ親しんだ実家に帰ることを望む生徒が多いのは尤もな話である。


 人の気配がいつもの土日より少なくなってしまった、休暇一日目。


 リゼは部屋の片隅で膝を抱えて落ち込んでいた。


 落ち込んでいる原因は、勿論試験結果のことだ。

 剣術大会に向けた特訓があったので、一学期よりも勉強時間が減った。だからこそ、順位が下がったのは妥当だ。

 誰もが一生懸命勉強している、他のクラスには優秀な特待生がいるのだ。

 油断すれば足元を掬われるのはしょうがない、掬われる方が悪い。


 でもこのままでは、リゼの希望進路への道が閉ざされてしまうのではないか。

 騎士団に所属する参謀補佐官の試験は実技で好成績を修めることも必要だが、成績も優秀でなければ推挙してもらえない。


 いや、それは卒業までに努力すれば間に合うかもしれない。


 問題は……



 ジェイクの家庭教師を解雇されてしまうのでは!? と、そればかりが頭の中をぐるぐる回っている。

 リゼよりも成績が良い特待生もいる、そしてジェイクが希望する順位を”とらせる”ことが叶わなかった。

 それら二つの要素が合わさると、もはや自分はお役御免なのでは……?

 ジェイクの家庭教師を務めるなら、対外的に納得してもらえるよう実力を示さなければいけなかったのではないか。


 部屋の隅っこでガタガタと震えていると、部屋の扉を誰かにノックされた。

 今日はリタは早朝早く部屋を出て行ったはず。ならばノックの主はリナか。

 彼女はリゼが落ち込んでいることを知っているし、きっと励まそうと訪ねてくれたのだろう。


 でもこんな心境でリナに会って気遣われるなどリゼのプライドが許さない。

 居留守を使おうとリゼは震える身体を自分の腕で抱きしめたままコンコン、と再度ノックされる音を聞き流そうとした。


「あら、留守ですか?」


 だが廊下の向こうから聴こえた声は年配の女性の声である。

 ……毎朝のように交わす挨拶の声を思い出し、リゼは弾かれたように立ち上がった。寮の管理人だ。



「――…います! 私に何か用ですか?」



 一瞬管理人に会うのも億劫だと思ったが、寮の管理人が自分を訪ねてくるのは二度目の話。

 以前は早朝早くにカサンドラからのプレゼントを持ってきてくれた事を思い出すと、また何かカサンドラに関わる事なのでは?

 という考えがリゼを急かしたのである。


「良かった、貴女がいてくれて」


 扉を開けると人の良さそうな女性が、見るからに「ほっ」と胸を撫でおろしてリゼを見つめてきたのだ。


「何かあったんですか?」


 首を捻り、リゼは扉を大きく開けたまま立ち尽くす。

 いつ寮の管理人がチェックに来ても問題がないくらい、リゼの部屋は常にきちんと整えられている。


「貴女を呼び出すように言付かっています」


「……カサンドラ様ですか?」


 いや、彼女が自分にこの時期に用があるかと言われれば全く思いつかない。

 第一リタはカサンドラ邸に向かってアルバイトとやらに向かったわけで……




「ジェイク様が貴女にお話があるそうですよ」






     ……何だって?






 ※







 ジェイクが一体自分に何の話があるというのか。

 ……まさか、解雇通告……?


 嫌な予感ばかりが頭を巡る、折角彼に会える機会だというのに心の中は木枯らしが吹き荒んでいる。

 余程の事が無い限り、わざわざ女子寮の管理人に言伝を頼んでまで自分を呼び出すことなどないだろう。


 ……余程の事……


 全く以てリゼに都合の良い内容が思いつかない。



「よう、リゼ悪いな、休みの日に呼び出して」


 管理人に言われた通り、寮を出てすぐの道にジェイクがいた。

 見間違いでも幻でも蜃気楼でもなく、質量を伴った本物のジェイクだ。


 落ち込む気持ちに支配されるリゼも、彼の姿が視界に入った瞬間暗雲がひゅっと風に吹き飛ばされた。

 理由はなんであれ、彼が自分を呼んでくれたのは事実なのだ。


 慌てて外出用の服を着てきたものの、どうせコートを羽織るならクローゼットの中を総浚いして服を散乱させる程慌てて選ばなくても良かったかもしれない。

 いつも整然なるリゼの部屋は、今は泥棒に押し入られたような無残な散らかりようを呈している。


 どうせ似たり寄ったりの服しかクローゼットの中にはおいていない。

 結局、勉強会でも着たリナの手編みのセーターしか選択肢は無かった。


「いえ、私は大丈夫です」


 彼の『用件』を聞きたいような。

 聞きたくないような……


「あの、話とは……?」


「……あー、それなんだけど。

 お前、これから予定あるか?」


 今日は何もやる気が起こらず、非生産的な落ち込むという作業に徹していた。

 だが自分の行いを振り返り反省し、次回に向けての行動方針を決めるためには必要な時間なのだと思いたい。 

 

 「ありません」と首を横に振ると、彼は少しホッとしたように笑顔を見せた。



「立ち話も寒いだけだし、昼飯でも食べながら話していいか?」



「へっ……?

 あ。は、はい……! それは嬉しいです、けど……」



 感情の起伏の幅が激しすぎて、心がついていかない。

 しかも本当なら飛び上がって喜びたいところ、『話の内容』を考えると無邪気に喜んでんばかりもいられない。


 もしも自分が前回の順位をキープ出来ていたとしたら、もっと自信を持ち喜んで彼の誘いを受け入れられたのだろう。

 十分前まで己の不出来に苛まれ、一人膝を抱えていたリゼにとって――彼の申し出は眩しすぎて直視することが難しかった。



 ただ一言「解雇。」と告げられるより、一旦持ち上げて落とされる方が精神的にダメージを負う気がしてならない。

 びくびくしながら彼の誘いに頷いた。





 ※





 食事に行くと言われても、以前勉強会の会場になった餐館なる場所で食事――というのも困る。

 豪勢なご馳走を提供してもらう理由もないし、そもそも自分の昼ご飯代くらい自分で出したい。


 この街の流行の店などに詳しくないリゼが唯一知っている、以前昼食を食べたお店に向かうことになった。

 近いのだから餐館に寄れば良いだろうと主張する彼を全力で説得し、リゼはジェイクと一緒にカフェに行くことに成功したのだ。

 

「なんか懐かしいな」


 店の中に入ると、ジェイクは内装を一望して小さく呟いた。

 ここはシンシアの実家が経営しているカフェの一つらしいが、落ち着いた雰囲気で食事も美味しいカフェである。

 リゼは他に彼を案内できるようなお店を知らないので、誰かに見つかる危険を承知で選ばざるを得なかったのだけど。


 以前デイジーと一緒に『カサンドラと王子二人きり計画』を敢行するために訪れた事を思い出す。 

 二人の護衛役として同行していたジェイクを引きはがすという名目の元、無理矢理自分達に同席させた。


 まさかもう一度彼とここに訪れる、しかも今度は二人だけというシチュエーションなど想像もしていなかったリゼである。


 ――ここに至るまで、試験の事はお互い一切口にしなかった。


 二、三十分程一緒に歩いていたけれど話す内容は本当に他愛もない世間話。

 あまりにも不自然なほど、話題を露骨に避けていたとも言える。だからリゼは話していた内容の殆どを忘れてしまった、思考が完全に空転中。


 少しばかりジェイクも表情が硬いような気がするのが、一層嫌な予感を助長させるのだ。刑の宣告を待つ咎人の気持ちの一端を、確かに垣間見ている。


 建物の中に入り、テーブル席に着く。

 当然のように正面にジェイクが座るという光景を自覚し、今更ながらわけがわからないと混乱しそうになった。

 二人で来店して横に並んで座る方がおかしいのだから当然なのに!


 いつも勉強する時は横に座っているため、こうして真正面から向き合っていると考えると緊張で心臓が飛び出してしまいそうだ。


「何を食べますか?」


「何でも……ああ、前と同じで良い」


「分かりました」


 自分でメニューから注文をすることがない立場の人だということは分かっている。

 それはあの餐館を訪れて納得したものだ。一々お店を探して入って食べるものを選択しなくても、立ち寄れば贅を凝らした料理がずらっと用意されるわけで。

 立っている地面がそもそも違うんだなぁと恐れおののいたものである。


 前回と同じビーフシチューを頼み、少し考えてからリゼはオムライスというお子様定番のメニューを選ぶことにした。


 パスタは緊張で上手く巻けなかったら恥ずかしいし。大口を開けないと食べられないようなメニューは言語道断。

 ハンバーグだってナイフで音を立ててしまったら困る。

 出来る限り食べやすいという観点で考えると無難なメニューに落ち着いた。


 こういう時、ちゃんとしたテーブルマナーの講義を受けていたら余裕を持って一緒に食事が出来たかもしれない。見様見真似で彼の正面に座るのは緊張が勝る。

 横に並ぶのと、真正面に座られるのではこんなに緊張感が違うのだとリゼは彼の容姿に慣れた気でいた自分を貼り倒したくなった。


 おかしい、今日目覚めた時にはこんなドキドキの一日になるなんて想像もしていなかったというのに。



「ジェイク様。お話とは何でしょう?」


 いつまでも奥歯にモノが挟まったような会話の応酬を続けてもしょうがない。

 彼が何かしら自分に言いづらい用件があって呼び出された――ということは理解できる。先延ばしにしたところで、用件が気になってしょうがないだけだ。


「……。

 まずは、お前に謝らないとな」


 彼は片肘をテーブルにつけ、僅かに低く唸った後。不思議な事を言い出した。


「……はい?」


 謝る、とは?

 動揺のあまりリゼは緊張で汗ばむ手の指で己の膝をぎゅっと押さえた。


「お前が今回順位落としたの、俺の勉強に構ってたからだろ?

 ……邪魔して悪かったな」


「いえいえいえいえ! 全く、そのような事は……

 あれは単純に自分の実力不足と言いますか、勘違いや思い込みで誤回答をしたせいで!

 ジェイク様のせいではないです、絶対違います」


 神妙な顔で何を言い出すのかと思えば、予想外の方向から矢が飛んできてリゼは避けることも出来ずサックリと射抜かれた。


「それは思い違いです、むしろジェイク様との時間が無ければもっと悲惨な結果だったかもしれません」


 適当な言い訳ではなく、本心だ。

 彼に教えるという緊張感、自分も理解を深めようという意識。

 自分一人のことなら、あれほど集中力を発揮できたか分からない。


「じゃあ、今のまま『家庭教師』アルバイトは継続ってことでいいんだな?」


「勿論ですが!?」


 ヒィ、と悲鳴が口から漏れそうになった。


 自分が順位を下げてしまったのはあくまでも自分の責任だ。

 しかし彼の立場からすると、教えるプロでもないクラスメイトに過剰な負担を強いて最後の週まで勉強に付き合わせたせいだと間違った認識をさせてしまった。

 その結果、自分の勉強に専念したいとリゼが言い出す可能性に至ったのかもしれない。


 リゼが自分から辞退するなど天地がひっくり返ってもあり得ないが、このパターンは考慮していなかった。彼の人の良さを侮っていたかもしれない、こんな一般庶民の事情まで真剣に考慮しなくてもいい立場だろうに。


「逆に、私の方こそ馘首クビを言い渡されるのかと思ってました」


「なんでだ?」


「……私よりも成績が良い特待生もいて……

 その、剣術との両立も儘ならないで順当に成績を落とすような私が家庭教師なんて烏滸おこがましいですし。

 ――ジェイク様が目標に定めていた順位に届かなかったのも、私の力不足としか言いようが」


 自己卑下スパイラルに陥りそうになったリゼだが、「ストップ、もういい!」と彼に慌てた様子で制止された。


「いや、そのことなんだけどな。

 ……とにかくお前は、バイトを辞める気はないんだよな?」


「そのつもりです!」


 ここで何らかの誤解が生じても困る。

 彼に教える資格なんかないのではないかと弱音を吐いている場合ではない、折角彼と一緒にいられる時間、それはなくなってしまうのは嫌だ。

 みっともなくても図々しくても、解雇されない限りは汚名返上の気概でしがみつく所存である。


「はー、良かった。それを聞いて安心した」


 彼はようやく、安堵の笑みを浮かべる。


 そんなにリゼに家庭教師を辞められると困るということだろうか。

 ……だとしたら凄く嬉しい。

 両手を叩いて喜びたいくらいだ。


「実は昨日、家に戻ってお袋に会ってな」


「そうなんですか」


 ロンバルド侯爵家の第一夫人で、あの広大な敷地内の家政を一手にとりしきるジェイクの母親。

 全く以て想像もできない雲の上の奥方様の事が話に登場し、リゼも少し首を傾げた。


「……物凄く、大袈裟に喜んだというか。

 前回のアレでも十分”奇跡だ”って言われてたのが今回の順位だろ?

 是が非でも継続して教えてもらうよう、しつこく言われたわけだ」


 はは、と彼はリゼではなくガラス越しの外の景色に視線を遣りながらそう言葉を続けた。

 言われてみれば確かにリゼが家庭教師をすることになったきっかけは、ジェイクの母の鶴の一声だったはず。


 ジェイクは特別手当を要求するため、十五位以内に入れば文句ないだろうというスタンスで試験に臨んだ。

 結果はそれに足りなくても、夫人としては望外の結果に喜ぶのは当然のことだ。


「でも俺の面倒見てたからリゼの負担が大きいみたいだし――来学期も継続して受けてくれるかは知らんとは言った」


 負担などとんでもない。

 むしろこちらから頭を下げて「務めさせてください」とお願いしたいくらいだ。

 そもそも御三家の一角、ロンバルド家の奥様の依頼を蹴れる人間がどれだけいるというのだ。

 命じられたら平伏して承るのが平民の在り様というものである。


 こちらに拒否する権利を認めてくれているだけ良心的だと思った。


「……。そしたらお袋も意地になるよな。

 特別報酬をお前に出すし、それで足りないようなら上乗せてもいいから続けてもらうよう交渉しろだと」

 

 うーん、とジェイクは眉根を顰めこちらに振り返った。


「お前が辞めるつもりなら金積んで釣れって言われたようなものだからな。

 元々そのつもりがなかったなら何よりだ」



「前にも言いましたけど、今のお給金でも十分すぎる程です。

 それに私は辞退するつもりもなかったわけですから、特別報酬なんか頂けませんよ」



 それでは困る、と彼は口を真一文字に結ぶ。


 丁度そのタイミングで、二人の前に注文した料理が湯気を立て運ばれてきた。

 給仕の人が丁寧にお皿を運ぶのを目で追いながら、しばらく無言で二人は向き合っている。


 はぁ、と。

 彼は大仰に息を吐いた。どこか悔しそうな表情だ、とリゼは思った。



「……本当は宣言通り十五位以内にきっちり入って、堂々と特別手当てを出せって要求するつもりだったんだけどな。

 ま、有言不実行に終わったのは自分おれのせいだ、面目立たないけどしょうがない。


 成果に対する報酬ってことで受け取ってくれ。

 ――約束通り、お前の剣の代金はロンバルドが払う。もうフランツに金を返すだ返さないだの話はするなよ」




 ジェイクが目標を達成できなかったのなら特別報酬を受け取る資格はないような気もする。

 でも彼が母親にそこまで頑張ったのだからと出してくれるお手当てだ。

 今後を保証する意味で受け取るのは、決して図々しい事ではないかも。いや、額が額だけにもっと慎重になるべきか?


 ……自分には相応しくないと固辞することは、リゼにそれだけの存在価値があると認めてくれた彼らの判断を否定する事に繋がってしまう。

 フランツもあれ程言っていたではないか。

 ――素直になれ、と。この場合のケースは用法が違うかもしれないが、今は意固地になる必要のない場面だ。



「折角の夫人のご厚意ですし、今回はありがたくいただきます。

 給金外で頂いた分はきっちり三学期も継続して、結果を出せるよう私も頑張りますので!」




 ああ、良かった。



 解雇通告ということではなかったのだ。


 そしてジェイクも、そして彼のお母さんも”リゼの替わりはいくらでもいるのだから”と突き放すことはしなかった。

 逆に気を遣わせてしまったわけで、申し訳ないと思う。

 剣術は趣味というわけではない、本気の稽古事だけど、同様に勉強も自分にとっては大事な要素なのだ。

 これからは両立していけるよう、一層の努力を続けないとと心に誓う。



 二人の間で張り詰めていた空気。

 それがふわっと撓り、弾けて消えた。


 普段彼とはクラスメイトの一人として、少しずつ普通の会話が出来るようになっていた。

 最近は騎士団での仕事の話も、差し障りのない範囲で聞けるようになっていた。



 リゼは黄色い卵の山を少しずつ崩しながら食事を進めていく。

 最初は憧れるだけで、話をすることも困難だった相手とこうして食事が出来るくらい距離が縮まったのだ。

 そう思うと胸がじんと熱くなる。

 今までの自分の想いも、苦労も、決して無駄ではなかったのだと。



 それに二人きりで食事とか、まるでデートみたい……



  ――ハッ。



 いや、駄目だ。

 そんな風に殊更意識してしまうと、挙動不審になって彼も吃驚するかもしれない。

 折角上手くまとまったアルバイトの話、それが御破算になってしまいかねない失言をしてしまうかも……!


 ただのアルバイト継続確認の交渉の場!

 それ以上でも以下でもない、お金が絡むことだから向き合って話し合っていただけなのだ。


 浮足立ちそうになるリゼに、正面から彼の声が被さる。


「リゼ。お前、甘いもの好きって言ってたよな?」


「は、はい。

 でも今日は大丈夫ですね、冬だからアイスは出ないみたいですし!」


 無意味に前回の事を思い出させるのは勘弁して欲しい。

 あの時は暖かい季節だったから、ジェイクに運ばれたバゲットのお皿にアイスが添えてあった。


 今の季節は冬。

 暖かい店内とは言え、ガラス一枚隔てた外は防寒具が必須な寒々しい光景が広がっている。


 流石にアイスが添えてあるわけではなく、あの時の再現ということにはならない。

 バゲットの傍にはヘタを切った果実が添えられていた。赤いものだけではなく、桃色がかった実も並ぶ。

 あれは確かに甘いものが苦手なジェイクには荷が重い、甘味の強い果実だったと記憶している。



 ……あの時ひょいっと貰ったアイス。

 美味しかったなぁと思い出すが、それと同時に気恥ずかしさも一緒に沸き起こった。




「果物もあんまり好きじゃないんだよな。もらってくれると助かる」


 甘いものが苦手だと、好き嫌いの幅も大きくなるのか。

 普段は残さず食べるというが、こんなところで無理して食べる必要もないだろう。


「良いですよ、パーナの実は好きです」


「そいつは好都合だな。

 ――ほら」






  フォークに桃色の実を刺して


  顔の正面に持ってこられた

 






 泳ぐ魚の目の前に餌が浮かんでいたら、何も考えずに魚はそれを口に呑み込むだろう。


 それと同じような条件反射を見せたのか。

 動揺し逡巡する隙もない。


 リゼは頭の中を真っ白にしたまま、果実を口の中に入れていた。





 時間にして僅か五秒も無かったけれど、リゼはそんな濃い五秒を今まで経験したことが無かった。

 余りにも予想しない一連の流れに、息をするのも忘れそうになる。






 危うく、彼に息の根を止められるところだった。 

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