第270話 <リゼ>
誕生日だからと言って、学園生活に何か変化があるわけではない。
この学園の生徒でリゼ達三つ子の誕生日を知っているのは、恐らくカサンドラくらいではないだろうか。
いや――
リゼはもう一人、唯一思い当たる人物にチラっと視線を向けた。
視界の中に、講師である屈強な現役騎士ライナスと会話を交わすジェイクの姿が映って一瞬魅入る。
剣術の選択講義で、リゼは新しいグループに混じって指導を受けることになっていた。
フランツとの縁が切れたわけではないし、こうしてジェイク達と一緒に『一流』と冠言葉の付く剣士達と教えを共に請うのは大変有意義なことであった。
世界はとても狭かった、と。このクラスに入って改めて頭を金槌で殴られたような衝撃を受けたものだ。
剣術の指導を受けるグループが厳密に分かれている意味を改めて知る。
この人たちにとっては、剣を嗜みで学んでいる程度の腕前の生徒では全く相手にする意味もない。
剣術は組む”相手”が存在してこそ成立する講義であるが、両者の実力差が顕著だと何の糧にもならないだろう。
また、講師であるライナスの言葉をまず理解して実行することが不可能だ。
多くの生徒がこのグループ入りを夢見て憧れているものの、剣術大会で上位に入ったという事実など実は全然大したことはないのだ、と思い知らされてしまう。
リゼが決死の想いで打ち破ったジェシカだって本領を発揮すれば自分などより強い。
そしてそのジェシカをしても勝つことが難しい上手の剣士が何人も在籍している。
ジェイクに実力で打ち勝つことの非現実さ、その壁の高さを今になって改めて思い知らされていた。
だが講義自体は目新しい事ばかりでとても楽しかった。
フランツに習う時には必ずセットでついていた基礎訓練、体力づくりという項目がない。
常に実戦形式で総当たり、最後にライナスに全力で挑み一凪で打ち払われるところまでがワンサイクルだ。
リゼはまだ勝手が掴めておらず、あっさりと受け流され撃沈させられる。
他の生徒達は性格が悪いとまではいかないが、皆大変正直者だ。
「いやー、リゼ君が新しく入って来たから助かっちゃうなぁ。
…ちょっとした休憩ポイントだもんねー」
と明るい声で童顔の先輩に嘯かれる。
真正面から対峙しても宣言通り、瞬く間に膝を折ることになるわけで。
化け物ぞろいか、とリゼも大変刺激に満ちた時間を過ごしていた。
誰にも敵わず、まだまだ未熟な腕なのだと落胆することも多いけれど。
……週に何度もここに訪れてしまうのは、そこにジェイクがいるからだ。
参加した講義に必ず彼がいるわけではない。
が、大体火曜日水曜日はここにいるのだなと、ようやく当たりをつけられるようになったリゼである。
組手は総当たり戦なので必ずジェイクとも剣を合わせられるのが楽しい。
全然敵うわけもないのに、こちらに付き合って相手をしてくれるのが申し訳ないが有り難くもあった。
ここで満足してはいけないと思っているのに、毎日剣術講義が楽しみになっているのが不思議な事だ。
入学する前の自分に言っても絶対信じやしないよな、とリゼは苦笑した。
終業の鐘が鳴り響き、最後にライナスに挑みかかっていた生徒であるリゼが遠くに弾き飛ばされた。ぜーぜーと肩で荒い息をするリゼに対し、何人も連続で相手にしているライナスは眉一つ動かさない。
不動の山のような存在だ。
リゼが緩慢な動作で立ち上がったのを合図に、フランツよりも更に大柄な渋い顔のオジサン、騎士ライナスが声を張り上げた。
彼の低い重音は、空気をビリビリと震わせる威圧感を孕む。
「今日はここまでだ。
――解散!」
『――お疲れさまでした!』
リゼも皆に倣って頭を下げる。
冬の寒さの中、屋内施設とは言えすっかり冷え込む訓練場。
だがぺこりを頭を下げると、頬から顎を伝って汗の雫が数滴落ちて床に黒い染みを点々と作った。
ああ、今日も疲れた。
心地よいとは少々感覚の遠い疲労感に、リゼは大きな息の塊を吐いた。
このグループで下級生は自分とジェイクだけ。
しかもジェイクはライナスの秘蔵っ子という立場で、幼いころから剣の指導を受けて来た師匠なのだから扱いも全く違う。
リゼは一番年下。しかも何のしがらみもない庶民相手ということで、すっかり他の生徒からは下っ端扱いを受けている。
いや、実際に下っ端なのだが。
生徒達は皆自分の得物をそれぞれが持ち帰るが、使用した器具はそのままに訓練場を後にする。
片付けは一番新参者の仕事ということで、講義終了後はせっせせっせと用具を倉庫に片付け、石畳の上に舞う砂埃を箒で掃いて綺麗にしてから退出する。
最初はどこにどう片付けたらいいのか分からず右往左往していたが、見かねたジェシカがぶつぶつ文句を言いながら手伝ってくれた。
そのおかげで今は何とか後始末も独り立ちでき、誰の手も煩わせることはなくなった。
……ジェシカのことは、最初気の強くて嫌な事をズバズバ言う怖い先輩だなぁというイメージが強かったのだけど。
案外面倒見の良い彼女には驚かされることがしばしばある。
真剣に剣を学び志を共にし、話が出来る”女子生徒”ということでかなり彼女に親しみを持たれているらしい。
その態度の変遷には未だ慣れないことも多いが、女子生徒の先輩がいてくれることはリゼにとっても心強いことであった。
リゼは自分の模造剣を入り口近くの棚に立て掛け、多くの生徒達が踏みしめた石畳の上の砂を綺麗に箒で取り除く。
石と石の間に残る砂や小石を几帳面に払っていると、いつの間にか随分と時間が経ってしまった。
「はぁ……」
また今日も皆に総当たり組手の休憩ポイント扱いされてしまった。
何とも言えない悔しい気持ちを抱え、また来週フランツに思う存分吐き出そう、と。
箒を用具入れに片付け、剣を持って帰ろうとしたまさにその時であった。
「おい、――リゼ」
進行方向、出入口から自分を呼ぶ声が聴こえた。
耳に良く馴染んだ声だったが、幻聴かとぎょっと身構えた。
そりゃあ、今日彼と話が出来たら嬉しいだろうなとは……思っていた。
ほんのちょっぴり、何も変わり映えのしない一日だと自分を戒めつつも。
もし彼が自分の誕生日を覚えていてくれたらどんなに嬉しいだろうかと期待していた。
その期待に反し、彼は講義の最中にも特に日付の言及をするわけではなかった。
やっぱりね、と自嘲する。
一々クラスメイトの誕生日なんか覚えるようなタイプには見えない。
誕生日の日付を伝えたことはあるけれど、きっと忘れているのだろう。それもしょうがないことだと自分に言い聞かせていた午後の講義。
だが予想外にも、放課後に差し掛かった時間に急に呼びかけられてヒュッと息を呑んだ。
「……ジェイク様?」
彼は既に制服に着替え終え、帰宅の途に着く寸前と言ったところだ。
何か訓練場に忘れ物かと思ってぐるりと全体を見渡したが、それらしきものは見当たらない。
最後まで掃除をしていたリゼが、彼に関わる何かを見過ごすわけがないと妙な自信もあった。
珍しいこともあるものだと目を瞬かせてると、彼は遠慮なく入り口をくぐって中に入ってくる。
横開きの重たい扉を閉めるのはリゼ一人ではいつも大変なので、ジェイクが手伝ってくれたら助かるなぁ。
そんな能天気なことを考えていた。
いや、本当は凄く、凄く期待している。
そわそわ、落ち着かない。
普段は講義の時間が終わったら慌ただしくすぐに帰り支度に向かう彼が、このタイミングで引き返してくれたという事は――
もしかして、覚えていてくれたのだろうか?
期待して肩透かしを食らうのが嫌だから、自己防衛的に敢えて考えを逸らそうとしている。
でも心は勝手に、否が応でも期待してしまうのだ。
ドキドキと、激しく内側から胸を打ち付ける鼓動の音が煩い。
勘違いや何かの間違いだったとしたら、立ち直れないくらいのショックを受けるくらいに大きく大きく膨れ上がっていく。
全力疾走した直後のように鼓動が早くなる。
考えまいとすればするほど、妙に意識する。
「リゼ、お前今日誕生日だよな?」
確認してくる彼の何気ない言葉に、目がぐるぐる回りそうになった。
「は、はい……はい、そうです!」
期待は裏切られるもの、というリゼの中の常識が一気に百八十度回転し、期待通りになった現実にいてもたってもいられずそわそわと視線を左右に揺らす。
黙っているわけにもいかず全力で肯定したら、大変前のめりな態度になってしまった。
駄目だ、気持ちが逸り過ぎて自分で制御できない。
落ち着け自分、と後ろ手に回した片方の指で、もう片方の手首をぎゅーっと力いっぱい抓った。
痛みに一瞬我に還り、平静を取り戻すことに辛うじて成功した。
「覚えていて下さったんですね、ありがとうございます」
「そりゃあな、俺の方から聞いておいてそのまま無視するとか無いだろ。
覚えやすい日だしな」
彼は鷹揚に笑った。
十二月三日。
一、二、三の三つ子の誕生日。
この日を言えば、大抵の人は笑いながら記憶してくれたものだ。
「ほら、これ。
――誕生日のお返しだ」
彼が無造作に突き出してきた包みを、やはり条件反射で受け取ってしまう。
目の前にモノがつきつけられたら、内容を推測するより前にパッと手が出てしまうのだ。
これが庶民の浅ましさか……と自分の反射行動に冷や汗が流れそうだったが、既に両手でしっかりを受け止めている。
「あ……ありがとう、ございます!」
プレゼント……?
じーっと包みを見つめる。
リゼの両腕はプルプルと小刻みに震えていた。
彼から誕生日にもらえるものなら、その辺りに落ちている石でも枝でも嬉しくて部屋に飾る自信があるというのに。
まさか本当に、お返しという名目で誕生日プレゼントをもらえるなんて……!
あの日勇気を出して、ジェイクにプレゼントを渡すことが出来て本当に良かった。
当時は余計な世話かもしれない、こんなの渡されても困るだけかも、なんてネガティブな感情が浮き出る事もあったけれど……
彼が活用してくれ、ちゃんと前言通りにお返しをしてくれた。
誕生日を覚えて、それを伝えてくれるだけでも万感の想いに至れるというのに。
こんなにも幸せの大盤振る舞いで良いのだろうか、とリゼはプレゼントの包みとジェイクの顔を交互に眺める。
「どんな具合か見たいし、開けてみてくれるか?」
彼もまた、うーん、と顎のあたりに手を添えて神妙な面持ちだ。
開けて見ろと言われ、当人の目の前で開封して良いのかと一層慌てる。
中身は何だろう。
結構軽いような……
「これ、ベルト? ですか?」
リゼの指先に触れたのは、滑らかで冷たい皮の感触。
それも細長い。一見すると紐のように見えるが、小さなバックルがいくつか着いているところを見るとベルトなのだろう。
そして漸くピンときた。
これは、帯剣する時に使う皮紐のベルトだ。
いつもリゼは剣を手に持ったり抱えて移動しているが、騎士や剣士は大体腰に剣を掛けるためのベルトを着けている。
普段両手を空けて行動するため、帯剣用備品の一つだ。
「わぁ……ありがとうございます!」
濃いブラウンの細長いベルトは、慣れるまで自分で着けるのは難しそうだ。
これはジェシカに教わって装着の練習をしなくては……
そう思ってベルトを掴んでいると、それをジェイクがひょいっと掴み上げた。
「一応短めに作らせたつもりだけどな。
全然サイズが合わなかったら困るし、一回着けれるか?」
「え……
試さなくても、た、多分大丈夫じゃないかと……
それに、作らせたってどういうことですか?
もしかして滅茶苦茶高価なものでは!?」
思考回路が全く働いてくれない。
四方八方に感情が暴発しそうになり、リゼは慌てて両手を彼の前に翳す。
こういう剣士用の備品は殆ど男性向けに造られているものばかりなのはリゼも分かっているつもりだ。
自分に合わせた既製品があるとは思えない以上、わざわざ作らせたなんてどう考えても高額なものというイメージしか湧いてこない。
フランツに剣を二本ももらっておいて難だが、流石にこれ以上の身に余るものは……!
「いや?
むしろ元手はかかってないぞ、タダみたいなもんだ」
彼はそう言ってベルトをリゼに再度手渡した。
着けてみろと言われても、二重三重巻く形の細いベルトだ。位置調整のためにバックルが数か所填まっているが、この頭の働かない状況で無難に着けられるのだろうか。
思わず喉を鳴らす。
「夏にラズエナに行ったろ?」
彼は内心滝汗状態のリゼの心境など知らず、話を続ける。
カサンドラに連れて行ってもらった避暑地でジェイクと会った事は勿論鮮明に覚えている。
彼の姿を目の当たりにした時は心臓が動きを止めてもおかしくないくらい驚いたものだ。
ジェイクの騎士姿、本当にかっこよかったなぁ、と一瞬現実逃避しかけた。
「兎狩りのついでに、奥で牡鹿も狩ったんだよ。
皮をなめしたのはいいんだけど、特に用途が無かったからそのまま家に置いててな」
その牡鹿の
だが、リゼの誕生日にこれを使えば良いのではないかと閃いたのだと彼は言った。
一層、ベルトを掲げるように持つリゼの掌が小刻みに震える。
――これ、ジェイク様が狩った獲物の皮で出来たベルト……!?
彼の手作りというわけではないが、まさかそんな大特典のついたある意味リゼにとってこの世にまたと存在しない一本である。
ひぃぃ、と薄い悲鳴が口から漏れそうになった。
こんな綺麗な皮ベルトをの元になった毛皮は相当価値が高いものだったのではないか。
しかもわざわざリゼ用にとサイズまで小さくしたものを作ってもらって。
え? こんなものもらって良いんですか?
市場に出回ったらどれだけの価値がつくのだろうか。
元手はタダなんてとんでもない。
だが彼は「これならお前も受け取れるだろ?」と何故か得意げな様子で僅かに胸を張っている。
……今まで、金銭感覚のズレについては随所で指摘してきたものだ。
彼の言う”普通”は庶民の自分には到底普通とは感じられない。
だから”普通”の贈り物ではリゼが受け取らないだろうと、彼が考えたのが自分で狩った鹿の皮で作ったベルトということか。
嬉しいけど、それでも価値観に相当な隔たりがあると思うのは気のせいではない。
購入したわけではないから実質タダ、なんてそんなのは暴論だ。
だが……
彼が自分のために用意してくれたものだ。
それを突き返すなんて出来るわけがない。
コップ一杯の水だろうが、落ち葉一枚だろうが今日彼に何をもらっても幸せだっただろうに、まさか想像以上のお返しをいただいてしまった。
「もしかして皮で作るなら、
「いえ!? 全く! そういうわけでは!
ベルト、ありがとうございます!」
思わず声が裏返ってしまった。
もはや衝撃が大きすぎて脳内がパンクしそうだ。
人は嬉しい事を嬉しいと受け止めるのにも心の許容量が必要なのだと初めて知った。
既に心の余裕は限界ギリギリだ。
「お前に必要なものって考えて真っ先に思いついたのは馬なんだけどな。
用意しようとしたけど、逆に困るだろ?」
凄く真剣な顔で言われ、リゼもつい真顔になってしまった。
「部屋に入らないので凄く困ります」
馬をもらったところで一体どこで飼育しろと……
確かに馬がいたらいいなぁと思うけれど、まだその段階にも至っていない。
場所も人手も飼育ノウハウもなく馬だけポンと渡されてもリゼも困る。
「ま、
長さ調節してやるから一回着けてみろ」
ジェイクやジェシカが帯剣する時に使用している皮ベルト。
剣を収める鞘を引っかけ括りつけるための用品であるが、ずっと剣を手で掴んで移動していた身としては……あまりなじみがない用具だ。
とりあえずベルトを長く伸ばして、腰にぐるっと一回巻いてみた。
だが紐が絡まりそうで、ここからどう締めていくのか……
完全にグズグズに溶けそうな思考、しかも元々手先が器用というわけでもない。
このバックルにはどれを通すのだ? と、二股に分かれたベルトの先を持って思案する。
この輪っかは恐らく鞘に入った剣を通すところで……
と考えている内に、どうやら彼の方が痺れを切らしたらしい。
「ほら、貸してみろ」
彼の手が焦げ茶色の細いベルトを掴んだ。
一回着けて調整したら着脱は簡単だというが、それにしても――心臓に悪いこと甚だしい。
自分でも足ががくがくと震えているのが分かる。
まるで他人に服を着せてもらっているような感覚だが、これは違う、ただベルトを締めてもらっているだけだと心の中で何度も何度も自分に言い聞かせた。
息の詰まるような時間は僅かなものだったが、その数分が永遠にも感じられた。
何もしていないのに、背中は汗にまみれている。
「お前ホント細いな! その内折れるぞ。
……長さ搾るの、限界ギリギリじゃねーか」
「そりゃあジェイク様と比べれば誰でも細いですよ」
体格が良く、精悍な男性に細いと言われても「ですよね」としか思えない。
むしろどっしりしていて安定感があるな、なんて言われたら年頃の女性として数日引き摺るくらいショックなのですが。
「よし出来た」
彼はそう言い、しゃがみこんでいた腰を浮かせて満足そうに笑う。
いつも自然体で接してくれ、彼と一緒にいると気負わなくても良い。
……こんなに緊張して、ドキドキしてしまうのは自分が彼を好きだからで。
普通の友人のような態度で気安く接してくれる度、嬉しいのにまともに顔が見れなくなってしまう。
「剣、そこにあるので持ってきますね」
入り口近い棚に立て掛けていた模造剣に駆け寄り、しっかと手に取る。
既に手に馴染んだ重みがずしんと掌、そして腕に伝わった。
刃を潰した剣でも危険物であることに変わりはなく、ちゃんと鞘に収めている。
「この輪の中に通して、こっちの金具に掛けるだろ?
で、余ってる紐でしっかり括って」
彼に教えられたとおりに剣をベルトに装着すると、左側に重心が偏る。
両の足でしっかりと地面を踏みしめ、リゼは丁度鳩尾のあたりにある剣の柄に手を添えた。
「凄いですね、これ、本物の剣士みたいです!」
備品にお金を掛ける事が出来なかったが、こうして装備するとすごく楽だ。
両手が空くし、安定感も段違いだ。
遠出をするときは背中に鞘ごと括りつけて移動することがあったが、有事の際にすぐに剣を抜き出せず常態できるものではない。
それに背中に負っていると手癖の悪い盗人に縛り紐ごと斬られて持ち去られるなんて事例もあり――しっかりと剣を腰に帯びる事が出来るのは安全だし便利だ。
「まぁ、ちょっとは様になってるんじゃないか?
いちいち手に持って歩くのも面倒だろ」
「……ありがとうございます!」
本当は自分が手を出せるような代物ではない。
でも、嬉しい。
分不相応だと分かっていても、彼が自分のために考えてくれたものだから。
そう考えると、一気にカァッと顔が紅潮しそうだ。
プレゼントを選ぶときは、ずっとその相手の事を考えている。
何が欲しいか、何を喜ぶか――少なくとも彼は、このベルトにしようと決めるまでの時間、リゼの事を考えてくれていたはずである。
それだけで心が満たされる気がした。
「よし、ベルトも渡せたし……
そろそろ帰るか」
彼は腕時計に視線を遣り、不意にそう呟いた。
ジェイクをこんな時間まで拘束していたことに気づき、リゼも慌てて頭を下げる。
まるで米つきバッタのように。
「今日は本当にありがとうございました」
「……はぁ? 何言ってんだ、帰るから早く着替えて来いよ」
彼は呆れたような言動で、肩を竦めてこちらを見下ろす。
えーと。
それは。
……勘違いじゃなかったら……一緒に帰るから、待ってくれている……ということなんだろうか?
気づき、弾かれたようにリゼは修練場を飛び出した。
「すぐに支度してきます!」
ああ、成程。
こうして走るのにも――安定感があるなぁ、なんてリゼは頓珍漢な事ばかり考えていた。
神様は自分を限界以上に悦ばせ、息の根を止めようとしているのではないか。
だって心臓は擦り切れそうな程疲弊しているし。
息もこんなに、絶え絶えだ。
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