第256話 選択する


 三人の令嬢に招待状を送り、その後特に断りの知らせもなく淡々と日が過ぎていた。


 元々学園内で顔を合わせて話をする間柄でもなく、まだ食事会を終えてもいないのに「お誘いありがとう」だの「誘ってもらったけど無理です」だの公衆の面前で言われても大変困る。

 だからこのノーリアクションぶりは正しい反応なのだと分かっているけれど、それでも本当に彼女達が約束の日に集まってくれるのかドキドキ状態だ。


 まぁ、もしも日程が合わないのなら返信があるだろうし、こちらとしてはその心積もりで週末を迎えるだけだが。

 出来るだけ周囲に知られずに開催にこぎつけたい意向は三人の招待状にしっかりとしたためているので、その意向を汲んでくれたものだと信じたい。


 ――まさしく賽は投げられた。




「………。」


 食事会の案件とは別に、カサンドラはもう一つ決めなければいけないことがあった。


 今日は十一月最後の水曜日である。来週から十二月が始まってしまう。


 三つ子の誕生日は十二月三日というとても覚えやすい日付で、その日が近づいているという事実に頭を悩ませている。

 毎月毎月誰かの誕生日を気にかけている気がするが、カサンドラだけ至福の誕生日を過ごす権利があるわけではない。

 誰にとっても一年に一度しかない日、親しみや好意、日頃の感謝などを表すのに最適な日であることは間違いないのだ。


 尤も、義弟のアレクも誕生日が近いものの、期末試験が近いのだからそちらに傾注してくれなんて可愛げの欠片もない先手を打たれ、姉としての威厳がボロボロ状態だったりする。


 アレクの事も考えないといけないけれど、先に訪れる三つ子の誕生日の贈り物を決める必要があった。

 自分ばかりもらいっぱなしなどと、そんな常識はずれなことなど出来はしない。


 カサンドラが迷っている事と言うのは、何をプレゼントするのか? という当たり前の事だけではない。

 品物というよりは、カテゴリに悩んでいる。


 より正確に言うなら、彼女達に求められるパラメータ上げに役立つ謂わば”アイテム”を贈るべきか。

 もしくはゲームが舞台という概念を一旦棚に上げ、カサンドラが彼女達に贈りたい”プレゼント”を贈るべきか。


 これは中々悩ましい問題であった。


 もしも彼女達の攻略の一助になるというのであれば!

 リゼに剣を研ぐ用の高級砥石でもプレゼントすれば剣術パラメータは上がるだろうし、リタに季節外れではあるが扇子をプレゼントすれば気品の値は上がるだろう。

 リナなどは辞書を上げたら知識のパラメータを上げやすくなるだろうし。


 ……だが、本当にそれでいいのか、と我に還って考えた時に大変悩ましく。

 今日の今日まで葛藤することになってしまった。


 元々この問題は薄々考えていたものの、武術大会というリゼにとっての一大イベントが無事に終わって考えようと無意識に後回しにしていた。

 ――そして逃れ得ぬギリギリの日程になって、カサンドラは決断を迫られている。


 自分は彼女達の恋の応援をする立場なのだから、効果が見込めるアイテムを贈ることは理に適っていると言えるだろう。


 でも冷静に考えて、三人が協力して贈ってくれた素敵な手作りのブックカバーと比べて、何と味気なく統一感に欠け、実用面だけを押し出した贈り物なのだろうか。

 季節外れだったり武骨だったり直接的であったり、センスの欠片もあったものじゃない。


 カサンドラにできる協力なんかそれくらいだろうから、三つ子にどう思われようが実益重視とするべきか。


 彼女達に贈って、攻略の一助として欲しい。

 彼女達に贈って”可愛い!”と喜んでもらいたい。



 どちらを選ぶのかと午前中の授業の間、ずっとぐるぐる考えていたカサンドラ。


 だが、元々カサンドラのアイテムプレゼントなど、ゲーム自体に存在しなかったことだ。

 そんな些細なパラメータ向上効果に頼らずとも、彼女達なら今の努力で彼らを攻略できるに違いない。


 ――リゼがその可能性を完全に示してくれたではないか。

 同じように、リタやリナもそうであると信じたい。


 何より、あの三人に贈り物をして「えっ?」と微妙なテンションの反応をされたらと思うと……今のカサンドラにはとても耐えられない。

 そもそもパラメータ上げのアイテムなんて自分から動いて手に入れるものであって、人からもらうものでもないだろうし。



 ここは自分の願望に忠実に、彼女達の笑顔が見れるプレゼントを選びたい。


 ああ、自分でももっと割り切ってゲームシステムに忠実になれればいいのに。

 でも『カサンドラ』はこの世界の中、現実を生きている。

 出来る限り、この現実に即した行動をしないと誰の目にも不自然に映るだろう。


 何をもらっても喜んでくれるだろうが、流石に直接的なアイテムは失礼過ぎると思う。



 そうと腹を括り、己に散々言い訳をした後カサンドラは行動に移る。

 キャロルたちを招いての食事会にせよ、三つ子の誕生日にせよ。


 ただハラハラ見守るだけではなく、能動的にアクションが起こせる事は素直に嬉しい。

 特に少し前に開催した武術大会は準備や当日の進行にこそ大きく関与したものの、やったことは結局は裏方に過ぎなかった。


 かけた労苦に比べ、王子の素敵な姿が観れたというだけでもお釣りがくるイベントだったけれど。

 シナリオの一場面として考えるなら、あの日の主役は間違いなくリゼであり。そして攻略対象であるジェイクだった。


 カサンドラが出来たことは祈るだけ、応援するだけ、信じるだけ。



 そればかりでは息が詰まりそうだ。

 生誕祭の時に一生懸命フルートの練習に励んだように。

 学期末試験で十分な順位をとれるよう根を詰めたように。


 自分の手で開ける道があったら良いと思う。

 些細な事でも、大きなことでも。

 カサンドラが自分から決断し、行動できることはとても恵まれた機会なのだとしみじみ感じた。



 その日、毎日のように全校生徒が集う食堂で昼食を終えた後。

 カサンドラは目当ての人物を探したが、どうやら既に彼女は先に食堂を出てしまったらしい。


 同じクラスであっても、席順の関係で食事中はリタ達の姿を見ることも難しいのだ。


 王子、シリウス、ラルフ、ジェイクのいるテーブルに着けることは光栄なことだが、カサンドラは食堂での食事を楽しいと事など無かった。

 嫌味や皮肉はなくなったとは言え、基本は無言。

 若しくはカサンドラには口を挟めない会話を聞きながら、愛想笑いを浮かべることくらいしか出来ないので。 


「リナさん、申し訳ありません。

 シンシアさんとお話がしたいのですが、彼女がどちらにいるのかご存じありませんか?」


 三つ子が揃ってまだ席に着いているのを確認した。

 まだデザートをつついている彼女達、その中の一人に声を掛けると一斉に視線が集中する。

 彼女達三つ子という存在に慣れていたはずなのに、不意に浴びるその視線にカサンドラも一瞬ドキッとした。


 全く同じパーツを持つ顔が三つ並ぶというのは、改めて強烈なインパクトだ。

 

「シンシアさんでしたら、恐らく玄関ホール奥の中庭にいるのではないかと。

 そちらでベルナールさんとお話している姿を良くお見かけしますので」


 リナはにっこりと微笑み、カサンドラの望む完璧な回答をしてくれた。


「教えて下さってありがとうございます。

 お食事中大変失礼いたしました、どうか皆様、ごゆっくり」


「はい、お役に立てたなら光栄です」


 相変わらずリナの言葉の一つ一つがふんわりとした口調で、癒される。

 全く同じことをカサンドラが言ってもそこには慣例的、礼儀正しさのことばかりが前面に出て無駄な緊張感を齎すだろうに。

 彼女が柔らかい表情と語尾で放つ言葉は、まるでそれ自体が魔法であるかのように人の心を落ちつかせてくれる。


 抑揚や、語りの速さが耳に心地いい。

 綺麗な澄んだオルゴールを聴いているような気持ちになる。


 お礼を言って食堂を出ると、冷たい風が吹き荒んで金色の髪が奔放に舞う。

 すっかり寒くなって冬到来を感じさせる季節に、カサンドラは一瞬で冷たくなった指先を「ほぅ」と暖かい息を吐いてあたためた。



 冬休みが始まっている来月の今頃、街は雪化粧に覆われているのかも知れない。




 ※




「ごきげんよう、シンシアさん。

 ――そして、ベルナール」



「カサンドラ様!?」


「げっ、何だよカサンドラ」


 カサンドラが二人の姿を見つけたのは、リナが教えてくれた通り玄関ホール奥の広い中庭であった。


 ――この場所の思い出と言えば、ラルフが見知らぬ女子生徒から告白を受けて断ったシーンを見て気まずい思いをし。

 その後、夏休み前に王子達と三つ子と集まって話をすることになった場所である。

 王宮お茶会メンバーがその時初めて一堂に会した、そんな中庭だった。


 玄関ホールが近いということで何かと人目に付きやすい場所である。

 

 が、東西の四阿つき庭園は高位貴族のお嬢様達の憩いの場と化しているので、ベルナール達がそこでゆっくりできるかと聞かれれば難しい。

 異学年同士という事もあり、多少目立っても気兼ねなく会話が出来る場所はここくらいなのだろう。


 シンシアがこちらの姿を見かけてぺこりをお辞儀をしたのに対し、ベルナールは不快感を隠さず口を尖らせてこちらを見遣る。


「ご歓談中申し訳ありません」


「あの、カサンドラ様……どうかなさったのですか?」


 彼女は急に話しかけて来たカサンドラを不安そうな表情で見つめる。

 何か用があれば教室でいくらでも話しかける機会があったはずなのに……と不審に思っていることは間違いない。

 だが教室では三つ子がいるし、しかもプレゼントをどうしようか決断したのは今の今だ。


 腹を決めたなら早い方が良いと行動に出ただけで、彼女が動揺する必要は一切ない。


「折り入ってシンシアさんにご相談したいことがあるのですが、少々お時間を頂戴しても宜しいでしょうか」


「私に、ですか? ええと、何なりと」


「一体お前がシンシアに何の用があるって言うんだよ、くだらない用だったら断るぞ」


 二人の時間を邪魔されて完全にイラっとしているベルナールは、相変わらず彫りの深い顔を不機嫌な造作に歪め腕組みをした。

 この間の剣術大会での本戦出場を労おうと一瞬思ったカサンドラは、その気持ちを瞬時に引っ込める。

 まぁ、褒めたところで余計に苛立ちを募らせそうなので言わないに越したことはないか。


「実はシンシアさんに見立てて頂きたい品物があるのです。

 もうすぐ、リナさん達のお誕生日でしょう?」


「……ええ、そうなんですか!?

 私、知りませんでした……!」


 彼女は顔を蒼褪めさせたが、元々の知り合いでもない限り友人の誕生日を聞いて回る趣味の生徒もいないだろう。

 三つ子だって自分の誕生日を喧伝することもなく、貢物が必要な貴族の令嬢でもなければ誕生日の認知度など決して高くはない。


 彼女達の誕生日を敢えて気にし、覚えていたカサンドラが珍しいというだけだ。


「あの、お誕生日……いつなのですか?」


 十二月三日だと教えてあげると、彼女はクスッと笑った。

 確かに忘れることが難しい、彼女達に相応しい誕生日であるとカサンドラも思う。


 シンシアはそわそわと両手を弄りながら、その場に立ち尽くす。

 ベルナールと言う恋人が出来たからと言って彼女の人見知りで恥ずかしがりやな性格が変わったわけではないようだ。

 まぁ、そういうところもベルナールから見れば好意的にしか映らないのだろう。

 自己主張や華美で贅沢が好きないわゆる典型的なお嬢様と比べれば、まさに正反対の奥ゆかしいお嬢さんである。いいお嫁さんになれるに違いない。


 彼が一気に結婚を考える程のめり込むことになるとは、夏の段階では全く考えて居なかった。

 恋はまさしく『落ちる』ものだ。

 前触れなくストンと落ち、気が付いたらハマってしまった後だ。

 そう簡単に抜け出せない。


 ――それは三つ子も一緒なのだろうな。

 いや、自分もか。



「わたくし、自分の誕生日にリナさん方から手作りの素晴らしい贈り物をいただいたのです。

 本来であればわたくし手ずから贈り物を拵えるべきなのでしょうが、人様にお贈りできるような品を作ることは難しく……

 そこで、ゴードン商会が取り扱っている可愛らしいお品を一緒に選んでいただけないかとお願いにあがったのです」


「え、う、うちのお店ですか!?

 ええと、確かに、雑貨屋もいくつか……あれも母の趣味でやってるもので……」


「へぇ、そりゃいい話じゃねーか。

 金額的に小さなものだろうが、コイツが直接買い取りたいっていうのは悪い話じゃないだろ」


 意外にもベルナールはカサンドラの提案を却下することなく、逆に乗り気で話の輪に入って来た。


「で、でもうちで扱ってる商品でカサンドラ様が満足されるかどうか」


「ばっか、プレゼント先はあの三つ子だろ?

 豪華な値が張る品を出す方が空気読めねーだろ」


「……。

 お伺いしますが、カサンドラ様は何かお贈りしたい品はあるのでしょうか?

 例えば、帽子だとか、マフラーだとか、靴だとか……ぬ、ぬいぐるみとか……

 事前に教えていただければ、私もそれを搔き集めてご覧に入れます」


 彼女達に似合うような品物を用意して欲しいと言っても漠然とし過ぎている。

 勿論、カサンドラにはある程度プレゼントのイメージは固まっている。


 実用的なアイテムで、必要なパラメータを伸ばす――ということは今回は見送った。

 だが、リゼは必須ではないがリタとリナに必要な”魅力”の値を伸ばすことが見込める品を贈りたい。


 リゼだって、最終的な要求パラメータに魅力はないが、その値が高いと相手の反応が違うイベントもあるので是非可能であれば上げて欲しいと思う。

 剣術と魅力の値はどちらかが上がれば片方が下がるという負の相関関係パラメータだから、かなり難しいのは知っているけれど。


 


「有難いお申し出、感謝いたします。シンシアさん」



 そして彼女に、もう一つお願いしたいことがあった。

 だがそれは、プレゼントする現物が決まってから相談すればいいだろう。




「……ところでベルナール」


「何だよ」


「貴方が剣術大会の本選に出場した事、アレクに報告したらとても喜んでいました。

 来年も楽しみですね」



「言うなっ! ……ぜってーあいつにリベンジしてやるって決めてるんだ!」



 年下の女子生徒に打ち負かされたとあって、彼も憤懣やるかたないのだろうが。

 でも彼の真面目な姿を観れたことは、カサンドラにとってはとても印象深い出来事であった。





 彼もまた、想い人が出来ると人はこんなに変わるのだという生き証人に違いない。

 流石、恋愛ゲームの世界を基に創られた世界だ。


 

 

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